第8話「雷主の村 中編」
村人たちは次々と広場に集まり、俺が命じた通り、怖がりながらも列を成して並んでいた。
村長であるセイモスと兵士たちを縄で縛り上げ、動けないまま地面に座らせている。
この威圧感だけでも、かなりのプレッシャーにはなっているだろう。
「これで全員か?」
俺がそう問うと、セイモスは少し間を置き、返答する。
「確認が必要だ……。拘束を解いてくれれば、村人の安否を確認できる」
「お前、俺にお願い出来る立場か?」
俺は一歩前に出て、睨みつける。
セイモスは小さく肩をすくめ、口を閉ざした。
「もういいや。自分で調べるからさ」
ドローンのサーモを起動し、村の中をざっとスキャンする。
村人たちの動きははっきりと映し出され、全て把握できる。
村外れの家畜小屋が映り、家畜に紛れるようにして動物とは異なる小さな生体反応が一つ確認でき、る。
「……うん、子供が一人足りないだろ? なあ? 隠すなって言ったよな?」
「……なんの事だ? 調べたい場所があるなら、案内するが」
「案内なんざいらんよ。お前、まだ俺の事舐めてんのか? 来い」
後ろ手を縛る縄を乱暴に引き、家畜小屋へと向かう。
セイモスは不安そうな表情を見せながらも、逆らうことなくついてきた。
小屋の中に入り、藁をかき分けると、小さな子供の姿が現れる。
「隠れんぼは、昔から得意でな」
藁に埋もれていた子供を一気に引きずり出す。
まだ幼い子供は泣き叫び、必死に俺の手を振り払おうとする。
セイモスの顔が一瞬、凍りついたように固まったが、すぐに我に返り、俺に向かって頭を下げ、助命を乞う。
「この子はまだ子供だ。どうか、どうか見逃してやってくれ……」
「おいおい、俺のことを子供扱いして攻撃してきた奴が、それを言うかね?」
セイモスの言葉を皮肉っぽく返すと、彼は悔しそうな表情で口を噤んだ。
それでも目を逸らさずに俺を見つめているあたり、この男の根性も捨てたもんじゃない。
俺は子供をセイモスの方に押し付ける。
「 初回は、大目に見てやる。行くぞ」
と威圧的に言い放った。
再び広場に戻る。
保護者らしき女性が、先程の子供を抱きしめて泣き崩れているのが目に入った。
村人達はその様子を見て、安堵と恐怖が入り交じった複雑な表情を浮かべる。
「うるせえな。許可なく喋るな」
俺が冷たく言い放つと、子供の泣き声を残し、ざわめきが止む。
泣き叫ぶ子供の口を、母親が慌てて押さえている。
「これで本当に、全員か? 村長」
セイモスはちらりと周囲を見回し、そして力なく頷いた。
俺は上空から再度確認をして、すべての反応が広場に集まっていることを確認した。
さて、これで舞台は整った。その前に少し芝居をうっておく必要がある。
俺は突然手を耳に当て、大声で独り言を始める。
「おう。こっちは終わったぞ。何かあったのか? ……魔物に襲われた? でかい熊だ? そんなもん、さっさと片付けて合流しろ!」
わざとらしく言い放つと、村人たちの間で小さなざわめきが広がった。
彼らの顔に一瞬の希望の色が浮かぶのが見て取れる。
これは、ブドウが助けに来るかもしれないという期待を抱かせる為に必要な芝居だ。
セイモスを見ると、目を閉じて祈りを捧げているようにも見える。
「……さて、何をしたもんかね。応援が来るまでに商品の確認でもしておくか」
俺は歪な笑顔を浮かべて、ゆっくりと広場の村人達を眺める。
全員で100人程の人間がいて、男女比は半々くらい。
若い女の子は身を屈めて、俺の視線を避けているようだ。
俺がその子達に近寄ろうとした時、セイモスから声があがる。
「質問してもいいだろうか」
「……ま、いいか。何だ?」
恐らくセイモスは時間を稼ごうとしているのだろう。
「どうやってこの村の存在を知った?」
気丈に振る舞うセイモスに近づき、返答する。
「あんたの娘から聞き出したんだよ。ミィチェとか言ったか? あんたの
視線を空に向けてそう言うと、再度どよめきが起こる。
セイモスは俺の視線から、何かを感じ取ったのか、顔に焦りの表情を浮かべる。
「む、娘は、娘は無事なのか?」
「あ? まぁ、生きてはいるな。大事な商品だ。多少傷物になってるかもしれないが」
ほくそ笑みながら言うと、セイモスの体が震え始める。
その怒りは俺に向けての物なのか、それとも自分に向けての物なのかは、定かではない。
「貴様……!」
「なんだよ、お父さん。別にいいだろ? あの子、生贄になる予定だったんだろ? 言わば、俺らは命の恩人だ。感謝するなら分かるが、そんな目で睨まれる筋合いはねぇよ」
セイモスは殺意のこもった目で、俺の顔を睨みつけている。
その視線を受け止めつつ、俺は話を続ける。
「そうは言っても、きっかけは別だ。俺ら盗賊のコミュニティで、この森はある時期になると何故か可愛い女が放置されてる、って噂になっててな。ロマンチストである俺は、そんなくだらん噂を信じてここまで来たんだ」
セイモスの口が、僅かに震えている。
「な、に━━━」
「お前らが出してた人質は、俺ら盗賊の商品になってたって訳だ」
セイモスの、そして村人達の顔を見て、不敵に笑う。
彼らの瞳には、絶望の色が深く刻まれている。
「そんな筈があるか! 皆、信じるな! 妄言だ!」
村人達が口々にそう叫ぶ。
現実を見たくないのだろう。村の大人たちは、声高に俺の言葉に異を唱えている。
一方、先程まで気丈に振舞っていたセイモスは、その場に項垂れている。
「ほんとほんと。俺がいる事が、何よりの証拠じゃないか? なあ、お父さん?」
俺の問いかけに、セイモスは答えない。
村人達もその様子を見て、徐々に静かになっていく。
儀式を取り仕切っていた村長が、なんの声も上げないことに何かを感じ取ったのだろう。
重苦しい空気が漂う中、先程隠れていた子供が、涙を浮かべながら叫ぶ。
「お前なんか、雷主様にやられちゃえ!」
「雷主? なんだぁ、それ。口ぶりからすりゃ、村の守り神みたいなもんか?」
「雷主様は、村を守る精霊獣だ! お前みたいな悪者、きっと雷主様が━━」
そこまで言うと、青ざめた顔で、母親が子供の口を再度塞ぐ。
村人たちの中には、その言葉で希望を持った者もいるらしく、俺に敵意に満ちた目線を投げかける。
「……んな事あるわけねーだろ。現実を見ろ。この現状は何だ?」
怯えた母親が、必死に頭を下げているが、子供は俺を睨みつけている。
「情けねぇな。ガキは俺に歯向かう気概を見せてんのに、大人は現実を見ずに、空ばっか見上げて精霊獣頼りかよ」
ドローンに、丁度いいタイミングでブドウの影が映る。
背にはミィチェが乗っており、ツタのような物で荷物をくくりつけて村に向かってきているようだ。
さて、そろそろ仕上げにかかるか。
俺は村人達に冷たい目線を送ったあとで、背を向けて再度独り言を大声で言う。
「おい! てめぇら何遊んでんだ! こっちの人手も足りてねえんだよ! 早く村に入ってこい! 」
少し間を開けて、舌打ちをする。
俺はゴブリン達から奪った装備の中から、弓矢を手に取る。
矢のストックの中には、先端に黒い油が塗られている物がある。
俺は村の松明にその矢を近づけ、火をつけ、その矢を引き絞って狙いを定める。
「なんかイライラしてきたわ。景気づけに、とりあえず燃やすか」
広場の中央には、ブドウをあしらった木のレリーフがかけられた巨木があった。
そのレリーフ目掛けて弓矢を放つ。
レリーフが燃え、村人の動揺する声が聞こえる中、俺は高笑いをする。
「そんな人間に都合のいい存在がいるわけねぇだろ! 本当にいるなら来てみろよ! この村が無くなる前にな!」
燃えるレリーフから、巨木に火が移り、黒い煙が空に上がっていく。
高く上がった煙は、ミィチェ達にも見えているはずだ。
程なくして、次第に空が曇り始める。
村全体を覆うように、突然雨雲が現れて、雲の切れ間からは紫色に光る雷と、ゴロゴロと言う不安をかきたてる音が、周囲に響く。
なかなか演出が上手いな。
恐らく火の手が上がっていると判断したミィチェが、ブドウに雨を降らせるようにお願いしたのだろう。
ただ、詳しい情報は共有していないし、すり合わせをする時間は無い。
さて、後はミィチェのアドリブ力が試される。ちゃんと状況を把握して、演技をする事が出来るのか。
村人達は涙を流しながら空を見上げ、雷主様、雷主様、と口にし始める。
それが合図となったかのように、突然大雨が降りだした。
火は無事に消火され、煙がブスブスと立ち上っている。
俺はわざとらしく動揺してみせる。
「な、何だ、どうなってやがる!」
そして、村の入口から紫色の光を纏ったブドウが現れる。
背にはミィチェが跨っており、村の光景を見て戸惑っているようだ。
「雷主様だ! この村をお救いにいらしてくれたぞ!」
「ミィチェ……? 良かった、生きて……」
村人達から、喜びの声が上がる。
ミィチェはブドウの背から降り、広場に駆け寄ってくる。
俺は近寄るミィチェの足元に、弓矢を放つ。
「そこで止まれ。そこのデカイのも動かすなよ。ちょっとでも妙な真似したら、こいつの命は無い」
威圧的にミィチェに声をかけ、セイモスの喉元にダガーを当て、同時に彼女に目配せをする。
彼女は状況把握に務めているようだ。
「……わ、分かったわ。雷主様、下がって」
ミィチェはブドウから降りて、両手を上げる。
ブドウに声をかけると、喉を鳴らしながら一歩、二歩と下がっていく。
その様子を見て、村人達は混乱しているようだ。
不意に、ブドウの体に紫色の雷が帯電しはじめる。
薄暗く雨が降る中で、バチバチと稲光を纏いながら光るブドウの姿は、幻想的に映る。
「なるほど、雷を操るのか。…厄介だな。それで何だ? ミィチェ、君は何をしに来たんだ?」
「な、何をって、皆を助けに━━━」
「お前を見捨てた人間達をか? こんな身勝手で、他人任せで、どうしようも無いクズ共を救う意味はあるのか?」
「…な、何それ? そんな言い方って無いよ! 皆は村の事を考えて、仕方なく……」
ミィチェの声が段々と小さくなり、項垂れるように俯く。
そのタイミングで、ブドウに目配せをする。
ブドウは「仕方ないな」とでも言いたげな表情を作り、雷を纏うのを止めて、雨を止める。
その光景を見た村人達は、困惑の表情を浮かべ、狼狽え始める。
ブドウも俺と同じ考えだったみたいだ。
「ほれ、雷主様も同じ考えみたいだぞ。…まさか人間より、獣畜生の方が話が出来るとはな」
俺がそう言うと、ブドウは歯茎をむき出して、こちらに唸り声を上げる。
ご、ごめん。ちょっといい過ぎたかも。あとで美味いもん食わせるから。
ミィチェは少し驚きながらも、気を取り直してブドウに語りかける。
「ぶ……えと、雷主様? 助けてくれるんじゃ」
「ウォウ、ウォウ」
「え……。まさか雷主様も、あの人が言ってることが正しいって言うの!? ソ、ソンナー!」
「……ウォウ」
村人達は、ミィチェがブドウと話していることや、ブドウが戦闘態勢を解除した事に混乱しているようだ。
特にセイモスは心ここに在らずと言った表情を浮かべ、視線を泳がせている。
にしても、少し演技が……。
ミィチェはヨロヨロと後ずさりをして、枝がしなだれるような動きで地面に弱々しく座り込む。
泣き真似をしながら口でヨヨヨと言う人間を、俺は初めて見た。
「ミィチェ、君は頭がいいし、こんな村を救いに来る度胸もある。こんな萎れた連中とは違う。こんな連中なんざ捨てて俺と来い。……なんなら、伴侶にしてやってもいいぞ?」
俺がそう言って手を差し出すと、ミィチェは顔を赤くして固まってしまっている。
ミィチェさん、演技です、演技! ここは断る所ですよ!
俺の必死の願いが届いたのか、彼女は真剣な顔をして、俺の正面に立つ。
「お、お断りよ。……この村の考え方が愚かだ、って言うのは同意だけど、この村の事を良く知りもしない人に、村の人達をバカにする権利なんか無い」
ミィチェの言葉には、重さがあった。
「私は、一度村から逃げた。ファラリス家の人間としての責務から、この村の歴史から。いくら言っても分かってくれないお父さんや、諦めてる皆を見て、絶望して、逃げたの」
軽く息を吸って、目を閉じたミィチェは、決意に漲る瞳を潤ませながら言う。
「でも、もう逃げない。私達のことは私達で決める。例え雷主様がいなくてもね」
彼女の言葉に鼓舞されたのか、村人達が口を開く。
「部外者は出ていって! 村の未来は、私達皆で決める!」
「「そうだ、そうだ!」」
俺はその光景を冷めた目で見つめ、肩をすくめる。
「ほぉ? じゃあ、どうする? 俺は引く気はないぞ?」
「
俺がそう言った瞬間、ミィチェは技能で俺を閉じ込める。
「雷主様! その人はお願い! 私は、村の皆を!」
ウォウ、と一声鳴いたブドウが、再度雷を纏いファラリスに突っ込んでくる。
ブドウはファラリスを軽々と持ち上げた。
鋭い爪が分厚い鉄を貫き、雄牛が悲鳴を上げている。
ブドウはファラリスを村の入口へ放り投げる。
村の中での戦闘は、建物や村人に被害が出ると判断したのだろう。
木の門を押し潰し、何度か地面に打ち付けられたファラリスは、耐久値がなくなったのか、光になって消えてしまった。
砂埃と扉の破片の中で、俺は上体を起こす。
ブドウめ、手加減しなくていいとは言ったが、少しは俺の体の心配くらいしろよ。
背中に鈍い痛みが走る。どうやら先程の衝撃で打ってしまったようだ。
砂埃を押しのけるようにして、ブドウの巨体が姿を見せる。
彼の背から荷物が消えている。
動きにくいから外したのか、雷で緩んで外れたのかは定かではないが、彼の体を縛るものは何も無い。
少し体を回し、軽いストレッチをする。
「ブドウ、付き合ってくれてありがとな。あとごめん、さっきのは本心じゃないから。獣畜生とか思ってないから!」
ブドウは俺の謝罪を聞くと、鼻を鳴らすことで返事にした。
このまま俺が負けたことにしてもいいのだが、出来れば上手く逃げる部分を村人に見せたい。
精霊獣と言う絶対強者から逃げる事に成功した盗賊がまだ近くにいるかも知れない、という不安感を残したいからだ。
ブドウにはストレスをかけてしまったかもしれない。
そのストレスを俺にぶつけてもらおう。
「よし、ブドウ。じゃあ最後の仕上げと行こうか。派手にやろう。終わったらまた魚焼いてやるからな」
ブドウは待ってました、と言わんばかりに雷を纏い、遠吠えの様に鳴くと、彼の体から衝撃波が流れる。
その衝撃は、俺達を周りにあった砂埃を吹き飛ばし、地面をも揺らしている。
ブドウが二足歩行で立ち上がると、全身の毛が逆だっていき、雷のエネルギーで構築されているであろう九本の長い尻尾が放射状に伸びていく。
どうやら、ブドウは本気で戦ってくれるらしい。
俺も出し惜しみせずに、ブドウにぶつからなければ死ぬかもしれない。
ミィチェは今頃、必死に村人達を説得しているだろう。
彼女のひたむきな明るさや、他人を思いやる気持ちは、きっと村をいい方向に導けるはずだ。
俺も、その手伝いが出来る様に、しっかりとサポートしてやらなきゃな。
そして、俺とブドウの三回目の戦いが始まった。
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