第7話

武彦がスープを飲み終える頃には、菜月の部屋に少しだけ穏やかな空気が流れていた。彼がスプーンを静かに置くと、菜月はテーブル越しに優しい笑顔を向けた。


「美味しかった?」


武彦は無言で小さく頷く。その仕草に安堵しながら、菜月は少し話を引き出せないかと思案する。


「武彦くん、学校には行ってるの?」


しばらく間が空いた後、彼は「……行ってない」と短く答えた。


「そう。じゃあ、お家には誰がいるの?」


武彦は視線を落とし、口を閉ざしてしまった。何か重いものを抱えているのは明らかだった。菜月はそれ以上深く追及せず、話題を変えた。


「今日はどうしてここにいたの?」


「……わかんない。」ぽつりと答える武彦の声は、どこか虚ろだった。


菜月はその答えに胸が締め付けられるような感覚を覚えた。彼がこの部屋にたどり着いた理由を考えると、おそらく彼自身も心の拠り所を探していただけなのだろう。


「ねえ、ここでちょっとだけ休んでいってもいいよ。もし帰りたくなったら、言ってね。」


そう言うと、菜月は柔らかいブランケットをソファに広げ、武彦に差し出した。武彦はおずおずとブランケットにくるまり、ソファの端に身を寄せた。少し安心したような表情を浮かべると、彼は次第に目を閉じ始めた。


その夜


菜月は、武彦が深い眠りに落ちたことを確認しながら、何をするべきか考えていた。彼の体には傷があり、服は薄汚れている。それでも彼が何も言わず、自分の境遇を語ろうとしないことが、より一層状況の深刻さを物語っていた。


「このまま帰したら、また同じことになるんじゃないかしら……。」


そんな思いが頭を巡る中、菜月はふと、自分自身の過去を思い出した。リウマチの診断を受けてから仕事を辞めざるを得なくなり、生活保護を受けることになった苦しい日々。孤独の中で、誰にも助けを求められなかったあの頃の自分と、目の前の武彦が重なって見えた。


翌朝、武彦が目を覚ましたとき、菜月は朝食を用意して待っていた。


「おはよう、よく眠れた?」


武彦は軽く頷き、無言で朝食に手を伸ばした。


「今日は、少しだけ一緒にお散歩しない? お日様に当たると、気持ちが良くなるから。」


武彦は少し戸惑いながらも頷いた。それが二人の小さな一歩となるとも知らずに。

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