第6話 王弟殿下は革命軍のリーダーと出会う
「みなさーん、今日はうちらのテントにこの子を泊めちゃいまーす!」
熊鍋をよそっていた男達の視線が一斉にシリルに集まる。男たちの目が一瞬見開かれ、その後、謎の笑みに変わっていく。
先ほどサウナ室でご一緒した青年も笑みを浮かべている。
(この笑みはなんだ……貞操の心配ない、は甘かったかも)
単にレイチェルとモエカが、力づくでこの男達を屈服させてきただけかもしれないと、シリルは考えを改める。
シリルもこの容姿から、その手の無礼を働かれたことが多々ある。その都度力づくで撃退してきたが、この二人もそうなのかもしれない。
「言っておくけど、このシリルは強いわよ。私と同じくらいか、それ以上かも」
レイチェルが警告を与えてくれる。
「レイ、なに
「……飲めません」
本当はザルなのだが、あえて飲めないフリだ。酒に酔って襲われることを
「シリルに変なことしないでよ。酔ってお触りなんてしたら私がぶっ飛ばすわ」
レイチェルが目を光らせてくれる。女の子に守られている状態がちょっと面白くないとは思いつつ、これでいいのだと諦めた。
先ほどの乗馬の件は失敗だったとシリルは反省している。相手が試していると感じた時点で「できないフリ」をするべきだったのだ。諜報活動をするうえでの基本だ。プライドは捨てるべきだ。
解放軍のメンバーは三十人ほどだ。大きな
シリルは子供のころから基本、孤食だ。キャッツランド王家は家族仲が悪いので、家族で食卓を囲むという習慣がなかった。自室で一人でぼそぼそと食べていた。
国王が代替わりしてからは、やたらと兄が食事に誘ってくるが、なんとなく断り続けている。今さら家族ごっこは居心地が悪い。
シリルにも表面上親しく付き合っている学友はいたが、家にお呼ばれするほどの仲ではない。それにシリルは腐っても王子。王子を家に呼んで警備上なにかあったらまずいと、学友達はシリルを家に誘うことはなかった。
そのため、大勢で同じ鍋を囲む。こんな経験はしたことがなかった。
「それにしても熊肉ってこんなに甘いんですね。寒い中で仲間と温かいものを食べるというのもまたいいものです。僕は感動しました」
しみじみとそう言うと、男達は「シリルちゃんはいい子だなぁ」なんて頭をぐりぐりとしてくる。平均年齢はシリルより十歳ほど上だ。
背中の焼き印は見えない。だが、皆育ちは悪くないように思われる。
ナルメキアの奴隷は、侵略した国の民だ。中には下級貴族や騎士もいるだろう。男たちの肉体を見れば、厳しい訓練に耐え抜いたものだと気付く。正規兵だった者たちかもしれない。教育水準の高い国の兵は、規律も厳しいし、倫理観も高い。
アイゼルはナルメキアの第四王子だ。その気になれば、どこの国のどういった前歴の奴隷がどこに集められているか、という情報は集められる。もしかすると、親友の祖国のミクロスの兵士かもしれない。
これは、と思った前歴のある奴隷をスカウトする。なんと効率のいい集め方だろうか。彼らはナルメキア王室に恨みがあるし、即戦力になる。
キャッツランドには奴隷はいない。だが、特権意識を持って国民や臣下を下に見るような王族はいた。
奴隷――平民ですら下にみる存在だ。
差別意識を持たず、奴隷を味方に引き入れるという発想を持つアイゼルという男――。
シリルは会ってみたいと思うのと同時に、恐怖心も芽生えてきた。あの夢の中の殺意の
熊鍋を囲むメンバーの中には、兄が言っていた特徴に合致するものはいない。そんな時だった。
森の向こうから、光属性の魔術を使用した灯りに照らされた馬が走ってきた。
「アイゼル様!」
モエカがひときわ嬉しそうな声を出して馬に駆け寄っていく。青年は馬から飛び降り、モエカを抱きしめた。
(ふーん……そういう関係か)
頭脳明晰で、画期的な発想を持つ戦略家。身分を捨て革命に身を投じ、可愛い恋人までいる。
それに比べると自分は、優秀ではあるものの定められたレールに沿って生きて、何の疑問も持たずに仕事をしているだけの無個性な政治家で、恋人もいない。シリルの中でアイゼルに対する劣等感が生まれた。
(な、なんでだろう。なぜ僕は彼と自分を比較してるんだろう。キャラ被りの男だから?)
普通に考えれば三十人ばかりの反乱軍のリーダーと、大国の王弟を比較すること自体が誤りだ。しかし、一人の男として考えたらどうだろうか。
「シリル?」
急に
アイゼルはモエカと寄り添いながらこちらに歩いてきた。
アイゼルは、シリルと同じブロンドの髪で、柔らかそうな癖っ毛を短く切りそろえている。瞳は深い蒼で、愛らしい青年だった。とても謀反人には見えない。
男達がアイゼルに酒を勧める。アイゼルは笑顔で受け取って流し込むように一気に飲んだ。
(酒もつよつよか! 僕も酒を解禁したくなってきた)
意味不明な対抗心で酒をねだろうとした時に、レイチェルがアイゼルをこちらに呼んだ。
「アイゼル様、この子、シリルっていうの。さっき、サウナで一緒になったのよ。この子ってば、ふもとのサウナの仮眠室で雑魚寝しようとしてたの。さすがに止めたわよ。男じゃないんだから!」
レイチェルが
「レイ、この人は男性だよ」
レイチェルと周りの男達が一斉に固まる。モエカもぽかーんとしている。いや、シリルもぽかーんとした一人だ。
ここに来て、初対面で性別を当ててきたのはアイゼルただ一人。
「えっ! えぇぇぇっ!? あなた、男!? 全然そんな風に見えないわ! アイゼル様、嘘でしょう?」
レイチェルはシリルの顔をぺたぺたと触りながらアイゼルを問い詰める。
そこに、赤髪の青年が割って入る。
「確かにこの子、サウナ室で『僕は男です』って言ってたけどさぁ」
「えっ!? 言ってたの!?」
レイチェルが赤髪の青年の胸倉を掴む。
「でも信じられないじゃん。脱ごうとしたから止めたんだよ。痴女かと思っちゃったし」
(痴女……。親切心で脱ごうとしたのに。酷い……)
シリルは痴女と誤解されたことにショックを受けると同時に、誰も当てられなかった性別を当てたアイゼルの観察力に完敗する思いを抱いた。女装をして諜報活動をしていたわけではないので、敗北感を感じる必要もないのだが。
「というわけで、彼は僕のテントで寝てもらおうかな。二十歳の健康な男性が、うら若き乙女と同じテントはまずいでしょ。僕の恋人もいることだしね」
「「「えぇぇぇっ!? ずるい!!」」」
一同、なぜかアイゼルにブーイングである。
アイゼルは周りには構わず、きらりとした目でシリルを見つめる。掴みどころのない男だ。この男と一晩同じテントか。好都合だと思う反面、怖いという気持ちもある。劣等感が刺激されるのだ。
そしてハッと気付いた。シリルは自分の年齢を明かしていない。
なぜ二十歳とわかったのだろうか。
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