第4話 王弟殿下は再び美女と遭遇する

「久しぶりだねぇ、シリル。これ、調べておいた資料だよ」


 シューカリウム王国の女王の婿となっている次兄を訪ねると、依頼しておいた資料を渡してくれた。


「カリウム山脈の上辺り。一番魔鉱石の埋蔵量が多いのはそこですか」


「しかし、瘴気が酷くて入れない。魔獣もいるし」


「そこは心配しなくていいですよ。聖女である王妃様が瘴気を払います」


 今回の打倒・ナルメキア計画は、同盟国であるダビステアやカグヤ王国と連携している。ナルメキア周辺諸国から鉄や魔鉱石などの資源を効率よく集め、買い取る。その資源をキャッツランドを始めとする同盟国で武器へ加工し、周辺諸国へ売り渡す。利益のトライアングルを狙っている。


 キャッツランド王国の王妃はただの王妃ではない。聖魔術の達人――いわゆる聖女と呼ばれる人種である。


 王妃に聖魔術で瘴気を払ってもらい、鉱山の開発を進める。ついでに豊穣の祈りも捧げてもらい、周辺国の作物収穫高と国力を爆上げする。今回の次兄との密談は、その計画の打ち合わせも兼ねている。


「しかし、シリル達がやろうとしてることは、まさに死の商人だな」


 死の商人――武器を販売して利益を得ているものを指す。次兄はシリルの考えに批判的だ。


「シューカリウム王国は、ダビステア王国の隣国。ダビステアと軍事同盟を結んでいるし、侵略の脅威がないから批判できるんです。ナルメキアの脅威に怯える国にこの話を持っていったら飛び上がって喜ぶでしょう。我々は善行をしている。そので利益をもらうにすぎない」


 シリルは涼しげにそう返した。


「それに、この話にはダビステアも一枚絡んでいる。そのダビステアの傘で守られている兄上に批判されたくないですね」


「…………可愛くないな」


 次兄は面白くなさそうな顔をする。気分を害してしまったようだ。


「生意気申し上げてすみません。今のは、カグヤ王国王太子・ルナキシア殿下の受け売りです。僕は兄上達だけが頼りなんです」


 シリルは生意気発言のすべてを同盟国の王太子になすりつけ、慌てて可愛い弟の仮面を被った。兄の手を握る。


「これからも力を貸していただけないでしょうか」


 ヘーゼルの瞳をうるうるとさせ、おねだりモードへ突入する。


「あ、あたりまえじゃないか。俺の方こそ母国を批判するようなことを言って申し訳なかった。いつでもお前の力になろう」


「ピエニ王国の王太子にも紹介状を……」


「もちろんだ! 可愛い弟だって書いておくからな! あ、ラセルにもよろしく伝えてくれ」


 ラセル、は国王をしている兄の名だ。次兄は第二王子で、国王は第七王子だ。キャッツランドは長子相続ではない。兄を差し置いて弟が王位を継ぐことはザラにある。



 次兄を篭絡し、紹介状を手にする。後はシューカリウム軍の軍幹部と、王妃の瘴気払い日程の具体的な日取りを打ち合わせる。


 サラサラと手紙を書いて、鷹に持たせた。後は国王と宰相、キャッツランド王国軍幹部で調整してくれるだろう。


「後は、お楽しみのサウナ巡りだな」


 シリルは馬に飛び乗り、雪が積もる山道を駆けて行った。


 

◇◆◇



 ピエニの国境を越えてもサウナが点在している。途中途中のサウナで木こり達がととのっている様子が見えた。


「あぁ……早く僕もととのいたい」


 現地の人と触れ合うのは楽しいのだが、ここはお忍び旅。関わる人数は最低限でいい。シリルは山の麓にあるサウナに目を付けた。仮眠できる場所もある。


 さっそく馬を止めて、木に繋ぐ。


 湯浴み着を着用し、サウナに入ると今日も先客がいる。若い男性が素っ裸でサウナに入っていた。軽く会釈をするとギョッとした顔をする。赤髪でなかなかの美男子だ。


 慌てて股間を隠しながら出て行こうとするので、声をかけた。


「大丈夫ですよ。僕、男ですから」


 ピタッと青年の動きが止まる。


「気を使わなくていいです」


 ニッコリと笑うと、青年はマジマジとシリルの顔を見る。


「いやぁ~……。やっぱりいいです」


(なにがやっぱりいいの?)


 青年はサウナを出て行く。背中にちらりと火傷の跡が見えた。


(不自然な感じがするな。あの火傷――)


 赤髪青年、今度は湯浴み着を着用し再登場だ。シリルを見て目を逸らし、距離をあけようとしている。


「えっと、本当に男なんですけど。僕が脱ぎましょうか?」


「い、いや! 君は脱がなくていいです! むしろ脱がないでください!」


「あ、はぁ……わかりました」


 少し気まずいまま共に蒸される。


(まったく、この顔なんとかなんないかなぁ。でも魔術を専門に学んだわけではないから変装魔術は自信がないし。それに変装魔術は身体の負担も大きいって言うしなぁ)


 無言でそんなことを考えていたら、またドアが開いた。シリルは入ってきた人を見て、あぁ、この顔も少しは役に立ったかもしれないと考え直した。


「あ……れ? シリル?」


「レイチェル、この辺りに住んでるの?」


 昨晩共に蒸されたレイチェルだ。レイチェルは本物の女性だから、結果としてシリルの女顔は赤髪の青年を救ったのだ。


 昨晩とは違い、今は視界が明るい。レイチェルの美貌がはっきりと見えた。目鼻立ちが整った、華やかな美女だった。瞳の色が深いエメラルドで、神秘的な輝きを放っている。


「レイ、この子と知り合いなのか?」


 赤髪の青年はレイチェルをレイと呼んだ。知り合いのようだ。シリルのことは「この子」と呼ぶ。通常同年代の男子を「この子」とは呼ばないので、やはり女の子という誤解は解けていないようだ。


(まぁいいか、男だろうと女だろうと。器が少し違うだけだしね)


 シリルは諦念とも呼べるその感情でやり過ごした。


「シリルとは、シューカリウム側の山奥のサウナで一回一緒になったの。だからシューカリウムのご令嬢だと思ってたんだけど、どうしてピエニに?」


「僕はシューカリウムのご令嬢じゃないですよ」


 レイチェルは、赤髪の青年がいても平然とサウナでくつろいでいる。異性とサウナ室で遭遇しても動揺しないタイプとみて、先ほどと同様に誤解を解こうとした。


「僕は令嬢じゃなく、八百屋のむすこ――」


 そう言いかけたところで、またドアが開く。ここは盛況のようだ。


「レイ、少しこのサウナぬるくなってない?」


 また女の子だ。これまた美しい黒髪を下ろした美少女。レイチェルとはタイプが異なるが、とても可愛い。


 そんな可愛い彼女も、ロウリュウをした後、シリルを見て目を輝かせた。


「あなた、この辺りでみない顔だよね? えっ! レイの友達? ニホンにいたら即デビューの逸材だよ」


(ニホンってどこかで聞いたことあるな。デビューってどこにデビュー?)


 どこかで聞いたことがある地名だが、思いだそうとしても、黒髪美少女と赤髪青年の会話が騒がしく、うまく思い出せない。


 シリルは思い通りにととのうことができなかった。仮眠室へ行こうとすると腕をガッと引かれた。レイチェルである。


「シリル、あなた世間知らずすぎるわ。あんな場所で雑魚寝なんて男じゃないんだから。こっちに来なさい!」


 いや、男なんですけどね、と反論しようとしたところで思わぬ提案があった。


「私たちのテントにおいでよ。泊めてあげる」


 黒髪の美少女からもそう誘われ、シリルはうなずくことにした。

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