第2話 計画
蘇芳は瑠璃に腕を取られ、山道を下りて行った。
屋敷に入ったところで瑠璃は蘇芳から離れ自分の部屋へと戻っていく。
父親の所まで付いてくるかと思っていた蘇芳は、瑠璃がいなくなってほっと安堵の息をはく。
瑠璃は近頃はますます妖力が増してきたらしく、側にいると理性を保つのが難しくなってきた。
瑠璃と結ばれるのだけは避けたいのだが、いつまで抵抗できるのか、蘇芳にはまったく自信がなかった。
父親の部屋の前に着くと膝を折り、襖の前で声をかけた。
「父上、お呼びですか?」
「蘇芳か、入れ」
膝をついたまま襖を開けて中に入ると、いつものように酒を飲んでいる父親がいた。
酌をするために横に座っているのは桔梗だ。
酌をしながら、父親に寄り掛かり胸をまさぐられている。
(まったくいつまでもお盛んな事だ)
二人の痴態を目に入れないようにしながら、父親の前に正座する。
「父上。お酒はほどほどにされた方がよろしいですよ」
どうせ聞きはしないだろうと思いなからもたしなめる。
「瑠璃がお前の子を産んだら酒をやめてもいいぞ」
蘇芳にその気がないのを知っていて父親はそんな無茶を言う。
蘇芳は返事の代わりにため息を一つこぼした。
「…それで何の御用ですか?」
差し出された盃に酒を注ぐと、父親はぐいとそれを飲み干しニヤリと笑った。
「そろそろまた京の都へ遊びに行こうかと思ってな」
遊びと言うが要はまた金品を奪い、女を攫いに行くという事だ。
その言葉に蘇芳はチラリと桔梗を見やった。
(そろそろこの女にも飽きてきたらしい)
「わかりました。近い内に下見に行って来ましょう」
「ああ、頼んだぞ。…おい、桔梗」
父親に促されるまま桔梗は蘇芳の目を気にすることもなく、父親の着物の前をはだけ、陰茎を口に含んでしゃぶりだした。
酒宴の場ならともかく素面ではとても見ていられない。蘇芳これ以上の事が始まる前に退散する事にした。
「では、私はこれで…」
立ち上がり、襖を開けて部屋を出て自室へと向かう。
瑠璃の母親である柚葉は蘇芳が小さい頃から母親代わりとして蘇芳の世話をしてくれた。
蘇芳の母親は元々体が丈夫な方ではなく、出産後床に付く事が増えたらしい。
父親の妹である柚葉が蘇芳の面倒を見てくれていたため、蘇芳は柚葉が自分の母親だと思っていたくらいだ。
そんな柚葉が産んだ瑠璃を蘇芳が実の妹だと勘違いするのは当然だと思う。
だからこそ、父親から「瑠璃と結婚しろ」と言われても、素直には頷けない。
それに柚葉は父親の妹ではなく、娘なのではないかと蘇芳は密かに思っている。
父親は人の姿をしていれば、ほぼ蘇芳と年齢が変わらない見た目をしている。
蘇芳は息子でありながら、父親が一体何歳なのかを知らない。
父親の周りにいる鬼達の言動から察するに、ゆうに百五十歳は超えているとにらんでいる。
だから瑠璃は娘でありながら孫でもあると言う事だ。流石の父親も孫には手を出す気にはならないらしい。
蘇芳が自室で物思いにふけっていると、襖の外から声をかけられた。
「蘇芳様。青藍です」
瑠璃と幼馴染みである青藍はこの屋敷で下働きをしている。瑠璃に気があるみたいだが、まず相手にされてない。蘇芳自身も弟のように可愛がっているから何とかしてやりたいのだが、妖力に差がありすぎて無理だろう。
「入れ」
蘇芳が許可を出すと、襖が開いて顔を真っ赤に染めた青藍が入ってきた。
「どうした。何でそんなに顔を赤くしているんだ?」
そう問うと青藍はますます顔を赤くした。
「…今、旦那様の部屋に入ったら…」
どうやら父親と桔梗のお楽しみの最中を目撃したらしい。
そうなると思ったから蘇芳も早々に部屋を出てきたのだから。
「声をかけたんじゃないのか?」
「…入っていいって言われたから襖を開けたのに…」
(まったくも父上も趣味が悪い)
青藍はまだ女を知らないから見せつけてやったんだろう。まだ一緒に桔梗を抱けと言われないだけましだったろうか。
「それは災難だったな。それで何の用だ?」
青藍はようやく落ち着きを取り戻したようで、顔色も普通に戻っている。
「旦那様から蘇芳様の手伝いをするようにって言われました」
「そうか」
今度の京行きは青藍も参加させるということか。
そこで攫って来た女を青藍に抱かせるのだろう。
「お前も男になるって事だな」
蘇芳がからかいの意味も含めて言うと、青藍はせっかく元に戻った顔をまた赤らめた。まったくもって純情な男である。
そうして蘇芳と青藍は京へ向かう準備を始めた。
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