第10話「わがまま」
拠点に無事戻り、焚き火に火をつける。
火の暖かさが疲れた体にじんわりと染みていく。
俺は夕暮れの静かな拠点に座り込み、少しの間、無心で川魚を焼き、コピの実を手に取った。
慎重に割ると、心地よい香りが辺りに漂い、ほっと息をつく。
「……にしても、お粗末な作戦だったな」
火が揺らめくのを見つめながら、俺は静かに考えを巡らせた。
ブドウとの戦闘を通じて、痛感したことがいくつもある。
まず、ドローンの脆さだ。
ブドウの雷に見事にやられてしまった。事前に雷を操るのを見ていただけに、対策をしていなかった事を恥ずかしく思う。
高い位置に配置していたことで、雷が当たりやすくなっていたようだ。
一時間程度で使用回数が回復するとは言え、対策をしなければいけない。
俺はつくづく技能や特性に頼りすぎていると感じた。
便利な力が使えるようになったからと言って、少し調子に乗ってしまっている。
ゼタから与えられた技能も全部把握できていないし、いざというときに使えるものが分からなければ役に立たない。
作戦を立てるのも特性や技能頼りで、トラブルに対処出来ていない。
「あとは貧弱なこの体だな、俊敏性だけしか取り柄が無いと、作戦に幅が出ない。やはり、鍛えないとダメだな」
俺は焼き上がった魚をじっと見ながら、肩を軽く回す。
何をするにしても、やはり基礎体力は必要だろう。
コーヒーを一口飲みながら、拠点をもう少し改良できないかとも思う。
戦いを想定して防衛力を上げるか、居心地をよくするか、作業を進めるための場所を整えるか……。
いずれにしても、切り倒した木をそのまま利用しているだけの簡素な拠点から、一歩進める必要がありそうだ。
また、雷主の村の課題も並行して進めなければいけない。
グリドアの話を聞いて感じたのは、村の生産能力に問題がありそうだと言うことだ。
生贄━━村を存続させる為の間引き━━の原因になっているのは、食糧不足が深刻だからだろう。
ここは水源もあるし、木の実やハーブなども豊富にある。
周りに資源があるというのに、それを充分に活用できていない。
村の様子を見た時は水車もあり、それなりに発展しているように思えたのだが、何か理由があるのだろうか。
詳しい調査をしたい所だが、俺は村を襲った盗賊だ。
直接村に行くのは無理だろう。
村の情報を集めるのは、ミィチェ頼りになりそうだ。
最後に考えたのは、シャドウマスタリの副作用について。
やはりシャドウマスタリは使えば使うほど眠気が酷くなるようだ。
一昨日に比べれば大分マシにはなったように感じるが、今も油断すると寝てしまいそうになるくらいには、疲れを感じている。
今のところ大きな戦闘はブドウとじゃれあうくらいしか無いが、ここは魔物が生息する森だ。
アレイパイソンの様な強大な魔物も、森の奥には生息しているようだし、今後厳しい戦闘が連続する事も想定できる。
何にせよ、シャドウマスタリに対する理解度をもう少し上げる必要がある。
「……よし、こんなもんか」
反省点を整理し終え、コーヒーを飲み干すと、ふっと胸が軽くなった気がした。
焚き火の温もりに包まれながら、少しだけこの静かなひとときに浸ってみる。
思えば、以前は人間らしい生活といえば、便利で整った暮らし、科学の恩恵に支えられた快適さこそだと思っていた。
顔を変え、身分を偽り、関わりを避け、ただ与えられたターゲットを抹殺するだけの仕事に集中する生活。
感情を押し殺し、いつも他人の目を警戒し、決して誰とも深く関わらないようにしていた。
しかし、今の生活はどうだろうか。
拠点で魚を焼き、コーヒーを淹れ、焚き火を囲んで夜を過ごす。
外敵も多く、村の問題に巻き込まれ、やるべきことは山積みだ。
決して快適な暮らしとは言えないだろう。
それでも、こうして疲れた体と、心に向き合う時間がある。
誰かと話し、共に課題を解決しようとする。ここでの生活には、過去にはなかった満足感があった。
この不安定で不自由ともいえる生活の中に、ようやく「自分自身」として生きている感覚を見出せた気がした。
静かに考えにふけっていると、遠くから足音が聞こえてきた。
どうやら、ブドウが戻ってきたようだ。
焚き火に薪をくべ、焼いた魚を串から外しておく。
ブドウが森の奥から姿を見せ、その背にはミィチェが乗っている。
ミィチェは俺の姿を確認すると、ブドウから降りて駆け寄ってくる。
「セラ! 怪我、大丈夫? すぐに来れなくて、ごめんね。すぐ魔法で治すから」
心配そうに俺の肩や腕を確かめ、顔を覗き込んでくる様子に、思わず苦笑した。
その為にわざわざ来たのか。
村でやりたい事もあっただろうに。律儀な事だ。
俺は魔法を使おうとするミィチェを静止する。
「見た目ほど酷くないから大丈夫だよ。血反吐吐いてたのも演技だからな」
そう言って手を振るが、彼女は心配そうにこちらを見ていた。
「そ、そうなの…? でも何かあったら遠慮なく言ってね!」
ふと横を見ると、ブドウが俺の拠点の前にどっしりと腰を下ろしている。
グリドアに何か命じられて来たのだろうか。
普段なら対岸で構えているブドウが、今日は何かを見守るようにじっと俺を見つめているのが不思議だった。
俺はブドウに焼き魚をあげて、声をかける。
「ブドウ。協力してくれてありがとな」
ブドウは応えることなく、軽く唸るように喉を鳴らして、魚を食べ始める。
「村の方はどうなった?」
俺はミィチェに焼き魚を差し出して、彼女も礼を言い、それを受け取る。
彼女は頷きながら話を続ける。
「うん。お陰様で、何とかなりそう! 生贄は出さなくて良くなりそうだよ。村の人達は、殆どが反対してくれて、今度話し合いの場を設ける事になったの。ほんとに、本当に、二人のおかげだよ」
俺とブドウの手を握り、ミィチェが涙を浮かべながら言う。
ブドウは魚を食べるのを止めて、彼女を心配そうに見つめている。
「……セイモスは?」
ミィチェは少しの間をとってから答える。
「すぐに答えは出せない、って」
「ま、仕方ないな。セイモス達にも理由があったって事だ。しっかり話し合って、良い結果になるように願ってるよ」
そんな俺の言葉に、ミィチェは目を輝かせて笑った。
「ありがとう、セラ。皆もきっと喜ぶよ」
彼女と話していて、ふとグリドアのことを聞いてみたくなった。
「ところで、ミィチェ。グリドアって名前、村で聞いたことあるか?」
その名前を出すと、ミィチェは不思議そうに首をかしげた。
反対にブドウは魚を食べるのを止めて、俺に向き直る。
「グリドア……? んー。分かんないや」
どうやらグリドアの存在は知られていないらしい。
村人の中でも知る者は限られているのか、それとも存在自体が秘匿されているのか。
現村長であるセイモスに話を聞く必要がありそうだが、さすがに直接聞きに行くわけにもいかない。
ミィチェがぽつりと提案してくる。
「なら、お父さんに聞いてみたらどうかな?」
「いや、無理だろ。村を襲った張本人だぞ?」
しかしミィチェは、あっけらかんとして答える。
「大丈夫! セラの事もブドウちゃんの事も、もう話してきたから。セラは私を助けてくれて、村の事を相談したら一芝居打ってくれた優しい人だって、説明したの」
「は?」
……ミィチェさん? 今何と仰いましたか?
ブドウは短く鼻息を鳴らし、俺の目を見る。
「ホンマやで」とでも言いたげな表情で首を振っている。
「……え? 言っちゃったの? 演技だって?」
ミィチェは俺の顔色を伺いながら頷く。
「な、何で……」
生贄を止めさせる為、村の団結を促すために「明確な脅威」の存在は絶対に必要だった。
それは彼女も分かっていたはずだ。
「……だって、私達の為にセラ一人が悪者になるなんて、私は嫌だったから」
「でも━━━」
俺がミィチェに意見を言おうとすると、ミィチェが被せる様に言う。
「だって、それは、セラを生贄にするのと同じだから。私がそれを黙認したら、お父さんと同じになっちゃう」
彼女の想いが乗ったその言葉は、不思議と俺の胸に素直に落ちてきた。
ミィチェは、我儘なのだ。
思えば初めからそうだった。
村の風習に反対し、ファラリス家の運命から逃げ、周囲の意見を無視して生贄に立候補し、俺の計画をなんの相談もなしに潰した。
俺が優しい、と思っていた部分は「結果的に」そう見えていただけで、彼女の本質では無い。
「ごめんね。セラの好意を無駄にして」
「……ほんとだよ」
だが、結果的に俺も彼女に救われている。
村の事を第一に考えれば、状況は悪化しているようにも思えるが、ミィチェの周りに不幸になってる人間は、俺を含めて一人もいない。
俺は、ブドウの様に何にも縛られずに、自分のしたい事だけをして生きるのが、自由に生きるお手本だと思っていた。
しかし、彼女を見てそれは間違いだったと気づく。
ルール、風習、社会、そういった決まりの中でしか、そもそも自由などと言う概念は生まれない。
人間は、何かに縛られながらでなければ、本当の自由を手に入れることは出来ないのだろう。
彼女の生き方もまた、俺の求める自由の形なのかも知れない。
ミィチェはおずおずと俺の外套の裾を引く。
「お、怒ってる……?」
「いや、怒ってないよ。むしろ感心した。ミィチェって思ったよりワガママなんだな」
「そ、そう? 怒ってないなら良かった。……何だか、トゲのある言い方に聞こえるけど」
安堵のため息をついたミィチェに、肩をすぼめながら言う。
「トゲなんか無いよ。俺の迫真の演技を無駄にしてくれて、ありがとうございました!」
「や、やっぱり怒ってる! ごめん! ごめんってばぁ……」
計画を勝手に破綻させたミィチェに腹いせをした俺は、笑いながら冗談だよ、と言って彼女を窘める。
「それならそれでやりようはある。俺も聞きたいことあるし、話し合いがある時にでも声掛けてくれ」
「うん。分かった。……それでね、セラにお礼がしたいんだけど、何か欲しいものとかある?」
欲しいものか。……足りないものは沢山あるが、ミィチェからは既に沢山情報を貰っている。
この周辺の情報や、食べられる植物、魔物の話も聞いた。
「いや、特には無いな」
「じゃ、じゃあ、魔法について、興味とか、ある?」
ミィチェは少し言いよどみながら、俺の顔を見る。
確かに魔法には興味がある。
村の兵士やセイモスは、俺を一目見て魔法が使えないことを分かっていたようだった。
ミィチェも、ブドウを初めて見た際に魔力量がとんでもない、と言うことを言っていた。
そこから考えると、魔法を使えるよう人間は、魔力を可視化する事が出来るようになるのだろう。
「まぁ、興味が無いわけじゃないな。魔法を使えるようになるには、どうすればいいんだ?」
俺がそう聞くと、ミィチェは顔を赤らめながら下を向く。
何か言いづらい事でもあるのだろうか。
そういえば、ミィチェに魔法を使えるかどうか聞いた時にも、同じような反応をしていた気がする。
「……ほ、ほんとに記憶無いんだよね? 無いから聞いてるんだよね?」
「……言いづらい事なら言わなくてもいいぞ?」
「だ、大丈夫! あのね、女の子と男の子で、魔法が使えるきっかけは違うの。女の子は、その、大人になったら使えるの」
表現が曖昧でよく分からないが、身体的に大人になったら、と言う意味だろうか。
どちらにせよ、彼女が言い淀んでいた理由が分かった。性に関係する事なのだろう。
性別が違う俺には話しにくい内容なのかも知れない。
これはセイモスに聞いた方がいいだろう。
「何となくだが、分かったよ。無理しなくていいぞ。今度村に行った時に、セイモス辺りに聞いてみるよ」
「あ、あのね! 私で力になれる事あったら、言ってね!」
「お、おう。……分かったよ」
急に大声になったミィチェに少し気圧されながらも、了承する。
彼女は俺の答えを聞くと、笑顔を浮かべる。
ブドウは魚を食べて眠くなったのか、拠点の前で横になって目を閉じているようだ。
それを見ていると、俺も段々と眠くなってきた。
ミィチェもブドウによりかかって、少し眠たそうにしている。
「……じゃ、俺はそろそろ寝るよ。おやすみ、ミィチェ」
俺が拠点に入ろうとすると、ミィチェは俺の腕を掴む。
「ブドウちゃん、暖かいよ! 今日は皆で一緒に寝よう!」
そういいながら、ブドウの脇腹をポンポンと叩く。
ミィチェの隣に丁度一人分のスペースが空いている。
「……あのなあ、もう少し警戒しなさいよ。ミィチェさん。俺も男の子だぞ? 危ないとか思わないわけ?」
「な、何が何が? 私はセラが寒いんじゃないかって心配しただけだけどね!」
確かに、今日は少し肌寒い。
ブドウは体温も高そうだし、暖を取るにはもってこいだとは思うが、それにしたってミィチェの横で寝るのは、少し気が引ける。
俺がウトウトしているのを見てか、俺の手をとって、ブドウのお腹のあたりに誘う。
ブドウは少し嫌そうに「グゥ」と鳴いたが、特に気にする様子もなく、寝息を立てているようだ。
ミィチェが横で、おやすみ、と言っているのが聞こえる。
俺もそれに答えようとしたが、ブドウの温かさに睡魔が負けてしまう。
柔らかく寝心地のいいブドウベッドの快適さにお溺れるように、俺は眠りについたのだった。
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