第13話「ビルドアップ」

 セイモスとの話し合いが一段落し、俺たちは村の現状を確認するために、実際に村を見て回ることにした。


 広場を抜けて少し歩くと、すぐに目に入ったのは、井戸のそばで水を汲む村人たちの姿だった。


 木桶を持った男たちが額に汗を浮かべながら必死に水を汲み上げ、畑まで運んでいる。


 彼らの動きは慣れているようで、重労働を分担し、効率よく作業を進めようと工夫しているのが分かる。


 とはいえ、労力は並大抵ではない。


 水桶は満杯にすれば相当な重量になり、それを何往復もする作業は確実に体力を奪う。


 水を運ぶ間にこぼれる水も少なくはなく、貴重な資源が無駄になってしまっているのも見逃せない。


「ここが、村の主な水源だな。井戸から汲んだ水をこうして運び、畑に撒いている」


 セイモスが説明するのを聞きながら、俺はその重労働に驚きを隠せなかった。

 しかし、村人たちは慣れた手つきで次々と水を運び、畑を潤している。


 努力が結実しているのか、農作物の生育もそこまで悪くはないようだ。


 米畑に目を向けると、畦道の間に水が張られ、青々とした苗がすくすくと育っている。


 水をたっぷり必要とする作物だが、それなりに立派な稲穂が頭を垂れている姿が見て取れた。


 ただし、水が蒸発して乾燥しやすい環境では、長く保たせることは難しい。

 村人たちは水を無駄にしないように細心の注意を払っているが、それでも十分とは言えない。


「稲も見た目は立派に育っていますが、やはり安定性に欠けますね」


 俺が指摘すると、セイモスは深刻な表情を浮かべた。


「そうだな。雨が降らなければ、井戸の水もすぐに枯渇する。どうしても水の量が足りない」


 俺は腕を組み、考え込んだ。

 続いて、大麦畑と小麦畑にも目を向ける。

 そこでは、黄金色に輝く麦の穂が風に揺れている。


 こちらも見た目には立派に育っているが、土が乾燥しており、畑全体に十分な水が行き渡っていない様子が見て取れた。


 それでも作物がここまで成長しているのは、村人たちがこまめに水を与え、土を耕し、世話を続けてきたからに他ならない。


「村の作物は、よくここまで育っていますね。村人たちの努力が伝わってきます」


 俺が感心して言うと、セイモスは寂しそうに微笑んだ。


「それでも、やはり限界がある。これからの時期は特に水が必要で、これ以上の水不足は致命的だ」


 水不足に苦しんでいるが、作物は立派に育ち、あと一歩で豊作を迎えられる可能性がある。


「方法を変えれば、劇的に改善できそうです」


 俺はそう言って、村人たちが見せる意志の強さに感心しながらも、心の中で改善策を思案した。


 村には確かに問題は多いが、逆に言えば、それだけ改善の余地があるということだ。


「ん…。そういえば、水車小屋がありましたよね? 以前は何処かから水路を引いていたんですか?」


「ああ。少し前に問題が起きてな。水路が使えなくなってしまったんだ」


 セイモスの話によると、強力な魔物が水路を破壊し、村への水路を壊してしまったのだと言う。


 討伐隊も出したが、どれも失敗に終わったと言う。


「トロール、という魔物は分かるか? 大きな体にブヨブヨの皮膚、大きな鼻があり、体には刺青のような模様が描かれているんだ」


「ふんふん。なるほど、そのトロールという魔物を何とか出来れば、大丈夫そうですね」


 俺は頷き、思い描いた案を口にする。


「まず、水路を復活させることがやはり必須です。井戸水に頼っていては限界があります。川から水を引けるようにすれば、畑全体に安定して水を供給できるでしょう」


 確かに、今は苦しい状況だが、村人たちがこれだけの努力をしているなら、改善策を施すことで生産率は飛躍的に向上する。


 セイモスは俺の言葉に希望を見出したような表情を浮かべたが、その顔にはまだ不安が残っている。


「確かに水路を復活できれば、村は大いに潤うだろう。しかし、あのトロールは厄介な魔物だ。これまでの討伐も失敗してきた相手だからな……」


「なら、俺がやりますよ。そのトロールとかいう魔物を討伐して、水路を復活させます」


 俺が即断すると、セイモスは驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべた。


「本気か? あの魔物は並の戦士では歯が立たない。君がいくら力を持っているとはいえ、一人で行くのは無謀だ」


「もちろん一人で、とは思っていません。村の中で腕が立つ人がいれば協力してほしいですが、どうですか?」


 セイモスは少し考え込んでから、視線を村の門の方に向けた。


「……なら、ジュデカに頼むのが良いかもしれんな。彼は帝国の騎士団に所属していただけあって、腕前は確かだ。ただ……」


 セイモスの言葉に含みがあるのは分かったが、俺は彼の説明を待つ間に、村の門の方を見た。


 するとちょうど、ジュデカが門の修繕作業を手伝っている姿が見えた。


 彼は大きな木材を軽々と持ち上げ、村の若者たちと力を合わせて柱を支えている。

 体格も良く、確かに戦闘には向いていそうだ。


「ただ、どうしたんですか?」


 俺が促すと、セイモスは困ったように頭を掻いた。


「ジュデカは腕は立つが、どうも肝心な場面で腰が引けるところがあってな。それに、動機が不純だ」


 セイモスがそう言った瞬間、ジュデカは作業の合間にこちらへ気づき、俺たちの方に歩いてきた。


 彼は笑顔を浮かべながらも、どこか落ち着きがない様子だ。


「セラ、村長、どうしたんだ? 何か困ってんなら、力になるぜ?」


 ジュデカが声をかけてきたので、俺はにっこりと微笑み、さりげなくトロール討伐の話を持ち出した。


「実は水路を復活させるために、川に巣食っているトロールを討伐しようと思っているんですが、どうですか? 力を貸してもらえませんか?」


 ジュデカは一瞬目を見開き、動揺が走ったようだった。


「トロール討伐!? ……え、ええ? お、俺には門番という、最後の砦の役割があるからなあ……」


 やはり、セイモスの言う通り、戦いには消極的に見える。


「そもそも、そんな危険な仕事━━━」


 ジュデカが喋っていると、後ろからミィチェの声が聞こえる。


「お父さん、セラ! 探したよ、もう! 仲間はずれにしないでよ! 案内は私がするはずだったのに!」


 先程まで村人に説教を垂れていたミィチェが、頬を膨らませて抗議するような目を向ける。


「いや、何だかお取り込み中だったみたいだから。村長がちょうど様子を見に来てくれてな。色々と話をしていた所だ」


 俺がそう言うと、セイモスが続ける。


「水車小屋の再利用をする為に、トロールの討伐を検討しててな。セラ君に全部任せるのも申し訳ないから、ジュデカに行ってもらおうと思ったんだが……」


 ジュデカは一瞬の躊躇いを見せたものの、ミィチェの視線がこちらに向いていることに気づいたのか、意を決したように自信満々に言った。


「俺以外に、そんな危険な仕事、任せらんないって話だろ? 任せとけ、村長! 俺がトロールなんてボコボコのボコにしてくるからよ!」


 明らかにミィチェの前で格好をつけたいのが丸分かりだ。


「助かります、ジュデカさん」


 俺がそう言うと、ジュデカはさらに胸を張ってみせたが、その笑顔はどこか引きつっているように見えた。


「お、おうよ! 任せておけ! この村のために、全力を尽くすからな!」


 ジュデカのやる気は空回りしそうな気もするが、現地の人間の協力を得られるのは心強い。


 それに、帝国の事を聞くチャンスでもある。


 セイモスは苦笑しながらも、「頼んだぞ」と俺たちに託してくれた。


「それじゃあ、向かいましょうか」


「へっ? も、もう行くのか?」


「ええ、準備など終わりましたら、声掛けてください」


 俺がそう言うと、ジュデカは少し顔を青くしながら、諦めたように広場に向かって歩き出した。


「……ったく、しまらない奴だ。セラ君、ジュデカの事、宜しく頼む」


 俺は苦笑いを浮かべながら、セイモスに軽く頭を下げる。

 その様子を見ていたミィチェが、力強い声で言う。


「わ、私も手伝うよ!」


「いや、大丈夫大丈夫。ミィチェは仕事があるだろ? 俺とジュデカさんだけで充分だよ」


「でも、もし怪我とかしたら……。前に、討伐に行ったレンジャーの人たちも、すごい怪我だったし」


 ミィチェは俺とジュデカの心配をしてくれている様だ。


 だがジュデカとミィチェが一緒にいるのは、少し面倒な事になりそうだ。


 良いとこを見せようと張り切るジュデカが、トロールにぶん投げられる未来が想像出来る。


「気持ちだけ受け取っとくよ。ありがとな。…心配すんな。俺はあのブドウとサシで戦えるんだぞ? それにジュデカさんもいる。帝国の騎士様と手を組めれば、訳はないさ」


 ミィチェは心配そうに俺の顔を見つめているが、セイモスに肩を叩かれ、一つ短い嘆息を入れる。


 どうやら諦めてくれたようだ。


 どこか不満気なミィチェと、それを宥めるセイモスに、俺は村の設備について質問を続ける。


「そう言えば村長、村の井戸はここだけですか?」


「いや、村の北端と南端に、一つずつ生活用の井戸がある。そちらも、貯水量は心もとないな」


 俺は村を歩きながら、井戸や畑の様子を改めて見て回った。


 井戸の数が少ないせいで、全ての畑に水を行き渡らせるのは現実的に難しい状況だった。


「水の供給を改善するには、もっと効率の良い方法が必要ですね。貯水池を作るのはどうでしょう? 雨水を集めて蓄える場所を設ければ、村全体に安定して水を供給できるはずです」


 俺が提案すると、セイモスは顎に手を当てて考え込んだ。


「貯水池か……。確かに、雨が降る時期に蓄えておけば、いざという時に役立つだろうな。だが、その規模にもよるが、建設には労力がかかる。村にそんな余裕のある人間はいない」


「大丈夫ですよ。これからは井戸水を運ぶ仕事が無くなりますから。人手は余るようになります。貯水池は一度作ってしまえば、後はコストは殆どかかりませんしね」


 村が置かれている状況や、使える資源を冷静に判断して、適宜対処を行っているセイモスは大したものだと思う。


 しかし、それでは村を維持できても、大きくすることは難しいだろう。


 村人の負担が増えるのでは、と考えているあたり、やはりミィチェの父親だ。


「それともう一つ、水路を再建する時には、石や木の板を使って雨風から守る構造にすると良いでしょう。そうすれば、大雨で土が崩れて水路が壊れることも防げます。魔物に壊された水路も同じように補強をすれば、簡単には壊されないでしょうしね」


 俺がさらに案を述べると、セイモスは納得したように頷いた。


「なるほど……確かに、それなら村の負担も減るかもしれない。君は若いのに、よく見えているな」


「実は、畑を見てたら色々と改善方法が浮かんできましてね。昔、農業をやってたのかも知れません」


 前世で、農業に従事していた事があった。

 何の変哲もない山間部にある農村で、俺は野菜や穀物を育てていた。


 それも任務だったのだが、当時の俺は何も知らず、村のありのままを組織に報告していた。


 そんな事を考えていると、後ろから重厚な金属音が響いてきた。


 振り向くと、ジュデカが立派な鎧を身に着けてこちらへ歩いてくるのが見えた。


 彼の鎧は黒く塗られた騎士風の甲冑で、一見重そうに見えるが、その動きには重さを感じさせない軽快さがあった。


 胸甲は艶やかな黒塗りの鋼で、胸部の中央には帝国の紋章だろうか、二本の剣が交差するようなマークが刻まれている。


 肩甲は大きく張り出し、肩から上腕をしっかりと守っている。

 複数の関節部分が連動する作りになっていて、腕の動きはスムーズだ。


 腰の周囲には、革と金属を組み合わせたタセットが付けられており、腰回りを保護しながらも柔軟な動きができるようになっている。


 足元は頑丈なグリーヴで覆われ、膝当てには追加の補強が施されていた。膝の動きを制限しないよう、巧妙に設計された構造が目を引く。


 彼は手に持っていたフルフェイスの兜を腰にぶら下げ、片手には長く鋭利な直剣を携えている。もう一本の直剣は背中に背負われ、いつでも使えるように配置されていた。


 ミィチェが驚いた声を上げる。


「わぁ、見違えたよ!」


 ジュデカはその言葉に明らかに嬉しそうな表情を浮かべ、肩をいからせるようにして胸を張った。


「へっへっ、どうだ? 帝国騎士団、黒獅子レーヴェナハトの鎧だぜ。見た目は重そうだが、この通り!」


 彼はわざとらしく肩を回してみせ、鋼鉄の鎧が軽やかに動くのを見せつける。

 だが、その動きにはどこか不安が隠せない。


「頼りにしてますよ、ジュデカさん」


 そう俺が声をかけると、彼は再び胸を張って答える。


「もちろんだ! 俺に任せろ。トロールなんて、楽勝さ!」


 彼の虚勢に少し呆れながらも、トロール討伐に向かう事にした。

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