第2話

洗濯を干し終わり、次の作業場へ向かいながらルーカス様の手を触った方の手を見つめる。

以前の様に震える事は無くなって来たが、やっぱりルーカス様は怖かった。


「はぁ・・どうにかしなきゃなぁ」

ルーカス様との出会いは10年前、私が9歳でルーカス様が7歳の時だった。

父を病で亡くし、母と共にサンドリュー公爵家に住み込みで働く事になった。

今でこそ身長が伸びて男前に育ったルーカス様だが、当時は私より身長は低く、華奢で女の子の様な顔立ちをしていた。


私は遊び相手としてルーカス様に受け入れられ、それなりに仲良くしていたと思う。

しかし、ルーカス様が12歳の頃からそっけなくなり、お勉強や鍛錬のお稽古もあって、毎日忙しいルーカス様とメイドとして働き始めた私は疎遠になっていった。


転機が訪れたのはルーカス様が15歳、私が17歳になった時、突然母からルーカス様のお部屋へ軽食と飲み物を届ける様に言われた。

夜遅くまでお勉強している事も多いので、何も疑うことなく母に従うと、顔を真っ赤にしたルーカス様に襲われたのだ。


訳もわからず、2歳下といえど鍛えている男性の力には抗えず泣いても喚いても無理やりに何度も好き勝手された私は混乱したまま朝を迎え、ルーカス様を起こしに来たスティファさんに保護された。

土下座をし、謝罪を口にしながら頭を床につけているルーカス様をぼんやり眺めながらスティファさんが服を着せてくれたのを覚えている。



この国の貴族男性は14歳から夜伽の練習をはじめる。

お相手は未亡人になった女性を当てがい、後腐れない様にするのが通常のようだ。

14歳から全く夜伽の練習がうまくいかないルーカス様を哀れに思った執事がルーカス様に媚薬を盛り、その日練習相手に指名された私の母が、当時の恋人に操を立てるため娘の私を身代わりにしたというのが事のあらましだった。



この国の女性は17歳から22歳が結婚適齢期であり、大半がこの年齢の内に結婚を決める。

雇い主には雇用している若い女性がいる場合には結婚の面倒を見る義務があり、私もいくつか縁談が来ていると話を聞いたばかりだった。

しかし、結婚するには身分がより近いかどうかと、乙女である事が条件であった。

乙女で無くなった私の縁談は全て消えた。



執事と母は即日解雇され、今何をしているか分からない。

ルーカス様はアカデミーの寮に入る事になり、次の日には屋敷を出ていった。


私は身体が回復するまで休みを与えられ、当主様直々の謝罪もあった。

屋敷を出ていくかどうか選択肢を与えられたが、外で偶然に母やルーカス様と会ってしまう可能性を考えたら怖かったため、しばらくは屋敷で働きたいと申し出たのだ。

屋敷にいた方がルーカス様の動向も掴みやすい。



長期休暇でも帰省してこなかった為ルーカス様と会うこともなく、1年ほど屋敷でお世話になったが、男性恐怖症になってしまい今だに男性使用人にも少しの嫌悪感を覚えることと、慰謝料のつもりかお給金が大幅に増え、当社様がずっと気を使うならばと別の場所で働く事に決めた。

スティファさんが紹介してくれた、女性しかいない住み込みで働ける裁縫工場だった。



しかし、裁縫工場で働き始めて3ヶ月後、宿舎にルーカス様が現れた。

やっと見つけた。と安堵の顔を見せるルーカス様だが震えている私を見てその場で土下座して屋敷に戻って来てくれと懇願された。


貴族が平民に土下座をするなんて聞いたこともない。一度でも大問題なのに次の日もその次の日もやって来て土下座と謝罪を繰り返し、裁縫作業がままならない程になっていった。

ルーカス様を止めようと当主様やアカデミーの校長も来て大問題に発展し、

堪らず屋敷に戻ることを承諾してしまった。



そこからルーカス様は休暇には必ず屋敷に帰って来ては私が屋敷にいるか確認する様になったのだ。


お給金を相応にして欲しいと当主様に直談判したがこれが相応なのだと屋敷を出る前より給金を貰ってしまっている。


隠れ身の魔石で隠れられたなら、今度こそ屋敷を出ようと思っていたのに。

見破られてしまったらまた同じ事になってしまう。

ため息をついて屋敷の窓から青い空を見上げた。

「ティーナー!!」

声の方を見ると馬車に乗り込もうとするルーカス様が大きく手を振っていた。

「・・あ」

思わず少し手を上げてしまう。


「いってきまーす!!!」

「馬鹿者!早く乗れ!」

私の反応を見て、ものすごく嬉しそうな顔で笑うルーカス様の尻を蹴る当主様。

文句を言いながらも馬車に乗り、アカデミーへと向かって行った。


ルーカス様は好意を全身全霊で伝えてくる。

だからこそ絶対に好意に応えられず心苦しい。

私ではそもそも身分が違いすぎるし、妾になれたとしてもルーカス様との夜伽は想像すらできない。したくない。


やはり、一刻も早く屋敷を出ないといけないと思いながら次の作業場に向かった。

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