第3話「黒猫亭にて」

 国と同名の港湾都市、王都スフリンク。

 この都は百年ほど前、南の大陸からやってきた土精人ドワーフたちの力を借りて現在の姿に生まれ変わっている。抜本的な都市開発により下水道や港湾等が整備されたのだ。


 ドワーフとはいわゆる普通の人間とは姿の異なった亜人種であり、男女とも小柄でずんぐりむっくりとした体型をしている。身体こそ人間に劣るが腕力は優れており、さらに鉱山や地下洞窟等をにしているからか、環境に適応して暗闇を恐れず、かすかな光でも月明かりの下のように暗所を見通せる。何より特筆すべきは愛嬌のある見た目に反して、手先が非常に器用なことだ。


 彼らは鍛冶、工芸、建築など様々な分野の技術に精通している種族なのである。


 ──さて。

 その王都の全景はざっくりと言えば玉葱たまねぎのような球根状の輪郭りんかくをしていた。

 北と南を区切り、真ん中は東・中央・西と三等分。


 区分した北区は縦も横も最も狭く、東西の二区と中央区で王都の機能中枢を担い、南区は海に接した南端が港湾施設、北端中央区との境目は繁華街──そして、南区の東端と西端は一部を除いて王都で最も治安が悪く、一般住民は寄り付かない貧民街スラムと化していた。


 また、王都の魔道駅は北部と南部を除いた東西と中央に一駅ずつあり、東から順に若い番号が振り分けられている。 


 その料理店は王都スフリンクの中央区、大通りから少し離れた場所にあった。

 ──昼は大衆食堂、夜は酒場。


 店の看板は黒猫の顔を簡潔に模した絵が描かれ、看板猫だけでなく美人の看板娘もおり、繁盛している店だった。



*



 三人は既に入店し、円卓を席で囲って座っている。

 まずは食前酒代わりに(※)を頼み、続いて適当な料理を注文する。


 港湾都市らしく魚料理が中心だ。

 とはいえ、鶏料理や野菜料理も忘れていない。


 注文も済ませたし、後は料理が運ばれてくるのを待つばかりであった。


 まずは発泡水が人数分、運ばれてくる。

 これは魔法道具マジックアイテムの恩恵だ、冷水にガスを噴射するだけで定番の一品に化ける。


 ──魔石を材料に水晶に似たいたへと加工し、さらに術式を施した魔法道具マジックアイテム

 使用方法はグラスに蓋するように置き、手のひらを当て、合言葉を唱えるだけ。

 使用者の魔力によって起動し、誰でも簡単に使うことが出来る。


 聞いた話では魔法道具マジックアイテムの延べ板一枚で銀貨千枚という値段らしいが、飲食店を長くやるつもりなら十分、元は取れるのではないだろうか?


 ……三人が雑談で時間を潰していると、店員が注文した料理を運んできた。

 一つが来たら、次々と。


 三人は早速、料理に手を付け、舌鼓を打った後──


「そういや、ジュリアスさん。アチカさんと話してた時に出たアサシンギルドって、あの有名なアサシンギルドですか?」


「うん? まぁ多分、そのアサシンギルドで間違いねぇんじゃねぇかな……」


 ジュリアスは浅黒い肌の青年──ディディーの質問に答えながら小皿に取り分けた鶏肉と野菜の炒め物をで作られたはしで口に放り込む。


「アサシンギルドっていうと、ノーライトのあれだよね。暗殺者集団。ジュリアスは何か知ってる?」


「……いや? 俺も正直、ゴートくらいの知識しかないぞ。二人が習った歴史の授業通りだ。──百年以上前の世界大戦で暗躍したノーライトの暗殺者集団。大陸北端の弱小国に過ぎなかったノーライトが勢力拡大の為に講じた、ある意味、禁じ手だな。戦乱の数十年という時の中で、何人が歴史の闇に消えたことか……現在は暗殺者ではなく暗躍者、組織も教団に変わって国内の治安維持に尽力している──知ってるのはそれくらいだな」


「その実態はなんかすごいやばい連中って話らしいっすね」


「そうだな。治安維持なんて大層ご立派な名目だが、裏では何をしてるのか分かりゃしない。しかも結構な強権持ちで、国内の騎士や貴族すら頭が上がらないなんて話も聞いたな」


「……アサシンって強いの?」


 ゴートが単純な疑問をジュリアスに尋ねる。


「一撃必殺が信条……というか絶対で、それを初手──必ず不意打ちで行う。それを強いと思うか弱いと思うかは個人の主観によるな」


「いや、強くない? それって」


 ディディーが口を挟んでくる。ジュリアスも特に否定せず、うなずいて同調する。


「うーん……確かに一撃で済ませれば強いけど……」


 ゴートは少し納得いってないようだった。


「まぁな。一発必中、一撃必殺ってのは戦闘にける理想形ではある。しかし、実戦じゃ毎度毎度、奇麗に決まるとも限らねぇ。現実的に考えればそこが引っ掛かるのも理解出来る」


「……単純な戦闘力はどうなの?」


「どう、と言われてもなぁ……訓練された暗殺者はそこらの兵士より強いだろうよ。でも、そこまでだ。正当な剣術を修めた騎士や剣士と一対一なら、まず勝てないさ。かなわないと分かってるから逃げたり、物語でも毒とかで自決するんだろ?」


「うーん……そんなものかな……」


「まぁ、確かに。物語おはなしでのアサシンってのは刃に毒塗ったりとか、一貫してまともな戦い方はしないっすね。人質取ったりもするし」


「自らと名乗ってるんだ。連中にとっては、からめ手こそ王道なんだろう。毒、不意打ちに騙し討ち。勝てばよしの何でもありだ。そこにためらいも美意識もない。勝利至上主義、とでもいうかな……戦争から生まれたような組織だから当然といえば当然という向きもあるけど」


 ジュリアスはグラスの発泡水を飲み干し、通りかかった看板娘を呼び止める。

 金髪に青い瞳、白い肌の人間はこの国では珍しい。基本的にこういう髪、瞳、肌の人は山脈を隔てた向こう側……北方、それも寒冷な地域に祖先ルーツがあるからだ。


 その彼女に発泡水のおかわりと、くし切りにした芋の素揚げを追加注文する。

 彼女は笑顔で応対し、伝票に書き記すと厨房に向かっていった。


 ……ジュリアスは二人に向き直り、


「ただ、あんまりこういうことは言いたくねぇんだけどよ。戦争にも功罪はあった。例えば、俺らがこうして飲んでる発泡水も戦争がなければ生まれてなかった。元々がだからな」


「毒霧……?」


「そう。無色透明、無味無臭。理想的な毒霧として開発された魔術が大本だ。これはまさに禁じ手、本物のな……実験生物の呼気こき吐息ブレスから着想を得たという話なんだがそれを魔法道具マジックアイテムにして戦後、上手く商用に転化して生まれた物のひとつがこの発泡水って訳だ」


すか」

だよ。他には冷蔵庫なんかも戦争での技術が元で出来たものなんだぜ?」


 得意げにジュリアスは二人に語る。


「……それは兵役中の座学で聞いた事があるかな。戦争中、西の大陸から食料とか色々なものを輸送する為に船倉をにして、魔術師が数人がかりで輪番しながら運んだのが起源なんだっけ。それを戦後、冷凍の魔石なんかを使って魔法装置化して再現したものが冷蔵庫なんだと」


「正解。だけど、俺が言いたい技術ってのは今回は魔石じゃない。冷蔵庫の天板てんばん──あの金属板には砕いた魔石の粉を使用して細工を施された魔法陣が例外なくきざけられているだろう?」


 ──この世界で市井しせいに出回る冷蔵庫の構造は至って単純なものだ。


 乱暴に言えば二段構造の木箱で上部が冷凍の魔石を納めた冷凍室、下部が冷蔵室である。冷凍室の中央に特殊な容器があり、そこに鎮座した冷凍の魔石、容器内を水で満たす事で魔石が氷結させ、冷気を発生する仕組みだ。


 そして、水は徐々に消費されていくから定期的に補充してやらなくてはならない。

 その為、冷蔵庫の天板は把手とってがついて簡単に取り外せるようになっている。


「あれって、起動用の装置ですよね?」

「そうだな。そして、魔力補充用の簡便な装置でもある」

「……?」


「世の中には使用に際して危険な魔法、禁断の魔法ってのが幾つもある。おもに戦争中に生まれたものなんだが──それに使われているのも、実はその一つだ。聞いた事はあるかな、〝精気吸奪エナジードレイン〟というんだが……簡単に説明すると、生物から活力と魔力を奪って自分のものにする魔法だよ」


「……えげつないっすね」

「それが、冷蔵庫の冷気の維持に実は使われてるってこと?」


「そういうこと。勿論、危険がないように吸収には制限がかかってるって話だがね。戦争が技術を発展させる、今日の非常識は明日の常識になる……誰が言ったかは知らないが、


「へぇぇ……というか、不思議なんですが何処で得るんですか、そんな豆知識」


「まぁ、色々とな。文献や知人は言うに及ばず。行商人だったり、人の話の立ち聞きだったり。専門店から知った話だってある。そうやって、いつの間にか知ってる事も多いのさ」


「冒険者っぽいね」

「だな。これくらい、すぐに習慣になる。そして、職業病になるんだぜ?」


 そう言ってジュリアスはディディーに笑いかけた。

 ちょうど発泡水も届き、娘に礼を言ってグラスに口を付ける。


 ……その後も三人は料理を少しずつ摘まみながら雑談を続け、その日の祝宴もどきは気分よく解散となった。




*****


<続く>




・「発泡水という表現について」


「(人工的に炭酸ガスを入れたから作中では〝炭酸水〟の方が正しい※(実際、旧作の方では炭酸水表記)のですが、世界観的には〝発泡水〟の方が正しい気がするんですよね。迷ったんですが、ウチでは〝発泡水〟ということにさせていただきました)」


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