第16話 休み時間は長い方が良い

 意外なことに、その日の訓練では渡辺が目立った。彼はこれまでの訓練では、先生にしょっちゅう質問しているぐらいで、そこまで魔法は上手くなかったはずなのに。


 もちろん、その様子を見た先生が話しかけた。


「kmkjwtjgjxtx。twwttymxmdmktxmz?」


「素晴らしいですね。こっそり練習してきましたか?」


 渡辺は一向に慣れないようで、通訳のおれを少し気にしたようだったが、言った。


「おれ、天才なんで……」 

 

「jtm、jxultew…」


 彼の言葉を先生に通訳する。


「素晴らしいです」


 先生はそう言うと、頷いた。

 適当だな。


 しかし、渡辺はどうしたんだ?

 急に上手くなって…


 たまたまこの分野が得意だったということもあり得るか?


「彼はきっといっぱい練習したんでしょうね」


「そうですね。少し意外です」


 先生は適当すぎて当てにならない。


 しかし彼の急激な成長。

 もしかしたら何かスキルの可能性が…?


「先生、お願いします!」


 おれと先生はその声に呼ばれ、そちらの方へ歩いていく。

 先生も簡単な呼びかけ程度なら覚え始めたようだ。通訳が楽でいいな。


 そうして午前の訓練が終わった。


 昼飯だ。

 訓練を終え、今から昼飯。


 今日は焼きそばみたいな料理だった。

 昼は時間短縮のため、すでに机に皿が並んでいる。


 茶色いな。ソース焼きそばって感じ。

 過去の異世界人がもたらしたのか?


 食べてみるが、ほぼ焼きそばだ。うん。焼きそば。


「美味い」


 そういえば、この世界、料理は割と色々ある。ピザもあるし、醤油を使う料理も。


 箸もある。謎だ。


 過去にも異世界人を召喚して……ということだろうか。


 とにかく、食事に関しては不自由ないようである。


 お菓子類などはさすがに少ないようだが。基本的な料理はあるようだ。


 その時、少し遅れて、武術系の訓練をしていた奴らが、食堂にやってきた。


「はぁー、疲れた」


「今日は焼きそばか」


「良い匂い」


 昼休みの時間は厳密に決まっているわけではないが、大体1時間ぐらい。割と余裕があるので、ゆっくり食べれる。


 おれは食べるのが遅いのでありがたい。


「ご馳走様」

 どうやら一緒に食べ始めた池田が食べ終わったようだ。


「はや」

「もっと味わって食べなよ」


 今来たばかりの小山達が口々に言う。


「味わってるって」

 池田はそう答えると、食堂の外に出て行った。


 部屋で休むのか、自主練か。

 部屋で休むっていいな。おれも早く食べれたら、部屋でゴロゴロするんだけどな。


 あ、談話室でボードゲームをするって可能性もあるか。


 この前も談話室で、ボードゲームをやった。簡単なすごろくだったが、娯楽の少ないこの世界ではそれだけでも楽しかった。


 ◇ ◇ ◇


 昼休みが終わると、武術訓練。


 そしてそれも特に何ごともなく終わり、授業の時間。


 部屋でシャワーを浴び、着替え、授業が行われる部屋に向かう。


 その途中、ドアが開いて、小林が出てきた。


「よう」

 驚いて思わず挨拶をした。


「やあ」


 思わず反射的に挨拶したが、あまり話したこともないので、気まずい。


「…今日の授業何やるか知ってる?」


 幸いなことに向こうから話しかけてくれた。ありがたい。


「実はおれもまだ知らないんだ」


「そうなの? てっきり把握してると思ってた」


「あくまで通訳だからな」


 そう。通訳。


 今、一つ角を曲がった。後少し。あの階段を登れば、授業の教室だ。窓から外の青空が見えた。少し赤味がかっている。


「…小林は何か、要望とかあるか? もっと休みを増やして欲しい、とか」


「そりゃ、休みは欲しい。後は……この護衛の人たち。正直やりにくい」


 小林が後ろから着いてきている、護衛の人達を見て言った。

 これに関しては何も言えない。


「…そこは、まあ、気にするな」


 やっと階段を登り出す。


「まあ、いないよりはマシだけど……魔族が城にって本当かな?」


「どうかな。ただ城内で誰かが襲われたのは本当だから」


「怖いな」


「だから護衛がついているのさ」


 そこで丁度、教室に着いた。やっとか。

 扉を開け、中に入る。


 中には生徒がまちまちで、後ろの方に多く座っている。

 女子グループがお喋りしていて賑やかだ。

 早いな。


 まだ王女様はいない。


 今日の授業内容は何だろうか。おれは前に置いてある椅子に座って、ぼうっと考えた。


 珍しく王女様は遅れてきた。扉を開けて、大所帯で入ってきた。結構な護衛の数だ。


 しかし今日も別の人が来るかと思っていたので少し安心する。

 他の人ではやりにくいし。


 王女様が言った。


「今日の内容は防衛に関する心構えについてです」


「これはそのリスト」


 王女様はそう言って、紙を渡してきた。2枚。

 1枚は授業の紙。もう一枚は、秘密の手紙だ。…なるほど。


「分かりました」

 そう言って、2枚ともポケットに入れる。


 授業の紙の方は、今日やる大まかな内容が書かれた紙。そこまで見なくても不自然でないだろう。


「では、授業を始めます」


 おれは通訳を始めた。


 ◇ ◇ ◇


「例えば、街中で魔族を見つけたとします。どうしますか?」


「戦います」


「それは1番ダメな行動です……いえ、1番は見なかったことにすることですが」


 戦わなくていいと分かり、一部の生徒が心の内でホッとする。


「正解はすぐに報告する、です。姿形を覚え、できればその拠点まで見抜けるとなお良しですね」


「どうして戦っちゃダメなんですか?」


「これが防衛戦だからです。もっと言うと情報戦ですね。相手はこちらの戦力が分からない内は、迂闊に攻められない。攻められなければ、こちらの勝ちです」


「…なるほど」


「しかし、叩ける内に叩いておくべきなのではないでしょうか? こちらがチマチマしていたせいで、向こうの作戦が成功してしまっては元も子もないと思います」


 生徒のひとりが異論を挟む。


「そういう考え方もありますが…基本は戦わない方針でお願いします。これはどちらが良いとかではなく、いわば、王国の方針ですね」


「どうしてそんな方針を?」


「王国としては、短期間で決着をつけるつもりなのです。その前に総攻撃を仕掛けられたらマズイ。だから、膠着状態を狙いたいわけです。こちらの攻めが先に届くと読んでいる状況、といったところでしょうか」


 つまり、こちらの防衛力が低いと見られて、攻め込まれたら困るので、情報を与えず敵に過剰に警戒してもらう必要があるといったところか。


 攻め合いに持ち込むと被害が拡大するというのもありそうだ。


 質問した生徒がお礼を言う。

「なるほど。ありがとうございます」


「話を戻しますが、魔族を見つけたら、報告して下さい」


「しかしどのように報告したら?」


「そうですね…基本は報告用の水晶で報告してもらうことになると思います。貴重なものなので、もしかしたら別の方法になるかもしれませんが」

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