第2話「そういう観点で見ないでほしい」
お題:【寒天】
【前回までのあらすじ】
前日の記憶を失った主人公・
◇
どうするもこうするもなかった。図書室に残っていても仕方がなかったため、もうすっかり暗くなった街路を歩いていた。徒歩で駅まで。つまり電車通学である。
「あら。根源坂くんじゃない。帰宅部の貴方がどうしてこんな時間に正門前を歩いているの?」
女生徒の声がしたので振り返ると、そこには銀髪ツーサイドアップの生徒会長、
「ん、ああ。ちょっと図書室で調べ物をな。いやまあ特にめぼしいものは見つからなかったんだが」
「へぇ。図書室の『と』の文字すら知らなさそうな根源坂くんが図書室に。明日は台風でも来るのかしら」
「そんな予報ないだろ。ていうか俺の名前カイトだから『と』はあるんだよ」
「脱兎の如く逃げ出した。
——そんなこともあるかもしれないわよ。とだけに」
「人の名前を徘徊系ポケモンみたいに言うんじゃねぇよ」
徘徊系ポケモンはとにかく1ターンで逃げがちだ。いやそうじゃない。そうじゃなくて。
「ていうか白咲は生徒会の会議かなんかだったのか?」
時刻は19時前、完全下校時間寸前であった。
「まあそうね。そろそろ秋の遠足でしょ? 色々と練るものがあるのよ。練り物のように、そう——ちくわのようにね」
「なんだったんだ今の例え」
アレか? ちくわ大明神か? そういう小ボケだったのか?
「そんなことはどうでも良いのよ根源坂くん。
ちょっと付き合いなさい。私今会議終わりでイライラしてるのよ。そこのファミレスでパフェでも食べて行きましょう」
「いや晩ごはんは?」
「私たち成長期。舞台少女のように日々成長しているのよ。これぐらい晩飯前ということよ」
「いや晩御飯前にパフェ食べんの?」
「FGOのテスカトリポカさんは時系列を一時的に入れ替えることができるの。私あれすごいカッコいいと思ってて。人の域で近いことはできるのか試してみたいのよ」
「主菜とデザートが入れ替わる——そう言いたいのか?」
「いやまあ普通に今パフェの気分なだけなんだけど」
「せっかく乗った俺の気持ちを返せ!」
「そもそも人の分際で神様の権能を真似するなんてやらない方が良いのよ。わかるでしょ根源坂くん」
「なんで俺が諭されてんの?」
「ま、とにかくパフェを食べに行きましょう。話はそれからよ」
そんなこんなで、俺は白咲に引きずられながらファミレス『ガヌト』へ入店する運びとなった。
◇
「でね。会計がね、予算がどうたら資産がうんたらってね。何がニーサよ。こっちはニーソ履いてんのよってね」
「いや絶対資産運用の話とかしてねーだろ」
あと普通のファッションとは言えいきなり大声でニーソとか言わないでほしい。なんかドキドキするから。
ところで、白咲は抹茶パフェを食べているのだが俺は小さめのコーヒーゼリーを食べていた。晩ごはん前に高カロリースイーツを食べたくなかっただけである。
商品名は『やがてタフになる寒天コーヒーゼリー』と言うらしく、白咲が「なにっ」とか言っていたがよくわからなかったのでスルーした。
で、そのタフなコーヒーゼリーなのだが、ゼラチンではなく寒天で作ったコーヒーゼリーらしく、気持ち弾力強めな気がしないでもない。とはいえ、ぶっちゃけコーヒーゼリー自体超久々に食べたのでそこらへんよく分からない俺なのであった。
「でね根源坂くん。じっちゃけ——じゃなくてぶっちゃけ、秋の遠足は演劇を観に行く感じになりそうなんだけれど、演目候補が2つあるのよ。そこから決めあぐねていて、それで結局決まらないままこの時間ってワケ」
「なるほど。意見が割れてるワケだな」
ところが白咲は首を横に振った。
「ん? じゃあどういうことなんだよ。意見が割れていないならもう決まったも同然じゃないのか?」
「ええ、まあそうなのよ。ぶっちゃけほぼほぼ確定で観に行く演劇は『ミュージカル:ロミオとジュリエット』なのよ。かのウィリアム・シェイクスピアの名作だから、触れておいて損はないわよね」
「まあそうだな。俺も正直フワッとしか話知らないから、こういう機会に観劇できるのはありがたい」
観劇できて感激だ。とか言ったら白咲に白い目で見られそうだったのでやめておいた。俺は取捨選択のプロゆえに——。
「でもね。でもね根源坂くん。もう本当にほぼほぼ確定でロミジュリなんだけれど、なんだけれど——私どころか生徒会メンバー全員、なんなら会議に参加していた先生ですら捨てがたいと感じるものが第二候補なのよ」
「ロミジュリ確定なのに決めきれないとかどういう作品なんだよ。ここまで話聞いたんだから教えてくれよ白咲」
「ボボボーボ・ボーボボ」
「は?」
「ボボボーボ・ボーボボ……って言ったのよ」
——————、——————あー。
「うーーーーーーーーーん、なるほどな………………」
なるほどなァァーーーーー、なるほど確かに捨てがたい。捨てがたすぎてステゴサウルスになっちまいそうだ。
そうか、そうかー、ボーボボかァーーーーー。
「そう、あのかつて週刊少年ジャンプとTVアニメで伝説を残しまくったあのボーボボなの。
——悩ましくない?」
「——悩ましすぎるな」
俺は白咲と共に深く深く、何度も何度も頷き合った。
「でもきっとロミジュリになるわ。残念ながら今回の遠足テーマは『温故知新』だから」
「ダメか? 『
「毛根と書いてスパークリングと読ませるぐらいのハジけがないと通らないでしょうね。企画担当の先生もボーボボ世代らしくて辛そうだったわ。でも仕方ないの。こうやって苦虫を啜りながら大人になっていくのよ私たち」
「苦汁な?」
「黙れ」
なぜか怒られた。白咲ちゃん照れ屋だからナー。
「まあそういうわけで、正直結論なんてもう出ていたようなものなんだけれど。それでもやっぱりこうやって、第三者である根源坂くんに話すだけでもスッキリするものなのよね。ありがとね」
「良いよ別に。会社員とかになったら、こういう話はスゲー機密になるだろうから、ガキの内しかできねーことだしな」
「ぷっ、何それ。励ましてくれたの?」
噴き出す白咲。失笑とは本来こういうのを言うらしい。こいつとも保育園ぐらいからの付き合いだが、困ったことに笑顔を見ると今でもちょっとドキドキしてしまう。記憶がないとはいえ、昨日後輩の黒紫ちゃんにあんなことしてしまったというのに俺というやつは本当に困ったもんだな。本当にどうしような。
とか思案していると、白咲の指が俺の頬をツンと突いてきた。
「根源坂くんなんか悩んでんでしょ。言っちゃいなさいよ。私たちまだまだ成長期よ。今さっきの私みたいに話してみれば案外スッキリして精神的にパワーアップとかあるかもよ?」
「そんなもんかね」
「そんなもんよ。寒天みたいな弾力で、悩みなんて吹き飛ばしちゃいなさい」
穏やかな笑みの白咲を見ていると、なんとなくホッとする。
——ああ、そういえば俺はいつからこいつのこと名字で呼ぶようになったんだっけな。昔は彼岸ちゃんって呼んでたんだけどな。
などと思いながら、彼女の胸を借りるつもりで俺は悩みを話した。
「マジで記憶にないんだが、俺どうも昨日黒紫ちゃんとベロチューしたらしいんだ」
「ゴミが」
水をかけられた。水は弾力では弾けない。やがてタフになれるだろうか。弁明の言葉を考えながら、俺はそう思った。
あともっと違う寒天——じゃなくて違う観点から悩みごとを話せば良かったな。ゼリーをオブラートで包む感じで。
そんなことも、俺は思った。
第二話、了。
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