第14話「トロール撃破作戦」


 ジュデカと共に、トロール討伐のため村を出た。


 村を出発してしばらく歩くと、俺たちは雷主の村を囲む森の奥深くへと足を踏み入れていく。


 ここから先は俺の拠点とは反対側で、初めて来る土地だ。


 俺はドローンを呼び出し、上空へと放った。


 ドローンは小さな羽音を立てて空高く舞い上がり、森の上空から周囲の様子を探る。


 ジュデカはただ緊張した様子で辺りを警戒している。


 この辺りはまだブドウが作った結界の内側なのか、魔物の姿は見受けられない。


 「な、なんか、喋ろうぜ。ただ歩いてるのも暇だしよ」


 沈黙が苦手なのか、緊張をほぐす為か、ジュデカが話しかけてくる。


 俺はドローンの映像を確認しながら頷いた。


 他愛のない話をしながら歩いていくと、前に水路があったであろう跡地が見えてきた。


 古びた石組みの痕跡がかすかに残っているが、長年の雨風にさらされ、今では荒廃してしまっている。これでは使える状態とはとても言えない。


 俺はその無残な姿を見てため息をつく。復旧には相当な手間がかかりそうだ。


 「このままじゃ使えねぇな」


 ジュデカは悔しそうに地面を蹴り上げた。


 その言葉の裏には、村への強い思いが込められているように感じられた。


「ジュデカさん。帝国が村に無茶な税を課す理由って、何なんです?」


 難しい顔をしたままのジュデカに尋ねると、彼は

一瞬黙り込み、困惑したように眉をひそめた。


「……いや、どこもこんなもんじゃねぇかな。戦争続きだからな。この村は金を徴収されない分、他のとこより食糧や資源を多く持ってかれてんだよ」


 ジュデカは「これが普通」という感覚で育ったらしく、特に疑問を感じていないようだ。


「なるほど、軍拡や兵站確保の名目ですか。村にはほぼ何の恩恵も無いように感じますがね……。インフラの整備さえ出来てないんですよ?」


 少し嫌味ったらしく聞こえたのか、ジュデカは面目なさそうにしている。


「すまん、俺も手伝えることがあれば積極的に手伝ってるんだけどな……。って何でそんな事、部外者のお前に言われなきゃならんのよ!」


「村のアドバイザーになりましたんでね。もう部外者じゃありませんよ」


「ふーん……。そういや、セラって何処に住んでるんだ? 森の中な訳ないし……」


 俺は自分が記憶が無いこと、いつの間にかこの森にいた事をジュデカに話す。


「お前もか。……俺も実は昔ここに捨てられたんだ。この辺は人がいないから、うってつけなんだろうよ。自殺者も多いらしいからな」


 ジュデカは、少し声のトーンを落としてそう言った。


 彼もこの森に捨てられていたらしいので、思うところがあるのだろう。


「何かあったら言えよな。同じ捨て子のよしみだ」


 そう言いながら、彼は拳を俺に突き出す。

 黒い光沢を放つ手甲に、俺は軽く自身の拳を当てる。


「ありがとうございます」


 ジュデカは話してみると気さくで頼れるお兄さん、という感じで、とても親しみやすい性格をしている。


「ジュデカさんは帝国軍人なんですよね? この村に恩返しをするために、戻ってきた聞きましたが」


「ああ。村の皆がいなけりゃ、俺は死んでただろうしな。……でもよ、俺が帝国にこの村の事を話しちまったから、帝国に目をつけられちまった」


 ジュデカはそう言うと、悔しそうに空を見上げる。


 彼は村の困窮に気付いており、それを自分のせいだと思っているようだ。


「それはそうかも知れませんね。ただ、そこを意識しても意味がありません。村の為に出来ることはまだあるはずですよ」


 そう言って水路に視線をやる。

 ジュデカは自分に言い聞かせるように「そうだな」と呟いた。


「で、本当の理由は? ミィチェだったりします?」

 

「は、ははは、ハァ!? そそそそ、そんな訳ねぇし?? ミィチェは俺より10個も下なんだぞ?」


 その態度に、俺は思わずニヤリと笑みを浮かべる。


 直球の質問に、ジュデカは飛び上がるように驚き、手をぶんぶん振って否定した。


「違うし! 全然違うし!」


 顔を真っ赤にして必死に強がる様子は、どう見ても図星だった。


「そうですか? ま、恋愛感情があるか無いかは置いといて、大事に思う気持ちは伝わってますよ」


 俺がそう言うと、ジュデカは視線を逸らした。

 しばらく歩き続けた後、彼はポツリとつぶやく。


「いや。まぁ、命の恩人だしな……。特別な感情がないかと言えば、嘘になる。だけどミィチェをどう思ってるか、俺にも分からねぇんだよ」


 彼が言うには、帝国騎士として村に戻った時に、唯一手放しで歓迎してくれたのがミィチェだったらしい。


 今まで外からの支配を受けてこなかった村の事を考えればわかる事だが。


 命を救われ、更に支えになってくれるミィチェを特別視しているのは確かだが、異性として好きかは分からない、というのがジュデカの言い分だ。


 まだまだからかいたかったが、ジュデカは一つ咳払いをした後で、わざとらしく話題を変える。


「ウォッホン。……俺と戦ったお前になら分かると思うが、戦いが苦手なんだ。……騎士なのに情けねえよな」


「どういうことですか?」


 問い詰めるように聞くと、彼は肩をすくめて答えた。


「実戦経験がほとんどないまま、雷主の村への赴任が決まったんだよ。訓練はしたし、勉強だってしっかりやって、士官学校では二番目に優秀だったんだ。だが現場で魔物と戦うのは、やっぱり怖ぇ」


 俺は彼の言葉に耳を傾けながら、彼の手の動きや表情を観察した。


 彼は鎧をまとい、立派な武器を携えているが、その内面には自信の無さが見え隠れしているのだろう。


「……それも、村を守らなきゃって思うと、不安でさ。大口叩いて、紛らわせるしか無かったんだ」


 彼はこまめに村を見回り、徴収官から外の情報を仕入れ、村の為に動いているという。

 それが彼なりの精一杯の努力なのだろう。


「でもな、村の周りにいる魔物には詳しいんだぜ?」


 そう言って胸を張るジュデカの姿は、少しだけ誇らしげだった。


「頼りにしてますよ。ジュデカさんは自信が無いようですが、きっと立派な騎士になれます」


 俺が言うと、彼は恥ずかしそうに頭を掻く。そして、突然彼の足が止まった。


 「……この辺から魔物が出る。気をつけろよ。昔はこの辺で良く遊んでたもんだが、今はトロールの縄張りになっちまったみたいでな」


 ジュデカは真剣な目つきで前方を見据えていた。どうやら、いよいよ危険地帯に足を踏み入れるようだ。


 鬱蒼とした森を抜けると、やや開けた場所に出る。

 拠点近くの川よりも流れが早く、川幅も大きい。


 ドローンからの映像を確認すると、川辺に大型の生命反応がある。


「ジュデカさん、茂みから様子を見ましょう。早速、トロールらしき影が見えました」


 俺がそう言うと、ジュデカは茂みの中に入り、頭を低くして、目を細めて川の方を見つめる。


 同じ茂みから顔を出し、景色を見つめる。

 遠くには青々とした山々がそびえ立ち、まるで周囲の森を守るかのように壮大な姿を見せている。


 その手前に広がる開けた川辺には、さまざまな動物たちが集い、まるで水場を共有しているかのように自然に溶け込んでいた。


 だが、その中で異彩を放つ存在があった。


 川辺で堂々と陣取っている、大きなぼてっとした鼻が印象的な巨大な魔物……あれがトロールだろう。


 体長はおおよそ2メートル50センチ程、圧倒的な体躯で、見ているだけで肌が粟立つ。


 トロールはゆったりとした動作で座り込み、手にした魚を無造作に咥えている。


 その太い指からは水が滴り、魚を一口で噛み砕くと、骨ごと飲み込んでいるようだ。


 俺はジュデカと共に、じっとその様子を見つめていた。


 トロールは全部で五体、それぞれの体色が異なり、赤や青、黄色といったカラフルな肌色をしている。


 小さな目はどこを見ているのか分からず、表情も読めない。

 しかし、その不気味な静寂の中で漂う存在感は圧倒的だった。


「昔は、平和な場所だったのにな……。今はあんな化け物が住み着いちまってる」


「ここに来たことが?」


「ああ、俺が拾われた頃にな。……川辺に座ってよ、そこから見る景色が好きだった。村の奴らとこの川辺に来て、水遊びなんかもしたもんだよ」


 ジュデカは懐かしそうに山を眺めながら小さく笑みを浮かべる。

 だが、その視線はどこか寂しそうで、過去と今のギャップに苛立ちも感じているようだった。


「いつの間にか魔物が出るようになって、もう誰も近づかなくなっちまった。このトロールも、いつの間にか現れたんだよな」


 俺は彼の話を聞きながら、目の前のトロールをじっと見つめる。

 村の記憶の中にある平穏が、突如として崩れ去ったその時、ジュデカたちがどれだけ驚いたかは想像に難くない。


「魔物の生息域は頻繁に変わる物なんですか?」


「……どうだろうな。ここトリリアの森は、魔物がウジャウジャいる。生存競争に負けて、追い出されちまったのかもな」


 もしかしたら、昔はブドウの結界がこの辺まで広がっていたのかも知れない。


 村の生命線でもあるこの川は、誰がどう見ても重要な場所だ。


 賢いブドウであれば、ここを守っててもいいはずなのだが……。


「魔物の生態は謎が多いからな。なんの前触れもなく現れて、いつの間にか住み着いてるから、対処のしようが無いんだよ」


 彼の声には諦めと無力感が混じっている。


 帝国に守られている村であっても、魔物に関しては十分な調査がされておらず、村人たちは常に危険と隣り合わせだ。


 俺はドローンの映像を確認しながら、目の前の状況を見極めようとした。


 ドローンの視界がトロールたちの後方を捉え、さらにもう少し先の様子が映し出される。


「……あれは……」


 映像には、小さな木造の建物が映し出されていた。建物は古びているが、しっかりと整備されており、その屋根には二本の剣が交差した紋章が描かれている。村のものとは明らかに異なるデザインだ。


「ジュデカさん、この先に小屋がありますね。帝国の旗が掲げられているように見えますが、何の為の建物なんですか?」


 俺が尋ねると、ジュデカは小さく頷く。


「それは帝国の施設だよ。徴収官が来るときに使う、いわば詰所みたいなもんだな」


 彼の説明に、俺は少し眉をひそめる。


 すぐ近くに魔物が出る場所に、徴収官が滞在する詰所を作るだろうか?


「わざわざこんな場所に施設を作るなんて、危険では?」


「……言われてみればそうだな。ま、何も徴収官一人でいる訳じゃない。護衛の騎士団や傭兵も一緒だし、魔物がいても大丈夫なんだろ?」


 ジュデカはそう言うが、俺はどうも違和感を拭えなかった。


 一年に一度の徴収の時期にしか、この建物は使われていないはずだが、それにしては綺麗に感じられる。


 ゴブリン達が使っていた集落を見た時には、破壊の跡が見受けられた。


 明らかにゴブリンよりも強い、トロール達の縄張りに近い場所だというのに、詰所は無傷で佇んでいる。


 水路を壊したのがトロールなのであれば、詰所が無事なのはおかしいのだ。



 俺は詰所に意識を集中させながら、何か手がかりが得られないかと考えを巡らせようとする。


 しかし、まずは目の前のトロールをどうにかしなければならない。


 建物は後回しにするしかないだろう。


「それで、ジュデカさん。トロールと戦う事になりますが、何か作戦はありますか?」


 俺が小声で尋ねると、ジュデカは少し間を置いて真剣な目でトロールを見据えた。


「数も多いし、奴らは力も強い。真正面からぶつかりゃ、すり潰されるだろうな。だが、トロールは鈍感でよ……。別方向に誘導して一体ずつ倒せれば、いけるかもな」


 俺はその案に同意し、もう一度ドローンの映像でトロールたちの位置関係を確認する。


 五体のトロールは、川辺に散らばりながらも、警戒心は薄そうだった。


 こちらの気配にも気づかず、魚をむさぼり食っている。


「俺が囮になります。一体ずつ、確実に削りましょう。端からこちらに誘導します」


「お、おう。って、俺は何すりゃいいんだ?」


「……そんなご立派な装備つけてるんです。戦闘はお任せしますよ。俺が前衛で注意を引きますので、隙を見てジュデカさんが仕留めてください」


 そう言われた彼の表情が、緊張で固まっている。

 この世界で騎士がどのように扱われているかは分からないが、村人達やジュデカの話を聞くに、戦闘に関しては高い能力を持っている事が予想出来る。


 この世界の人間の戦闘力も、見極めておかなければならない。


 ジュデカには少し気の毒だが、彼を成長させる為でもある。


 ジュデカは自身の手のひらを見つめ、何かを考えた後で、深い深呼吸をしてから漆黒の兜を頭に被る。


「よしっ! 年下のガキにそこまで言われちゃ立つ瀬がねぇ! 俺も気合い入れて頑張ってみるとするか!」


 まだ体に硬さは残っていそうだが、吹っ切れた様子のジュデカを見て、俺は自然と笑顔になる。


「期待していますよ。危なくなったらフォローはしますので、思いっきり戦ってください。周辺の確認が出来次第、手前にいる青いトロールから引いてきます」


「お、おう。……セラも気をつけろよ!」


 背中越しにエールを貰った俺は、ジュデカを残して前進する。

 

 周辺に魔物や、人間がいないかどうかを確かめ、主な反応は俺たちとトロール五体だけだという事を確認した後で、俺とジュデカはトロール撃破作戦を開始する事になった。


 

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