第3話 王弟殿下は美女と蒸される
この移動魔方陣は、国王で大魔術師でもある兄が魔術で作ったものだ。兄もシリル同様に不老不死で、神力を駆使できる。
兄はもともと世界でもトップレベルの優れた魔術師であったが、国王就任により神力が加わった。そのため、移動魔方陣のような、高度な転移装置まで作れるようになった。
兄は秘密裏に、兄弟、叔父達が婿入りしている国と、自国を結ぶ移動魔方陣を作っている。
シューカリウム王国は、ナルメキアの東側に位置する周辺国家の一つ。シリルの次兄が婿入りしている。キャッツランド最大の同盟国であるダビステア王国、そしてアイゼル率いるナルメキア解放軍が拠点としているピエニ王国と国境を面している。
移動魔方陣は、シューカリウム王国のキャッツランド公邸の馬小屋横に作っている。公邸に着いたものの、今は深夜。公邸大使も寝ている時間だ。深夜のこの国は冷え切っている。雪がぱらぱらと降りだした。
常夏仕様のキャッツランドの服から、真冬仕様のもふもふのコートへ着替える。
深夜に着たのにはワケがある。
(久しぶりだし、あそこ行こう。この時間なら空いてそうだ)
公邸の馬小屋から馬を一頭拝借し、王都を外れ、国境近くの山の方へ向かう。ここに穴場のサウナがあるのだ。
サウナは、大陸西の北国で栄えている温浴文化だ。火属性の魔石を使った装置を、サウナストーンの下に埋め込んでいる。サウナは国や地域の領主で管理されていて、小さいサウナは管理人が常駐しているわけではない。
魔石スイッチを押せば、誰でも自由に使うことができる。近くに川が流れている場所に建てられていることが多く、サウナ後は川に入り、その後は備え付けられている椅子で休憩をする。
この森の中のサウナは、国境警備兵や木こり、周辺の庶民にも愛されている。貴族や王族は足を踏み入れないが、シリルはシューカリウム探索中に偶然見つけてしまったのだ。
以来、シリルは用もなくこっそりとシューカリウム王国に来てはサウナに入っている。
キャッツランドにもサウナ文化を広めたいのだが、キャッツランドは年中常夏で、なぜわざわざ暑い部屋で蒸されなければならないのか謎、と宰相に反対されたのだ。
シリルの権限で押し切ることもできたのだが、利益にもならなそうなのでやめておいた。それにキャッツランドの暑い気温では、サウナ後の休憩でのととのいに適していない。少し寒いくらいの気温がいいのだ。
ととのうと、脳内がスッキリとして、活力が湧いてくる。悩みや漠然としたもやもやが、明確な課題として整理できるようになる。シリルはサウナにハマってしまい、サウナで策謀を巡らせていることも多い。
素っ裸で入りたいのだが、稀に女性も訪れることがある。マナーとして湯浴み着を着て入ることが推奨されている。頭からすっぽり被り、身体のラインを隠せる代物だ。
(それに僕も、顔だけみたら女の子に見えちゃうしね)
シリルは学生時代から『男装の麗人』という、名誉なのか不名誉なのかわからないあだ名をつけられている。そういう顔だから仕方がないとは諦めているが、毎回女子に間違われ、訂正に労力を使うのがバカバカしくなっている。
狭い室内に入ると、魔石の灯りはあったものの、薄暗い。
先客がいた。美しい亜麻色のブロンドの髪を下ろし、頭に帽子を被っている。シューカリウム王国で流行りのサウナハットだ。
身体のラインははっきりとは見えないものの、肌の感じから女性だ。滑らかな白い肌を淡く染めて細かい汗が滲んでいる。素っ裸で入らなくて正解とシリルは胸を撫で下ろす。
軽く会釈を交わす。彼女の頬が熱で上気している。帽子でも隠せない美貌の片りんが見えた。
腕が引き締まっている。普通の女性ではあり得ない、美しい筋肉がついた二の腕だった。
「ロウリュウしてもいいですか?」
シリルがサウナハットの女性に伺うと、女性も頷いた。
サウナストーンに水をかけ、発生した蒸気で体感温度をあげる行為をロウリュウ、と呼んでいる。
シリルは手から少量のミストを出してサウナストーンにかけた。じゅじゅじゅ……と石から熱い蒸気が立ち昇る。
シリルはサウナハット美女と距離を置いて座った。熱で思考が麻痺してくるまで、明日の予定を考える。
まず朝一番に次兄の元へ向かう。ピエニ王国へと紹介状を書いてもらい、山道を馬で駆ける。ピエニ王国へ向かう道すがら、サウナが点在している。梯子サウナするのも悪くない。生粋のサウナーであるシリルは、未訪問のサウナを夢想し、胸が高鳴る。
アイゼル第四王子とどうコンタクトを取るか――ピエニ王国王太子を経由するのが一番無難な方法だ。しかし、その他に方法はないだろうか。あのアイゼル王子がどのような人物なのか、内面を深く探りたい。
サウナストーンが静かに焼ける音、美女の息遣いだけが聞こえてくる。美女と二人きりの密室だが、段々と暑いということ以外、考えられなくなってきた。
シリルは頃合いを見て、静かに席を立った。音を立てないように小屋を出て、近くの川に飛び込む。身体の熱と、あらゆる思考が水に溶けだしていく感覚を楽しむ。
後ろから小屋が閉まる音がする。彼女も休憩タイムのようだ。シリル同様に川に入る。シリルがととのい椅子で横になっていると、その隣に彼女も横たわった。
暗い森の中で若い男女が二人。ただし、ととのっている最中だからやましい気持ちは起こらない。
しばらく何も考えずに夜空を眺めていると、彼女が起き上がった。
「ねぇ、こんな時間に一人で来たの?」
張りのある、涼やかな声だった。
「こんな時間だから空いてると思ってね。君こそ、女性一人でよくここまで来たね」
声の感じから、同年代か年下ではないかと思った。シリルはあえて敬語は使わず、フランクに返した。
「馬は慣れてるからね」
彼女もクールにそう返した。
「貴方、シューカリウムのご令嬢? 平民って雰囲気じゃないわ。それにさっきのロウリュウ、魔術で水を出したわよね?」
シリルが起き上がると、彼女はまじまじとシリルの顔を直視した。
(ご令嬢……。また女の子だと思われた)
暗いから仕方ない、暗いせいだ、とシリルは自分を慰める。
「このあたりの女性って木こりの女房とか、そういう人しか来ないもの。貴方、明らかに違うわ。ワケあり? 家出?」
お節介な性格なのか、立て続けに質問を投げかけてくる。
「あ……ごめんなさい。初対面なのに踏み込んじゃって。私も家出少女だから気になっちゃってね」
お節介ではあるものの、自制心もあわせもっているようだ。シリルはこの女性に好感を抱き始めていた。
「家出ではないよ。兄には言ってきたし」
「そう……」
彼女はそれ以上は踏み込まなかった。
また二人でサウナに入り、水風呂、外気浴の三セットを機械的にこなす。こなしている間、シリルの方でも彼女に踏み込みたい気持ちが湧きあがってくる。
家出……見たところ十代だ。彼女こそ、貴族か大商人の令嬢のように見えた。立ち居振る舞いにどことなく気品がある。
一方、滲み出るそのオーラは百戦錬磨の軍人のようにも見える。動きも隙がなく、しなやかだ。シリルもそれなりに腕が立つ。国の近衛騎士と対戦しても遜色ないくらいの実力はあるつもりだ。
そのシリルを持ってしても、彼女から何本取れるかは未知数だ。
「貴方、何者? 身のこなし方が普通の令嬢には見えないわ。かといって、どこかの国の
彼女も同じようなことを考えていたのだろう。着替え終わった時にそう聞いてきた。美しい金髪をポニーテールに結び、腕には剣を持っている。返しを間違えると斬りかかってきそうだ。
「何者って職業を聞いてるの? 僕は家業の八百屋を手伝ってるんだ。とりあえず名前を名乗るよ。僕はシリル。君は?」
シリル、はありふれた名だ。偽名を名乗る必要性は感じなかった。誰も南方のキャッツランドの王弟が、こんな北国の山奥にいるとは思わないだろう。
最近シリルは家庭菜園に凝り始めた。野菜には詳しいので、偽の職業として八百屋と伝えた。
「私はレイチェルよ。嬉しいわ、自分の他に腕が立ちそうな女の子と会えたのは。できれば、敵じゃないといいんだけどね」
そう言って彼女も馬で駆けて行く。
「身分とか職業とか色々勘付くくせに、性別だけは勘違いしたままなんだね」
彼女の後ろ姿を見て、シリルは苦笑する。
「まぁいいか。異性と二人きりで蒸されてたなんて知ったら嫌だろうし」
シリルも馬に乗って公邸へ戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます