第9話「雷主の村 後編」
村の周辺に展開させていたドローンを操作し、ブドウの周囲に集めた。
これで、多角的にブドウの動きを見て、対応が出来る。
ブドウの姿は、傍から見れば圧倒的だ。
3メートルを超える巨体が二本足で立ち、鋭い目で見下ろしている。
雷のエネルギーを纏った九本の尾が彼の体の倍ほども伸び、放射状に広がって俺を包み込むように揺れている。
尾は時折、青白く光る雷を帯び、まるで巨大な手のように見える。
圧倒的な力を誇示し、威圧感で俺を圧倒している様子だ。
「……初手から本気かよ」
以前、ブドウと戦った時も、彼はこの姿に変化した。
この形態は強力だが、時間制限つきであることを俺は知っている。
だからこそ、今回も時間切れを狙って耐える戦法をとろうとした。
次の瞬間、九本の尾が一斉に動き出した。
雷のエネルギーを纏った尾が死角から連続して襲いかかる。
尾の攻撃を間一髪でかわし、間合いを取るように動き続ける。
だが、尾の攻撃は一瞬で終わらない。次々と角度を変えて、死角から、横から、上からと、攻撃の方向を自在に変えてきた。
正直、この攻撃は前に戦った時に見ているため、ドローンからの映像があれば、躱すのは簡単だ。
回避に専念し、機敏に動き続けて尾をかわしていくが、突然ドローンのひとつの映像が途切れた。
「……おい、マジかよ」
また別のドローンの映像も途絶える。
ブドウは雷尾で俺を追いつつ、雷を周囲に無差別に放っている。
恐らく、上空のドローンを狙っているのだろう。
俺が高所にドローンを配置していたのが、今回は仇となってしまった。
俺がブドウを観察していたように、彼もまた俺を分析していたのだろう。
これは思ったよりも不味いかもしれない。
明らかに生物としてのスペックはブドウが上だ。
雨雲を操り、雷を操り、体も大きく頭も良い。
俺がブドウと戦うには、何よりも情報が必要だ。ドローンを失った俺は、戦力が半減したと言ってもいい。
ドローンは別視点からの情報や、攻撃が発生する熱源を感知するのに有用だ。
しかし攻撃されれば容易く消えてしまう。これは今後の課題になりそうだ。
さらに雷鳴が轟き、雨雲が空を覆い始める。
濃いグレーの雲が重く広がって、村全体を暗い影が覆い始めた。
九本の尾が再び激しく振りかぶられ、鋭い雷を纏って地面に突き刺さるたびに、目の前が一瞬だけ青白い光に照らされる。
しかしその光は瞬間的で、影の形が安定せず、シャドウマスタリも使えない。
「くそ、やりにくい……! 影まで対策してやがる!」
ぼやきながらも距離を取り、なんとか回避を続けている。
小柄な体が幸いして、ブドウの攻撃をギリギリのところで躱し続けている。
地面に雷を伴った尾が叩きつけられるたびに、土埃が舞い上がり、あたりには焦げ臭い匂いが立ち込めている。
狭い足場を駆け回り、低木の影に身を隠すようにして森の中に逃げ込む。
ブドウは俺の姿を見失ったようで、手当たり次第に木々を尾で払い、視界を広げていく。
苛立つかのように咆哮を上げ、極太の雷が高い木に落ちる。
雷の閃光で一瞬だけ俺の姿が浮かび上がるが、次の瞬間には再び影に紛れ込む。
「時間切れまで、これで凌ぐしかないな。雨雲にも時間制限とかあったら嬉しいんだけど」
森を縦横に駆け回り、低木や燃え上がる枝を盾にして、ブドウの攻撃を巧みにかわす。
ブドウはさらに大きく尾を振りかぶると、周囲の木々に次々と雷を落とし始めた。
雷が直撃した枝は激しい勢いで燃え、地面に落ちる。
くそ、邪魔だな。ただでさえ狭いのに。山火事になったらどうすんだよ。
幸い、雨雲から雨が降ってきたことで、火は次々に消えて行った。アフターケアまで万全である。
激しい攻撃を木々の影に隠れながらやりすごす。
周囲に落ちる雷の轟音が絶えず響き、雷光が森全体を青白く照らしている。
しかし、影が歪むたびに、セラは一瞬めまいのようなものを覚え、視界に違和感を感じた。
雷によって伸びるブドウの影が、歪んで見える。
俺は自身の目を擦り、もう一度注意深く観察する。
光る尾に照らされるブドウの足場には、ブドウの巨大な影に寄り添うように、微かな気配を感知出来る。
その気配の観察を続けていると、次第にブドウの雷尾が収縮していく。
どうやら時間切れのようだ。しかし状況は良くなってはいない。
未だ周りには雨雲が大きな影を落としており、ブドウの影を操るのは難しい。
となれば、突破口はあの謎の影だ。
俺は小銃を構え、茂みの中から「その影の本体がいるであろう」場所に、銃弾をお見舞いする。
すると、ブドウが驚いた表情を見せ、咄嗟に自身の手を盾にして銃弾を防ぐ。
ブドウはすぐさま、俺の攻撃したであろう場所に雷を落とすが、既に俺はそこから離れていた。
あの様子からすると、ブドウにとって大事な何かが、そこにあるようだ。
雨雲のせいでその影の形をハッキリと捉える事は出来ていないが、あの雨雲さえ吹き飛ばせれば、しっかりと形をとらえる事が出来る。
突破口を見つけた俺はすぐさま小銃にチャージを開始する。
残る弾丸は四発。このまま逃げ続けていたらジリ貧になるのはこちらだ。
俺が勝てるとしたら、やはりシャドウマスタリによる拘束しかない。
その為には、あの分厚い雨雲を吹き飛ばす強い攻撃が必要だろう。
俺が現在知覚している
小銃に攻撃が効いたのか、ブドウは低い唸り声を上げて周囲を警戒している。
先程までの暴れっぷりは何処へやら、攻撃に対して即座に反応出来るように身構えている。
ブドウはとある一点を中心にして、周りを回っているようだ。
ははーん、なるほど、そこにブドウの弱点があるのか。
このままチャージショットをそこに撃とうかとも思ったが、ブドウに防がれる可能性は考慮しなければならない。
となれば、やはり照準はあの分厚い雲。的も大きいので、外す心配も無い。
俺は雨雲の影を狙い、小銃のチャージを開始した。
手のひらに収まるサイズだった小銃が、エネルギーの光を帯びて徐々に形を変え、両手で構えなければ支えきれない大きさに変わる。
銃の見た目は、ガトリング砲の様な長い砲身を持つ武器に変化した。
砲身からエネルギーが溢れ出す。
そして銃口からは凄まじい光が漏れ始めた。
「…ヤバいな、光が漏れ出してる。これじゃ場所がバレるかもしれない」
チラリとブドウを見やると、奴も危険を察知したのか、守るべき何かを隠すように構え直し、立ち上がっていた。
こちらを攻撃してくる素振りはない。チャンスだ。
俺は発射のタイミングを見計らい、砲身のトリガーを押し込んだ。
轟音と共に放たれた極太の光が、空に向かって真っ直ぐ伸び、雨雲を突き破る。
猛烈な反動で肩が後ろに押され、全身で銃を支えるだけでも精一杯だ。
俺は何とか踏ん張り、銃口を操作して次々に周囲の雲を撃ち抜き、一掃していく。
そして、暗かった空が徐々に晴れていく。
やがて、雨雲の切れ間から光が差し込み始め、あたりに影がくっきりと落ちる。
その影を確認した俺は、ブドウの影に照準を合わせ、距離を取りながら掌握する。
「よし、もらった!」
俺は片目を閉じ、遠隔から影を見る。
ドローンの映像を頼りにブドウを拘束し、その後ろに素早く回り込んだ。
奴が守っていた何かを見極めるため、俺は視線を周囲に巡らせる。
しかし、そこには何もない。
おかしいと思い、もう一度目を凝らすと、少し離れた場所に、ぼんやりと地面に浮かぶ影が映っているのが見えた。
俺はその朧げな影に足を踏み入れる。
すると、ブドウの動きが一瞬硬直し、明らかに狼狽しているのが感じ取れた。
奴は拘束を振り払おうと全身に力を込め、必死に抵抗している。
口から漏れるのは、怒りとも焦りともつかない悲痛な咆哮だ。
荒い息をつきながら、まるでやめろとでも叫んでいるかのようだ。
その時、突然、俺の耳に誰かの声が響いた。影から発せられているようで、軽く、優しい声だった。
「やぁ、見つかってしまったか。凄いね。どうやって僕を見つけたんだい?」
声の主に戸惑いながらも、俺は答える。
「……影があったから、だ」
すると、声は笑った。
「影? ハハハ、影か。それは凄い。君は影が見えるんだね」
そいつは楽しげに笑い続ける。
俺は不気味な気配を感じながらも問いかけた。
「お前は、誰だ?」
「僕かい? 僕は本物の雷主だよ。名前はグリドア=イシュ=ヘプノラ。アンドェ、君がブドウと呼ぶ者の主人でもある。あの村も、僕が作ったんだ」
雷主を名乗る影に、俺は一瞬言葉を失った。
この影が本物の雷主? 混乱を隠せないまま、俺は続きを待った。
「聞きたいことがあるような顔をしているね。でも、まずはこの戦闘を終わらせてからにしないか? 君はどう終わらせたい?」
俺は警戒しながらも、グリドアに計画を説明した。
村に被害を出さないため、撤退を装うこと。
明確な敵を作り出し、村の団結を促し、ブドウの庇護に頼らず、しっかりと自衛の意識を持つきっかけを作りたい、と告げる。
グリドアは話を聞き終えると、納得したように言う。
「なるほど。あの子らの事も考えてくれている思慮深い案だ。ありがとう。じゃあ、アンドェにもそうするように伝えるよ」
そう言ってグリドアは静かに消えていった。
影の拘束を解除すると、ブドウが重々しい足音を立ててこちらに近づいてくる。
そして俺に唸り声を上げながら、掌で軽く押し出すようにして俺を村の方向へと吹き飛ばした。
爪が当たらないように、少しざらつく肉球を押し付けて、俺をボールのように飛ばす。
グリドアの言うことをしっかり守っているようだ。
くそ! もう飼い主がいたなんて盲点だった! なんだよアンドェって! ブドウの方が分かりやすいだろ!
俺は少しのジェラシーを感じていた。
空を舞うように吹き飛ばされ、俺は村の門扉を越えて広場の木に激突する。
勿論、これは自分から派手にぶつかりに行ったのだが、思ったよりも痛い。
口からは血が滲み、外套もボロボロだ。
立ち上がるのも一苦労だが、俺はゆっくりと立ち上がり、村人たちの怯えた視線を意識しながらニヤリと笑った。
「今回は撤退してやる。だが、俺は既にこの森の中に拠点を構えてるからな……。安心して眠れると思うなよ! いずれ、この村は俺が支配してやる!」
悪役らしく啖呵を切り、フラフラと村の出口へ向かう。
そこではブドウが待ち構えていた。奴は鋭い牙で俺の外套の首元を掴み、そのまま森の奥へと放り投げた。
「く、クソオオオオォ! 覚えていやがれェェェ!」
情けない声を出しながら森に転げ落ちる。
我ながら素晴らしい三下っぷりだ。
そう自画自賛しながら周りを見渡す。
おあつらえむきに拠点の方向に投げてくれたようだ。
先程壊滅させたゴブリンの集落が少し先に見える。
俺は草の上に寝転び、体をいたわる事にした。
ふと、耳に響く声がする。
「ハハハ、見事な演技だね。君は小悪党の真似が上手い」
木の横から実体を持たない影がぬるり、と姿を現す。
声からして、本物の雷主を名乗るグリドアだろう。
「実際、俺は悪党だからな」
そう答えると、グリドアは再び軽く笑った。
「そうかい? 少なくとも、僕の目にはそうは見えていないけどね」
「……そりゃ良かった。ところで、何でいきなり現れたんだ?」
「僕は初めからアンドェの傍にいたよ。変わったのは、君の方じゃないかな」
つまり、俺が見えなかったものが見えるようになったと言うことか。
ブドウや魔物達との戦闘を通じて、本来見えない影が見えるようになり、シャドウマスタリが成長したのかもしれない。
「で、その雷主様は、何してんだよ。こんな影だけになって。ちゃんと村守りなよ。ミィチェが可哀想だろ」
「ごもっともだね。でも、僕は殆ど力を失ってしまってね。意識だって曖昧だ。それに他に守るべき物もある。あの村だけに注力する訳にもいかなかったんだ」
グリドアは続ける。
「だから僕の代わりにアンドェがいる。アンドェは賢い。僕によく懐いているから、人里近くで村周辺を守らせていたんだ」
その言葉に、俺は何とも言えない気持ちになった。
羨ましい。俺もペット欲しかったのに。
「自分で出て来れない理由でもあるのか?」
「僕の体は、もうここには無いからね」
あっけらかんとした声でグリドアが言う。
「死んだって事か?」
「それに近い状態だね。僕はなるべくこの森に長く留まるために、体を一時的に封印したんだ。意識だけになる事で、肉体に縛られずに、この森を管理出来る」
「どれくらいここにいるんだ?」
「んー。詳しくは分からないな。時間の感覚も曖昧なんだ。それはファラリスの子孫に聞いてみると良い。あの子らは、村の歴史をしっかりと残している筈だからね」
どうやら、グリドアにも出て来れない事情があるらしい。
そしてファラリス家は、どうやらグリドアと関係がある様な口ぶりだ。
「お前の事情は分かった。…だがあの村で慣例化している生贄の風習は、止めるべきだっただろ」
俺の言葉に、少し間を開けてグリドアは答える。
「あれは生贄というよりは間引きだろうね。村の人口を管理して、適切に生き延びる為の戦略だ。勿論、それの正誤については思うところはある。ただ、この村のように滅んでいないだろ? 僕からしたら、バトンを繋げている時点で合格だよ。彼らは彼らなりに、苦労もしているんだ。そこは分かってあげてくれ」
グリドアの言うことにも一理ある。
種の存続という観点から見れば、成功しているのだろう。
村の規模からして、多くの村人を養うのが難しいのは分かる。
切り捨てる決断するのも、辛いだろう事も。
しかしそれを悲しむ者がいて、泣いている者がいる事もまた事実だ。
ミィチェに肩入れしすぎているのかも知れないが、今この時、村で生きている彼女が苦しんでいるのは確かだ。
「勿論、それをしなくて良い状況が作れるなら、それに越したことはない。だから、君がファラリスの娘に手を差し伸べた時に、君に賭けてみようとも思った。アンドェも同じ気持ちだと思うよ」
「そっか。……村が良い方向に進んでくれればいいけど」
俺がそう言うと、グリドアの影がゆらゆらと揺らめき始める。
「ああ、もう限界か。身勝手な事を言うようだけど、最後に一つ、君にお願いがある」
「ま、俺に出来ることならやるよ。時間は沢山あるしな」
「ありがとう。本当に助かるよ。あの村が発展を望むなら、今の状態じゃダメだ。圧倒的に物資が足りてない。間引きをしなくなれば、次は別の問題が出てくるだろう」
人の手がほぼ入っていない森林地帯にある雷主の村は孤立しており、何か問題が起きた時には手遅れになる可能性もある。
「だから、何とかして、あの村を守ってくれ」
「丸投げかよ」
「首を突っ込んだのは君の意思でもあるだろ? 責任をとってくれたまえよ」
「……俺がそれを言うのはわかるが、何も出来ないお前が言うのは違うだろ。ま、でもミィチェを手伝うくらいならいいぞ。彼女が望むならな」
行動には責任が伴う事は分かっていた。グリドアの言うことも一理あると考え、俺は彼のお願いを了承した。
「ありがとう、助かるよ。アンドェには君を主人だと思って仕えるように言っておく。自由に使ってくれ」
グリドアからの言葉に、少し嬉しくなったが、俺はその提案を断る事にした。
「嫌だね。そんな又貸しみたいなの、ブドウも嫌だろ。それに、俺はあいつをペットにするって決めてんだ! お前から奪ってやるから覚悟しとけよ」
「……こ、断られるとは思ってなかったよ。本当にいいのかい?」
「いいって言ってんだろ。ただし、もしブドウが俺を主人だと認めたら、譲ってくれ。村の面倒はなるべく見るが、それが条件だ」
グリドアは掠れた声で笑い、それを了承する。
「変な奴だね。君は。体がない僕が言うのもなんだけど。……じゃあ、後は任せたよ。僕は暫く眠るから」
「ああ、任された。安心して眠ってくれ。グリドア」
俺の言葉を聞いて、グリドアの影は頷き、周囲の影に溶けるようにして消えてしまった。
本物の雷主、グリドア。グリドアの下僕、アンドェ。
そしてファラリス家にこの森の謎、聞きたいことは沢山あったが、また次回にでも聞けばいいだろう。
痛む体を起こし、周囲を確認し、歩き出す。
これから雷主の村がどうなっていくのか、ミィチェや村人達はどう生きていく事を選択するのかを考えながら、俺は拠点へと戻ることにした。
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