第8話 北村君にお任せ!

 佐藤 だい (クラスメイト)side


 守谷がスキルを得たことで始まった王国との5年契約。

 この契約を結んだら、いよいよ王国から逃げることは不可能になる。


 その前に色々考えるべきか。

 佐藤は悩んでいた。


 佐藤はラノベオタクである。


 それ故に知っている。魔族が悪でないパターンもあると。


 その場合、今回の契約を結んだら大変なことになるかもしれない。


 何せ5年間逃げれなくなるのだから。


 北村に言って、契約書に『正当な理由がない場合、王国には従わない』という文を加えてもらおうか。


 しかし北村が王国とつながっていた場合、その提案はにべもなく却下されるだろう。さらに場合によっては、自分の立場すら危うくなることも考えられる。


 彼は悩んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 彼が悩みつつ、クラスメイト達がよくだべっている、談話室のようなところに行くと、今日はいつもより人が多かった。


 見るとどうやら、契約書を囲んで、色々話し合っているようだった。



「そもそもさ。契約書が絶対なら、お互いに不利益な行動はしない、みたいな契約を結べばそれで十分じゃないの?」

 契約書を置いた机の真正面に座っていた女子、荒井さんが言った。


 それに徳永が答える。

「不利益な行動って、かなり曖昧だろ? どこまで適応されるかわからないし、例えば、向こうの命令を断るのは向こうにとっての不利益になる。命令を断れなくなるのは嫌だろ?」


「なるほどね……」

 そう言うと荒井さんは契約書と睨めっこしながら、うーん、と考えこむ。


「じゃあ3つ目の、『故意に魔族を街へ引き込む等、乙に過度な防衛行為を強いることを禁じる』」


「これって何のためにあるの?」


「それは王国側がおれ達を利用するのを防ぐためだな」


「ほら、これがないと、例えば王国が魔族にわざと街を攻めさせて、おれ達に戦わせる、みたいなことをする可能性があるだろ?」


「おれ達はあくまで、街を守る。そういう約束なんだ。なのに、そうやって戦わされるのは筋違いだからな」


 おー、なるほど、と周囲の人間がうなづいた。


 そんな様子を見て、佐藤は思った。


 どうやら彼女らのほとんどは契約のことがあまり分かっていないようだ。こんな調子で契約して大丈夫なのだろうか、と。


 分かっているのは徳永、それに北村。後は…男子生徒の方はどうだろう。


 佐藤はクラスメイトの中では比較的よく喋る、池田と長谷川に話しかけた。


「よう。契約書はもう読んだか?」

「ああ。読んだよ」


「どう思った?」

 佐藤としては、契約をすること自体について聞いたつもりだった。しかしその回答は期待外れだった。


「穴はないな。さすが北村達の作った契約書だ」

「うむ」

 2人はそう答えた。

 だから、佐藤は踏み込んで尋ねた。


「そもそもさ、契約して大丈夫なのかな」


 すると池田が不思議そうに言った。

「穴はないって言ったろ?」


 そうじゃなくて、と佐藤が続ける。

「王国側が悪だったらどうする?」


「悪だったら?」


「そう。魔族が悪じゃないパターンもあり得るかなって」


「……ふむ。しかし契約に穴はない。大丈夫だろう」


 ダメだこいつら。佐藤は北村に話をすることにした。


 北村に話をしようと思ったが、彼は談話室にはいなかったので、廊下に出た。


 その途中、偶然クラスの女子、小山さんに会った。普通にすれ違おうとしたが、丁度いいので聞いてみることにした。


「小山さんはさ、今回の契約についてどう思う?」


「うーん。私そういう難しいの分からないからさ……だから、北村君達にお任せ!って感じ」


 そんなことでいいのだろうか。


 ◇ ◇ ◇


 北村達を信じ、そもそも契約を吟味しない者。

 王国を信じ、契約に穴がないかだけ探す者。


 色んな奴がいるが、しかし皆、契約を結ぶことに関しては肯定的なようだ。


 北村はどうだろうか……


 決まっている。契約の話は彼主導で進んでいるのだから。

 もし彼が王国側とつながっていたら……


 佐藤はそう考え、話をするのをやめようかとも思った。

 しかしこのまま契約しても、後悔する気がする。

 言っても、自分が消されたら誰かが騒ぐはずだ。最悪な事態にはならない。


 彼は意を決して、北村に話しかけた。


 ◇ ◇ ◇

 北村side


 契約書について、最終確認をしていたところ、佐藤に話しかけられた。


 曰く、魔族が悪でないパターンもあるのではないか。その場合、この契約をするのはまずいのではないか、とのこと。


 もっともだと思った。


 しかし、実のところ、既に王国が白だとはわかっているのだ。

 高田さんの嘘を見抜くスキルによって、王国側が嘘をついている可能性は払拭された。


 だからこそ、彼の提案をどう断ろうかと考え、気づいた。


 むしろこの提案は受けた方がいいと。


 なぜなら、今回の話は、王国側へのポーズになる。


 今回の一文を追加することで、王国側としては、そこまでするのだから、彼らに嘘を見抜くスキルなどはないに違いない、となる。


「そっか。それは思いつかなかった。ありがとう。助かったよ」


「今後も何か抜けていた部分があったら教えてくれ」


 おれはそのことを気づかせてくれたお礼を、佐藤に言い、この提案をどう契約に盛り込むかを考え始めた。


 ◇ ◇ ◇

 佐藤side


 おれは驚いていた。


 スラスラと話が進んだことに驚いていた。


 おれは実のところ、北村が裏で王国側に繋がっているのではないか。

 だからこそ、自分の提案など一にも二にも断られるのではないか、そうでなくとも難色を示されるのではないかと、そう思っていた。


 しかし、実際北村から返ってきた言葉は


「そっか。それは思いつかなかった。ありがとう。助かったよ」


「今後も何か抜けていた部分があったら教えてくれ」


 という単純もの。


 その素直な答えを聞いて、おれはスッと、心のどこかから何か一本、抜け落ちたように感じた。


 そっか。そうだよな。

 彼もおれと同じ、ただの高校生なのだ。


 たまたま翻訳のスキルを得ただけなのだ。


 それが頑張って、王国との干渉から何から何までやってくれている。


 彼は味方なのだ。誰よりもクラスメイトのことを考えてくれている。


 おれは、彼が王国側と通じて、何か悪巧みでもしているのではないかと思っていた自分を恥ずかしく思った。


 自分は彼に、自分の思う悪人の像を押し付けていただけだ。


 彼はただの高校生なのだから。


 もちろん至らない点も出てくる。

 でもそれは自分達でカバーすればいいのだと、そう思った。





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