第12話「村の事、魔法の事」


 セイモスに案内されて、俺たちは広場の先にある彼の自宅へと向かった。


 ミィチェは村人たちへの説法に夢中なのか、こちらに気づく様子は無かったため、2人で向かうことになった。


 村の中を歩くと、周囲の村人たちの視線が再び俺に集まってくるのを感じた。


 ひそひそと話す声や不安げな表情がちらつくが、俺は気にしないよう努めながら歩を進める。


「……すまないな。皆、まだ不安なのだ」


 目線を道の先に固定したまま、セイモスが言う。


「お気になさらないで下さい。こうなる事も予想してましたから」


 セイモスは俺を見つめて、不思議そうに言う。


「うちの娘と同じくらいの年頃だろう? やけに達観しているな、君は」


「……ハハ、背伸びしているだけかも知れませんね」


 そうか、と一言セイモスが呟き、無言で村を歩く。


 やがて、周囲の家よりも一回りほど大きく立派な木造の家が見えてきて、その家の前でセイモスが立ち止まる。


 どうやらここがミィチェの家のようだ。


 木の扉を押し開けて俺を中に招き入れる。


 家の中は質素ながらも暖かみがあり、暖炉の火が優しく揺れていた。


 村長としての威厳がある場所というよりは、家族の温もりを感じる空間だ。


「どうぞ、座ってくれ」


 セイモスが示した椅子に腰を下ろし、姿勢を正す。


 彼は俺をしばらく見つめた後、深く頭を下げた。


「まずは、改めて感謝を伝えたい。娘を守ってくれたこと、そして村のために一芝居打ってくれたこと……。本当に、ありがとう」


 その真摯な謝意に、俺は少し驚いた。


 だが、と強い口調で前置きをして、話を続ける。


「生贄を止める訳にはいかんのだ。村を存続させる為には、避けられない道なのだ」


 セイモスの言葉には重みがあった。


 その一方で、俺は彼の言う「避けられない」という言葉に違和感を覚えた。


 グリドアとの会話を思い出しながら、俺は慎重に言葉を選ぶ。


「村の人口の管理━━間引きを行う為ですね?」


 俺がそう言うと、セイモスは目を丸くして俺を見つめる。


「知っていて、娘に手を貸したのか?」


「いえ、理由はあるだろうとは思ってましたが、計画時には考えつきませんでした」


「ふむ。……ミィチェが何か言ったのかな?」


「……グリドア、という男から聞きました。と言っても、彼に実体はありませんでしたが」


 セイモスは俺の言葉に眉をひそめたが、俺が「グリドア」という名を口にすると、その表情が驚きに変わった。


「グリドア、グリドアと言ったか?」


 彼の反応に、俺はさらに話を進める。


「グリドアは雷主の村を作った人物であり、ファラリス家とも親交があったと聞いています」


 セイモスは俺の話に耳を傾け、しばし黙り込んだ。


「……グリドア様は、確かにファラリス家に縁がある。彼がこの村を作ったのは約500年前のこと。ファラリス家は彼から村を任されてきた。我々は彼の教えを守り、代々村を守る役目を果たしてきた」


 その話に俺は頷きつつ、気になっていた疑問を口にする。


「500年間も、ですか……」


「うむ。ファラリス家はかつて法を司る一族で、人々を裁く力を持っていた。今もその名残で、我々の技能スキルは裁きに関するものが多い」


 セイモスは重々しくそう語った後、少し疲れたように目を閉じた。


 ファラリス家が法の番人だと言うことは分かった。

 技能もそれに相応しい物だとは思うが、罪人を裁く「審判官」という方がしっくり来る。

 

 彼らの技能は、地球では罪人や捕虜、魔女狩りなどで使われていた拷問器具だった。


 ルーツまで覚えている訳では無いが、その使用方法などは残酷で、一度見たら忘れようもないインパクトがある。


 この世界に、地球の歴史の知識を持った人物がいた、もしくはその逆で、この世界から地球に行き、影響を及ぼした人物がいたことは確かだろう。


 俺がこの世界と地球の関わりについて考えていると、セイモスが重々しく口を開く。


「この村で、グリドア様の名を知るのは私だけだ。……つまりミィチェも知らないことを、君が知れるはずがない。グリドア様に会ったというのも、信じよう」


「……ありがとうございます。ブドウ、いえ、精霊獣の事についても、村長はご存知なのですか?」


「いや、精霊獣に関しては詳しくは無い。だが、あれらはグリドア様が手懐けた獣で、グリドア様の命を受け、村を守ってくれる結界を張ったりしていたようだ。事実、外からの来訪者が一人でここにたどり着いたのはセラ君が初めてだったしな」


 ブドウはそんな器用な真似も出来るのか、と思ったが、思い当たる節はある。


 拠点を立てている場所も、今のところ魔物がいる気配は無い。

 

「だから、精霊獣が村に来た時に、疑問に思ったんだ。君はどうやって村に来たのかと。……まさかグリドア様からの使者とは知らず、失礼をした」


 深々と再度頭を下げるセイモスだったが、何か勘違いをしているようだ。


「いや、使者って訳じゃあ……。ただ、精霊獣の協力は得ていましたので、結界を解いてくれたんだと思います」


「だが、娘は精霊獣と君が協力して、生贄という制度を終わらせる為に一芝居打った、と言っていたが。グリドア様の意思では無いのか?」


「……俺とブドウは単純にミィチェの背中を押しただけです。別に村のやり方に口を挟むつもりは無いですよ。グリドアも、生贄については仕方の無いことだと思っていそうでしたから」


 グリドアや精霊獣の使いとして見られると、俺が言うこと全てにセイモスは従うだろう。


 それは俺の望む所では無い。


 俺はあくまで、ミィチェの我儘に手を貸しているだけなのだ。


「ですから、生贄を続けるという選択をしてもいいんです。あなた方ファラリス家や、この雷主の村の村人が、今まで心を痛めていた事も分かりましたし。部外者である俺にそれを決める権利はありません」


 セイモスは難しい表情を浮かべて、何かを考えている。

 

「ふむ。では、話を戻そう。……君が言うように、生贄は人口を管理して、より多くの村人を守るための施策だ。これを止めれば、多くの村人が犠牲になるかも知れない」


「その原因は、レイドリア帝国の税制によるものでしょう? 何故七割もの収穫物を渡さなきゃならないんですか? しかもこの村には大して帝国からの恩恵も無さそうに思いますが」


 俺がそう言うと、セイモスは深刻そうなため息を一つついて、話を続ける。


「帝国は武力によって周辺国家と戦争を絶えず行う国だ。こんな小さな村なんて、目をつけられれば終わりなのだよ。いくら雷主様の恩恵が強力でも、人の支配からは逃れられないんだ」


 自虐気味に笑うセイモスを見て、相当な心労があった事が伺える。


「……そういえば、村に対して税が課されたのは最近だと聞きましたが、どうやって帝国の人間は雷主の村の存在を知ったのですか?」


 セイモスは少し躊躇いながらも話をする。


「村の門番、ジュデカとは会ったか?」


「はい、あの若者は帝国の騎士団の人間と言っていましたね」


「ジュデカはかつて、この森に捨てられていたんだ。それをミィチェが助けてな。あの子は昔から優しい子でな。歳も近かった事もあり、村で面倒を見ていたんだ」


 セイモスは険しい表情を浮かべながら、話を続ける。


 傷だらけになっていたジュデカを、ミィチェが村に連れ帰り、そのまま一年程この村で療養をしていたらしい。


 そして、怪我が治った彼は村人達にお礼をして、村を出ていった。


 ジュデカはその後、生まれ故郷のレイドリア帝国に帰り、騎士団に入隊した。


 騎士団はレイドリア帝国の領土内に配属される。

 恩返しがしたかったジュデカは、ここトリリアの森にある雷主の村に、赴任を希望したという。


「その時にこの村の存在が帝国に知られてな。帝国はジュデカと少しの武器防具を渡してきた。……それで帝国領として、税を払うはめになったんだ」


「それは……なんと言うか……」


 つまり、レイドリアによる支配も、ミィチェが関わっていた事になる。


 人助けという点に置いては褒められる事だが、村を管理するセイモスにとっては、頭の痛い問題だ。


 またジュデカも村への恩返しとして、良かれと思って雷主の村に来ているのだ。


 悪意があるのは帝国側だけで、個人には善意しかないのだ。


「税が課されてからは、間引きの頻度も上がって行った。10年に一度だったものが、5年に一度に。そして現在は1年に一度、という風にな」


「税額はどのようにして決まるのですか?」


「秋頃に帝国からの徴収官が来るんだ。その時に村の倉庫や畑の測量を行って、そこで決める。毎年大方の量は決まっているが、豊作で過剰に収穫出来ても、増えた分の七割も同時に持っていかれる」


 今の話を聞いて、真っ先に思い浮かんだ事を言う。


「収穫物を少なく報告すればいいのでは? 隠し倉庫や洞窟などに備蓄を分散させて、徴収官に虚偽の情報を掴ませて……」


 俺の意見を聞いたセイモスは、整えられた髭を触りながら思案をしている。


「ジュデカが帝国に報告すれば、すぐにバレてしまうだろう」


「収穫には彼も携わっているのですか?」


「ああ、あいつは村の事全てに首を突っ込みたがる。気が良くて力も強いから、村の皆も頼りにしているしな」


 村長の心配はもっともではあるが、俺にはジュデカが帝国の息がかかっているとは思えなかった。


「そこまで心配しなくても大丈夫では? だって、彼、どう考えてもミィチェに惚れてますよね?」


「……うむ。そうだな。だからこそ、警戒している」


「は? い、いや、惚れてる相手の迷惑になるような事、しないでしょう。それに、そんな器用な真似が出来る男には見えませんでしたが」


「私以外に、ジュデカを疑う者がいないからな。……外部の人間だということを、もう皆忘れて信用しきってしまっている」


 セイモスは心配性なのか、やたらとジュデカを疑っているようだ。


 彼の慎重さを見ると、この村が窮地に陥りながらも何とか存続できていたのも、納得が行く。


「それに!」


 急に大声を上げ、椅子から立ち上がるセイモスに驚いたが、彼は顔を赤くして声を荒らげ始める。


「ミィチェに惚れるなぞ百万年早いわ! よりにもよって、うちのミィチェに目をつけるとは! 私の目が黒いうちは、ジュデカの魔の手からミィチェを守らねばならん!」


 どうやらこの件に関しては、ただの親バカのようだ。

 先程までの冷徹さはどこへやら、今セイモスの顔は茹でたタコの様に赤くなり、その厳つい顔にはびっしりとした皺が浮き上がっている。


 ……この親父、ミィチェが嫁に行くってなったら、ファラリスで焼き殺したりしそうで怖い。


 実際、俺も閉じ込められたし。


「ま、まあまあ、落ち着いて。……ではこうしましょう。彼の事は俺に任せてください。彼が怪しい動きをしたら、俺が止めてみせます」


 俺の言葉を聞いて、少し落ち着いたのか、セイモスはゆっくりと椅子に座り、俺の方を見る。


 その目には、些かの疑念を孕んでいるように見えた。


「先程グリドアの使者ではない、と言いましたが、俺は彼から村の手伝いをするように言われてます。ある程度は信頼してもらえませんか?」


「ふむ。……そうだな。検討しよう。君は信頼出来そうだしな」


 ふと、俺の頭に疑問が浮かぶ。


 いくらグリドアの話を知っていたり、俺がミィチェを助けた実績があったとしても、信用しすぎなのだ。


 慎重で疑り深い彼であれば、もう少し俺を警戒してもいいはずだ。


 ジュデカに至っては、ここで10年も暮らしていても、信用されていない。


 彼より出自が不明瞭な俺を、セイモスはもっと警戒すべきでは無いかと思ったのだ。


「……あの、何故そこまで信頼してくれるのですか? ミィチェは昨日、俺の拠点で寝てからここに来てる訳ですし、村長からすれば、その、ジュデカより、許されざる人間だと思っても仕方の無いことかと……」


「ん? ああ、君は記憶を失っている、と聞いたが、その反応を見ると、本当の様だな」


 俺は頭を傾げる。


「君はうちの娘には手を出していないだろう。あんなに、可愛い子と一緒にいたのに手を出していないのだ、信頼に値する」


「は? ええと、仰ってる意味が分かりませんが……」


「私が初めて会った時、セラ君に魔法が使えない子供、と言ったことは覚えているか?」


 俺が首を縦に振り、肯定すると、セイモスは続ける。


「男が魔法を使えるようになる条件はな、童貞を捨てる事なんだよ。だから、うちの兵士達も、君を子供だと侮っていたんだ」


「は、ハァ?! 本当なんですか? それ」


 セイモスの顔に笑みが浮かぶ。


「くっくっ、初めて年相応な反応を見たぞ」


 可笑しそうに笑うセイモスに少し苛立ちを感じながらも、俺は話を黙って聞く事にした。


「魔法の力は、月の恩恵によってもたらされている。特に女性は月に強く結びついていて、初潮を迎えると魔力をコントロールできるようになるんだ。そして、魔法が使えるようになると同時に、魔力を可視化できるようになる」


 なるほど、だから女性は自然と魔法が使えるようになるのか。


 可視化は俺にも覚えがある。

 シャドウマスタリで見えないはずのグリドアの影がいきなり見えたように、魔力を知覚さえすれば、それを見ることが出来るのだろう。


「魔力というものは個性的でな。人によって大きさや質、色なんかも違うんだ。顔や体の形が人それぞれ違うように、魔力もそれぞれ個人で違いがあるんだ」


「そして、男は童貞を捨てる時、その相手の魔力の影響を強く受ける。近しいものであれば一目で分かるくらいにな」


 成程。合点が行った。


 俺がろくでもない人間であれば、ミィチェに手を出して、魔法を使えるようになっていて、村長達はそれを一目で分かる、と言うロジックだった。


 魔法が使える人間は、童貞が一発で分かるというデリカシーの欠けらも無い力があると言うことになる。


「つまり、俺が魔法を使えない体である事が、村長を信用させた、という事ですか」


「うむ。あんな大口を叩いておきながら、娘に手を出していないんだ。君の行動が、真に娘や村の事を思っての行動だと、信じられるのだ。あの子の親として、尚更な」


 ミィチェが説明を躊躇った理由が分かった。


 無理に聞き出しでもしていたら、変態認定をされてキャット・ポーで背中を刺されていたかもしれない。


「はぁ……。グリドアの話よりも、そっちの方が信憑性が高いんですか?」


「当たり前だろう。グリドア様の話は、おとぎ話のようなものだ。私は自分の目と感覚を信じているからな」


 今思えば、ジュデカも俺の顔を見て、何故かホッとした様な表情をしていた。


 ミィチェの無事を喜んでいたと思っていたが、それだけでは無かったようだ。


 俺が深いため息をつくのを見て、セイモスがまたくつくつと笑っている。


「それか勇気が出ないただのビビりの可能性もあるかもな?」


「村長? 何だか俺でストレス発散してませんか?」


「まあ、いいじゃないか。私は既に腹の中を明かした。長年一人で抱えてきた荷物も、君のおかげで軽くなったんだ。軽口くらい叩かせてくれ」


 セイモスの苦労を考えれば、仕方の無い事だと思いつつも、俺は漠然としたストレスを感じ始めていた。


 村の男たちは魔法が使えない事、それに加えて童貞である俺を笑っていたのだ。


 目の前の村長は、冗談で言っているように思うが、本心は分からない。


 にしても、そんな手段で魔法が使えるようになるなんて、思いもしなかった。


 月の恩恵で魔法が使える、というのは何となく理解出来る。

 実際、神話や言い伝えでは月は女性を象徴しているものが多くある。

 月経周期は月の満ち欠けの周期とほぼ同じ、という知識もある事から、納得は出来る。


 頭の片隅にある、やることリストに、月夜の女神に魔法について聞く、というのを追加した俺は、気を取り直してセイモスとの話を続ける事にした。


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