実家住みワイ、部屋を片付ける

毛利

実家住みワイ、部屋を片付ける

 「風呂キャンセル3日目で横転」


 手元のスマホでXを開き、そう書き込んだ。数秒見つめ、カーソルを移動させる。


  「3日連続風呂キャンセルで横転」


 小さくうなずいて右上の水色のボタンを押す。何も面白くないタイムラインをスクロールしながら、腹が減ったことに気が付いた。時刻は午前一時を迎えようとしているが関係ない。部屋着のショートパンツを脱ぎ捨て、長ズボンのジャージに履き替える。スマホとイヤホンを手に持ちリビングへ向かうと母親が海外ドラマを見ている。

「こんな時間にどこ行くのよ」

「コンビニ」

東京は便利な街だ。家から3分も歩けば2~3件はコンビニがある。耳にワイヤレスイヤホンをねじ込み、素足でスニーカーを履く。夜道で若い女がノイズキャンセリング機能のついたイヤホンをするのはいかがなものかと思うが、遭ったことのない犯罪への危機感より音楽を求めてしまうのはきっとあるあるだろう。


 明日は祝日だ。月曜日は一週間で唯一の一限がある曜日なので嫌いである。その月曜日が休みなのだから祝日には感謝してもしきれない。大学生の本分は勉強とよく言うが、勉強は好きではない。大学に行くのが当然だと言われて育てられてきたから特に何の感情もない。受験勉強はなかなか頑張ったつもりだが、まずまずの大学に進学し、自分より賢い学生に囲まれている。つまらないというほどではないが、面白いはずもない。


 セブンイレブンに入り、蒙古タンメンを手に取る。その後金の角煮をしばらく見つめ、バイトのシフトと相談した結果、買うのをあきらめた。外国人の店員に蒙古タンメンを渡し、PayPayの決済音を響かせて店を出る。また2~3分歩き、都内一戸建てというまあまあ贅沢な実家に戻る。


 「またラーメン?デブになるよ」

私の足音に気づいてヘッドホンを外した母親の忠告を無視しながらやかんに大雑把に水を入れ、火にかける。しばらくしてから慌てて換気扇をつける。母親がいるので火がついているがジャージを脱ぎに自室に戻った。この油断がいつか身を亡ぼすだろうなと思いつつ、そんなわけないとも思いつつ、短パンに着替えてキッチンへ戻った。


 「長いんだよな」

蒙古タンメンの待ち時間は長い。五分もかかりやがる。TikTokで名前も知らないイケメンと、Vtuberの切り抜きを眺めて、タイマーが鳴る十秒前に止めた。蓋をはがして調味油を開けている間に十秒経つという算段だ。辛すぎるので内容量の半分ほどの調味油を入れ、割り箸でかき混ぜる。

「辛すぎ」

「最近よく食べてるやつ?」

「そう」

スマホでYouTubeを開く。ホームの一番上に出てきた『【2ch面白いスレ】汚部屋住みワイ、臭すぎて通報されるwwwww【ゆっくり解説】』をタップし、再生速度を1.75倍にする。



 「部屋片づけようかな」

返事が返ってこないので母親のほうを見ると、ヘッドホンをして海外ドラマに夢中になっていた。


 蒙古タンメンに割り箸を突っ込み、左手に持つ。右手でスマホを拾って自室に戻った。荒れ果てた部屋のベッドに腰かけ、飛び散らないよう細心の注意を払いながら麵をすする。


 狭くも広くもない部屋をぐるっと見回す。ユニクロの紙袋とアマゾンの段ボールが相当場所をとっているのが分かる。自分が脱ぎ散らかした服が床に十着近く落ちていた。スポーツなんかしないが、部屋着として使っているスポーツ用Tシャツ。裏返しのパーカーやさっきまで着ていたジャージ、またすぐに履けそうな脱いだままのジーンズ。寝苦しくて昨晩脱いだブラジャーに、収納が面倒で床から拾って使っている生理用品の袋。


 「てか、どうやったら通報されるほど臭くなるんだよ」

そう呟きながら、BGM代わりに『【2ch面白いスレ】汚部屋住みワイ、臭すぎて通報されるwwwww【ゆっくり解説】』を通常の速度に戻して再生した。


 蒙古タンメンを机に置いたらまずは床に落ちている洋服を拾い上げ、洗濯物をドア付近に投げながら収納する服をクローゼットに仕舞う。着る服が無くて毎シーズン買い足しているというのにパンパンのクローゼットに腹を立てながら、半ば無理やりパーカーを押し込む。クリーニング屋の貼った紙のついたハンガーに、紙をはがさないままワンピースをかけてまた押し込む。タオルやTシャツ、下着類はすべて洗濯することにしてドア付近に山積みにし、服は完了。


 続いて、小学生のころから使っている勉強机の前に立つ。蒙古タンメンを倒さないよう気を付けながら片付けを始める。読みもしない小説は本棚に収め、コンタクトの洗浄液は洗面所に持っていくことにしてベッドの上に置いた。ゲームのコラボカフェで買ったグッズは開封もしていない。よく考えるといらないランダムコースター数枚をクリアファイルに入れ、ほかのグッズとともに本棚に立てる。鎮痛剤のゴミや輪ゴム、丸まったティッシュをゴミ箱に投げ入れる。なんの箱だかわからないが、ガジェットか何かが収納されていたであろう小さい箱はアマゾンの箱に投げ込んだ。美容院で口コミを書くことでゲットしたハンドクリーム(未開封)や、カラコンの箱はコスメが入っている箱に適当に収納した。


 出窓の前に立ち、風で倒れた企業Vtuberのアクスタを立てる。コンタクトを出した後のごみをゴミ箱に入れ、無造作に置かれたハンディファンを充電器に刺す。出窓はこれだけ。


 床に置かれたカバンからカギや財布を取り出し、貴重品の定位置として置いたはずの全く使われていないケースに戻す。いつのまにかYouTubeは広告を挟んで次の動画『【2ch修羅場】不倫してた嫁が家出→なぜかワイが慰謝料請求される』を奏でていた。机と床にあるペットボトル計四本をドアの近くに集める。生理用品の袋はそのまま勉強机の上に移動させた。


 床にはユニクロの紙袋とアマゾンの段ボール、スーツケースのみ。かなり綺麗なんじゃないか。部屋を見回していると隣の寝室に向かう母親の足音がするのでドアを開け、声をかけた。

「結構きれいじゃない?」

「あなたにしてはね。ママもう寝るから。」

ドアの外から見ると、段ボールと紙袋は普通にゴミだし椅子にはトートバッグがかかっているし、椅子の座面にはiPadもあるし服やペットボトルは移動しただけだが、まあ先程よりきれいになったことは事実だろう。


 ペットボトルと洗濯物を左手で抱え、洗濯物の上にYouTubeを止めたスマホを置き、右手で蒙古タンメンを持って自室を出る。キッチンにペットボトルと蒙古タンメンを置き、洗濯物を脱衣所の洗濯物カゴに入れに向かう。ちょっぴり気分が良い。部屋片づけて体も汚れただろうし風呂入るか。明らかに規定量以上の洗濯物をカゴに押し込んでからXを開く。先ほどのポストには一つも反応は来ていない。


 「【朗報】ワイ氏、風呂に入る気になる」


 打ち込んですぐにポストし、服を脱ごうとする。着替えを忘れたことに気づいたが、自室に戻ったらまた面倒になって風呂に入る気力がなくなるのは目に見えている。別に部屋に戻ってから着替えればいいので、脱衣を始める。すると父親が書斎から出てくる音がしたので、そっと脱衣所の鍵を閉めた。

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