第4話「すこし不自然」
お題:【SF】
【前回までのあらすじ】
月曜日の記憶を欠落させている主人公・
◇
SF。Science fictionの略称が一般的であるがしかし、昨今の——というかわりと前から、日本においてはそれ以外の意味合いも内包されがちであった。
よくあるのが『少し不思議』。
国民的漫画『ドラえもん』や、手塚治虫の『ザ・クレーター』あたりはこれに該当するのではないだろうか。
SF要素も大体付随するのだが、それだけではなく、もう少しやんわりふんわりとした奇妙だったり不思議だったりな出来事を題材にしたエピソードがこれに当たるのだと俺は思っている。
ところで他にはSFの略称例など実はたぶんない。たぶんないのにこんなモノローグを延々ぶちかましているのには理由があった。
——そう。今の俺を取り巻く状況がまさしくそれである。
Science fictionと言うには科学的根拠に乏しく、少し不思議というにはもう少しハードでアダルトで気味が悪い、そんな感じであった。
薄気味が悪いとも言う。ほぼ同じニュアンスだがそんな感じである。
そう言った面を鑑みた上でのSF略称談義なのだが、要は略称としての、イニシャルとしてのSFを展開した際に代入されるワードに関しての話である。
少し不思議ではないのならなんなのか。答えはこの辺りである。↓
少し不可思議、少し不愉快、少し不穏、少し不謹慎、少し不吉、少し不可解、少し不自然、エトセトラ、エトセトラ。
羅列しただけでもキリがない。たぶんもう少し考えればもっと出てくるすごい踏ん張ればもっと出てくる。ほらな、『すごい踏ん張り』、これもSFだ。
だからなんだと言われれば『それを言われると不甲斐ない』、と。そういったSFバリエーションで返答したくもなってくる。
兎にも角にも俺は今、月曜日から続くこの少し不穏で不謹慎で不可解な、すごい不貞との戦いを強いられているのだった。
「せんぱーい。もう内面対話は終わりましたか?」
視線を移す。ここは夕刻の図書室。
幽谷でもなく憂国でもなく、だがしかしそれでいて、幽かに憂いを帯びた夕刻の図書室ではあった。
昨日——つまり火曜日と同じロケーション、同じ時間、同じ相手。
俺こと
「ね、先輩。思い出してくれましたか? 月曜に私とやったアレとかコレとか、あとソレとか」
黒紫ちゃんはイタズラな笑みを浮かべながらそろりそろりと俺に近づいてくる。
俺は冷静さを装って椅子に座ってはいるものの、他の生徒——どころか司書さんすらなぜか不在のこのタイミングの図書室において逃げ場など、逃走経路/闘争経路などどこにもないのだと嫌な勘が働いており、どちらかといえば蛇に睨まれたカエル、そう言った状況であった。
「……ごめんな黒紫ちゃん。アレもコレもソレもドレも思い出せないんだ。
きっと酷いことをしたんだろう、思い出せなくともそれを申し訳なく思う気持ちだけはある。
でも思い出せないことで君をより傷つけているんだと思う。なぁ、何か俺にできることってないかな」
「ないです。今のところは。思い出せないんじゃ仕方がないですからね。先輩が悪い人じゃないことだけはわかっていますとも。だからそんなに言い訳がましく、そしてずぶ濡れの子犬みたいな仕草をしながら私を見ないでください。
正直すごい興奮しちゃいますから」
——興奮? 興奮と来たか。
……そう、不可解といえばこれである。
彼女——黒紫あげはは恐らくほぼ確定で俺に酷いことをされた。ニュースとかで言うところの乱暴、暴行、そう言った領域まで俺が道を踏み外したかはわからないが、とにかく酷いことをしてしまったであろうことが窺える。
実際、彼女も俺に対して被害者の立ち位置から発言をしていると思うし、俺はそれを否定する気もなく知らぬ存ぜぬで振り払うつもりも余裕もなかった。
だが、それはそれとして、である。
彼女が昨日俺にやったことと言えば、自発的に土下座をした俺の後頭部にスカートをかけて俺をスカート被さりマンにしたり、その後も何かはよくわからないがとにかくそのまま更に深くしゃがみ込んで俺の後頭部に何かを当ててきたり、そして極めつきにベロチューの件・カミングアウトを、妙に蠱惑的な息遣いと共に俺の耳の中に流し込んでそのまま立ち去って行ったりと、とにかくなぜかそれなりに何かしらのやる気が満々なのだ。
で、今さっきの興奮発言。
不可解であった。俺の記憶が一昨日の分だけスッポリと抜け落ちているがために証明のしようがないのだが、とにかく彼女の発言と態度の数々に若干のほつれというか、違和感というか、そういった少しばかりの不自然さ、不可解さは垣間見えるのであった。
「興奮ってなぁ。黒紫ちゃんは結構そうやってSっ気があるのか?」
「あるかないかで言えばありますよ。でも正直攻勢に打って出た際の攻め手の構成としては先輩の方が上手かったと思います」
「なんの話!?」
もしかしてエッチな話してる!?? 俺本当に何やったの月曜日に!!?
「え? そりゃまあ色々とですけど……うーん、そうですね。じゃあこれぐらいは開示してあげますか。——ジャン!」
と言って彼女が取り出したのがなんらかのトレーディングカードゲームであった。
俺はそれを知っているが知らなかった。
より正確に言えば、そのカードゲームがなんであるかはもう知っているのだが、俺がそれを知ったのは昨日の昼休みのはずであり、こうして彼女が月曜日の俺にまつわるアイテムとして提示してくるのはいささか不可解なのであった。
「これが今流行り始めた
プレイヤーは
「いやまあ、もう知ってる。けどそれを初めて見たのは昨日の昼休みのことだ。友達が数人、新発売のカードゲームだって言って持ってきていたんだ。つまり月曜じゃない。だから不思議なんだよ俺は」
「少し不思議、と。なるほどSFですね。でもそれもまたベロチューと同義なんですよ先輩。
おっと、もうデカいリアクションでのツッコミは不要で野暮ですよ先輩。だって流石にもう察しがついているでしょう?」
フダディエイトのルールが書かれた冊子をパラパラ捲りながら、彼女は微笑みとともにそう言った。
——当然、察しはついていた。もうTCGの基本セットに冊子がついていないことだってある今日だが、俺の脳内ルールブックが告げている。この二日間で刻まれた異常事態への対処方法が告げている。
これは——
「俺は、月曜日に黒紫ちゃんとフダディエイトで遊んだ——そういうことなんだな?」
「せいかーい♪
んふふ、やっぱ先輩が自力で真実に到達してくれると私も嬉しいですね」
「自力で、と言うにはだいぶ黒紫ちゃんからの補助を受けた気がするけどな」
「子どもだって自転車に初めは補助輪付けるじゃないですか。先輩は今、運命に振り回されています。色々大きく動き出しています。なら、ホイールオブ・補助輪ぐらい、あってもいいんじゃないですか?」
「フォーチュンを補助輪に差し替えるな!」
「先輩が私に偉そうなこと言えるんですか?」
「ぐ、そう言われると何も言い返せないな……」
何せ俺は彼女に強く出て良いはずがないんだから。俺にその資格はないのだから。
「まあでも、先輩があんまり弱っちゃうのも私としては良くないので、ちょっとは元気付けようと思います」
——そう言って彼女は俺の首筋に顔を急接近させて、
「——私が先輩の補助輪になっても良いんですよ」
それだけ言って、図書室を出ていった。
首筋には、まだ生暖かい吐息の感触が残っていた。
第4話、了。第5話に続く
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