魔術師と剣のひらめき

始まり

第1話「青少年の独白と冒険者協会」

　──なりたいものなど、わからなかった。

　僕の名前はゴート＝クラース。これまで平凡に生きてきた。

　生まれつき何かが優れていたわけではない。誰かと比べてそこまで劣っていたわけでもない。例え取り残されそうになっても努力すれば周りに付いていくことは出来たし、皆に置いて行かれることは今までなかった。

　だけど、僕には主体性がない。

　なりたいものが分からない。やりたい事が分からない。

　成長していくにつれ、周りの人間達は自分の道を模索して進み始めている。

　このままでは僕一人が落ちこぼれる。疎外感（そがいかん）が壁や断崖（だんがい）のように感じられた。

　不思議と焦りはなかったが、漠然（ばくぜん）とした不安はあった。

　……いや、これは不安ではない。

　虚無（きょむ）だ。何も見えない、感じない。流されるままに生きている。

　人生、それでなんとかなると思っている。そして実際にも、それでなんとかなってしまうのだろう。……大概は。

　少年期を無難に過ごし、問題なく中等科目を修了して教室を卒業した後、しばらく実家の稼業を手伝ってみた。それから時期が来て兵役（へいえき）に参加したが、環境が変わろうとも成り行き任せで生きていくのは変わらなかった。

　その最中、僕はある人に出会った。ジュリアスと名乗り、魔術師を自称する。

　僕は彼を少し助けただけだが、何故か恩義を感じて魔術を教えてくれるという。

　その時、ジュリアスは言った──「僕との出会いは天の配剤である」と。

　今もって彼が本気で言っていたとは到底思えないが、お互いの道が交わるのもこの機会を逃せば二度とないだろうという事は僕でも直感できた。

　人生の転機とは時に唐突にやってくるものである。

　伸（の）るか反（そ）るか。その選択で僕は──　

*

　──世界の名はミクロンと言った。

　中央の大陸、海で分かたれた半身の上を"理想の大陸"（アルカディア・プレート）と呼ぶ。

　その大陸の南部、二つの強国に挟まれた緩衝地帯。閂（かんぬき）の国、スフリンク。

　地図上では北上すれば中原は目と鼻の先ではあるが現実には分厚く、長く、大陸の中央を分断する聖マリーナ山脈に阻まれ、それは叶わない。またスフリンクの国土は北に行くほどに小山や森などがあり、中央から南は丘陵地帯と平野が主であるが先に述べた通り、大国に挟（はさ）まれている為、東西は狭（せま）い。

　──さらに、国の東部にはダイン川と名付けられた河川がある。

　山麓（さんろく）から緩やかに蛇行を繰り返しながら国土を我が物顔で縦断している川だ。

　この川のせいで少なくない国土が活用に制限を受けている。

　……もっとも、河川は天然自然の恵みであり、恩恵も多分にある。

　その証拠にダイン川周辺にはそれに与（あずか）る為、農村が河川に寄り添うように点在していた。一方で大雨等による氾濫（はんらん）もあり、それを恐れて村の一つ一つはそこまで大きくない。

　そして、大陸の南端──地図の上では河口部に近いところに港湾が築かれており、そここそが国名と同名の王都スフリンクであった。

　王都スフリンクの冒険者（アドベンチャラー）協会（ギルド）は中央区大通りの一等地にある。

　建物自体、そこらの商店より二回りほど大きい。

　百年以上前に起こった大陸中を巻き込んだ大戦とは結果として無縁、国同士の対立も今は昔となってはいるが、一寸先は闇である。東西の隣国との同盟に胡坐（あぐら）をかき、平和に甘んじて冒険者の保護や育成を感（かま）けようものなら、それが蟻の一穴になるとも限らない。

　──国策として、スフリンクは冒険者を他国より厚遇していた。

　冒険者の支援が目的の冒険者協会と、いざという時の為に冒険者との繋がりを深くしておきたいスフリンク側との利害が一致したのが大まかな理由だが「世界を脅（おびや）かす魔物（モンスター）と戦う冒険者を庇護（ひご）しなければならない義務感もあった」とスフリンクは後（のち）に明かしている。

　その論より証拠となる例が冒険者協会の宏壮（こうそう）な佇まいに表れているのだろう。

　仕事を終えた翌日、その冒険者協会にあの三人の新米冒険者一行が訪れていた。

　──そのうち、一人は青年で三人では見た目は最年長。おそらく一行の監督（リーダー）役。

　衣服の上に表も裏も黒で染め抜いた外套（マント）を羽織り、言外（げんがい）に自分が魔術師である事を周囲に知らしめている。

　残りの二人は年齢も背格好も似たような青少年で、一人は線が細く気弱な……よく言えば繊細（せんさい）な顔立ちをしている。もう一人は日に焼けた浅黒い肌と短髪で表情も常に明るい。対照的な二人だった。

　冒険者協会は本日も盛況のようで、一目で冒険者と分かる姿の数名が掲示板の前で依頼の貼り紙を見つめていたり、壁際で仲間と何やら話し込んでいたり、協会職員のいる窓口も当然、冒険者で埋まっていた──が、その時、訪れている冒険者の割合は前述の三人を含めても実は少ない。

　何故なら協会に訪れている大半が一般人。彼らに依頼を持ちかける人々なのだ。

　国からの援助もあり、まとまった数の人手、働き盛りの若手を割安で借りられるとあっては人気にならない訳がない。

　一般の相談窓口は冒険者の三倍はあるというのに満席で、今からなら一時間待ちは確実の様相だった。それを横目に見ながら彼らは冒険者専用の窓口へ進む。

　──今月から始めて、これで三件目。

　恙（つつが）なく初心者向け最後の仕事を達成し、報酬を受け取りに来たのだ。

　順番を待って冒険者協会発行の仕事票を差し出し、手続きを終える。

「……それじゃ、ジュリアスさん。報酬の銀貨300枚になります」

「はいよ。確かに受け取った」

　窓口の若い女性職員から報酬の入った革袋を受け取るとそれを後ろに待機していた仲間に手渡した。

「ところで、ジュリアスさん。……知ってます?　東の隣国（ギアリング）で、殺人事件が起きたんですけど──」

「殺人事件?　……物騒だが、そんなに珍しい話でもないだろうに」

「(……それが違うんですよ、ジュリアスさん……その事件は暗躍者（アサシン）教団（ギルド）の破門者が関係してるらしくって……今、内々に調査しているところなんですよ……)」

　声をなるだけ小さくして彼にだけ聞こえるように、職員がつぶやく。

「(暗躍者（アサシン）教団（ギルド）、アサシンギルドねぇ……ていうか、新参者で新米の俺にそんな事を話していいのかね?)」

「名目上は、でしょう?　ジュリアスさんは魔術師ですから!　……でも、真面目な話、協力をお願いするかもしれません。魔術を嗜（たしな）んでいる人って我が国では貴重で、もし隣国（おとなり）で事件が解決しなくって、こっちまで飛び火したら──」

「んー……まぁ、なぁ……」

　ジュリアスは唸る。事情は分かるが、乗り気ではない。

　現時点であまり危険なことに首を突っ込みたくないのだ。自分だけならともかく、まだ若い二人の身を預かるとなれば判断は慎重になる。

「……まぁ、現時点では隣国（おとなり）の懸案事項（けんあんじこう）ですから!　あくまでも最悪を想定しての話ですし。何事も無くあちらの国で処理される可能性もありますから」

「……だな。そうなるように祈ってるよ」

「ところで、ジュリアスさん!　次のお仕事の話なんですが──」

「気が早すぎやしないかね?　ま、話だけでも聞いておこうか」

　愛想笑いというより、苦笑いを浮かべてジュリアスは答える。

「それがですね、それなりに緊急で面倒なお仕事がありまして。猪と野犬が──」

「無理!　ウチの面子じゃ、まだ無理!　それは本職の猟師に頼むよう言ってくれ!」

　ジュリアスが半ば悲鳴交じりで拒否すると、

「分かりました……けど、気が変わったら引き受けて下さいね?」

　協会職員もそれ以上の斡旋（あっせん）はしない。感触が悪ければすぐに引く。

　冒険者の扱いは手慣れたものだ。

「……まぁ、気が変わったらね。それじゃ、アチカさん。これで失礼するよ」

「は～い。お気をつけて」

「はいよ。ありがとね」

「有り難うございました」

　用件を終えた以上、長居は邪魔になる。ジュリアス達は速やかに立ち去った。

*****

<続く>