第2話 王弟殿下は夢で故人のメッセージを受け取る②

「…………リル! シリル! 起きろ! 目を覚ませ!」


 揺さ揺さと激しく身体を揺さぶられ、キャッツランド王国王弟のシリル・オリバー・キャッツランドはゆっくりと目をあけた。


 身体中がくっしょりと冷や汗に濡れ、めった刺しにされた身体に激痛が走る。


 目の前には不安げな表情を浮かべる兄の国王陛下と、その向こうにはほっと胸をなでおろす宰相閣下の姿がある。


 ここはキャッツランド王国にあるシリルの執務室だ。どうやら執務椅子で居眠りをしていたようだ。部屋には夕焼けの茜色の日差しが注いでいる。随分と長い居眠りをしてしまった。


 リアルな夢だった。まだ身体中に貫かれた痛みが残っている。


「うなされたまま、全く目を覚まさないから変な病気かと思ったよ。揺さぶっても起きなかったら、往復ビンタしようと思ってたところだ」


 兄はほっとしたように笑って、シリルの頭を撫でた。


「……兄上、僕は全裸で磔台に縛られてめった刺しにされたあげく、友達の目玉の中に入り込みました」


 シリルが疲れ切った声でそう言うと、宰相がぎょっとした顔をする。


「シリル殿下の全裸は猥褻物だから、磔台に乗せるわけにはいきません!」


 宰相は随分と的外れなことを言い、「卑猥すぎる」と悶えている。


 シリルは先日二十歳を迎えたれっきとした成人男性なのだが、可憐な少女のような容貌をしている。淡い美しい金髪を耳にかかるまで伸ばし、涼やかなヘーゼルの瞳が神秘的に輝いている。


 透明感溢れる白い肌は、とても男性のものとは思えず、顔の造りも精悍さよりも愛らしさを感じさせる。


 天使のような美少女、妖精の王弟殿下と呼ばれるシリルの全裸は、確かに猥褻物である。


「猥褻な全裸はいいとして、めった刺しにされて目玉に入るってどういうことよ? 変なの」


 兄は意味不明なシリルの言葉に、けらけらと笑っている。


「笑いごとじゃないですよ。陛下、ミクロスがナルメキアに滅ぼされた時に、生贄でミクロス王子が磔にされませんでした?」


 夢の中で、シリルはミクロスの王族と呼ばれていた。


 ミクロスという国家の消滅が八年前だ。恐らくシリルが見た夢は、ミクロス王子の記憶の断片だろう。


 シリルは幼いころより、どこの誰とも知らない人物の記憶を夢の中で見ることができる能力があった。大抵、夢を与える人物は故人である。故人が何らかの意思でシリルにその夢を見せる。


「また亡くなった人の夢を見たのか。うーん、どうだろう。八年前なんて俺も子供だったからな。おにぃは知ってる?」


 兄は、宰相の義理の弟である。宰相の実家である公爵家で幼少期を過ごし、宰相の妹を妻にしている。その関係で宰相を「おにぃ」と呼んでいる。


「そんな記事を見た記憶があるな。シリル殿下、本棚の資料を見てもいいですか?」


 宰相はシリルに断り、シリルが集めたナルメキア王国の資料をぱらぱらと捲った。


「あぁ、これですね。ナルメキアに人質に取られていたミクロスのオリオン第三王子が、国民広場で磔にされて処刑されたようです。まだ十二歳だというのに」


 心優しき宰相は痛ましそうな顔で記事を見つめた。


「アイゼルという子は、陛下のご友人ですよね?」


 アイゼル・マテオ・ナルメキア――ナルメキアの第四王子である。王宮に仕える平民出身の侍女から生まれ、他のナルメキア王子からは下に見られているという。


 大人しく知的で優しい。これが兄から聞いたアイゼル第四王子の評判である。


 オリオン王子の公開処刑の際に、殺意の籠った目で周りを睨んでいた。その時、意識の――オリオン王子は「従順な王子を装え」と言っていた。


 大人しい王子というのは仮面を被った姿なのかもしれない。


「お前……じゃなく、そのオリオン王子を目玉に取りこんだ友達っていうのがアイゼルなのか?」

 

 シリルが頷くと、兄も宰相も「うーん」という顔をする。


 アイゼル第四王子は、現在は謀反人である。ナルメキアに使役する奴隷を蜂起させ、「ナルメキア解放軍」と名乗る反乱軍を形成している。今はシリルの次兄が婿入りした国の、隣国に拠点を置いていると言う。


 ナルメキアはキャッツランドにとって仮想敵国――いや、明確な敵国である。ナルメキアの第二王子が、キャッツランドの親戚国であるカグヤ王国の王太子殿下の暗殺を企てた。その証拠の音声データと、ナルメキア王太子の名で書かれた指示書を掴んでいる。


 キャッツランドの最大同盟国であるダビステア王国は、ナルメキアの近隣諸国の一つであり、何かあれば周辺の小国を攻めるナルメキアを警戒している。


(地図から消す……。それができたら一番いいな)


 ナルメキアのある大陸西側には、鉄や魔鉱石が産出できる鉱山が多数ある。ここの利権も、魔道具開発を主産業とするキャッツランドとしてはおいしい。ナルメキアは邪魔なのだ。


「恐らくオリオン王子は、私がアイゼルが起こす反逆行為に力を貸せる人物と見込んで夢を見せたのでしょう。アイゼルに会ってきますよ。ついでにアイゼルが拠点においているピエニ王国の王太子にも会ってきます」


 そう言うと、宰相はまたぎょっとした顔を浮かべる。


「お言葉ですが殿下、危険です。殿下自ら出向く必要はない」


「宰相閣下、私に危険なんてあると思います? 私の身体の秘密は知ってるでしょ?」


 シリルは左手の刻印を見せた。キャッツランド王国の国王補佐――王宮執政官の証である『王佐の刻印』だ。この刻印は、キャッツランド王国を守護する猫神から授かったもの。在任中は不老不死が約束されている。


 公の場では世間体を考えて護衛をつけているものの、本来であれば必要のないものだ。死ぬはずがないのだから。


「しかし、不老不死というのはいわゆる病気しないとか、歳とらないとか、そういうものでしょう? 剣で刺されたりしたら……」


 この不老不死は国家機密ではあるものの、宰相を始めとする幹部、秘書官達には明かしている。


「そうでもないんですよ」


 シリルは腰の剣をすらりと抜いた。そして躊躇いもなく心臓を目掛けて深く突いた。


「殿下ッ!!!」


 宰相が狼狽した悲鳴をあげる。シリルは気を失いそうな鋭い痛みを耐え、剣を一気に引き抜いた。執務室におびただしい鮮血が飛び散る。


「何ぼーっとしてるんだ! ラセル、は、早く治癒を!」


 宰相は義弟である兄を振りかえって叫んだ。しかし兄は動かない。


「ふぅ……」


 徐々に痛みが治まっていく。しばらくすると傷口が跡形もなくふさがった。宰相の目が驚愕で見開かれている。


 シリルは剣の血を拭った。


「ね、死ななかったでしょ?」


 シリル得意の天使のスマイルを浮かべた。宰相はガクガクと震えている。


「『ね、死ななかったでしょ?』じゃねぇよ。なに趣味悪いことやってんだよ」


 兄のツッコミが入る。


「陛下、ここで僕に攻撃魔術撃ってもらえません? 貴方ならできるでしょ?」


「できねぇよ。なんでそんなクソみたいなことに、俺の貴重な魔力使わなきゃならんのよ」


「宰相閣下が信じてくれないので」


 シリルが小悪魔な笑みを浮かべて宰相を見た。シリルの特技は表情管理である。女性に間違われるこの可憐な容姿の特性を活かし、人によって表情を使い分けている。


「頭のいいバカってほんと迷惑だよな。死ななくても痛いだろうが」


 兄はコツンとシリルの頭を叩いた。


「ごめんな、おにぃ。こいつのことは放っておいていいよ。でもシリル、これ持って行けよ。ちゃんと帰ってくるんだぞ」


 兄はシリルの首にペンダントをかけた。これは聖魔術が施されたおまもりだ。おまもりには、本来の能力を大幅に向上させ、怪我をしても即治癒が入る魔術が施されている。


 もう誰も止めるものはいない。シリルはまずは義兄が婿入りしているシューカリウム王国へと魔方陣で移動した。


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