序章3 『港町ヴィーグナ』

 


 

 ヴィーグナとは、王国の最も東に位置する港町であり、他国との交流が極度に少ないエイヴァロンという国にとってはあまり存在意義を見出しずらいかもしれないが、漁業が大変盛んであるという特色を持つ。

 近年、広大なエイヴァロンに魔導列車用の鉄道が開通するまでは地味だったこの町にとって国内での魚介類の運送方法の確立は待ち望まれていたものであり、最近ではこの町はグングンと漁業での利益を上げ、なかなかの早さで発展していた。



「着いた…。」



 黒雨は小一時間前にどこかへ消え失せ空はすっかり晴天だ。

 港町の人々は王都の人間とは違い、優雅さを取り除き快活さを倍増したかのような空気感を放ったいた。

 王都とは露店の数も全く異なり、買い食い、買い出し、冷やかし、売り付け、いろいろな目的を持った者がごった返しになっていた。


――にぎやかな町だな。



 いくら快適な列車内と言えどずっと座っていれば肩も凝る。

 その反動を消すように体の柔軟を取り戻すように各関節をクルクルと回す。

 身体の節々から小気味の良い空気がポキポキとなる。


「さて、、行くか。」


 気持ちのいい伸びを終え、若干の高揚感を胸に抱え、目的の場所へと歩を進めた。

 


――――


 近年では落ち着いている魔物の被害であるが、被害報告書や街中の年寄りから聞けばわかることなのだが、魔物の発生時期にはムラがあるという説が過去の記録から読み取れるのだ。

 このことから、魔物に対する組織として、『ホムンクルス』は設立されたのだが、いかんせん広大な土地であるし、彼らは稀有な存在で全ての街に配備できるほどの人的余裕はこれっぽっちもない。

 ありていに言ってしまえば人手不足だ。

 そこで考案されたのが民間で優秀な魔法士を雇い、人手不足を補うという策である。

 この考案は『ホムンクルス』の入隊条件とは異なり、元素魔法の扱いに長けた者であればだれでも民間の対魔物の戦力として扱われる。


 民間の対魔物傭兵部隊『メノン』

 その入団試験が明日、ここヴィーグナの南西に位置する伯爵邸の敷地内でで行われる。

 ラースが入団試験を受ける理由は一つ。

 民間、国営、精鋭限らず、魔物駆除の仕事につく者ならだれでも持つ、黒雨時での結界外での活動の国の許可を示す指輪を発行してもらうためだ。

 そんなものが欲しいのがためにわざわざ学院をやめてまで推薦状の当てを探り、こんな東の端の町にまでやってきた。


――長かった。やっと、やっとだ、、。


 ラースははやる気持ちを抑えながら伯爵邸の正門前で足を止める。


「ここだな。」


 王都に比べて入り組んだ構造となっているこの港町は、多少の方向音痴を自覚する彼にとっては不安の種であり、あらかじめ用意していたヴィーグナの地図が無駄になることはなかった。

 無事にたどり着けたことに安堵し、仏頂面で厳格に佇む、正門の門番に話しかける。


「あの、すみません。明日行われる入団試験の手続きに参りました。」


 門番は最初からこちらの存在に気付いていたようで、準備していたような口調でラースに問う。


「推薦状はお持ちですか?」


 あらかじめカバンの上にしまっておいた推薦状を速やかにに取り出す。


「こちらになります。」


 形式だけの角ばった会話は久々でなんだか、心地の良い気分だ。

 門番は丁寧に受け取り、書状の隅から隅を問題点が無いかと目を通す。


「確認しました。ではこちらへ。」


 一礼し、質素だが堅牢な門をゆっくりとこじ開け、ラースに敷地内入るように促す。

 その後の手続きは門番とのやり取りの焼き直しのようなもので、すんなりと終わった。


――――



 地図で方向を確認しながら、複雑な通りを抜ける。

 手続きは終わったため、今日の目的は終了、一晩をやり過ごすための手頃な宿泊施設を探すラースは賑やかな大通りに出る。


「ママ―!!あれ買って~!」


「はいはい、また今度ね。」


 お手本のような物をねだる子供の声と、いつものことのように流し返事の母親らしき人物の声。

 時刻は夕暮れ前の微妙な時間帯。

 この町にたどり着いた時と比べると、賑やかさは多少落ち着いてようだ。

 繁盛しているのだろう露店は売り切れの看板を店頭に立て、店じまいを始めている。

 列車に揺られていた時間が長かったのか、今日はなんだか時間が短く感じられた。


――小腹が空いてきたな。王都でもないし、食べ歩きも大丈夫か。


 王都の人々とは違って、ヴィーグナの町民は品が足りないように思われる。

 食べ歩き程度では目立ちもしないだろう。

 どうせなら、と漁業が盛んなヴィーグナならではの魚介類のものを食べようと適当な店を探す。


――うん、あそこにしようか。


 様々な商品の香ばしい匂いから、一番胃袋を刺激した露店に目星をつけ歩き始める。

 目的の露店が近づくと、なにやら子供の喧嘩声のようなものが聞こえてきた。

 

「なんで食べちゃうんだよ!最後の一口は食べたいっていつも言ってるじゃんか!!

お姉ちゃんのバカ!イジワル!ブス!」


「いいじゃん!いつもは食べさせてあげるんだか今日くらいさ!ってか今ブスって言ったでしょう!!そんなだからタクトはモテないんだよ!!」


言葉が意味として認識できるくらいの距離になると、どうやら姉弟喧嘩をしているだろう両者の稚拙な罵り合いが耳に入った。


――うるさいな。ほかでやれ。


 無視して目的のものを買おうと店主に声をかける。


「すみません。魚の串焼き一本ください。」


「はいよぅ。少々お待ち!」


 短いやり取りで注文を終えるも、姉弟喧嘩はどうやら熱を帯びてきたようで、


「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!お姉ちゃんなんて大っ嫌い!!!

うぁぁん!!!!ふぁぁぁぁん!!!!!」


 とうとう泣き出してしまったようで、弟の蓋を切ったような大号泣が通りに響きわたる。


「な、そんな泣かないでよ...。お姉ちゃんが悪かったから。だから、、、ぐすっ。」


 弟の泣き声が通りの人々の注目を集めている恥ずかしさも相まって、姉の方も涙腺から雫が見え始めた。


――・・・はぁ。


「すみません、串焼きもう二本追加でお願いできますか?」


「はいよぅ。兄ちゃんも隅に置けないねぇ。」


 ニヤリと意味深な笑みを見せる店主が的外れなことをほざいているのは置いておくとして、魚が焼きあがるのを待つ。


「はい、おまち!!串焼き三本ね!」


「ありがとうございます。」


 礼とともに店主に代金を渡し、商品を受け取る。

 そのうちの二本を喧嘩していた姉弟に手渡した。


「はいこれ、冷めないうちに召しあがってください。」


 二人はぽかんと口を開いており、状況が呑み込めていないようだ。

 面倒なのでそれらしい言い訳で彼女らに受け取る理由を授ける。


「二人で一つを半分個して喧嘩になったのでしょう?だからあげます。その代わりちゃんと仲直りして下さい。」


 そう言うと二人は納得したかのように、おずおずと串焼きを受け取った。


「あ、ありがとうございます。いいんですか?」


 先に口を開いたのは姉の方だった。


「はい、もちろんです。」


 間髪入れずに頷く。

 それを聞いた姉は、弟の方を向き、


「ほら、タクトもお礼言って!」


 ぴくんと姿勢を正し、こちら向いた少年は律儀に頭を下げた。


「あ、ありがと、、、ござます。」


 慣れない敬語を使い、感謝の念を表現する少年の姿は、まわりには微笑ましく映るだろう。


「はい、どういたしまして。」


 区切りがついたのでそのまま宿探しにのために彼女らに背を向けると、すこしの恥ずかしさを含んだ声を背後から投げかけられる。


「あ、あの!!!」


まだ何かあるのかと後ろを振り向くと、姉である少女は耳を朱く染めて、


「な、名前教えてください。わたしはキーナです。」


 と、勇気を振り絞ったような素振りでこちらの名前を訪ねてくる。


――変な子どもだな。


 と、思いつつもおくびにも出さず笑顔で自身の名を名乗る。


「はい、ぼくはラースです。それでは、キーナさん。」


 いつものように、鏡で寸分の狂いなく調整した笑顔を向け、再び歩みを再開した。


――――


 宿屋を探し終えた頃には、すでに日も沈んでおり、街灯がともり始める時間となっていた。


「...はぁ。ほんと、方向音痴はこれだから…。」

 

 自身の度し難いほどの方向感覚の欠落に軽く落胆し、ため息交じりでぼやいてしまうのは人の気配がないと出てしまう悪い癖だ。

 案内された番号の扉の前に立ち、受付でもらった鍵でドアノブをひねった。

 扉を開いてそそくさと部屋に入った後、荷物を寝床にほっぽり投げる。

 歩き疲れた体を休めようと、備え付けの椅子に体重を預けて、天井に目線をずらす。


――姉弟…。


 先ほど、喧嘩していた彼女らについて振り返る。

 どこにでもある、ありふれた日常の風景。

 ありふれている。

 自分に妹がいた時も同じように、稚拙な理由で言い合いになったことがあったなと懐かしむ。

 彼にとってはもうどこにもない暖かな日常。

 泣きじゃくった彼らになぜ声をかけたのか。

 大きな泣き声がやかましかったのが一番の理由だったが、少し昔を思い出したことを否定する材料を、ラースは持ち合わせていなかった。


「…フッ。」


 人間嫌いを自覚する自分にとって、彼女らに哀愁のようなものを抱いてしまったことに、ラースは自嘲する。


――明日の準備して早く寝なきゃだな。


 いつもの日課は外出先では控えるようにしている。

 公共の場所を血で汚すわけにはいかず、不服だが致し方ないと割り切っていた。

 懐に大事にしまってある花柄の髪留めに、謝罪の念を込める。


――ごめんよ、リィナ。もうすぐ、もうすぐおまえと同じに・・・。


迫る目的の成就を予感して、ラースは目を閉じた。




――――


 

 その日は新月だった。

 結界の外に光は差しておらず、斑模様の暗黒が視覚の機能を封じている。

 空と大地の境界線、地面に転がる小石から草木、高くそびえたつ山々の輪郭を認識することを、今宵の闇は許さない。


 港町ヴィーグナの北西に広がる、バルバトス大森林の中で、ソレは目を覚ます。


 漆黒の鱗を身に纏い、全長100mを優に超える、巨大な体躯。

 周囲の草木は、それから漏れ出る禍々しい魔力にあてられ、元来の性質とは異なる多種多様な害をなす毒性を帯びた魔力草へと変貌した。

 バルバトス森林の生態の変化は、王都でも問題視されており、調査へと派遣した優秀な魔法士は悉くが毒に侵され、国に帰還した後、命を落とす。


 ソレは気ままに環境を侵す。

 ソレが過去に潰した街の一つは魔力の名残により今なお、生き物の生息を許さない。

 ソレは歴戦の『ホムンクルス』を何人も食い殺してきた。


 エイヴァロンという国で最重要討伐目標として悪名を轟かすソレは、

 『黒蛇』の異名を持つ特級の魔物だ。


 ゆっくりと眼を開け、あたりを睥睨する。

 すると、なにかに気が付いたようにヴィーグナの方角へ緋色の眼を向ける。

 黒蛇は巻いていたとぐろを解き、その方角へと蛇行する。

 何の抵抗も感じさせない素振りで木々をへし折り、暗闇の中でしっかりと獲物を捉えたようにヴィーグナへの侵攻を開始した。



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