第4話「雷主の躾」


「それにしても、セラって変だよね。こんなとこで、ゴブリンに向かって声かけるなんてさ」


「うっ…。そうなのか? すまん、俺はこの辺に最近越してきてな。常識とかそういうのが欠けているかもしれない」


 天然の草のクッションの上で、俺はミィチェと話していた。

 ミィチェは16になったばかりで、少し離れた場所にある集落で生活していたらしい。


 彼女は良く笑い、楽しげに会話をしてくれる。

 こんな生きる力に溢れた子が、生贄なんて信じられなかった。


「ミィチェ、君は生贄になると言ってたが、それは村の習慣か何かか?」


 そう語りかけると、ミィチェは明るい声色で返事をする。


「うん、毎年この森にお供えするの。そしたら雨が降って、豊作になるんだって! 神様のお力なんだってさ」


「悲しくはないのか? 村にはもう戻れないだろ? それに、生贄ってのは、死ぬ事と変わらないだろうし」


「うーん、まぁ、思うところが無いと言えば、嘘になるかな……」


 表情に陰りが見える。

 生贄の意味は分かっているように見える。

 しかし、彼女は笑いながら言う。


「でも、仕方ないよ。決まりだから。それに、私のワガママで、こうなった部分もありまして……」


「そうは言ってもな。……酷な言い方かもしれないが、村の連中は君を犠牲にして、未来を生きるつもりだぞ。腹は立たないのか?」


 俺だったら、どうしただろうか。

 ミィチェのように運命を受け入れて尚、希望を捨てずに前を向けるだろうか。

 

「全然! だって村から出て自由になるチャンスでもあるんだよ? もしかしたら生き残れる可能性だって、ゼロじゃないしね!」


「……村では自由じゃなかったのか?」


「そうだね。私には、分からないことも割り切れないことも多くて……」


 少し会話のトーンが暗くなっている。

 明るく振舞おうとしているのが、言葉の端々に現れている。


 ただ、この少女は生きることを諦めた訳ではない。

 生贄という過酷なルールを受け入れた上で、生きる道を必死に探している。


「ミィチェは前向きなんだな」


「えへへ。よく言われる。……ところで、セラはこの辺に家があるの? それこそ凄いよ! トリリアの森は危ないのに、生活してるだなんて」


 彼女によれば、ここら一帯はトリリアの森と呼ばれる場所のようだ。


 雄大な自然が広がるこの場所は神聖視されており、人が住み着かないのだという。


「ゴブリンみたいな弱い魔物だけじゃなくて、すっごく強い魔物もいるって聞くよ。セラこそ、大丈夫なの?」


「魔物? 動物じゃなくて?」


「セラって、ホントに何も知らないのね。どうやって今まで生きてきたの?」


「う、うーん…。あ、そうそう。記憶が無くてね。気が付いたらここに放り出されてたんだ」


「えっ? ……可哀想。親に捨てられたとか? そのショックか何かで記憶が無くなっちゃったのかな?」


 人の良さそうなミィチェに嘘をつくのは、少し気が引ける。


 しかし、記憶が無いことにすれば、知識が無いのも誤魔化せるだろう。


 ミィチェは複雑な表情で俺を見ている。その目には哀れみの感情が見て取れる。


「よし! ここ出会ったのも何かの縁だね! 何でも聞いてよ! 私が教えてあげる!」


 そう言って胸を叩いたミィチェは、魔物についての話を始める。


「魔物は人間を襲う危ない生き物で、魔法の力を使える。動物は魔法が使えないから、動物と魔物の違いはそこかなあ?」


「なるほど。……懐かないのか?」


「懐かないね。魔物は動物を無意味に襲ったりはしないけど、人間には特に理由がなくても、危害を加えるの。言葉も通じないし、本当は、何か理由があるかも知れないけど……」


 俺の頭に浮かぶのはブドウの姿だ。雷を操っていたのは、恐らく魔法だろう。


 ペットにしようとしていたのに、残念でならない。


 俺は落胆し、話の続きを聞く。


「この辺だと、ゴブリン、スライム、キーバットなんかが多いね。そんなに強い魔物じゃないけど。数が多いから、囲まれたら大変なの」


 ミィチェは、倒れているゴブリンを枯れ枝でつつきながら言った。


「そういえば、さっき魔物が魔法を使うって言ってたけど、人間も使えるよな? ミィチェは魔法を使えるのか?」


 俺が興味を示すと、ミィチェは少し顔を赤らめた。


 恥じらうように口ごもっているが、何か意を決したかのように立ち上がった。


「よし、見せたげる!」


 ミィチェは胸にかけているペンダントを握りしめ、呪文のような言葉を口にする。短い詠唱が終わると、彼女の指先に小さな火の玉が現れた。


「……おぉ」


 俺が感嘆の声を漏らすと、ミィチェはにっこり笑い、倒れているゴブリンの死骸に向かってその火の玉を投げつけた。


 すると、瞬く間に炎がゴブリンを包み込み、燃え上がっていく。


「すごいじゃないか!」


 俺は思わず拍手をすると、ミィチェは照れ笑いを浮かべた。


「えへへ、ありがとう。でも、まだあまり上手くはないんだ。小さい火しか出せないし」


 そう言いながら、彼女は指先を見つめている。


「ゴブリンに襲われてたろ? ファラリスより、魔法の方が良かったんじゃないか? 威力も十分そうだが」


「んー、魔法は詠唱に時間がかかるんだよね。技能の方が使い勝手が良いんだ。イメージするだけでいいからね。今回は急に襲われたから……」


「なるほど。勉強になる」


 ふと、ミィチェはお腹に手を当てて呟いた。


「……お腹空いたなぁ」


 俺は笑って頷き、提案した。


「色々と教えてくれたお礼もあるし、一緒に朝飯を食べよう。俺の拠点まで戻るから、そこで魚でも釣ろうか」


「ほんと? いいの?」


 ミィチェは喜び、俺の提案に乗ってきた。こうして、俺たちは一緒に拠点へと戻ることにした。

 

 道中、俺はドローンを飛ばして周囲の安全を確認する。


 ミィチェも興味津々といった様子で、しげしげと鳥型のドローンを見つめている。


「おお、何か出た。セラの技能?」


「ああ。周囲の様子を確認できて、何か反応があれば教えてくれる」


 ドローンが飛び立ち、周囲を見回すと、生体反応がいくつか見て取れる。


「お、あそこに反応があるな。行ってみよう」


 ドローンに導かれるまま進むと、まずスライムが地面にへばりついているのを見つけた。


 透明な体を持つスライムは、緩やかに動きながら何かを食べているようだった。


「これがスライムか。意外と可愛いな」


 俺がそう言うと、ミィチェが小声で囁く。


「確かに見た目はプルプルしてて可愛いけど、結構凶暴なの。それに毒のあるスライムもいるから注意してね」


 次に見つけたのは、キーバットという蝙蝠型の魔物。


 木の枝にぶら下がりながら、周囲を警戒している様子だ。

 

「こいつも魔物か。小さいけど、数が多いな」


「うん。あと、キーバットは索敵能力が高くて、すばしっこいのが特徴かな。ほら、尻尾が鍵みたいな形でしょ? だからキーバット!」


 さらに進むと、ゴブリンの小さな群れが活動しているのを確認した。彼らは木の実を集めているようだ。


 木の上で腕を組んでいるゴブリンが、叫び声を上げると、ゴブリン達は森の奥へと消えていった。


「ゴブリンも種類がいるんだな。細いのに太いの。持ってる武器もレパートリーが多くて、個体差が分かりやすい。面白いな」


「そうかなー? やっぱり、セラって変な人だね。ゴブリンを面白いだなんて」


 俺たちはその後、拠点へ戻るために歩き始めたが、川辺付近に大きな魔物が居るようだ。


 まさか、そう思い、目を閉じてドローンの映像を確認すると、ブドウが川で魚を漁っている。


 丁度俺達も飯にしようと思っていた所だ。一緒に朝飯にしようじゃないか。


 ブドウの背中が見え始め、俺は走り出そうとするが、ミィチェに服の端を掴まれて、静止する。


「ま、待って! あれ、雷主ライシュ様! この辺の守り神って言われてるの!」


「雷主様? ……魔物とは違うのか?」


「私達の間だと、精霊獣って呼ばれてるの。雷主様は人間を見ても襲わないし、何なら魔物を倒してくれる。それに雨雲を作って、雨を降らしてくれる神聖な生き物なの!」


 ミィチェの顔が青ざめている。


 魔物との違いがよく分からないが、随分とブドウは慕われているようだ。


 未来の主人として鼻が高い。


「じゃあ、人間に懐く可能性も?」


「えっ……? そりゃ魔物に比べたら……? い、いやいや、やっぱ無い無い! 基本的には人に攻撃はしないけど、怒らせたら攻撃はしてくるだろうし、耐えられないよ! 魔力量が段違いなんだから!」


「それだけ聞ければ十分だ。ミィチェ、俺はあのくまさんをペットにしようと思ってる。見てろ、昨日躾をしたんだ。今日こそお手が出来るようになっているはず!」


「え、ちょ、ちょっと、セラー!」


 そう言いながら俺はブドウの方へ向かって歩き出した。


 ミィチェは心配そうに見守っているが、その場でオロオロと狼狽えている。


「無理だと思ってるだろ。……見てろ。絶対にお手をさせてやる」


 そう言いながら、俺はシャドウマスタリを発動させる。


 ブドウは現在お魚に夢中だ。昨日のように抵抗されること無く、拘束は完了する。

 

 背後から忍び寄り、難なくブドウの影に入る。


 ブドウの前に行くと、何だか微妙な表情をしている。


 眉間に皺を寄せ、まるで「またお前かい」とでも言いたげな表情をしている。


 何か言いたげなブドウを無視して、俺は右手を出し、ブドウの右腕を操る。


 俺の手の上にブドウの大きな手が置かれる。


 あったかい。肉球は少しザラザラしているが、弾力があり癖になる触り心地だ。


 すかさず、俺は陸に打ち上げられた魚を拾い上げて、ダガーで食べやすいサイズにカット。


 そして切り身をブドウの口に放り込むと、ブドウは不思議そうな顔をしながらも、その身をペロリと平らげた。


 さらに今回はこれだけではない。


 ブドウが食べた事の無い、焼き魚を振舞ってやろうと思ったのだ。


 俺はブドウから離れて、拠点の近くに移動を始める。


 その間もブドウの影を見ている。今のところ拘束は続いていた。


 至近距離であれば、体の至る所を拘束、操作が可能。

 距離があれば、影が大きい部分を拘束できるようだ。遠くなれば遠くなるほど拘束力は弱まる。


 ふと、ドローンの映像で拘束は出来るのだろうかと考え、俺は片目を閉じてドローンの映像を見て、影を捉える。


 その後、両目を閉じてドローンからの映像のみで拘束を試してみる。どうやら上手く行ったようだ。


 俺は片目を開け、調理を開始する。


 手際よく魚を串に刺し、ダガーの背を使い鱗を剥がす。

 剥がれた鱗に軽く切れ目を入れて、焚き火の周りに並べる。


 一通り処理が終わり、俺はミィチェの元へ移動する。


 口をあんぐりと開けてパクパクさせている。お魚さんの真似だろうか。


「ちょ、ちょちょ、ちょっとセラ!! 何がどうなってるの?!」


「だから躾をしてるんだよ。ペットにするんだって」


 依然ハテナマークを頭に浮かべたままのミィチェを見ると、全然伝わっていないようだ。


「見ろよあの尻尾。まんまるで可愛いだろ? 愛嬌ある目も、モフモフの体も、うちのペットとして合格点だ」


「ペットとして疑問を持ってるんじゃなくて、精霊獣をペットにする人間なんて聞いたことないって話をしてるの!」


「そんな事言われてもなあ……。もう決めちゃった事だし。それに、あいつがペットになったら、俺がご主人様になるだろ? そしたら今後生贄を出すなんて真似、しなくて良くなるしな。ミィチェの村の信仰の対象はあいつなんだろ?」


「……それはそうかも、知れないけど」


「まぁ、見てなさい。後はあいつの胃袋を鷲掴みにすれば、イチコロって寸法さ」


 焼けた魚の香ばしい匂いがしてきた。


 俺はミィチェに軽く手を振り、焼けた魚を見繕って、ブドウの前に戻る。


 魚の匂いが気に入ったのか、ヨダレが滴っている。


 俺はブドウの鼻の前に魚を泳がせる。

 空中で泳ぐ魚を目で追っているのを確認し、再度右手を操り、お手をさせる。


 そのタイミングで、焼き魚を口に放り込むと、もの凄い勢いでがっつき、一瞬で無くなってしまった。

 

 余程美味かったのだろう。これで焼き魚の美味さを刷り込むことが出来た。


 そして少し離れて、拘束を解除する。


 その瞬間、ブドウはとんでもないスピードで俺に接近し、俺の手にある焼き魚を奪おうとしてくる。


 しかし、焼き魚を狙った噛みつきは空を切る。


 何度狙っても無駄だ。俺はお前が大人しくなるまで攻撃をかわし続けると誓おう。


 しばらくラッシュを躱していると、疲れたのか、一旦攻撃を止めて、俺を観察し始める。


 その目には確かな知性を感じる。どうすれば、魚を手に入れられるかを考えているのだろう。


 そのタイミングで俺は近づいて、右手を差し出してみると、ブドウはしばらく考えた後に、おずおずと右手を乗せてきた。


 俺は歓喜のあまりガッツポーズをして叫びそうになったが、理性をフル活用して暴走を止め、左手に持つ焼き魚を全て与える。


 今までの俺の行動から、右手を乗せれば魚が貰えるかもしれない、と思い至ったのだろう。やはりブドウは頭がいい。


 その素晴らしい選択に対して、俺は持てる魚全てで答えた。


 脇目も振らず、魚に食いつくブドウを見て満足した俺は、改めて小さくガッツポーズをする。


 焼き魚を食べ終わったブドウは、鼻を鳴らして地面を嗅いでいる。


 食べ残しが無いか探しているのだろうか。

 俺はそれを見つめて、ブドウに背中を向ける。

 

 ブドウも、もう俺が危害を加えるとは思っていないだろう。

 その証拠に、自由に動けるはずなのにその場に留まって、俺の様子を伺っているのが分かる。


 俺は自分とミィチェの分の焼き魚を取り、食べながら歩く。

 

 まるで腰が抜けたかのように地面に座るミィチェに、焼き魚を差し出す。

 

「ほら、ミィチェも食べよう。ブドウがとってくれた魚だ。後でお礼を言わないとな」


「……ほ、ほんとに大丈夫だった。セラ! あなた何者なの?! 雷主様が動かなかったのも、セラが何かしたからで━━━もごっ」


 ミィチェの口に焼き魚を突っ込み、一度落ち着いてもらう。


 パリパリとした皮とホロリと崩れる白身が、今頃彼女を幸せに誘っているだろう。


 こうして見ると、精霊獣も人間も、美味いものを食えば黙る、という共通点が見えてくる。


 片目を閉じて、ドローンでブドウを見ると、またヨダレを垂れ流し、小さな滝を作り出している。


 俺はそれを見て少し笑うと、持っていた魚の串を外して、ブドウの方に放り投げる。


 それに気付いたブドウは空中で焼き魚をキャッチし、まるでおかわり、とでも言うように右手をバタバタと動かしている。

 

「ほら、見てみろよ。可愛いだろ? うちのペットは」


 ミィチェは魚を飲み込むと、少し呆れたようにため息をついてから、満面の笑みを浮かべる。


「……うん。へへへ、セラって不思議な人だね。何だか助けられちゃったみたい。……ありがとう。本当はちょっとだけ、怖かったんだ」


「いいよ。ミィチェに会う前から決めてた事だから。気にしないでくれ。言ったろ? 胃袋鷲掴みにすりゃ大丈夫だって」


「うん。確かにこのお魚美味しいし! 雷主様が懐くのも、納得かも?」


 ブドウは満足したのか、いつの間にか丸くなって寝ようとしている。


 眠るブドウを見た俺も、つられて眠くなってきた。


「悪い、ミィチェ。ちょっと仮眠していいか?」


「えっ? 仮眠?! まだ朝になったばっかりだよ! あ、おーい! ここで?! ここで寝るの?! 下、砂利! 砂利で寝ちゃダメだよー!」


 ミィチェが何か言っているようだが、俺の意識は微睡んでいき、声が遠くなっていく。


 俺の体が倒れるのを、ミィチェが支えてくれた。


 そして眠りにつく。頻発する眠気に疑問を持ちながらも、俺は意識を手放してしまった。




  

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