第2話「道すがら」


 魔術師のジュリアス。彼の弟子の一人、ゴート=クラース。

 その二人と並んで歩く浅黒い肌の青年の名前はディリック=ディオードといった。 

 だが、ディリックと名前で呼ぶのは家族くらいものだ。


 彼は昔からディディーと呼ばれていた。彼自身もそれを愛称としている。


 この国では珍しくもない漁師──船乗りの息子で兵役※(閂の国スフリンクには男女を問わず一年間の兵役義務がある)が重なった自分と同年の同期を誘い、九月の期間満了後、この秋から新米の冒険者になった。


 ──そして、その誘われた同期というのがゴート=クラースだ。


 何処となく気弱そうな、繊細せんさいな顔立ちの青年。性格は明るいディディーとは違って物静かで真面目に黙々と、それでいて色々とそつなくこなす。兵役で同期だった者達は彼を「一人いると助かる、裏方的な気質の男」として評価していた。


 最後に紹介するのが、彼らを先導するように少し前を歩く者……年齢は不詳だが、おそらくは三人の中で年長者の魔術師、ジュリアスだ。


 彼は自身が魔術師である事を周囲に誇示するように、冒険者をやる時は絶対に黒い外套マントを着用している。


 その魔法の知識と人生経験はまさしく歴戦の魔術師で一行の隊長格……ではあるのだが、本人はその扱いを露骨に嫌がっている。


 ──いわく、魔術師は補佐をするものだから、らしい。

 確かに物語などでの魔術師の役回りはそういうものではあるが、おそらく性格的に面倒くさがってるだけの方便だとディディーもゴートも疑っていた。



*



 ──三人は今、冒険者アドベンチャラー協会ギルドから出て移動している真っ最中である。


「打ち上げってのはやっぱり元気な時にしなくちゃな!」


「……まぁ、疲れてる時は何も食えませんもんね」

「昨日も大して疲れてたわけじゃないけどね」

「だが、昨日は昨日で金が無いからな」


「窓口が閉まったら、それはしょうがないよ……」


 ……などと、談笑しながら三人がこれから向かおうとしているところは贔屓として利用しているいつもの料理店だ。そこは〝黒猫亭〟という名前で昼は食堂、夜は酒場の顔を持つ、中央区の大通りから少し外れた場所にある。


 時間は昼日中ひるひなか、だが、飯時は過ぎた頃。

 この時間帯ならば、多少長居してもそこまで迷惑にはなるまい。


 ……十月も半ばに差し掛かったが、日中はまだまだ暖かい。


 こよみの上では秋なのだが汗っかきのディディーは厚手の冒険服を袖まくりして半端はんぱな半袖にしている。その一方、彼以外の二人はそうでもないのか、似たような恰好にもかかわらず平然とした様子だ。


 彼らが店に到着するまでの道すがら──


「──ところで、ジュリアスさん」

「……うん、なんだ?」


「さっきの話なんですけど。討伐の依頼、なんで断ったんですか?」


「うん? ……ああ、討伐っていうか駆除依頼だな。まぁ、単純に面倒っていうのもあるけど、ひとつは飛び道具なしにどうこう出来る相手じゃない、ってとこかな」


「あぁ……まぁ、いのししとかはね……」


 ──猪という獣は意外に大きい。しかし、昔はそれほどではなかったという。


 ジュリアスが小耳に挟んだところでは家畜として飼われていた豚が脱走し、それと交雑して産まれた個体が、さらに繁殖し──ねずみ算的に増えていってしまったのが大型化の原因であるらしい。あくまでまことしやかにささやかれる噂だが。


 昨今の肥大化してしまった猪では例え三人がかりでも対策なしでは相手にならず、立ちはだかろうとも簡単に跳ね飛ばされてしまうだろう。容易に想像出来る。


「それと野犬もな……ありゃ下手な魔物を相手するより怪我する確率は高い。そりゃ蹴飛ばしたりしてあしらえたりするけどよ。野犬とはいえ姿は犬だ、足蹴あしげにするには心理的にも抵抗がある。犬型の魔物モンスターなら問題ないけどな」


「まぁ、それはそうっすねぇ」


 言われてみれば確かに、とディディーも同意する。


「そもそもあの依頼、どうにも俺だけを当てにしてる頼み方なんだよなぁ……だからまぁ、あんな風に茶化して表向きなごやかに断った訳だ。俺だけの評価が上がったってしょうがないしな……」


「うん、そうですか? 隊長リーダー的な存在のジュリアスさんの名声が高まれば、俺達にもいい仕事が回ってくると思うけど」


「まぁ、分相応ぶんそうおうってものがあるよ。一足飛びに行ったってその先には苦労しかないと俺は思ってるし」


「うん、まぁ……んー……」


 そういう風に言われると反論は出来ず、ディディーは言葉に詰まって唸るだけだ。

 すると、横で会話が終わるのを待っていたゴートがジュリアスに話しかける。


「……ジュリアスが頼まれたのは、やっぱり魔術師だから?」


「そりゃそうだろう。猟師の真似事──いや、代役を頼んで務まるのは弓士を除けば魔法って飛び道具が使える、魔術師や魔法使いぐらいだろうし」


「……だけど、僕らはジュリアスの実力を知ってるけど、ギルドや他の人達はそれを知ってるんだっけ?」


「いや? まだ知らないはずだと思う……面接でこう、指先に火をともして見せたぐらいか? そりゃ確かに俺は、これ見よがしに魔術師だと主張しているがな……そもそも冒険者の仕事中に魔法を使って見せた事はまだないよな……? ここまでのおつかいで目立ったところなかったし」


 ゴートの指摘を受けて、人差し指の爪に火を灯したジュリアスが受け答える。

 火はさま、指先を何度か振って消火した。


「なんていうか、ちょっと引っ掛かるね……」


「まぁ、協会としても早々に俺の実力を把握したい──いや、化けの皮をがしたいのかもしれん。世の中には意外と多いらしいからな。魔術師をかた不逞ふていやからがよ」


「──あっ、そういう線もあるのか!」

「そう言われれば……そっちの方が正しいかもしれない」


 ゴートもジュリアスの考えた方に同調した。


「けど、そんなもんをを気にしてたってしょうがない。俺達は気にせず俺達に出来る仕事を全うしようぜ。初心者のうちは変わり映えしない仕事が続くが、これも下積みってやつだ。国は一日にしてならず、とも言うしな」


 ちょうど会話の区切りと大通りから道を曲がる時機が重なった。

 もう少し歩けば、目指す黒猫亭が見えてくる。


 心持ち足早になり、一行は店に向かっていった。




*****


<続く>




・「火を灯す魔法」


「(正式には〝発火イグナイト〟といいます。術者の爪に火を灯します。習熟すると、指先から魔力を飛ばして火をけることが可能になります。初歩の魔法です)」

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