第3話「第二村人、ファラリスの少女」

 俺は夕暮れ時に、簡易な小屋を完成させて、火を起こし、魚を焼いて食べていた。


 風が少し冷たくなってきたが、焚火が暖かさをもたらしてくれる。


 パチパチと鳴る火花の音を聞きながら、俺はしばらくぼんやりと火を見つめていた。


 昼寝までしたというのに、少し眠気を感じている。

 気を抜くと、すぐに寝てしまいそうだ。

 

 この世界に来てから、どうも精神に変容が起こっているように感じる。


 具体的に言えば、精神年齢が下がっているように感じるのだ。


 大した装備もないのに、興味や好奇心に負けて、自らの身を危険に晒してしまった。


 自分の技能スキル特性アビリティが分からないまま戦うなんて、自殺行為だ。


 にも関わらず、ブドウとなんの準備もなく接触し、戦闘にまで発展してしまった。


 自分の体に精神が、引っ張られていたとして。

 子供時代の俺は、どんな人間だったのか。

 俺はその答えを知らない。


 少なくとも、15の頃には既に俺の意思決定は組織に任せていた。

 指示に身を委ね、ターゲットを倒して、また次の任務に向かう。


 そんな日々の中で、俺の自我は思考を止めることを選択した。

 

「……俺って、どんな人間なんだろ」


 俺は独り言を漏らし、ため息をついた。


 慣れない環境に放り出されて、多少混乱しているのだろう。


 そう自分に言い聞かせて、これまでの行動の反省に戻る。


 身体が若返ったからといって、思考まで子供に戻って良いわけではない。


 ブドウとの対峙も軽率だった。

 結果的に危険は回避できたが、ただの幸運だ。


 俺は反省をしながら、焚き火の燃える音を聞いていた。


 周囲は徐々に暗くなり、鳥の声が止んで、代わりに鈴虫の鳴き声が響き始めた。


 時間の経過と共に、肌に触れる空気も冷たく感じられる。そろそろ夜に備えて、もう少し火を大きくするべきかもしれない。


 森の中で一人。魚を食べてお腹も満たされて、横になる。


 ごろん、と仰向けになり、木々の間に見える星空を見上げる。


 ……うん。


 暇だ。とんでもなく。暇だ。


 ふと、頭の中に浮かんだのは、神様からもらった装備や技能スキルのことだった。


 そういえば、通信機の技能があったはずだ。俺は通信機を思い浮かべ、頭の中でイメージする。


 お試しに「おーい」と語りかけてみた。


「……あ、え、はい?! よ、呼んだ?! 聞こえるー?!」


 耳元で、女性の若そうな声が響いた。


 少し戸惑っているような声だったが、確かに反応があった。


「えっと、どちらさん?」


 俺が尋ねると、相手は急に声を弾ませて答えた。


「ファンです! きゃーっ!」


 黄色い歓声で耳が痛い。


 嫌な予感がしつつも、俺は話を続ける。


「……えーっと? 神様サイドの人?」


「そうそう! 私、ラフィ! 月夜を司る神様なの」


 ラフィと名乗る女神は、自己紹介を済ませると、通信機がどのような機能に変わったかを説明してくれた。


「通信機の機能は、神界にいる神様とお話出来る機能になりました! 対象を思い浮かべれば、特定の人に繋ぐことも出来るのよ。ただし、一日に一回しか使えないから、気をつけてね」


「対象を思い浮かべなかったら、ラフィに繋がるのか?」


「その場合はランダムね。セラ君と話す権利を持つ神様に繋がるの。初めての通信の権利は私が手にしたのよ! 特性を採用された特典ってワケで」


「シャドウマスタリを提案してくれた神様ってことか。こりゃ丁度いい、色々聞いておきたいんだが…」


 俺はシャドウマスタリの事について質問をしようとした。


「あ、ご、ごめんね。それは出来ないお約束なの。頑張って自分で見つけて!」


「ぐぅ。……で、でも通信機の事は教えてくれたじゃないか」


「通信機やドローンなんかは元々セラ君が持ってた物でしょ? でもシャドウマスタリは私の権能と愛を詰め込んだ作品なの。セラ君には、自分の力でシャドウマスタリと向き合って欲しい。この力を使って、どうこの世界で生きていくのかが、一視聴者としても楽しみだし」


 俺の反論も虚しく、シャドウマスタリについて新たな情報は得られなかった。


 特性の事を知れなかったのは少し残念だが、これから先は長いのだ。暇な時間を使って研究するしかない。


 よし、当面の目標はシャドウマスタリの使い方の研究だな。


 手始めに、ブドウを完全調伏して、ペットにする。


「セラ君、どう? アルテリアの感想は?」


「んー。自由過ぎて、何をすればいいか迷うな。でも、ワクワクしてる自分もいるよ」


「ふふ、そう。良かったわね」


 ラフィはそう言うと、嬉しそうに笑っていた。

 まるで子供の報告を聞く母親のようだ。


「何か聞きたいことがあったら、いつでも聞いてね。私たちが用意した特性とかについては答えられないけど、相談になら乗れるから」


「相談、か。答えはくれないのか。ケチな神様だな」


「答えを教えちゃったら、そこまでの過程が楽しめなくなっちゃうじゃない。セラ君は、今までその楽しみを知らずに来たでしょ? 私たちはそれが見たくてセカンドシーズンの参加を許したの」


「……なんか、神様ってイメージしてたより、俗っぽいよな。人をエンタメに使うなよ」


「ふふ、あなた達人間より高次の存在なのよ? 俗っぽさや好奇心なんかも、人間の比じゃないかもね?」


「いい性格してますね。……顔が見てみたいよ」


 笑っているラフィに皮肉を込めて言うが、彼女はそれを気にもしない様子で、楽しげに話を続ける。


「興味ある? セラ君ならいつでも大歓迎よ。でも、今はもう少し、自分自身を見つめてあげて」


 ふと空を見上げると、綺麗な満月が顔を覗かせている。


 例え異世界であっても、見慣れたものがあると心が落ち着く。

 

「そろそろ夜も更けてきた頃でしょ? 寝ないの?」


「ああ、そろそろ寝ようかな。何だか、この世界に来てからやけに眠気を感じるんだよなあ」


「……成長期ってやつじゃないかしら? じゃあ、またね。セラ君。あなたの人生初が良いものになるように、月から見守ってるわ」


 そう言って、通信が切れる。


 くそう。少しも情報を得られなかった。暇つぶしにはなったので、満足ではあるのだが。


 俺は家の中に入り、草を集めて作った簡易ベッドに体を投げる。


 そして、初日の夜は更けていった。


 


 ガンガンガン、という不快な金属音が辺りに響く。


 その音で目覚めた俺は外に出て、音の方向を見る。

 

 俺が拠点にしている川の先には、鬱蒼とした森が広がっている。その中から音が聞こえている。


 鍋をおたまで叩いているようなその音は、定期的に鳴り続ける。

 

「やることも無いし、見に行ってみるか」


 金属音がするという事は、加工できるくらいの知性を持つ生命体がいると言う事だ。


 もしかしたら、人間がいるかもしれない。


 そんな期待を胸に、俺は森の中へと足を進めることにした。


 森の中は木々が鬱蒼と生い茂っていて、少し肌寒い。


 足元には苔や枯れ葉が散らばっていて、歩くたびに小さな枝が、小気味のいい音を立てる。


 森の中は薄暗く、周囲も同じような景色、方向感覚を失わないように慎重に歩く。


「……この先か」


 音を頼りに、慎重に足を進める。


 やがて、少しが開けた場所に出た。そこには、予想外の光景が広がっている。


 数体の緑色の小さな生物が、古びた鉄製の牛の彫像を叩いていた。


 体長は約1メートルほどで、痩せてはいるものの、短い腕や足に力強さを感じさせる筋肉がついている。


 耳は長く、体にはボロきれのような布を纏う個体もいる。


「ゴブリンって奴かな。森の妖精ってイメージだったが……。山賊の方がしっくりくるな」


 ゴブリンたちは、木に石をくくりつけたような原始的な石斧を使い、ひたすら彫像に向かってガンガンと音を立てていた。


「おい、うるさいぞ! 何時だと思ってるんだ! まだ日も登りきってないでしょうが!」


 俺は少し大きな声で注意したが、ゴブリンたちはこちらに反応せず、彫像を叩き続けている。


 何度か声をかけたが、どうやら無視するつもりらしい。仕方なく、少し距離を詰めてもう一度声を張り上げる。


「コラー! 無視すんなチビ共ぉ!」


 今度はゴブリンたちがこちらに気付き、攻撃的な態度を見せ始めた。


 金属音を立てていた手を止め、武器を振り上げてこちらに突進してくる。


「交渉の余地はなさそうだな」


 俺はすぐに状況を把握し、敵の群れを見る。


 中央に他のゴブリンより少し大きな個体がいる。どうやらあいつがリーダーのようだ。


 集団戦では、まずボスから倒すべし。


 統制がとれていない集団は、ボスという柱が折れれば崩壊してしまう。


 俺は頭の中でダガーと小銃をイメージすると、使い慣れた小ぶりなダガーと、手のひらより少し大きい小銃が手に握られる。


 右手にダガー、左手に小銃を持ち、群れの中央に向けて走る。

 

 俺を捕まえようと大小様々なゴブリンが襲いかかってくるが、動きは単調で味気のないものだ。


 特に何の妨害も受けず、ボスを目の前にした俺は、ダガーを振りかぶるフリをして、小銃のトリガーを引く。


 パン、パン。と乾いた音が森に響くと、リーダー格のゴブリンの体は地面に倒れる。


 ピクリともしない体を何度か踏み、絶命したことを確認する。


 頭が弱点なのは分かりやすくてグッドだ。


 まだ襲いかかろうとするゴブリン達の足元に、銃弾をプレゼントすると、蜘蛛の子を散らすようにゴブリンは逃げていく。

 

 森が口を開けたかのような開けた広場には、俺と鉄製の牛だけが残る。

 

「なんだっけ……。拷問器具でこんなのあったよな。ファラリスの雄牛だったか」


 朧気に覚えている言葉を口にしながら、鉄製の牛を見る。それにしても、なんでこんな物がここにあるんだろう。


 鉄製の牛に手を触れると、冷んやりとしていて気持ちがいい。かなり頑丈なようで、ボコボコにされていたのに殴打の跡は見受けられない。


 また同じような事があっても嫌だ。これを遠くに捨てるか、ゴブリンを駆逐するかのどちらかを、選ばなくてはならない。


 ゴブリン程度であれば軽くひねり潰せそうだが、この森にはブドウのような強い動物もいる。


 俺が勝てる保証は無いため、このファラリスの雄牛もどきにはどこかに行ってもらおう、そう思い、雄牛を持ち上げようとすると、中からガタン、という音がした。


「ん……。何か入ってんのか?」


 音の大きさからいえば、結構大きな物が入っていそうだ。


 中を割って確かめようと、小銃を構える。


 カァン━━という硬質的な音を出し、弾丸は弾かれる。


 どうしたものかと小銃と睨めっこをしながら、どうにか威力を大きくできないかと思考を巡らせる。


 銃の横に、ふと見慣れないインジケーターがついているのを見つける。


 その画面を見ると「残り4。回復まで22分54秒」との記載があった。


「どうしたもんかね……。威力がこのままじゃこの牛の装甲は抜けないな」


 考えるのも面倒になった時、昨日のラフィの言葉を思い出した。


 俺の元々持っていた装備のことならば教えてくれる、そう彼女は言っていたはずだ。


 通信機をイメージし、ラフィに通話を試みる。

 

「あら、昨日ぶりね。どうしたの?」


 耳元からラフィの声が聞こえる。


「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな」


 俺は状況を説明し、小銃かダガーで強力な攻撃が出来ないかを尋ねる。


「なら簡単よ。セラ君の小銃は残りの弾を全て消費する事で、強力な攻撃が出来るはずよ」


 その後もラフィは事務的に説明を進める。

 まるでマニュアルを見ているかのように的確な助言だった。


「ありがとう。助かった」


 ラフィはまだ何か言いたげだったが、試してみたい気持ちがかってしまい、そのまま通信を切ってしまった。


 俺は小銃に意識を集中する。ラフィに言われた通り、銃弾を統合するようにイメージを膨らませると、徐々に小銃に光が集まってくる。


 インジケーターの弾の数字が2になり、チャージが終わった事を確信する。


「おっしゃ! いけそう! ふっとべオラァ!」


 光を放つ小銃を牛の彫像に向け、いざ実蹟、というタイミングで、鉄の雄牛の口から、声が聞こえてくる。


「待って待って! 殺さないで! お願いだよー!」


 中から聞こえてきたのは、女の人の声だった。

 

「……待つけど、どうすんの? ここにいられると、少し迷惑なんだけど」


「え、ええ?! そんなあ……」


「というか、こんな森の中で、こんな牛の中に入って、何してるんだ。君は」


「え? 生贄だよ! 生贄! 何だか神様に捧げられるって名誉な役割!」


 明るい声と発言内容がチグハグで、どうにも頭に入ってこないが、どうやら彼女は危機的状況にいるようだ。


「それで、この牛に閉じ込められたのか? 酷い話だ」


「あ、いや、これは私の技能スキルで『鉄雄牛ファラリス』って言うんだけどね。へへへ。いきなりゴブリンに襲われて、咄嗟に使っちゃったんだ」


 どうやらこのファラリスの雄牛は本当にファラリスという技能だったらしい。


 危機的状況に使うにはやや向いていない技能に見える。

 

「とりあえず出てきてくれ。生贄なんて寝覚めの悪い真似、俺の拠点の近くでされても困るんだよ」


「……うう。分かったよ! でも殺さないでね!」


 そう言うと、鉄製の彫像が光になり、人の形を形成する。


 見た目は俺と同じくらいか、若い女性だ。


 明るい声のイメージどおり、快活そうな顔をしている。


 髪全体は金色で、前髪に赤色のワンポイントが入っているのが特徴的だ。


 長い髪をまとめて後ろ手に縛っていて、シッポのように揺れる。


 瞳は青く、綺麗な宝石のようだ。可愛らしい顔立ちをしており、どこか小動物を彷彿とさせる。


 布で出来た簡素な服を着ている。


 白を基調としたカットソーに、茶色のロングスカート。

 胸元には緑色の宝石が嵌められたネックレスが静かに光を反射している。


 整った顔立ちや立ち姿には気品がある為、どこかのお嬢様のようにも見える。


 身長は俺と同じくらいだろうか。


 鉄の雄牛から出てきた少女は、少し不安そうな表情で俺を見つめている。


「思ったより可愛くてビックリしたよ」


 素直にそう告げると、ファラリスの少女は少し照れくさそうに、俺に返答する。


「えへへ。ありがと。生贄は可愛くなきゃなれないんだよ! 私、村で一番の美人さんだ、って言われてたんだから!」


 どうもこの子は生贄が名誉ある仕事か何かだと思っているらしい。


 この子が抜けているのか、それともこの世界の常識が変わっているのか、それを知るために、俺は彼女と話をする事にした。


「少し話さないか? 俺はセラ。君は?」


「うん、いいよ! 一人で退屈してるより楽しそうだし! 私はミィチェ! ミィチェ=ファラリスだよ!」


 そうして、俺はミィチェと出会った。

 アルテリアに来て、初めての人間。この世界のことや彼女の問題に興味があった俺は、湿った草の上に座り、彼女と話を始めることにした。

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