第6話 運動は苦手です

 おれの考えとは、契約書の元本をこちらが保有することに加え、契約書に『両者の合意なしに、契約の内容を変更しないこと』という一文を追加することである。


 こうすれば例え、向こうが契約書を書き換えられる特別なペンなんかを持っていても、容易に書き換えることはできない。


 王国側がこれを了承してくれるかは分からないが、おれとしては、了承する可能性は高いと見ている。

 なぜなら、もしその要求を拒むようなら、それは向こうが契約書を書き換えるつもりだということになるからだ。


 だから要求は通る可能性が高いと見て、おれは契約に望んだ。


 ◇ ◇ ◇


 その予想は果たして、正解だった。


 夜になり、北村達が会議室に集められる。

 その交渉は概ね北村の予想通りに進んだ。


 まずこちらの要求は、

 ①いくつか契約書をもらって、その効力を確認すること。


 ②提示された契約書の内容はこちらで納得のいくまで吟味させてもらうこと。


 ③契約書の元本はこちらで預かり、王国側には写しで我慢してもらうこと。


 ④契約書に、『契約の内容は両者の合意がない限り変更しないこと』という一文を追加すること。


 王国側はあっさりとそれを飲んだ。

 これはますます、契約書の効力が本物であることを示しているように、北村には思えた。向こうは契約書を完全に信じている。それ故の譲歩に見えた。


 ◇ ◇ ◇


 特に問題なく、契約に関する話は進み、北村達は広場でその効力を試していた。


 日本語でも異世界の言葉でも効果に変わりはないか。

 後から書き換えたり、書き足したり、破棄したりすることはできないか。

 契約の内容は絶対か。

 片方のみが元本を持っていて問題ないか。


 それを試していく。


「そうだな……じゃあ、まずはおれが腕立てを100回やる代わりに、お前は腹筋を100回やる。そんな契約を結んでみよう」

 徳永がおれに言った。言ってることは納得だが、内容は馬鹿だ。


「おれ⁉︎ おれは100回なんて無理だぜ?」

 元の世界では20回でゼーゼー言っていた北村には酷な回数だった。


「だから良いんじゃないか。不可能なことを指定されたらどうなるか見よう」

 少し冗談めかして、慈悲もなく徳永が言う。


「あの〜、それはおれの腹筋が死ぬのですが……」

 おれが小声で控えめに言うと、やれやれという具合に徳永が言う。


「しょうがないな。じゃあ、50回にしよう。お前、50回でもきついだろ?」


「まあな」

 ドヤ顔でそう言うとどつかれた。


「ドヤ顔で言うことじゃない」


「はは。じゃあ、始めようか」

 笹森が笑いながら言った。


『北村 聡は腹筋を50回やる。代わりに、徳永 博文は腕立てを50回やる』

 こんな簡単な契約文で、とりあえず契約してみた。契約書にサインする。


「……」

 しかし、何も起こらない。


「どういうことだ?」

 徳永が心底不思議そうに言った。


「もしかしたら、時間とかを設定しなくちゃならないのかもな」


 おれがそう言うと彼は、


「あ、そうか。なるほど」


「じゃあついでに、書き足せるかどうかとか試してみようぜ」


 と言った。


 中々良いアイデアだ。おれも考えていたが、言い出す手間が省けた。


 そうして書き足せるかどうか、破棄できるかどうか、既にある文を消して変更できるかどうか、上から物を貼ったらどうか、などなど色々試していく。


 まずは書き足し。

「どうだ?」

「ダメだな。何をやっても、汚れひとつ付かない」


 次は破棄。

「おらぁ!!」

 徳永が気合いを入れて、契約書を縦に破ろうとするが、破れない。

 なんだかちょっと滑稽で、面白い。


「次はこれだ」

 ハサミでチョッキン。しかし切れない。

 剣も使ってみたが、切れない。


「オッケー。次はおれが」

 おれは魔法を使い、火の球を上から垂直に、床の上に置いた契約書に落とす。


「おお。すげえな」


「魔法を縦に落とすなんて」


 なんかクラスメイト達が驚いている。こんなのは定義を少し変えるだけなのだが……

 だが、こうも驚かれると気分が良いな。やれやれだぜ。


 ちなみに契約書には、焦げひとつなかった。


 ◇ ◇ ◇


 実験の結果、契約書はいかなる方法でも変更・破棄・上書きができないことが分かった。


 そして、徳永が言った。


「よし。…じゃあ、そろそろやるか」


「やっぱり?」


「当たり前だろ。ほら、1」


「2」


「3, 4……」


 何とか腹筋50回を終え、契約を終えた。おれは50回という設定にしたことを後悔した。


 契約が終わると、契約書は白紙に戻るようだった。



「…よし、じゃあ次は色々条件を決めて、試してみよう」


「……例えば?」


「おれが手を叩くと、お前が腕立てをする。笹森が手を叩くと、おれが腹筋をする」


「…なるほど」


「後は、形容詞とか追加してみようか。例えば、全力で腹筋をする、とか、ゆっくり腕立てをする、とか」


「おれの体力が持たないことを除けば、良いアイデアだ」


「よし、やるぞ」

 聞け。


「あ、ちょっと待った。もうひとつ。契約変更に関する文を入れてみよう。そうだな……両者が合意した際には契約が変更できる、と」


「分かった」


 ◇ ◇ ◇


「はぁ…はぁ……死にそう」

 様々な実験を終え、おれが広場の床に力尽きていると、高田さんが優しく話しかけてくれる。


「大丈夫?」


 筋肉なさすぎと幻滅される可能性もなきにしもあらずなので、半身を起こし、何とか返事をする。


「ああ。大丈夫大丈夫……」

 

 しかし、こんな心配してくれるなんて、なんて優しいんだ。あっちで新たな実験に取り組んでいる徳永とは大違いだな。


 ……ていうか、あいつ、あんな筋力あったのか。


 ◇ ◇ ◇


 そんなこんなで色々試して。


 契約書は絶対であることが分かった。

 まあ概ね予想通りだ。ちなみに限界でも身体は契約の通り動こうとした。死ぬほどしんどかった。


 なので実際の契約の際は、可能な限り、などの文言があるか注意したい。

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