魔術師と剣のひらめき 

てぃ

第0話「魔法の射ち方」



 何かを持ち上げて投げる。弓を引き絞るように溜めて放つ。

 指で弾く。手で薙ぎ払う。あるいは突き出すか。上半身で行う射撃とは大部分が放り投げることの延長線上にある。


 つかんで放す。

 それが投射の基本といえるだろう。


「魔術──いや、魔法か。それを扱うのに何より重要なのは想念と意志の力だ。魔法といえば呪文の詠唱がつきものだが、呪文に入る前に唱える一節がある」


「呪文の前に唱えるもの……?」


は想念と意志の力、奇跡を顕現けんげんする根源……これは〝魔法の合言葉アンロック・キーワード〟と呼ばれる魔術師にとっては基本中の基本的な一節さ。要は想念と意志の力こそが魔力であると端的に表しているんだな」


「魔力……へぇ、そういうことなんすか……」


「それで今、試しに見せた〝飛礫ミサイル〟だが……この魔法も飛び道具、ならば想念も気をてらわずに投射の基本にならってやるべきだ。例えば、投石とかな。そして、投げた後も残心を忘れないこと。初心者なら尚の事な。何故なら、魔法は投石をしたとしても魔法であるから。はずしたと思わない限り外れない──そう念じるんだ。それが標的に命中させるだよ」


 若い男が二人の青少年に対して魔法の実演を交えつつ解説している。

 三人は街道脇の野原で立ち話をしていた。この辺の草の背丈は長くとも膝下、すねをくすぐる程度しかない。草自体も柔らかく、足元は簡単に踏み固められる。


 季節は秋。暦は十月。正午を過ぎて、天気はやや下り坂。

 曇りがちな空に少し肌寒い秋風が止む事無く吹き続いていた。


 その為、若い男が羽織っている外套マントも休む事無くはためいている。

 まだ新品同様の、表も裏も黒に染め抜いた黒い外套だ。


 男はその黒い外套に意味を持たせていた。

 街中でもお構いなく着用し、例え真夏になっても脱ぐつもりはないとうそぶいている。


 ──自身が数少ない「魔術師」であると言外に周知する為だ。

 実際、その異様さに彼は一目を置かれ……或いは奇異の目で見られている。

 彼としては望むところであり、それをよしとしている。


「だけど、ジュリアス。それが本当に初歩的な魔法なの?」

「そうそう。初歩にしちゃ、随分と威力があるような──」


「ま、そこは練度の差かな。この〝飛礫ミサイル〟って魔法は昔から多用してるし……得意と言えば得意になるだろうからな」


「……言うだけあって、かなりの威力だよね」


 そちらを見ながら、まだまだ線の細い青年が呟いた。

 彼の放った魔法の着弾地点は草がげ、少しえぐれた地肌が見えている。


「これでもまだ手加減した方なんだがね。それでも人を殺傷するほどの威力はある。お前らと仕事するにあたって、俺はしばらく魔法を制限するつもりだ。本気で魔法を駆使すれば、お前らと組んで仕事をする意味がなくなるしな。無論、状況によっちゃその限りではないが、基本的にはそういう方針でやると理解してくれ」


「それはいいけど……」

「んじゃ、しばらくは(どのくらいか分からないけど)魔法はナシですか」


 もう一人の、日に焼けた肌の活発そうな青少年が魔術師ジュリアスに確認する。


「いや、一切なしって話じゃない。必要に応じてそこは臨機応変に、な。ただなんとなく楽したいってのはダメだが、ちゃんと考えがあって提案してくる分には聞く耳を持つよ。願わくば、対等な仲間として……希望を言えば俺が指示するんじゃなく俺を上手く使ってくれるようになるのが理想だわな」


 魔術師は指でバツ印をつくって注意した後、明るく語って二人に笑いかける。 

 いろいろと偉そうに語っているが、実は彼は魔術師でありながら頭脳労働が苦手で大嫌いなのだ。


 ──魔術師とは魔術が本領であり、方策など学術は学者の領分である。

 魔術師が賢者を兼ねる風潮には我慢ならないし、両者を同じくするべきではないと本気で思っていた。


「それじゃ、休憩も終わりにするか。ぼちぼち帰るとしようぜ」


 魔術師の呼びかけに二人から短い返事があり、三人は帰り支度を始める。

 ……といっても、休むためにそこらに置いた背嚢はいのうを拾い上げるだけだ。


 これをこちらからあちらへ、そしてまた、あちらからこちらへ。

 行きつ戻りつ運び込むのが今回の仕事である。要は街から街へと往復する郵便物の配達仕事だ。


 新人は最低でも三回はこの仕事をこなさなければならない。

 何故ならば──彼ら三人が所属する国、国名と同名の王都スフリンクは国土の南端にあり、近隣諸国随一の港湾施設は外洋への進出を可能としている。


 その王都から東へ、西へ、そして北へ──

 これは右も左も分からない新人にいちから地理を教えてやろうという親心なのだ。

 まさしく見習いの仕事と言っていい。


 そして、彼らが何の見習いかと言えば──


「これで見習い仕事チュートリアルもおしまいだ。さて、次はどんな仕事を振られるんだろうな?」

「通例ならまだ運び屋稼業じゃない? 多分、年内はそんな感じだと思うよ」


「結局、おつかい継続かぁ……せっかく〝冒険者〟になれたんだし、どうせなら派手に活躍したいよなぁ」


「何事にも順序はあるさ。今は腐らず、下積みに励もうぜ?」


 そう言って、魔術師が若い二人に笑いかける。

 焦る必要などない、と言い聞かせるように──


「本格的に活動するのは魔法を習得してからだって遅くないんだ。第一、お前らには俺がついてる。お前らは俺が必ずいっぱしの魔術師にしてやるから大船に乗った気でいりゃいいのさ」


「……魔術師、か」


 線の細い青少年がぽつりとつぶやく。それを気にした魔術師が、


「冒険者と魔術師の両立は可能だぜ、ゴート? ……そりゃあ、冒険者にくだるような魔術師は少ないけどよ」


「だよね……」


 彼にも魔術師にも思うことがあるのか、二人はそれ以上言葉を交わさなかった。

 その沈黙を気まずいと思ったのか、


「んじゃ、帰りますか!」


 溌剌はつらつとした声を上げ、もう一人の青少年が街道に向かい率先して歩きだした。

 顔を見合わせた二人は気を取り直し、短い返事をして後に続いていく。


 ……このまま順調に進めば四半日とかからず、王都に帰りつけるだろう。

 彼らは今日を一区切りとして〝冒険者〟としての新生活を本格的に始めるのだ──




*****


<続く>


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