序章7 『繰り返した過ち』



 パラ、、、パラ、、、


 小石が転がる。

 建物の補剤を木っ端みじんに消し飛ばした衝撃の残響が途絶える。

 凄まじい崩壊に見舞われた周囲一帯、大量の煙を焚いたようにヴィーグナ内の通りは塵芥で覆われていた。

 そんな中に横たわるボロボロの人影が一つ。




――、、、、、、、、、、、、。い、、、き、、てる?


 視界がぼやける。

 脳を揺らすほどの高音の耳鳴りが聴覚の機能を阻害する。

 あたりには土埃が舞い、十分な視覚を確保できない。

 

「ゲホッ!!」


 埃が軌道に貼り付き、まともな呼吸もできやしない。

 全身からの強烈な痛みの訴えは、死を予感させる。

 冷や汗が止まらず、いやな予感を無視して立ち上がろうと地面に手をつく、、


バタンっ


 ことはできなかった。

 既に右の肘から先はなく欠損部からは、赤い結晶化の粒子が舞っている。

 黒蛇の災害のような一撃で生じた破壊の嵐によって、とうとう形を保てていた方の手も苛烈な衝撃でどこかへ飛んでいってしまった。

 欠損で生じた痛覚の刺激は人体に対して悪意をを得た寄生虫のように這いずり回った。

 だが、そんなことは既に些事に等しいほど、破壊は彼の大切なモノまで奪い取ってしまった。

 脳内に絶望が押し寄せる。


――ない、ない!ないないないないないない!!!髪飾り、、、、、、。


 語彙力を失い、正気を見失いそうなほど眼球は血走る。

 右を向いても、左を向いても目当てのモノはどこにもない。

 右手に握っていたそれは砂色の霧のなかだ

 あたりの埃が邪魔をして落とし物もまともに捜せる状況ではない。


「どこだ、、、、どこいった?!」


 だが、彼にとっては両腕がなくなってしまったことも、事態が捜し物ができるほど余裕のあるものではないことも関係ない。

 彼にとっての妹の唯一の形見。

 命よりも重い価値があるソレを諦める選択肢など初めから無かった。



 

 あたりを捜索し始めてしばらくたったが捜し物は見つからず、視界が晴れる様子もない。

 だが幸いにも黒蛇の気配はそこにはなく、目的のものさえ見つけてしまえばまだ立て直せる道筋が残されていた。


「、、、!!」


 土埃の中に人影のようなものが写る。

 逃げ遅れたのか、はたまた別の要因か。

 どちらでもよいが、もしかしたらと希望を持って恐る恐るその人影に近づく。

 そこにいたのは、、、、


「あ、、、、キー、、ナ、、さん?」


 そこにいたのは自身が黒蛇の囮となって逃がした子供たちの年長の少女だった。

 

「ラ、、、ラースさん?無事、、、、ど、どうしたのその怪我?!」


 どうやら大した怪我もしてる様子の無い少女は、安心したかのように顔をほころばせようとしたが、ラースの尋常では無い様子を見てすぐに駆け寄ってくる。


――どうしてまだこんなところに、、。


 不可解な疑問が湧いたが、今はそれどころではなく聴かなければいけないことがある。

 それ以外は全て些事だ。


「すみません、聞きたいことは山々なのですが一つだけ、花柄の髪留め、いや、なにかその、赤い結晶のようなもを見ませんでしたか?」


「え、、、でもまずは身体を、、。」


「いいから!」


「、、、!!そ、それならあっちらへんに転がってたから、、。そんな怖い声ださないで、、。」

 

 ビクンと怯えて泣きそうになる少女に構う暇無く、指の指された方角駆け出す。





 少女が指し示した地点まで来ると目的のものはすぐに見つかった。

 何時間でも探す腹づもりだったが、どうやら時の運は彼に味方したらしく、すんなりと髪留めはラースのもとへ帰ったきた。


「よ、、かった。みつけた、、。」


 焦燥と不安から解放され安堵の吐息を漏らし拾おうとするも、既に手が無いことを思い出す。

 仕方ないと苦戦するようなかたちで口にくわえて脇の位置まで運び、挟むように掴んだ。

 心の安寧がもどり、余裕が戻ってくると、状況確認のため少女がいたところまで踵を返した。





 キーナがいるところまで戻ると、先ほどの態度をわびるような態度で謝罪する。


「さっきは怖がらせてしまいすみませんでした。あの、よかったらこの髪留めを懐までしまってもらえませんか?」


 挟みっぱなしも何かと不便なので、図々しくもお願いする。


「あ、、うん。いいよ。」


 どうやらさっきのラースの切羽詰まった表情は少女に若干の恐怖心を与えてしまったらしくおどおどとした様子で懐に髪留めを仕舞い入れる。

 作業が終わると、要点だけ絞った質問をキーナに投げかける。


「ありがとうございます。あの、なんでまだこんなところに、、。」


 すると、怯えた様子だった少女は今度は落ち込んだ表情で告げる。


「船、もういっちゃった、、。」


 落ち込んでいるようで、どこか悟りを開いたような表情でポツリとつぶやいた。


「な、、何でですか?」


 思わずわかりきったことを聞いてしまった。


「船が見えた頃には、もう乗せられる余裕はないくらい人がいて、、、それに、、、町の崩れる音がどんどん波止場まで近づいてきてたから、、、、私たちがついてきたときには、、出発しちゃった。」


 言葉が出てこなかった。

 自分が逃げたからこの子は船に間に合わなかったのではないか、、、。

 いくらこの国の人間が嫌いと言っても目の前の姉は、幼き頃の自分と重なって見えてしまった子どもである。

 だからこそ、少女に対する激しい罪悪感が胸を苦しめる。


「、、、、、。で、ではなぜまだこんなところに戻ってきたのですか。それにあのふたりは、、。」


 まさか、と思い尋ねる。


「一人が飛んできた屋根で怪我をしたから、、、。手当てしようと思って、ここらへんに薬屋さんのお店があったからどこかになにか落ちてるかもって、、。!!そ、そうだラースさん、怪我、みてよ、、。わたし、心配で、、、。」


 そういった彼女の手には包帯のようなモノが握られていることに気づいた。

 どの程度の傷かはわからない。

 ただ言えるのはラースに残された魔力は無く、両腕も無くなってしまった状態では治療など不可能だった。

 さらには、おそらくこちらの姿を失っているだろう黒蛇も残っている。

 いつ見つかるかもわかったものじゃ無い。

 だが、彼女に対する罪悪感で首を横に振ることはできなかった。


「どこにいますか、、。」


 重々しい口調で少女に問う。

 すると、無言のまま暗い表情で方角を指した。

 そんなことしている余裕はないし、安全の確保もできていない。

 わかりきったことだ。

 それでもラースは、少しでも報いるためか自然とそこへ足が動き出した。


――――

 

「ここだよ・・・。」


 と、少女が案内した場所にたどり着く。

 視界は相変わらず悪いが、磯の香りを確認できたためどうやら波止場近辺のようだ。

 そこは、まだ無事な建物が多く、広めの噴水広場だった。

 噴水に横たわる人影を確認し、急いで駆け寄る。


「、、、いたい、、。あ、、、に、、にーちゃん。」


――もう一人はどこだ?


 どうやら怪我をしたのは弟ではない方の少年のようで、頭をぶつけたのか深めに抉れた額からかなりの出血をしている。

 だがラースは少女の弟である少年、タクトの姿がどこにも見当たらないのが気がかりだった。

 

「いたい、、、、いたいよぉ、、、たすけてにーちゃん、、、、、。」


 血が止まる気配はなく、ドクドクと流れる血液はこちらの方の少年。

 顔には死相が浮んでおり、モタついてる暇は無い。

 とりあえずはこの少年の手当が優先だ。


「キーナさん!!すぐに止血を!!僕が指示しますので言われたとおりに手を動かして下さい。」


 胸に芽生えた不安の種を無視しつつ、冷や汗をかきながら少女に声をかけた。

 術式が使えずとも応急処置のやり方は心得ている。

 手が使えない自分に代わり、少女に指示を飛ばす。

 せめてもの償いとばかりに、彼の精一杯のことをした。





「これでよし。」

 

 まだ、安静にした方が良い状態だが一先ずは問題ない。

 小康状態まではなんとか持ち直せた。

 処置を終えた少年は安心したかのように眠りについてしまった。


「ラースさんありがとう。」


 自分ではどうにもならない状況に駆けつけてくれた大人の存在は頼りに見えるのだろう。

 彼女の声は一安心といった具合に多少の明るさを含んでいた。


「、、、、、、、どういたしまして。」


 対照に暗い面持ちでラースは返事をする。

 状況はなにも改善していない。

 それに彼には気がかりが残されていた。


――遠くへ、、、、行って、いるのか?


 深刻そうな雰囲気で周囲を見渡す。

 胸の中に石ころがひとつひとつ詰まっていくように苦しい。

 見えないのだ、彼女の弟の姿が。

 いやな予感が頭をよぎりながらも彼の存外、生真面目な性格が災いしてなのか、十中八九、後悔するであろう質問をしてしまった。


「あの、、、その、、弟さん、タクトくんの姿が見えないのですが、、彼もどこかへ?」


 恐る恐る発したその声は震えている。

 聞きたくないと思いつつも、少女は暗い声色でつぶやいた。


「あの、あのね、、、屋根が飛んできて無事だったのわたし、、だけなんだ。」

 その言葉が始まりだった。


――、、、、、、。


 嫌な予感が当たるのはどこの世界でも同じで彼の推測は肯定された。

 薄々気づいていた。

 少女の弟とは違うこの少年のもとへ案内されたときから。

 無事だったのは彼女だけ、ならば残りの二人は?

 一人は目の前、ならば少女の弟はどこへ消えた。

 おそらく、もう、、、。

 この世のどこを探してもいなくなってしまった弟を失った姉を見て、耐えがたいほど肥大化した罪悪感がラースに押し寄せる。

 意思をもったそれは自害を命じるかのように鋭利なナイフのような認識を心の心臓に突き刺した。


――僕の、、、、、、僕のせいだ。


 カタチになったその言葉はもう止まらない。

 一つから二つへ、二つから四つへ、四つから八つへ。

 倍々となって心に傷を付けてくる刃物は、自身の行いを償えと言ってくる。

 痛い痛い痛いいたいたいたいたいたいたいたイタイイタイイタイイタイ。

 痛みが告げる。


 なにもかもがお前のせいだ、お前が逃げたからこの子たちは死ぬんだ。

 

 誰でもない、他でもない自分の声で簡潔に聞こえてくる。

 だから、、、。

 だから自責の言葉が脳内からあふれだすのだ。


――ぼくのせい、ぼくのせい、ボクのせい、ボクノせい、ボクノセい、ボクノセイ・・・・・・・・


 どんどんと苛烈になって脳を、身体を、心を蝕むその言葉は全身に行き届いても漏れ続け、内側から破裂しそうになる。 

 生憎と身体と違い、心に痛みの逃げ場はない。

 ずっと、ずっと、死ぬまで抱えて生きていくしかないことを十分知っている。

 終わりがないことを誰よりも知る彼は、痛みに耐えがたくなり少女に言葉をかける。


「・・・・。ぼく、、、、ぼくの、、、、、せ、、」


 彼が黒蛇に背を向けたときからこの未来は確定したのだろう。

 死にたくなかった。

 だって怖かったのだ。

 己の使命が果たせなくなることも、命の鼓動とともに内側に薪をくべてきた憎しみの炎が消えてしまうことも、それに反した世界でたった一人でもいいからと、自分の後悔を否定も肯定もしなくていい、理解して欲しいという愚かな願望さえも、、、。

 気づけたのだ。

 死にたくない一番の理由はそんなものではなく、もっと無垢で純粋なもので、記憶を、思い出を、ただ残しておきたいからだ。


 なのに、、、。

 ソレと重なった彼らを自分が殺してしまったのだ。

 

 そう気づいた瞬間の痛みは、両手の欠損などとは比になら無いほど苛烈で、残酷だった。 

 だってそうだろう。

 彼の決断が、選択がこの少女の弟を、記憶の中で笑う自身の妹を、リィナを、もう一度死なせたことと何の違いがあるというのだろう。


 視界がぼやける。

 埃の影響でも何でも無く、それは、、、。


「、、、、ぼ、、ぼくの、、、、、、せいです、、、、。」


 少女に罪を告白した。


「ご、、、、、ごめん、、ごめんなさい、、、、。ごめんなさい、ごめんなさい!!!!」

 

 滴をこぼして、懺悔する。

 許されたいのでは無い、何でもいい。

 ただこの罪を罰して欲しい。

 楽になりたいのでは無い。

 無様に頭を垂れるだけのこの愚か者を、過ちを来る返すだけの木偶の坊を、何度も、何度も、何度も妹を、リィナを殺すこの異常者を、化け物を、、、

 ずっとずっと、断罪の業火で燃やし続けて欲しい。

 骨になって、灰になって、塵になっても、世界の寿命が尽きるまで、誰かに薪をくべて欲しい。

 

「、、、、、。なんで泣いてるの?なんで謝るの?」


 頭を地面に擦りつけて涙を流す青年に、少女は問う。


「、、、、僕のせいで、、君の弟は、、。ぼくがぼくがぼくが逃げたから!!!君の弟は、、君の弟は、僕が殺したんだ、、。」


 彼が選んだ行いが全ての結果を招いたことなのだと彼女に告げる。

 だから裁いて欲しい。

 痛めつけて欲しい。

 その痛みが魂に刻み込まれるまで、なにも学ばぬ哀れな道化を。



 尋常ではないラースの様子に少女は慌てて駆けつけて心配そうに寄り添う。


「顔、あげてよ!泣かないでよ、、。」


「僕の、、僕のせいで、、、、。ごめん、ごめんなさい。」


 だから、早く、謝るしかできない人間の振りした贋作を、、ぼくを、、、憎んでくれ、、。


 それでも、彼女は不可解そうに疑問を投げかける。


「なんで?ラースさん、、身体がそんなになるまで頑張ったんでしょ?なのに、自分のせいだなんて変だよ。だって、助けてくれたのはラースさんだよ?」


 少女は青年の涙の理由が本当にわからないといった様子で言ってくる。

 そして打ちひしがれてしまったラースの顔に手を添えて顔を合わせるようにして微笑んだ。


「だからね、、助けてくれてありがとラースさん!」


 その感謝の言葉は欲しかったものでない。

 欲しいのは罰だ。

 愚か者に対する軽蔑だ、嘲笑だ、憎悪だ。

 なのになぜこの少女は自分に感謝などしte、、、


「それにね、ラースさん。わたしはタクトを置いてきたんだよ?」


――、、、、、、、、、は?


 聞き間違いかと思った。

 急になにを言い出すのかと地面に擦りつけた顔を少女の方へ向けると、そこには、、。


そこには、なんの悲しみも宿していない少女の丸い瞳があった。

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