涼の家
放課後。みんなで涼の家に行った。洋風の一戸建ての家に緑の芝生を敷いたお庭。オバさんが趣味で植えたお花が綺麗に咲いてる。
「お邪魔しまーす」
玄関のドアが開いてすぐ、私と健はいつも通り涼の家に上がった。廊下を通って1階のリビングに向かう。
「1人でこの家に住んでるの?寂しくない?」
初めて涼の家に来た美雪は物珍しげにキョロキョロと部屋の中を見渡してる。
1人でかぁ……。それを聞いて”確かになぁ”と私も美雪と同じことを思う。
涼は今、この家に1人で住んでる。理由は分からないけど、オジさんの出張が決まったとき、ついて行かずに1人でこっちに残ったから。
あの時はてっきり付いていくものだと思ってたし、涼が遠くに行っちゃうと思ってメチャクチャ落ち込んだ。
だからこそ行かないと知ったときは嬉しかったし、安堵した。喜んでいいものなのか悩みどころではあるけれど、隣で笑う涼を見ていると今も当時と同じ気持ちなる。
「別に寂しくないよ」
涼はリビングのドアを開けながら、表情を変えずにサラッと美雪にそう答えた。美雪はそう?なんて不思議そうな顔で返事をしてる。
涼は寂しくないんだ?私ならこんな広い家で1人で住むのは寂しいけどなぁ。そこら辺、涼はちょっと大人なのかも知れない。
「いいよなー。俺も1人暮らししてぇ」
美雪たちの会話を聞いていた健がリビングのソファにドカっと腰を降ろし、心の底から羨ましそうに目を細めた。
健が1人暮らし……。想像しただけでも大変そうで苦笑いを浮かべてしまう。
几帳面な涼は家事も全部1人でこなしてるけど、大雑把な性格の健が1人暮らしなんかしたら家の中がゴミ屋敷になりそう。
いつもオバさんが健の部屋を掃除する度に『まったく。だらしないんだから』と、ボヤいていたのを思い出す。
「じゃあ、あたしが家事をしに行ってあげるー!」
何も知らない美雪は健の横に座って無邪気な笑顔を振り撒いてる。
美雪……、頑張れ。絶対に大変だよ……と心の中で呟いて1人で応援。途中で買ったジュースのパックを開けて健が点けたテレビの方を見る。
「……え?」
思わず乾いた声が出た。健が点けたテレビには明らかにホラー映画としか思えないタイトルが映ってる。
てっきりゲームでもするのかと思ってたけど、サブスクでホラー映画を見るらしい。ホラーかぁ……とガックリ肩を落とす。
「どうしてホラー映画なの?」
「たまにはいいじゃん。ね?」
「う、うん……」
落ち込む私の肩を美雪がポンポンと叩く。でも、めちゃくちゃ笑顔。ニンマリと笑ってる。
もう。私はホラー映画も心霊番組も怖い話も全部苦手なのに……!美雪も健もそれを知っているのに意地悪だ。
「ごめんね。何か別のことでもする?」
沈んでいると涼が隣に来て、私の肩に手を乗せた。心配そうな顔で見つめられて罪悪感。それと同時に落ちてた心が温かくなる。
「えー。一緒に見ようよ」
「2人で見ても、つまらねぇだろ」
だけど、美雪と健が有無を言わさない勢いで私に詰め寄ってきた。2人とも私に強制的に見せるつもりだ。
だって2人とも顔がニヤけてるもん。悪戯を仕掛ける子どもみたいな顔をして。ホント、意地悪っ……!
「えぇ…、見るの?」
「当たり前だろ。場の雰囲気ぶち壊すなよ」
苦笑いを浮かべる私を責めるように、健が腕を組み不満そうに片眉を上げて溜め息を吐く。
んー。怖いけど……。確かに空気が壊れそうだし。断るのは皆に悪いかな?仕方ない。我慢しよう。怖いけど。
「分かった。見るっ」
「よく分かってんじゃん」
私の返事を聞いた健は満足そうに目を細めた。嬉しそうだし、これで正解なのかも知れない。
しかし、何を思ったのか健は電気を消してカーテンを閉めた。既に外は太陽が落ちてきてるし、カーテンの遮光がきつめなのもあって光がないと結構暗い。部屋の隅とか見えづらくてビビリな私はゾッとしてしまう。
「どうして部屋の電気を消すの?」
「は?ホラーを見るなら部屋の電気を消すのはお約束だろ」
「そう、なの?」
当たり前のように言われたけど、納得は出来ない。暗くなった部屋の所為で恐怖心が三割くらい増す。
そんな私の反応を面白がるように健は美雪の隣に座ってクスクスと笑う。美雪も半笑いで『平気だって。早く見よ〜』と私を手招き。
本当にこうするのが当たり前なの?からかってるだけじゃなく?むしろ絶対に私を脅かそうとしてるでしょう……と心の中は健たちへの疑問でいっぱい。
ホラー映画なんて好き好んで観たことがないから仕組みがよく分からない。こうする方が面白いって2人は意気投合してるけど。
「電気は点けておこうよ」
凍りついていたら涼が気を使って部屋の明かりを点けるように提案してくれた。立ち上がって既に電気のスイッチに手を伸ばしてる。
涼ったら優しい……。
「は?雰囲気ぶち壊すなって」
しかし、感動でいっぱいになっていた私の心を健が奈落の底へ突き落とす。ソファの背もたれに腕を投げ出して、王様のようにふんぞり返って本気で魔王みたい。健め……!と恨みがましい目で思わず睨む。
「健、祐希が怖がってるだろ?」
涼がムッとした顔を健に向ける。健もちょっと不愉快そうな顔をした。部屋の中をピリッとした空気が漂う。
おっと、まずい。2人が喧嘩なんかしたら険悪なムードになっちゃう。せっかくのWデートだし、それだけは避けたい。
「いいの。大丈夫。消しておこう」
「でも……」
「私なら平気だから」
ソファから立ち上がって涼の腕を引っ張る。涼は私の顔を心配そうに見てきたけど、ヘラヘラ笑って首を横に振った。
涼ってば心配する顔もカッコイイ……じゃなくて!私の所為で雰囲気を壊しちゃいけないし、ちょこっとだけ我慢すればそれでいい。ホラー映画は電気を消すものらしいし。
「分かった。怖くなったら言いなよ?」
私が頷くと涼は渋々ソファに腰を下ろした。納得できないけど、してくれるらしい。
――♡――♡――♡――
映画が始まり血塗れの白い着物姿の女の人が主人公の傍を横切っていく。ストーリーは女の人の執念が……って話。
そこまでハードじゃないと健たちは言ってたけど、私にとっては気絶しそうなくらい怖い。怖すぎて息をするのすらままならない感じ。
見ると言ったからには見るけど、言ったことをちょっと後悔。少しでも気を紛らわせようとソファの上で体育座りをして、深く膝をギュっと抱え込む。
美雪も怖い場面が出てくる度に健の腕にしがみついてキャーキャー騒いでる。でも、美雪。顔がニヤけてるよ?
このためにホラー映画を推してたのか!って今更気づいた。美雪ったら策士だ。私のことまで利用して……と心の中で悪態をつく。
映画は中盤で話が進むにつれて怖さも増していった。白目をむいた女の人のドアップ。液晶の中で滴る血。真っ白な肌をした子ども。もう、無理……。
堪えきれなくなって目を瞑り、少しでも怖さを紛らわせようと近くにあったクッションを抱いた。何個かあったけど、根こそぎ全部。とにかく必死。
「……祐希?」
涼が遠慮がちに小声で私に声を掛けてくる。心配してくれてるのかな?気遣うような声のトーンだ。
「何?」
「あのさ……」
「うん」
涼の声が聞こえてちょっとだけ安心する。でも、映像を目に入れたくなくて抱いたクッションに埋もれたまま返事をした。しかし、聞こえなかったのか、涼は静かなまま。なかなか言葉の続きを言おうとしない。
「涼?どうしたの……?」
「あ、うん。もしかして、かなり怖い?」
涼は更に遠慮がちに私に声を掛けてきた。背中まで撫でられて、めちゃくちゃ気遣われる。
怖いってそんなの怖いに決まってる。怖すぎだよっ。
「思ってたより、ずっと……って、え?」
観念して顔を上げた瞬間、涼の顔が凄く至近距離にあって心の底から驚いた。ほとんど目の前。そんな近くで瞳を覗かれて顔が熱くなった。視線が絡んで外せない。
暗くて良かったかも。明るかったら絶対に顔が赤くなってるのがバレてたもん。男の子として意識してるってバレバレ。
「どうしてそんなに近いの?」
「どうしてって祐希が俺の腕に……」
「涼の腕?」
涼に言われてパッと視線を下げる。どうやらクッションだけじゃなく涼の腕も抱え込んでいたらしい。
ガバっと取ったときに巻き込む形で。クッションとクッションの間に埋もれるように。
――♡――♡――♡――
「ご、ごめんっ」
慌てて抱き締めていた涼の腕を離す。気付いた瞬間、心臓がバクバクして止まらない。
どうしよう。私ったら今まで涼の腕にしがみついてたの?クッション越しとはいえ、大胆な。恥ずかしいっ。恥ずかしすぎる。
あまりの恥ずかしさに狼狽える。しかし、涼はクスッと笑って私と手を繋いでくれた。指を絡めるように力強く。
「これで少しは怖いのがマシかな?」
おまけに困惑していた私にそう言って微笑んでくる。嬉しくて頷いてしまったけど、恥ずかしい。涼と手を繋ぐのなんて久々で照れる。最近2人で出掛けていなかったし。
涼はちょっと心配症というか過保護なところがあって2人で出掛けた時はいつも私と手を繋いで歩いてくれる。『祐希、危なっかしいから』って優しく笑って。
涼は普通のことのように接してくるけど私はいつも恋人同士になったみたいで、ちょっとドキドキしちゃうんだ。だから2人で出掛けるとドコに行っても嬉しい。
そう言えばなんだか……涼の手、少し大きくなった気がする。こんなに男の子って感じの手をしてたっけ?同じ涼の手なのに何だか不思議。涼も男の子なんだなぁって実感する。
「ありがとね。涼」
お礼を言って涼の手をギュッと握り返す。嬉しいって気持ちが伝わればいいのになぁと思って。
涼は繋がれた手に一度視線を落とすと、顔を上げてニッコリと私に微笑み掛けてくれた。まるで気持ちが伝わったみたいで嬉しくなる。
涼のおかげであんなに怖かった映画も気にならない。むしろ内容も頭に入ってこないや。心がポカポカして心地いい。
だからかな。涼の手の温もりに安心した私はそのままソファで眠ってしまった。映画が終わった後もずっと――。
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