第21話「セカンドシーズン」
夜の森は静寂に包まれ、木々が風に揺れる音がかすかに聞こえる。
月明かりが細い小径を淡く照らし、俺の足元を導くように輝いている。
村へ戻る道すがら、頭の中ではグリドアとの会話が何度も反芻されていた。
「エリフェを助けてくれ」
グリドアの言葉は重く、真剣だった。
だが同時に、俺にはどこか引っかかるものがあった。
エリフェのような純粋な存在が、どうして帝国の手先になったのか。
帝国の真意を探るべきだと分かっていても、その過程でどんな障害が待ち受けているのかは予想もつかない。
今の俺は、爆弾を抱えている。
過去の俺、シュウという影を。
自分自身の影に脅かされている様では、組織を相手にするのは厳しいだろう。
ふと、俺は足を止めた。
そして、胸の内である決意を固め、ラフィとの通信を開いた。
「ラフィ、聞こえるか?」
森の静寂の中で、微かなノイズと共に彼女の声が聞こえる。
「セラ君、どうしたの? こんな夜遅くに」
いつも通りの柔らかい声だ。
同時に、どこか嬉しそうな響きも混じっている。
俺は短く息を吸い込み、用件を切り出した。
「シャドウマスタリについて、話をしたいんだ」
その言葉に、ラフィはしばらく沈黙した後、少し驚いたような声で答えた。
「言ったでしょ。教えられない、って」
「俺の影から、シュウ……大人の世良 修一郎が出てきたんだ」
「えっ?! も、もう?!」
彼女の軽い反応に、俺は軽く眉をひそめた。
まるで悪戯がバレたような声を上げているラフィに、少し苛立ちを感じる。
シャドウマスタリは確かに強力な力だが、コントロール出来もしない力など、不安要素でしかない。
「……教えなくてもいい。答え合わせと行こう。シャドウマスタリは、影を操る力じゃなくて、自分の影を制御するための力なんだろ?」
ラフィは少し考えるような間を挟み、静かに答えた。
「大体合ってるわね。ただ、それだけじゃないの」
彼女の口調が急に曖昧になり、また沈黙が訪れた。
彼女は喋っていないが、後ろから人の話し声が聞こえる。
微かに聞こえてきたのは俺とアルマの声だった。
俺がラフィに問いかけようとする前に、彼女の声が再び聞こえてくる。
「ごめんなさい。今、神界で、
俺は驚いて言葉を詰まらせた。
「もう放送されてるのか」
ラフィは苦笑混じりに続けた。
「うん。これがゼタが主神であり続ける理由ね。暇な神々の心を掴むのが上手いのよ」
転生してから俺の周りは目まぐるしく状況は変わっている。
エンタメとして見る分には確かに面白いかも知れないが、こちらとしてはあまり良い気分では無い。
「……でも、変ね。こっちで放送されてるのを見た感じだと、シュウは出てきてない。ゼタの奴、また自分勝手な編集したわね……!」
ラフィが珍しく荒ぶっている。
ゼタにとって、シュウが出てくる事はどうやらあまり好ましい展開では無いようだ。
あの髭面を思い出すと腹が立つが、今考えても仕方ない。
「ゼタは何が目的なんだ?」
「ゼタはこの神界で、君の世界で言うマスメディアのような存在よ。彼が作る番組が神々を楽しませて、彼の信仰心を増やしている。ゼタは元々窓の神として力の弱い存在だった。でも、人間の作るコンテンツを真似て神界に娯楽を提供して、主神にまで登りつめたのよ」
ラフィは恨み節は続く。
「ゼタの能力は何処にでも窓を出現させて、そこを通り抜ける事が出来るだけのチンケな能力だったのよ。それを上手いこと放送というコンテンツにした機転は賞賛出来るけど、あまりに俗っぽすぎるわよね」
俺からすれば便利な能力だ。
要は瞬間移動が出来る能力なのだろう。
パソコンやスマホでも「ウィンドウ」という言葉を使うので、そこにもあやかっていそうだな、と益体も無い事を考える。
ため息をついて、ラフィに返事をする。
「つまり、俺のセカンドシーズンは、神様方の娯楽のためにあるってことか」
ラフィは一瞬言葉を詰まらせたが、意を決したように話を続けた。
「……そう思うのも無理はないわ。ゼタの力の源は視聴者の信仰心。そして、君の物語が神々の興味を引けば引くほど、ゼタの力も増していくのよ」
「お前もその流れに乗ってるってわけか?」
「違うわ。聞いて、セラ君。私はゼタに一泡吹かせたいのよ」
ラフィの声が急に鋭さを帯びる。
「ゼタのやり方は神界を堕落させている。エンタメが神秘に取って代わり、本来の信仰や祈りの形が失われていってる。だから、私はゼタを利用して、彼に勝つための一手を打ったのよ」
「と言うと?」
「君のシャドウマスタリに仕掛けをしたのは、ゼタに対抗するため。君にシュウという存在を紛れさせて、登場させたのもその一環よ。アイツの思い通りに話を展開させない為に」
その言葉を聞いて、少し考え込む。
シャドウマスタリが、神界の権力争いに巻き込まれるための手段だったのだと理解した瞬間、どこかやるせなさが込み上げてきた。
「お前たちの道具にされてるみたいで、いい気分では無いな。結局、お前もセカンドシーズンを利用して、自分が主神とやらになりたいだけなんじゃないのか?」
「主神になるのには興味は無いわ。私はこの神界の現状に、一石を投じたいだけ。人を導くはずの神が、その責務を放棄して娯楽に浮かれ、堕落してるのよ? それを変えたい、と思うのは古い時代の神として当然でしょう」
「……巻き込まれた本人にそれを言うか? 何を言っても結局、お前らの都合じゃないか」
ラフィは申し訳なさそうに答える。
「……ごめんなさい。だけど、君にもその力が必要なのよ。敵は魔物や帝国だけじゃないの。今後はもっと厳しい戦いを強いられるかも」
「…どういう事だ?」
静かな沈黙がしばらく続いた。
「……今回のセカンドシーズンでは、君以外にあと5人、転生者がいるのよ」
俺は耳を疑った。
俺と同じような境遇の人間が、他に5人もいるという事になる。
ゼタが黙っていた事を考えると、サプライズ的な意味合いが強いように思うが、それだけではないだろう。
ラフィは間を置いて続けた。
「参加者同士が戦い、相手を下すと、自分の特性を強化するか、相手の特性を奪うかが選べるのよ。血の気が多い人は、すぐに他の転生者を探すでしょうね」
そんな過酷なルールが存在していたとは、思いもしなかった。
ラフィの口振りでは、他の参加者はそれを知って動いているように感じた。
「なんでそんなことを……」
「ゼタは視聴率が取れる展開が好きなのよ。戦いと争い、そしてドラマティックな結末。そうしたものが神々を熱狂させるから。でも、大丈夫よ」
ラフィは静かに笑い、「君が一番強いから」と言い切った。
「君にはシュウがいるし、君自身も想像以上の成長を見せてる。転生者にどう対応するかは君次第だけど、私は信じてるわ」
ラフィの声が静かに耳に響いている中、俺の中に新たな懸念が浮かぶ。
来たる転生者同士の争いに備えて、俺が持つ
シャドウマスタリの性質についてはまだ不明な点が多すぎた。
「ラフィ、シャドウマスタリについて、もう少し詳しく教えてくれないか」
俺がそう切り出すと、ラフィは少し沈黙した。
「それは前にも言ったけど、あまり教えられないのよ」
「……それじゃ困るんだよ。お前も協力の姿勢を見せてくれないと、俺もラフィに協力出来ない」
ラフィは少しだけ間を置いてから、ため息交じりに答えた。
「……分かったわ。できる限り答えるから、聞いてちょうだい」
「まず、味方に被害は無いのか?」
ラフィは即座に答えた。
「危険な状況に出てくる事はあっても、勝手に行動する事は無いと思うわ」
それを聞いて、俺は少し安堵した。
「じゃあ、シュウの行動を制御する術はあるのか?」
「あるわ。それも君次第だけどね」
ラフィの返事には、どこか含みがあった。
俺はさらに質問を続ける。
「俺自身が成長すれば、シュウを完全に制御できるようになるのか?」
ラフィは少し笑いながら自信満々に答えた。
「それは間違いないわ。君が強くなれば、シュウも君に従うようになる。だからこそ、君が諦めずに努力を続けることが大事なの」
それが真実であれば、俺にも希望はある。
「……分かった。この話は終わりにしよう。ついでに魔法について聞きたいことがある」
ラフィは興味深そうな声を出した。
「魔法? 何かしら? 魔法の事なら何でも聞いてちょうだい」
「男が魔法を使えるようになるには童貞を捨てるしか手はないのか?」
俺が真剣な声で問いかけると、ラフィは一瞬沈黙したかと思うと、突然爆笑し始めた。
「ちょ、ちょっと待って! なにその設定! そんな訳ないじゃない!」
声をうわずらせながら笑い続けるラフィに、俺は不満げに眉をひそめた。
「いや、だってこっちの人達はそうだって言ってたぞ」
ラフィは息を整えながら、可笑しそうに続けた。
「確かに女性の方が早く魔法を使えるようになるわ。でも、男性も時間はかかるけど自然に使えるようになるわ」
その言葉に、俺は少し肩の力が抜けた。
「それじゃあ、今の俺でも魔力は少しは溜まっているのか?」
「そうね。月は平等に世界を照らしてるのよ。個人差はあれど、皆等しく月の力を享受出来てるはず」
「時間がかかるのか……。手っ取り早く使えるようになる方法はないのか?」
魔力を可視化出来るようになれば、戦闘前にある程度相手の実力が読めるようになる。
その力はなんとかして手にしておきたかったのだ。
ラフィは少し考える素振りを見せた後、悪戯っぽく笑いながら言った。
「それこそ女性と肌を重ねるのが早いわね」
「……冗談だろ」
俺は少し引きつった声を上げたが、ラフィはなおも笑い続ける。
「本当よ。ただし、君がそういうことに抵抗があるなら、普通に待つしかないわね」
「……そうか」
そう返すと、ラフィはまた軽く笑った。
「セラ君。不安かもしれないけど、転生者同士の争いがあっても、君ならきっと切り抜けられる」
「……俺はお前を信じてもいいのか?」
その問いに、ラフィは真剣な声で答えた。
「もちろんよ。私は君の味方。君の物語が続く限り、君を見守り、助けるわ」
彼女の言葉に、嘘は感じられない。
「ま、それならもう少しだけ付き合ってやるよ。転生者の情報も、どうせ言えないんだろ?」
「うん。ごめんなさい」
「いいさ、もうあまり期待はしてない。……じゃあな」
一方的に通信を切り、夜の森に再び静寂が戻った。
俺はその場で少しの間立ち尽くし、これから起こるだろう戦いと、他の転生者達に思いを馳せる。
グリドアから頼まれた精霊獣エリフェ、帝国に潜入しているアルマ、魔法や特性、そして技能。
更には神界の思惑など、分からないことだらけだが、俺には迷う時間は無い。
強くなるという曖昧で大きな目標を掲げ、俺は村へと続く道を歩いていく。
俺の第二期《セカンドシーズン》が始まるそうです。 煙ちゃん @kemurin
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