第7話 王弟殿下は美女剣士と身の上話を語らう
熊鍋の片付けはシリルも手伝った。アイゼルはしつこいくらい「やらなくていい」と言っていたが、得意の天使のスマイルで「やらせてください」と押し切ったのだ。
シリルの謎のプライドが発動し、食器洗いも焚火の後片付けも率先して行った。シリルも学生時代に寮生活を経験していることから、ある程度の家事はできる。これからの王子はそうでなければいけないと考えている。
(彼は僕の正体に気付いている。温室育ちの王子と思われるわけにはいかない)
どうするか。ここは演技力の見せどころ。最後までシラを切るか。
片付けを終え、火照った身体で雪の草原で立ちすくんだ。吹雪いた風が気持ちがいい。サウナでととのっている感覚を思い出す。雪が頬を撫でては落ちていく。
「ねぇ、シリル。なにやってるの?」
レイチェルが呼びに来てくれた。シリルは雪の中に背面ダイブをした。
「雪って気持ちいいなぁ。サウナの後に素っ裸で雪の中に飛び込んだら最高だろうな」
「シリル、酔ってる?」
結局シリルは酒を解禁してしまった。アイゼルに張り合うように飲んでしまったのだ。
「うん、酔ってる。ねぇ、レイチェル、僕はずーっと自分の事を僕って言ってたけど、男だって思わなかった?」
探るようにレイチェルを見上げた。
「単なる『ボクっ娘』だと思った」
あまりに素直な感想に、プッと吹き出した。
「声だって男の声だと思うけど。喉仏もあるし」
「そういう声の女の子もいるもの。貴方に合ってる声だし違和感なかったわ。喉仏ある? 目立たないわ」
「身体の造りは?」
「シリル華奢じゃない。脱いだら凄いとか言って脱ぎ出さないでね」
シリルは左手で雪を掴み、レイチェルへパンッと投げた。すかさずレイチェルはパッと避ける。
「君、凄いね」
その反射神経にシリルは驚いた。顔面にヒットするはずだったのに。
「バカね」
レイチェルは雪をどっさりとシリルの顔の上に載せてきた。シリルは避けなかった。
「レイチェル、僕はご令嬢なんかじゃない。八百屋の八男坊で、八百屋の番頭さんなんだ。家は七男の兄が継いで、その他の兄はでっち奉公に行かされて帰ってこなかった。僕は五男と六男の兄にいじめられてね。顔が女みたいだって言うんだ。本当に女にしてやるって、おぞましいことをされそうになったんだ」
レイチェルが深い同情の眼差しを向けてきた。シリルは話を続けた。
「もちろん返り討ちにしてやったよ。ボッコボコにして、半殺しの目に遇わせてやった。でも大人は僕が悪いって責めるんだ。そりゃ、やりすぎたよ。でも、彼らのしたことの方が遥かに悪いことだと思わない? 未遂だったけど深く傷ついたよ。だからね、僕は大人になってから、彼らを……殺したんだ」
レイチェルが軽く息を呑むのがわかった。なぜこんな話をレイチェルにしているのか、自分でもわからなくなっている。
「母は末の弟を産んで、しばらくしてから出て行っちゃった。母は僕達が嫌いだったみたいで、話したこともないんだ。父も僕達のこと、嫌いというよりは存在が見えていなかったみたい。八百屋をやってるのが嫌で、いろんな負の遺産残して蒸発しちゃった。僕はご令嬢でもご令息でもない。育ちが悪いってこういう家の子を言うんだろうね」
レイチェルは少し涙ぐんでいた。そんなレイチェルの髪を撫でた。
「でも、僕は家を捨てることは考えたことがなかった。僕が番頭さんに相応しいって、推薦してくれる人がいたんだ。それにうちの店を必要としてくれてる人がいるって信じてるから、他の選択肢を考えたことがなかった。でもそれって、決められたレールの上を走ってるだけのつまらない人生なのかなって、ふと思っちゃった」
「シリル……」
レイチェルは優しくシリルの名を呼んだ。
シリルはレイチェルの瞳を見つめる。雪が気持ちよくて、本当にととのっている気分だった。
「君は? 貴族のご令嬢は君だよね? どうして貴族のご令嬢が、こんな山奥でむさくるしい男達と共同生活をしているの?」
「貴方、自分の身の上話で釣って、私の話を聞きだそうとしてるでしょ?」
レイチェルは拗ねたようにそう言った。
「単純なことよ。親と男の言いなりになって生きるのが嫌なだけ! ハイ、この男が婚約者。破談になったら、じゃあ次はこの男、ってバッカみたい。そこに私の意思は? それも連れてくる男、みんなくっだらないのよ! カグヤ王国のルナキシア様みたいな男を連れて来いっつーの! そしたら結婚してやってもいいわ」
(カグヤのルナキシア……)
頭上にどかーんと大きな雪だるまが落下したような衝撃を感じた。
シリルの従兄であり、同盟国の王太子。シリルも仕事でよく会う男である。今日も兄に放った生意気発言のすべてをあの男になすりつけた。
「…………カグヤのルナキシアのどこがいいの? そんなにカッコよくないでしょ」
冷たくそう言うと、レイチェルは「はぁ!?」とした表情で胸倉を掴んできた。
「貴方にはあの方の魅力がわからないの!? 美しい銀髪、至高の宝石のようなサファイヤの瞳、精巧な彫刻のように美しいご尊顔。低くて心地のいい声、すべらかな白い肌、ていうより、存在そのものが尊いのよ」
はぅ……と溜め息を吐いて、レイチェルも雪の中に身を投じた。
「……ねぇ、シリル。貴方の身の上話だけど、一部つじつまが合わないところがあるわ。どうして実の兄を二人も殺した貴方が、番頭やってくれって言われるのよ? 罪には問われなかったの?」
シリルは雪の中を転がって、レイチェルに覆いかぶさった。突き飛ばされるかと思いきや、レイチェルはそのままシリルを見上げていた。
「完全犯罪だよ。僕は悪い男だからね」
シリルが、腹黒王弟と言われる目で、レイチェルを見つめた。
「……バカバカしい。どうせ嘘なんでしょ? でも私のは本当だからね」
レイチェルがシリルを蹴りあげて、勢いよく起き上がった。その時、モエカが大声で呼びかけてきた。
「ねぇ~! 二人とも、風邪引いちゃうよ~! シリルもアイゼル様が探してたんだからね!」
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