第1話 不完全な力

左腕に宿る力は、他の部分には影響しない。右腕や脚、頭部は普通のままだ。だから、身体全体を使う必要があるスポーツでは、特に役立たない。それが不便に感じることもあるが、逆にこれ以上の力が他の部分に広がらなかったことに安堵している自分もいた。


一度、この力をもっと広げようとしたことがある。全身を強化できれば、どれほどの力が手に入るだろうか――そんな好奇心にかられたのだ。しかし、結果は失敗だった。どうやっても、力は左腕にしか集中せず、むしろその負担が強まり、使うたびに激しい痛みが走る。


「中途半端な力だよな……」


俺は独り言を呟きながら、夕焼けに染まる街を見つめた。


の夜、俺はベッドに横になりながら、いつも通り左腕をじっと見つめていた。薄暗い部屋の中で、腕が異様に浮かび上がるように見える。この力、もっと使いこなせる方法があるのかもしれない——そんな考えが頭をよぎるが、同時に何かを失うような不安が胸に広がる。


「もっと…強くなれたら、何が変わるんだろう?」


俺は呟いた。強くなれば、もっと多くの人を守れるのか、それとも…ただ、俺自身が変わるだけなのか。


翌朝、通学路を歩いていると、学校の裏手から何かが破壊されるような大きな音が聞こえた。すぐにその方向へ駆けつけると、見知らぬ男が一人、巨大な鉄製の門を素手で粉砕していた。男の右腕は不自然に膨れ上がり、赤黒い筋肉が露出していた。


「何だあれは……」


恐る恐る近づくと、男は俺に気づいて振り向いた。その顔には、狂気ともいえる笑みが浮かんでいた。


「お前も、持ってるんだろう?“部分強化”の力を」


その言葉に、背筋が凍った。まさか、他にもこの奇妙な力を持つ人間がいるとは思わなかった。しかし、男の様子は俺とはまるで違う。彼の右腕は明らかに常軌を逸した力を発しており、まるで暴走しているかのようだった。


「なぜお前が……」


俺が問いかける前に、男は突然襲いかかってきた。避ける間もなく、彼の鉄のように固い拳が俺に迫る。瞬時に左腕を掲げ、その衝撃を受け止めたが、強烈な力が体全体に伝わり、後ろに数メートル吹き飛ばされた。


「くそ……!」


俺は立ち上がり、左腕を見つめた。痛みはないが、今まで感じたことのない圧倒的な力の差に、焦りが募る。


「俺はもっと、強くならなきゃいけないのか……?」


男は狂気じみた笑い声を上げ、再び攻撃を仕掛けてくる。だが、俺は冷静になれなかった。このままでは負ける——そう思った瞬間、左腕に異変が起こった。激しい痛みが走り、まるで自分の意志とは関係なく腕が動き出す。


「何だ……これは?」


左腕がまるで別の存在のように暴走し始め、男の攻撃をかわすどころか、自ら反撃を繰り出していた。次の瞬間、俺の拳が男の胸に食い込んだ。


「ぐはっ……!」


男はその場に倒れ込んだが、俺の中には恐怖しか残っていなかった。自分の左腕が、完全に制御不能になった瞬間を目の当たりにしたのだ。


「くそ……俺はこのまま、力に飲み込まれてしまうのか……?」


男が地面に転がりながらかすかに呟いた。「……部分強化の力は……お前のような奴が持つべきじゃない……」


「どういう意味だ……?」


俺は男に問いかけるが、彼はもう答える力を失っていた。その瞬間、俺の心の中に新たな疑問が生まれる。この「部分強化」の力は、ただの身体的な強化ではない——もっと深い何かがあるようだと。


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