第5話 王弟殿下は革命軍の拠点に足を踏み入れる

 黒髪の美少女はモエカと名乗った。二人とも馬でこのサウナまでやってきたようだ。


 レイチェルとモエカが馬で先導し、シリルは二人について行く。途中速度を上げたようだが、難なく追いついた。追いついてしばらくしてから、レイチェルは馬を降りた。


「ねぇ、シリル。貴方何者なの?」


 レイチェルはいぶかしげにシリルを見た。


「私とモエは乗馬の上級者よ。それなのに難なくついてこれるなんて」


(ふーん。やっぱり試したのか)


 途中スピードを妙に上げたと思った。シリルにはそこまでの難易度は感じなかったが、中級者レベルの腕前なら、置いて行かれたかもしれない。


「その何者って何が聞きたいの? 職業は八百屋って言ったよね?」


「嘘よ。八百屋の娘に高度な乗馬技術なんて必要ないわ」


 雑魚寝スペースで泊るのを阻止し、ここまで連れてきたのは単なる親切心ではなく尋問のためか。アジト近くに得体のしれない男(女だと思われているが)が現れたのだ。尋問し、怪しければ斬り捨てるつもりだろう。



 アイゼル王子が率いている「ナルメキア解放軍」は、奴隷階級が半数以上を占めているという。奴隷は通常、背中に奴隷であることを示す焼印を押される。


 サウナで遭遇そうぐうした赤髪青年の背中には、不自然な火傷跡があった。奴隷の焼印を上書きして消すために、あえて傷を負ったのではと考えた。


 レイチェルとモエカは彼と親しかった。仲間と見て間違いなさそうだ。連れて行ってくれるのは、ナルメキア解放軍のアジトに違いないと踏んでいる。


(しかし不思議だな。彼女達は奴隷でも平民の貧困層でもなさそうだ。アイゼルの反逆行為に加わる動機はなんだろう)


「シリル、黙ってないで答えてよ」


 レイチェルは剣に手をかけた。モエカの手に魔力が集まるのを感じる。モエカは魔術師か。


「うちは農家兼八百屋なんだ。馬車を操縦して畑で採れた野菜を街へ運ぶ。毎日それを繰り返すんだから、自然とそれなりの乗馬技術にはなるよ」


 シリルは人懐こい笑みを浮かべた。


「私が剣に手をかけたのに気付いたわよね? それなのにその余裕? そんな余裕が八百屋の娘にあるかしら?」


「山道を走れば盗賊にも遭遇する。護身術としてそれなりの腕はあるつもり。それに君は本気で斬ろうとしていない。それくらいはわかる」


 肩をすくめた。これで通用したとは思わないが、とりあえずレイチェルは剣を離し、モエカは魔力を溜めるのをやめたようだ。


「……疑って悪かったわ。ついてきて」


 どうやら、疑いは解けたようだ。いずれは正体を話す時が来るかもしれないが、話せば距離感が生まれるだろう。ナルメキア解放軍のありのままの姿はおがめなくなる。


 今日のところは怪しまれることなく過ごしたいところだ。


 レイチェルは解放軍の拠点へ案内してくれた。移動式のテントが点在して、男達が肉をさばいている。この山で捕ってきた野生動物だろう。


 シリルはナルメキア解放軍のトップ――アイゼル・マテオ・ナルメキアの姿を目で探した。歳はシリルより一つ下。


「レイチェル、用を足したいのだけど、みんなはどこでしてる?」


 男の場合その辺でしても構わないのだが、いったんは女子疑惑の誤解を解かずにおこうかと思った。


「あの辺の草陰でいいんじゃないかしら。あの辺の草は使えるわよ」


 何に使うかはあえて聞かない。ニュアンスでわかるのだ。小走りでかけて茂みにかくれる。


 シリルは用を足すほかにやることがあった。小指の指輪に口づける。これは遠距離の思念のやり取りの際の補助装置。刻印を出せば補助装置は必要ないが、ここにはモエカがいる。強い魔術を使えば勘付かれるだろう。


――陛下、聞こえますか?


 兄はアイゼルの友人だ。アジトに着いたことを報告し、アイゼルの見た目の情報を入手する。


――柔らかい髪質のブロンドで蒼い瞳。身長はシリルと同じくらい。可愛い系の……男と言うよりは男の子って印象。どちらかといえば女顔。


(僕と若干キャラ被ってるな……まぁ、あの夢の中の男の子が、ガチムチタイプに成長するとは思えないけどさ)


 屈強な解放軍に、女顔の優男が混じっていれば目立つだろう。


「シリル、お腹痛いの?」


 モエカが草むらの傍まで来てくれたようだ。


「大丈夫だよ」


 笑顔で草むらから出て、モエカの後をついて行く。


「今日は熊が捕れたんだって。みんなで熊鍋にしようって。シリルを紹介したらみんな驚くだろうなぁ」


 モエカは楽しみぃ~というように微笑んだ。


(女の振りしておいた方が無難かな)


 軍の構成メンバーはほぼ男だろう。謎の新入り(男)がレイチェルやモエカのような美少女と仲良くしていれば、それは面白くないに違いない。しかしこれが女ならどうだろう。


 シリルの容姿なら歓迎ムードになるだろう。いらない軋轢あつれきは避けておいた方がよさそうだ。レイチェルとモエカほどの美少女が伸び伸び生活できているのだ。貞操の危険もなさそうだ。


 そこまで考え、改めて気付く。戦場は荒くれ者の巣窟そうくつだ。攻め込めば強奪、虐殺、そして強姦は当たり前のように発生する。


 レイチェルとモエカが腕が立つにせよ、多勢に無勢。今まで無事だったのなら、いかにこの組織が規律を保っているかがわかるというもの。


 ますますアイゼルという男に会いたくなってきた。

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