第7話 契約書作るの大変でした

 契約書の内容はこうである。


『 本契約は、ドレアス王国(以下「甲」)と異世界人(以下「乙」)との間で、以下の条項に基づき締結される。


 第1条(乙の義務)

 乙は、契約締結後2ヶ月を経過した日から起算して、5年間にわたり甲の領土内において、魔族から街を守る義務を負う。ただし、客観的に見て、乙が保有するスキルが戦闘に適さないと判断された場合、乙は甲が乙の能力に応じて割り当てる適切な業務に従事し、甲に貢献するものとする。


 第2条(甲の義務)

 甲は、契約締結後2ヶ月を経過した日から起算して、5年後にあらゆる合理的な手段を講じて乙を元の世界に帰還させる。万が一、帰還が不可能と判断された場合、甲は乙に対して適切な補償を行うものとする。


 第3条(甲の禁止行為)

 甲は、故意に魔族を街へ引き込む等、乙に過度な防衛行為を強いることを禁じる。甲が乙に過度な防衛行為を求める必要が生じた場合、事前に乙と協議し、乙の同意を得るものとする。


 第4条(契約の変更)

 本契約の内容を変更する場合、契約当事者全員の同意が必要とする。


 第5条(契約の遵守義務)

 契約者は、本契約の条項を覆す目的で不正な行為を行ってはならない。


 以上


 契約締結日:


 甲:ドレアス王国 代表者:


 乙:異世界人:

 』

 (※契約締結後2ヶ月とは訓練の想定期間)


 とりあえず、それを持ち帰り、各自穴がないか考えてくることになった。日本語の写しをそれぞれひとつずつ持って、それぞれの部屋に帰る。


 ◇ ◇ ◇


「それにしてもさ。北村君、すごくない?」


「ね。マジ感謝だわ」

「普通、あんなすぐ色々考えられないよね」


「まじそれ。1番良いのが、戦闘回避派なとこ」

「あ、わかる」


 廊下を歩いていたら、そんな会話が耳に入ってきた。少し照れる。

 聞こえてるって。


 ……こういうとき、気まずい。向こうに気づかれないように去ろう。

 そう思って反対方向に歩いていったら、高田さんに会った。


 やあ、と軽く挨拶だけして、すれ違おうと思ったのだが、何か話がありそうだった。


「北村君。ありがとう」

 高田さんが言う。


「何が?」

 あまり心当たりがなく、尋ねると彼女はこう答えた。


「契約書のこと。反乱とか嫌だったから」


「気にすることないよ。おれも嫌だったから」


 というかあれはアイツらがおかしい。まあ、異世界に来て、気が立っていたのだろう。ラノベの読み過ぎである。


「そっか。同じだね」


 ラノベの読み過ぎが同じ? 一瞬そう思ったが、すぐに契約書の話だと思い至る。


「…そうだな」


「それで、話したいことがあるんだけど」


「何?」


「私のスキルについて」


「高田さんのスキル?」


「そう。だから、北村君の部屋に行っていいかな」

 つまり、こんな場所で話せないスキルってことか? それを口実に部屋に入ろうとしている可能性は? そんなことをして向こうにメリットがあるか?


「……いいよ」

 悩んだ末、オーケーすることにした。

 高田さんがおれを騙したとして、特にこちらにデメリットはなさそうだし、向こうにもメリットはなさそうだから。

 しかし場合によっては、魔法を行使することになるだろう。


「ありがとう」


 ◇ ◇ ◇


「どうぞ」

「お邪魔します」


 高田さんが几帳面にも挨拶をして、中に入る。


 その一挙手一投足を見逃さないようにしつつ、おれは早速話しかけた。

「それで? スキルっていうのは?」


「うん。私のスキルなんだけど……」

 高田さんはそこで声を潜め、おれの方にぐっと顔を近づけて言った。


「嘘を見抜くスキルなんだ」


「嘘を……?」


「そう。人の言葉の、嘘が分かるの」


「それは…」

 使えそうだ。


「いつから?」


「この世界に来てから、ずっと」


「すごいな」


「そう思う?」


「ああ。使えそうだ」

 例えば契約書の件も、それがあれば簡単に…

 その時、高田さんが言った。


「実はね、北村君に話したのは、このスキル、上手く誤魔化す方法はないかなと、思ってのことなの」


「なるほど」

 嘘を見抜くとなったら、他のクラスメイトと会話しづらくなる。当たり前だな。


「他に誰か知ってる人は?」

「いないよ」


「なるほど……」


「分かった。こっちでも誤魔化す方法を考えてみる」

「ありがとう」

 嘘を見抜くスキル。それを隠すのはクラスメイトとの関係を維持するため以外にも、色々と使えそうだ。


 最悪の場合、おれのバリア魔法を教えてそれをスキルということにできるか……?


「とりあえず目下のところは、スキルなしが大多数だし、周りがみんな発現するまでは何も発現していないということで」


「分かった」


「あ、その前に、高田さんを疑うわけじゃないんだけど……嘘を見抜くスキルがどんなものか、試してみてもいい?」


「いいよ」


 ◇ ◇ ◇


 高田さんは快く承諾してくれた。


「じゃあ、今から言うことが嘘かどうか当ててください」


「はい」


「おれは今、空腹である」

「うそ」


「おれは今、トイレに行きたい」

「うそ」


「トイレに行きたいというのは嘘である」

「本当」


「おれの1番好きな料理は、唐揚げである」


「うそ」

 正解。本当はすき焼きだ。いや、ハンバーガーか?


「じゃあ次は、後ろを向いてくれる?」


「……分かった」

 高田さんが後ろを向く。


 そしておれはベッドの掛け布団を手にかけ、その中で4本、指を立てた。

「おれの右手は今、4本、指が立っている」


「本当」


「…不正解。今立ててたのは3本」


「うそ」


「正解。本当は2本立ててました」


「2本立ててたというのが嘘」


「正解。…オッケー、信じるよ」

 おれがそう言うと、高田さんは安堵したようにこちらを向いた。

 

「それで今のやり取りの中で、思いついたことがあるんだけど」


「なに?」


「実は徳永のスキルが、高田さんのスキルを隠すのに使えそうなんだ。だから、あいつにもこの話していいかな」


「……北村君。嘘ついてるでしょ」


「…正解。いいね。本物だ」


「もー」

 かわいい


 ◇ ◇ ◇


「それで聞きたいんだけど」

 北村が最後に、といった雰囲気で言った。


「何?」


「今のところ、王国側に不審な嘘とかはなさそうか?」

 その質問に高田は間髪入れずに答える。恐らく前々から意識していたことなのだろう。


「うん。信頼できそう」


「契約書の話も?」


「うん。嘘はないよ」


 その即答に、これは便利だなと思いながら、北村は言った。


「そうか。分かった。じゃ、また何か良い方法を思いついたら話そう」


「うん」


「他のやつには、できるだけ話さないでくれ」


「りょーかい!」


 話はここまでというように、北村は立ち上がり、部屋の外まで誘導した。


「じゃ、また明日」


 ドアを開きながらそう言うと、高田さんはさもそれが自然だというように言った。


「おやすみ」


 北村にはクラスメイトと、それも女子とそんな挨拶をする発想がなかった。なので少し驚いたが、確かにこの場合の挨拶はおやすみだ。


「おやすみ」


 そう言ってドアを閉めた。

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