第8話「龍にそれがあるように」
お題:【ドラゴン】
【前回までのあらすじ】
それを日曜日の記憶ごと忘却の彼方に追いやっていたのは、『血ではなく死を吸う鬼の姫』——『吸結姫』である黒紫あげはであり、彼女が吸ったのは『根源坂開登の死』であった。
吸われた概念を認識したことで、それに紐づいていた『日曜日の記憶』や『アヤカシハンターとしての記憶』などのカサブタめいた蓋が剥がれ、根源坂は死の付近の記憶以外を思い出すのだった。
残る謎は根源坂の死因のみなのか。それとも——
◇
夕刻どころか日は沈んでもはやこの静けさは幽谷なのではないかと思うほどで、ここまで時間が経過してなお司書どころか教員や或いは警備員すらやってこないことを鑑みるに——今この図書室は一種の異界と化していることが推測できた。
異界化を施したのは、状況から見て黒紫あげはに相違ないだろう。
——吸結姫。吸血鬼の突然変異体。
血ではなく死を啜る鬼の姫。
言い得て妙というか、よくぞ本質を見失わないまま変異したというべきか。
だが感心している場合ではない。俺は高校生であると同時にアヤカシハンターでもある。それゆえに俺は彼女を始末しなければならない。
ならないはずなのだ——
「——ありがとう、黒紫ちゃん。
思い出せないけど、でも君は俺の死を吸って、こうして俺を生かしてくれた。それを俺は信じたい。どうしてそう言い切れるのかはわからないけど、それでも、記憶が消えても消えない気持ちが残っている。だから、俺はそれを信じたい」
「先輩——」
我ながらどうかしている。今までこれほど無根拠に近しい感情でアヤカシを見逃したことなどない。一度たりともない。
そんな俺だったが、この胸に刻まれている感情を無視することなどできなかった。
——俺は、肝心なところを思い出せないながら、黒紫あげはに惚れているようだった。
理由が思い出せないにせよ、それだけは間違いなかった。この胸のモヤモヤは、俺が誰かに惚れている時のそれである。だから間違いない。他人事のような実感ではあるものの、それだけは真実であると、そう言えた。
これもほぼ無根拠ではあるが、まず彼女が魅了の特殊能力を使ってくるとは思えなかった。今も使われている感覚がないゆえに。
そういったあれこれを元に、俺はある提案を思いつく。
だがその前に、諸々の決着をつけておくべきだとも思った。
そしてそれがなにより、彼女を助けることに繋がるとさえ思えた。
「——なぁ、黒紫ちゃん。タネも割れたことだしさ。俺の死因を教えてくれないか?
できれば包み隠さず、オブラートに包まず話してほしい。できないか?」
「それは、その——いえ、はい」
目を泳がせながら、そして最後には俺と目を合わせながら、彼女は続ける。
「——先輩を助けるためですから、そうですね。言います。話します」
窓の景色だけはしっかりと時間経過しているが、この結界内は、まるで時間が止まっているかのよう。
それぐらい永劫のような刹那のような時が経ち、彼女は決意して話し始めた。
「キスって言いましたがやっぱベロチューですあれは」
「そこォ!!?」
横転しかけた。いやした。派手にズッコケた。だってしょうがないじゃんこんなの。俺今かなりシリアスだったのにマジかよとしか言いようがなかった。いや実際に言ったのは「そこォ!!?」だったが。
「——こほん。ごめんなさい。慌てた末に結論の文末部分みたいなところを言ってしまいました」
「つまりどのみち俺はそこに帰着させられるってことなんだなわかった。わかったけどなんとか挽回するし場合によっては責任も取ろう。だがとりあえずそこに至るまでのことを教えてほしい」
「そうですね、わかってます。わかってますよ。オモシロ・ちょいエロ・ラブコメ展開だけではもう誤魔化せませんよね」
どんな欲張りセットだよ。
お買い得すぎるだろ。
「でも、はい。ここからは本当にシリアスです。ていうか引き伸ばしたかっただけです。
私だって——私だって先輩ともっとこういうどうでも良い、けどすごく楽しいかけ合いを続けたかったですから」
「俺だってそうだよ。そして、もしかしたらそれができるかもしれない。だから、話してほしい」
俺がそう促すと、彼女はようやく観念して、日曜日のことを語りだした。
「と言っても、先輩の死因の部分だけにさせてください。でも結論だけ言うと、私たち、お互いにもう戦いたくなくなっていたんです。
これは今はまだ隠しておきたいことですけど……私たち、お互い『最終的に殺し合うんだろうな』って思いながら偽装デートをしている内に、『最終的に殺し合いたくないな』に気持ちが変わっていたんです」
——まぁ、そうだったんだろうな。
と。柄にもなく、それでいて
俺は彼女のことを好きになっていたんだろうし、彼女も俺のことを好きになってくれていたんだろう。
何があったのかを聞くのは野暮だろう。その部分の記憶を失っている俺がとやかく言うことではない。ないのだ。
「とにかくそれで、私たちこうやって結界とか使って、日曜日の学校に忍び込んだんです。不良生徒って感じですね。先輩のせいで不良にされちゃいました」
元吸血鬼が何言ってんだって本当はツッコミたかったが、それを言ったら彼女が悲しむだろうなと思うと、何も言えなかった。
「それでしばらく二人で話していたんですけど、突然私の結界は、より強い力で破壊されました。
——彼が来たんです。
——————龍の終劇者が」
「——何」
俺は、その名を知っていた。その異名にして通り名にして称号を、知っていた。
それは現代最強のアヤカシハンター。
それは滅びにして誇りにして
一つの恐怖譚、怪奇譚、民族伝承、そういった物の具現化とも言えるアヤカシを、文字通りエンドロールへと導く最強のハンター、その内の一人。
それが、龍の終劇者であった。
そんな奴が現れた以上、そもそもとっくに黒紫あげはは消滅しているはずだ。ここにいるはずがない。塵一つ残っていない。
残骸は全て散り散りの塵芥となって世界に拡散しているはずだ。
だというのにそうなっていない。
「何が、あったんだ?
アイツが来て君が無事なわけがない。
アイツが来てアヤカシが生き残っているはずがない。
龍を目にしたアヤカシは、ただの一人も生き残っていない、はずだ」
あくまで噂に過ぎないにせよ、それでも彼の——龍の終劇者の力は本物だ。彼の攻撃を掠りでもしたら最後、アヤカシはその部分から崩壊していくとさえ言われている。
もはや戦闘中は半端なアヤカシハンターでは足手纏いどころかソイツ自体危ないとまで言われる始末。戦いに巻き込まれて消滅でもしてしまうのか? と恐れられているほどだ。
——ただまあ、もう俺にも予想はついている。最早それしかなく、その手しか考えられず、タイミングが違うだけで俺は俺なのだと言う他なく、兎にも角にも、もう答えは出ていた。
「——俺が庇ったんだろ、君を。
相手が最強だとか仲間だとか使命だとか最早関係ないって、そんな感じのことを言ったんだろ?」
そして、おそらく俺はすでに彼女の能力を聞いており、その力による死の否定——俺の蘇生を以て、彼女の有用性を示し、龍の終劇者に見逃してもらおうとしたのだろう。
「——はい。それで、先輩は私を信じて、そして、一度死にました。
だから私、その時先輩とキスしたんです。ベロチューですよベロチュー。
そうやって口移しで、私は先輩の『死』だけを吸い取ったんです」
——ああ、なんて真相なのだろう。
エッチかな、エッチだね。
でもそれ以上に、センチだよ俺は。
彼女のとある変化に俺が気づくのは、ここ少し後のことであった。
第8話、了。第9話に続く。
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