美雪


「おはよう~!」



 2年生の教室に向かって学校の廊下を3人で歩く。


 あの後、用意を終えてリビングに戻ったら、やっぱり健は怒ってた。冷や汗が流れる中、それでも今日見た夢の話を健に正直に話せるわけもなく軽く口喧嘩。結局、涼が見兼ねて健を宥めてくれた。


 そういう場面を見る度に、健と涼は火と水だなぁ……と思う。熱くなると止まらない健を止められるのは、優しくて冷静な涼だけだもん。



 ただし、この2人が喧嘩をすると本当に手が付けられない。1度小学生の頃に大喧嘩をしたときなんて半年くらい口をきかなかった。



 その喧嘩の理由は涼と私が2人だけでお祭りに行ったから。元々は3人で行く予定だったけど、健はその日、約束を忘れて別の友達と出掛けて家に居なかった。


 1年に1回しかない地域のお祭りだし、神社が主催のお祭りとは違い、終わるのは夕方。結構楽しみにしてたし、どうしても行きたかった。


 だから2人で行こっかと涼と2人で出掛けたわけだけど、それを後から健に知られ、仲間外れだと拗ねて殴られた。


 それに腹を立てた涼が怒って大喧嘩。絶交だと言って2人は口をきかなくなり、健は私の家に来なくなったし、涼も健と顔を合わすのを徹底的に避けてた。


 私はお互いと話してたけど、話すときは決まって一対一。片方が傍に居るともう片方は近寄って来ないって感じだった。どちらかと言うと涼と一緒に居ることが多かったから、あの頃は健と話す頻度がかなり少なかったと思う。

 


 結局、クラス替えのタイミングで自然と仲直りはしたけど、あのときはこのまま友情が終わってしまうんじゃないかと本気で悩んだ。


 あの時みたいにはなって欲しくないから、2人が喧嘩しないように今でも影でこっそり気を使ってたりする。



「あ、祐希~!おはよっ」


「美雪っ。おはよう」



 2組の教室に入ってすぐ、友達の芦田あしだ 美雪みゆきが私に抱きついてきた。朝からハイテンション。元気っ子印の黒髪のポニーテールがゆらゆらと揺れる。



 美雪は1年生の頃から仲がいい私の友達だ。派手じゃないけど、履いているグレーのチェックのスカートは膝上20センチくらいまで上げてる。



「今日も朝からイケメン2人を独占して。祐希だけ狡い〜。イジメてやろ」


「えぇっ」


「うそうそ。冗談。昨日見たドラマの真似っ子だよ」


「もう。ビックリしたじゃない」


「しかし、毎朝のことながら王子派と魔王派に分かれてキャーキャーと。みんな凄いね〜」



 教室に入ってすぐ、クラスを問わずにいろんな女の子に囲まれてしまった涼と健を見て、美雪は溜め息交じりに苦笑いを浮かべた。


 その光景を見慣れている私も鞄を机に置きながら同じく苦笑い。



 そう。涼と健はとにかくモテる。みんな競い合うように王子派と魔王派に分かれて2人を追いかけ回してるし、朝なんて教室の中に入った途端に忽ち女の子に囲まれちゃう。



 2人とも頻繁に告白もされているみたいだし。フットワークの軽い健は来るもの拒まずで続々と彼女を作ってる。


 涼は告白をされても毎回断っているみたいだけど……。年齢的にもなぁ。そろそろ彼女の1人くらい出来てもおかしくない。


 しかも告白してくるのは、みんな良い子ばかりだし。誰かに呼び出されるのを見る度、涼に彼女が出来ちゃうんじゃないかって憂鬱になっちゃうよ。今だって同じクラスの神崎さんと楽しそうに話してるし……。



 クラスメートとして愛想よく振舞っているだけと言われればそう見えるけど、何だか親密そうに見えるのは気の所為?少なくとも神崎かんざきさんの方は涼のことが好きそうに見える。



 神崎さんはお化粧もバッチリしてて私服のセンスも制服の着こなし方もオシャレ。顔も可愛いければ声も可愛い。茶色のショートカットが特徴的な、明るい雰囲気の女の子。


 見てると甘え上手でおっとりしてるイメージだ。あまり話したことはないけど、雰囲気的には優しそう。



 もし、神崎さんに告白をされたら涼も頷いちゃうかも知れない。私が男の子だったらきっと頷いてるもん。



「でも、みんなが騒ぐ気持ちも分かるなぁ〜。健君って、ほんと俺様でカッコイイもんね」


「そう?」


「そうだよ。この間、2人で喋ったけど、冷たいわりに何かちょっと優しくて。キュン度合いがかなりやばかった」


「う、うん」


「顔もカッコイイし。彼女が羨ましい。あたしとも付き合ってくれないかな~?」



 苦々しい気持ちでいっぱいな私の隣で、美雪が目をキラキラと輝かせて健を見つめる。瞳にハートマークまで浮かべて、どこからどう見ても本気で恋をしてる乙女。


 確かに前から健のことをカッコイイとは言ってたけど、ずっと冗談半分で言ってる感じだったのに。美雪ったら、いつの間に?


 

 応援してあげたい気持ちはあるけど、健の恋愛事情を知っているだけに思わずギョッとしてしまう。健の恋愛テクニックに騙されている女の子がこんな身近に居たなんて。テクニックというか素なのかも知れないけど。



「健は遊び人だし、付き合ったら美雪が苦労すると思うよ?」


「えー。苦労させられた〜い」


「だめだめ。本当に本気になればなるほど病むから。絶対にヤメておいた方がいいと思う」



 親友の行く末が心配になり、私は美雪の肩に手を置いて大真面目に首を横に振った。絶対にヤメておいた方がいいって目と声で力説。



 美雪は“健の彼女になりたい”って言うけど、オススメはしない。健は涼と違って根っからの遊び人だもん。



 一度に何人もの女の子と付き合ったり、彼女でもない女の子と深い関係になったりする。それどころか1日限りとかで彼女になれるかも怪しい。



 何なら幼稚園のときから既にプレイボーイだった気がする。よく『僕の彼女~!』なんてませたことを言って、あちこち女の子を連れて歩いてたし。


 しかも、健って彼女が出来てもすぐに別れちゃうんだよなぁ。いつもすぐに別れて付き合っての繰り返し。



「はぁー」


 健の恋愛遍歴へんれきを思い出して、ついつい溜め息が出る。幼なじみとして健の未来が心配だ。このまま大人になったら、いつか恨みを買って刺されそうで。そこら辺、もう少し真面目になってくれればいいのに。



「そんなこと言って。本当は祐希も健君のことが好きだったりして〜」


「はいっ?」


「あ、当たりでしょ」



 だけど、美雪は心配する私の気持ちなんて全く気づかず、呑気に笑いながら脇腹を肘で突っついてくる。


 ニヤニヤしちゃって。美雪がいつも私をからかう時の顔だ。本当のことを言ってよ~と頬を緩ませながら意地悪く笑われる。



「ち、違うよ。私は健みたいな遊び人じゃなくて……」



 涼が好き。いつも優しくてカッコ良くて幼なじみの私のことを大切にしてくれて、泣いたらすぐに飛んで来てくれる。女の子と遊びでなんか絶対に付き合ったりしない。そんな王子様みたいな涼が大好きなの。



「祐希……」



 涼への恋心で胸がいっぱいになっていると美雪が遠慮がちに私の肩を叩いた。顔を向ければ、ぎこちない笑顔を浮かべて私の背後に指を向けてる。



「え?何?」


「……誰が遊び人だって?」



 振り向いた瞬間、真上から機嫌の悪いハスキーボイスが落ちてきた。こんな怖い声で凄んでくる人は1人しかいない。



「はは。健……」



 邪悪なオーラを感じながら恐る恐る顔を上げると怖いくらいに仏顔の健が立っていた。ニコニコ笑って逆に怖い。かなり怒ってる。



「随分と俺のことを褒めてくれてたみたいだな?」


「えっと、その……」


「病むだの苦労するだの失礼すぎるだろ」



 じりじりと近づかれ、思わず後ずさる。笑顔の健から放たれる怒りのパワーが凄い。真っ赤というよりもどす黒い色をしている。



 余計なことを言えば健の苛立ちを煽るだけだし。かと言って黙っていると、ますます怒りを買いそうだし……。取るべき行動が定まらす、口をパクパクさせて怯えることしか出来ない。



 そんな私の様子に拍子抜けしたのか、健は小さく溜め息を吐くと気だるげに首の裏を手で擦った。どうやら私の放った発言は許してくれるつもりらしい。



「ま、いいわ……。別にそこら辺は何でも」


「そっ、か」


「それより誰が俺と付き合いたいって?」


「……え?」


「付き合いたいって話からそうなったんだろ」



 代わりにさっきとは違う質問を浴びせられた。私の顔をじっと見つめて、健は声もなく挑発的に笑う。いったい何の質問?と暫し呆然。その話を横で聞いていた美雪が遠慮がちに、ゆるゆると小さく手を挙げる。



「あ、はい。私……」


「そっか。お前なんだ。俺と付き合いたいのって」


「うん」


「他にも彼女がいるけど。それでもいいなら」


「えぇっ、嘘っ。付き合ってくれるの?」


「あぁ」



 あからさまにテンションの上がった美雪に健が意地悪な笑みを返す。あっという間に番号交換まで始めて手が早い。


 そんな2人の姿を見て顔が凍りつく。嫌悪感でゾワッと鳥肌が立った。


 健ったら美雪のことまで自分のハーレムの一員にするつもりなの?私の大事な友達を許せない……って美雪ったら照れてるし!



 頬を染めて恥ずかしそうに俯く親友の姿に軽くショックを受ける。


 やばい。このままじゃ美雪が健に遊ばれちゃう。



 美雪がそれでいいなら止める権利なんてないのかも知れない。でも、遊ばれてボロボロになって捨てられて……。それでも健に泣いて縋り付く女の子を今まで何人か見てきた。


 美雪がそうなるのは嫌だなぁ。そうなる前に健に一言言っておかなきゃ。



「ちょっと、健……」


「うるせぇな。お前には関係ねぇし」



 口を挟もうとした私の声を遮るように健は冷たく言い放った。


 そんな満面の笑顔で恐ろしい声を出さないで欲しい。怖くて何も言い返せなくなっちゃうよ。それに視線が痛い。教室に居るクラスメートの大半が好奇心いっぱいな顔で私たちを見てるし……。



「もー!コッチに来て」



 他人から向けられる視線に堪えきれなくなった私は、健の腕を掴んで廊下に連れ出した。


 ちゃんと注意をするために。



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