第15話「ジュデカとトロール」
茂みから川辺の様子をうかがう。
川の周りには五体のトロールが堂々と陣取り、それぞれが独特の色彩で不気味に佇んでいる。
彼らの巨体が、かすかな風に合わせて揺れる様子は、まるで動かない岩山がこちらを睨んでいるかのようだ。
トロールの巨体から繰り出される一撃の破壊力は計り知れない。
油断すれば一撃で叩き潰されるだろう。
幸いな事に、こちら側の川岸には二体、向かい側に三体のトロールが陣取っている。
川の流れも早く、深さも相当ありそうだ。
あの巨大ではすぐに渡ることは難しいだろう。
俺はドローンの映像を頼りに、トロールの背後からゆっくりと忍び寄っていく。
ジュデカの方向に顔を向けると、彼の兜がこちらを見ている事が分かる。
フルフェイスで視認しにくいが、彼も俺の動きを注視しているようだ。
俺が頷くと、ジュデカは緊張の為か、また固まってしまっている。
彼は深く息を吸い込み、決意を固めたように頷く。
震えている拳をぎゅっと握りしめ、視線を目の前のトロールたちに向け直す。
距離が近づくにつれて、その巨大な体が迫力を持って視界に入ってくる。
体長はおおよそ二メートル半、厚い皮膚に覆われ、肌には斑点模様が散らばっている。それぞれが異なる色合いで、赤や青、黄色といったカラフルな姿が、かえって異様な雰囲気を漂わせていた。
俺は彼の方を見て、もう一度静かに頷いた。そして、足音を殺して青いトロールへと接近する。
わずかに音を立てた瞬間、青いトロールの小さな目がこちらを捕えた。
その眼光は、鈍いが確実にこちらを認識している。
視線を遮るようにして、ドローンを一基、トロールの目の前に下ろす。
淡く輝く鳥を見たトロールは大きな鼻を動かし、興味深そうな顔をして、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
フラフラと揺れながら一定の距離をとるように、ドローンを操作しながら、もう一体のトロールと引き離すように牽引する。
ドローンとの距離が縮まらないのが不満なのか、トロールは速度を上げてくる。
まるで山が動き出したかのような迫力だ。
俺はドローンの高度を上げる。それと共にトロールの目線が空へと向かっていく。
こう言ってはなんだが、少し間抜けに見える。
隙だらけとは正にこの様だろう。首を上に向けて、背中を少し丸めて上空のドローンを虚ろな目で見つめている。
その隙に、トロールの足元へ即座に移動をして、その無防備な腹目掛けてダガーを切り付ける。
ダガーはトロールの腹を裂いたが、トロールはうめき声一つ上げずに、ゆっくりと視線を下に下ろす。
見たところ、皮下脂肪が厚すぎてダメージを与えられていないようだ。
しかも切りつけた部分がウネウネと動き、傷口が再生しているように見える。
軽装備では致命傷は与えにくいと言うことか。
首元か心臓、頭などの急所を攻撃しなければ、効果は薄いようだ。
トロールと目が合った俺は、ゆっくりと後退りをしてから、わざと背中を向けて走り出す。
目論見通り、トロールは俺を追いかけて来ているようだ。
後ろからズシズシと大地を踏む音が聞こえるのが、その証拠だ。
俺はジュデカの方を見ると、彼は既に準備を終えていたのか独特な構えで迎撃態勢を取っている。
右手に持つ剣は下段に構え、左手に持つ剣は肩に乗せるようにして担いでいる。
やけに体が開いた構えだ。
トロールの攻撃に少しでも早く、柔軟に対応できるようにしているのだろう。
ジュデカとの距離が近くなったことを確認した俺は、また踵を返してトロールの方へと方向を変える。
突然の方向転換に驚いたのか、トロールは急ブレーキをかけるようにして止まろうとする。
その足の間をすり抜けるようにして、トロールの視線をこちらに向ける。
これでジュデカはトロールの背後を取れたはずだ。
「ジュデカさん!」
俺がそう声をかけると同時に、トロールの背後から黒い騎士が現れる。
重そうな鎧からは想像出来ない程に、軽やかな足取りで、階段を登るようにして、トロールの背中を駆け上がる。
そのまま頭上まで駆け上がると、上空に飛ぶ。
空に舞う黒い騎士の二本の直剣から、轟々とした炎が漏れ出るように噴出していた。
その勢いを殺さずに、ジュデカは体を捻り空中でコマのように回転を始める。
駆け上がったスピードを活かし、そのままトロールの無防備な後頭部目掛け、ねじり切るようにして首元に炎の直剣を突き立てる。
「
直撃したジュデカの攻撃は、凄まじい威力だった。
厚い皮下脂肪は愚か、それよりも硬い骨をも砕き、更にその剣からは炎が溢れ出ている。
一瞬でトロールの頭を吹き飛ばし、その胴体は力無く倒れて、首元からは赤い火柱が上がっている。
ジュデカは燃える火と着いた血を払うように、直剣を振ると、剣に広がる炎は消え、やがてトロールの体からも炎が収まっていく。
……めちゃくちゃ強いじゃん。
本番に強いタイプなのか、吹っ切れたのか、何にしてもいい滑り出しだ。
俺は肩で息をしているジュデカの傍に駆け寄り、声をかける。
「驚きました。ジュデカさん、強いじゃないですか。俺の援護なんて、要らなかったですね」
俺がそう声をかけると、兜を外しながらジュデカが大きなため息をつきながら言う。
「ブハァァッ! き、緊張したぜぇ……。なんとか上手くやれた……」
「凄いですね。炎の二刀流、カッコイイです」
これはお世辞でも無く、素直に思ったことだ。
何故俺と対峙した時よりも強いのだろう、と思っていると、ジュデカが照れくさそうに鼻をかいているのが見える。
「装備のおかげもあるな。この防具や武器には帝国の魔女様の加護が付与されてるんだよ。魔法との親和性が上がったり、攻撃力が上がったりとかな。生身であんな
なるほど、俺と対峙した時は村の兵士達と同じ装備だったから、力を発揮できなかったのか。
「帝国の魔女、というのは?」
俺がそう尋ねると、ギョッとした顔のジュデカが、声を落として言う。
「魔女様、な? 呼び捨てにすんなよ。……あんま大きい声じゃ言えないけど、何処に耳がついてるか分かんねえ、おっかないお人だよ」
「あ、すいません。魔女様、ですね……」
ジュデカは声を落としたまま続ける。
「時間もねぇから手短に話すぞ? まず、俺ら騎士団は四つの軍団に分かれてる。『
ドローンでトロールを監視しているが、対岸の三体は動く気配が無い。
こちら側のトロールは鼻を動かして何かを警戒しているようにも思えるが、まだ話す時間はありそうだ。
「なるほど。加護をくれる、ね」
魔女について考えを巡らせると、ふと脳裏にグリドアの姿が浮かんだ。
いくつかの共通点があるように思える。
魔女とグリドアには、いずれも「加護」を与える力があり、それが受ける者に大きな影響を及ぼしている。
例えば、ジュデカが身につける防具や剣に付与されている力は、彼が扱う炎の魔法や
これは、グリドアからブドウに託された雷の力と、何か通じるものがあるように感じられる。
━━━それに、俺もゼタによって力を与えられている。
加護というのがどれほど強力なのかは分からないが、実戦に関してほぼ素人のジュデカがここまで戦えている事を考えれば、すごい力なのだろう。
また、魔女やグリドアの存在自体が、周囲に崇拝や畏怖の念を抱かせている点も共通している。
村人がグリドアや精霊獣を神聖視し、その結界の力に頼っているように、帝国の騎士たちもまた、魔女たちの加護に対して畏敬の念を抱いているようだ。
神のように崇められるグリドアと魔女たちには、共通した「神聖視される力」があるように感じる。
考えを巡らせている間にも、対岸のトロールは動きを見せず、まだこちらには気づいていないようだった。
だが、次の瞬間、ドローンの映像が少し揺れる。
二体目の赤いトロールがこちらに顔を向け、鼻をひくつかせて、じりじりとこちらに歩み寄ってきた。
「ジュデカさん、次のが来ますよ」
俺はそう告げながら、彼に視線を向けた。
「よし、また二人で━━」
ジュデカが言いかけたところで、俺は首を横に振り、彼の言葉を遮る。
「ジュデカさん、あれの相手をお願いします」
「えっ、一人で……? いや、さっきはお前の囮があったからうまくいったけど、俺一人だと──」
彼の不安そうな表情を見て、俺は軽く肩を叩く。
「ジュデカさんならできますよ。何とかなりますって」
ジュデカがここで一人で戦うことには、いくつかの利点がある。
一度実戦で成果を上げたスキルや戦術を独力で再現することで、彼により強い自信が生まれるだろう。
いつまでも後衛に頼るわけにはいかないし、帝国の騎士団に所属する者として、いずれは自ら前線で戦う必要があるかもしれない。
村の戦力としては申し分ないほどに強いが、いかんせん経験や自信が足りていない。
ブドウの結界内ではそうそう危険な事は起こらないだろうが、それに胡座をかいていた結果、彼の自信の無さに繋がっているように感じたのだ。
「……わかった。やってみるわ」
ジュデカはため息をつきつつも、覚悟を決めたように剣を握り直し、トロールに向かって姿勢を整えた。
「よしっ! こっちのデカブツは任せろよ!」
その意気込みに頷き、俺は再びドローンでトロールの位置を把握しながら、彼の初めての単独戦闘を見守りながら、対岸のトロール達に向けて移動を開始する。
「つっても、どうすりゃいい? 何か作戦はあるのか?」
「……さっきと同じ方法で倒せませんか?」
「ありゃあ無理だな。体色と一緒で、魔力の色が赤い。……俺と属性が被ってるんだ。火の攻撃は効果が薄いだろうな」
ジュデカは目を細めてトロールを見つめている。
「ジュデカさんは火の魔法しか使えないんですか?」
「なんだよ、その言い方は。普通一つの属性しか使えないからな!」
ふとミィチェの事を思い出す。
彼女は火の魔法を操り、ブドウの傷を癒す回復の魔法も使っていた気がするのだが。
「ミィチェは火の魔法と、回復の魔法を使っていたようですが、あれはミィチェが特別なんですか?」
「……ああ、ミィチェ、っつーかファラリス家の魔力のオーラは普通じゃねぇんだ。見たら一発で覚える。何て説明すりゃいいかな。魔力のオーラが見えりゃ、話は早ぇんだけどな……」
ジュデカは必死に言語化しようと試みてくれているが、どうもイメージが難しい。
彼の話によれば、魔力を可視化出来るようになると、対象が使うであろう魔法に対応した色が、周りに見えるようになると言う。
火であれば赤、水であれば青、土であれば茶色、風であれば緑、雷であれば紫。
その他にも属性はあるらしいが良く見るのはその五つの属性らしい。
特に魔物は魔法の影響を受けやすいらしく、体色が属性によって変化する為、分かりやすいとの事だった。
トロールがこちらに気づき、重い足音を立てながらジュデカに向かって歩み寄るのを見て、俺は移動を開始する。
大きく森を迂回して、対岸へ渡り、残りの三体の気を引いておく。
ジュデカが目の前の敵だけに集中出来る状況を作り出すためだ。
ジュデカは、少し緊張した表情をしているが、硬さが取れたように感じられる。
一呼吸してから兜を被り直すと、直剣を構えてトロールを見据える。
援護も無く、彼が自分だけで戦わなければならない状況だ。
どうやってトロールの巨体に挑むのか、少し楽しみでもあった。
ジュデカは、一度大きく深呼吸してから、ゆっくりと剣を構えた。
彼の目がトロールの動きに注がれている。
赤いトロールが低い唸り声を上げ、ゆっくりとその巨体を揺らしてジュデカに迫ってくる。
踏み出すたびに大地がわずかに揺れているようだ。
「……来い!」
ジュデカが小さく呟くと、赤トロールの目が彼を捕え、次の瞬間、その巨体を生かした勢いで腕を振り上げて攻撃を仕掛けてきた。
ジュデカはすぐに身を引き、ギリギリのタイミングでその一撃をかわし。すれ違いざまに攻撃をしかけている。
爆発音のような轟音が周囲に響き、ジュデカはすぐさま次の攻撃に備えて距離を取る。
その音に気付いたのか、対岸のトロール達の視線が俺たちの方へと向いたのを確認する。
俺は森から飛び出して、彼らの視線を俺へと変更させる事にした。
三体のトロールが俺を視認すると、ゆっくりとした動きで立ち上がり、こちらに近づいてくる。
俺は対岸のトロール達を牽制しつつ、ドローンでジュデカの戦闘の様子を伺うことにした。
彼は、焦ることなく相手の動きをじっくりと見極め、トロールの動作に合わせて小刻みに動きながら隙を窺っていた。
まるで、じわじわと相手の力を削るように、時折剣を軽く振り、相手の注意を自分の方に引きつけている。
トロールの腕が再び振り上げられると同時に、ジュデカは一瞬の間合いで足元に切り込む。
赤いトロールは短い唸り声をあげ、少しだけ動きを止める。
彼の剣が生む小さな攻撃だが、それが繰り返されることで、少しずつトロールの体力を奪っているかのようだった。
よく見ればアキレス腱や関節などの弱点に攻撃を集中させているようだ。
「やるじゃないか、ジュデカさん」
ジュデカは、確実に自信を深めていくように見える。
自分自身の力でトロールに立ち向かう経験が、彼の内面を少しずつ変えているようだった。
だが、トロールも黙ってやられている訳では無い。
ジュデカ目掛けてではなく、無差別に腕を振るい、辺り一面に攻撃をしている。
ブドウ程の派手さは無いが、周囲の木々をなぎ倒しながら攻撃をしている。
トロールの目が少しつり上がっているのが見え、少しイライラしているのが分かる。
一方のジュデカは冷静にトロールの攻撃や倒木に対処しているようだ。
土煙を利用し姿をくらませ、察知されない背後から、ねちっこく足元を攻めている。
巨大な相手を倒すには有効な手段だ。
ジュデカはしっかりと状況を判断し、相手の動きに対応出来ていると見ていいだろう。
場数が足りないと嘆いていたが、彼の戦闘力は大したものだ。
士官学校で二番目の実力、と言っていたのも納得の実力だった。
トロールは必死に傷を回復させようとしているが、ジュデカが切りつけた傷口からは炎が吹き出し、治癒を阻害している。
同じ属性で効果が薄いとはいえ、切りつけた箇所から炎を注入されるのだ。
その痛みは想像を絶するだろう。
ジュデカと対峙したトロールの膝が地に着き、苦しそうな呻き声を上げているのを見た所で、俺は目の前のトロールに意識を集中する事にする。
さて、どう戦ったものか。黄色のトロールが二体、そして灰色のトロールが一体。
灰色のトロールは体の至る所に傷跡が見える。
体も他の個体よりも大きく、落ち着いて俺の動きを観察しているように見える。
さて、ジュデカが頑張ったんだ。
俺もいい所見せないといけないな。
気合いを入れ直し、俺はトロールとの戦闘に移る事になった。
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