第19話 幕間2

 CIA本部。その長官室で革張りの椅子にヴォーデン・マクドネルは背もたれに寄りかかり深く座り込んでいた。


 ハーヴェイ・ロウの“お嬢様”と不幸な少年を巻き込んだ作戦は彼の想定の通りに失敗に終わった。本筋であるハーヴェイ捕獲作戦自体は継続しているものの、現状捕獲に至る計画に関しては皆無に等しかった。


「いい恥さらしだよ、まったく」


 デスクに置かれたタブレット端末に写る少女型のロボットの映像を忌々しげに見るヴォーデン。一番最初の襲撃の時からそうだ。そもそもこのような存在を想定にしていたなかった。


 まるで雷のような電撃を放ち、目にもとまらぬ速度で移動し、合金製のボディを持つロボットをいとも簡単に破壊する非戦闘用ロボット。あの男はこの娘を“非戦闘用”と言い放った。これが戦闘用でなかったら我々は玩具で喧嘩をしていることになる。


 ハーヴェイは当初からこちらの注文なんぞ一切受けるような輩ではなかった。義務を課して開発をさせれば、高い金を使って50年前の人間大のブリキの玩具を作って見せ、その片手間でドロイドを量産する。奴は奴の趣味で興が乗った時だけにこそその真価を発揮した。故にそもそも手綱を取って操れるような人間ではないのだ。


 その男が“今回は最高の出来さ”とまでのたまったその少女のロボットの真価が最悪の形で現れた。その事実に頭痛しか起きない…………。


 そんなことを考えてるとデスクの電話が鳴った。今は人と話す気はなかったが、しつこくなるコールに渋々受話器を手にした。


「なんだ?」


『ヴォーデン長官。ティモシー・モラレス国防長官からご連絡が』


 電話の先の職員がこれまた新しい頭痛の種を告げた。今は手が離せないとでも咄嗟に嘘を吐こうかとも思ったが、お次は仕様の電話に連絡をしかねないと悟り素直に応じた。


「まわしてくれ」


 わかりました、と職員がいい通話が切り替わったと同時に大声が鼓膜を叩いた。


『ヴォーデン! 貴様どういうつもりだ!』


 反射的に耳に当てていた受話器を離す。相変わらずの直情的な反応に辟易しながら再び耳元に受話器を寄せた。


「喚くなティモシー。電話の声が聞こえない程衰えちゃいない」


『軍の"T"を使用した挙句、ARMYは大破4機、マリーンに至っては4機が全損、しかもその破片は日本が回収しただと。貴様は第二次米日戦争でも始めたいのか!?』


 そろそろかかってくるなと思っていた。案の定、怒り心頭のティモシー・モラレスからの電話はこちらが要請した“T”シリーズの顛末への抗議だった。


「ああ、"T"に関しては済まないと思っている。が、現状我々が投入できる最大の戦力だった。結果はこのザマだがな。他に方法があったか?」


『ハーヴェイが日本にいる事が発覚した時点で日本に協力を持ちかければこんな事になっていなかっただろうが!』


 怒鳴る奴の言葉は今更の話だった。


「それを君が事前に大統領に進言してくれていれば私もここで無能扱いされずに済んでいたんだがね。そもそも、日本に秘密裏にしたのは大統領の判断だ。君も知っているだろ?」


 その言葉に奴は黙った。


『それでこの後どうする気だ?』


 ティモシーは私に対して言った。私は少し考え。


「そうだな。太平洋艦隊でも動かして連中を足止めするか?」


 そう奴に切り返した。電話越しにティモシーが息を飲んだのを聞いた。


『ふざけるなヴォーデン!』


「大真面目だよ、ティモシー。では聞くが、他にあの男を殺さずに日本に知らせず、スマートに確保する方法があるか? あるんだったら私が教えてもらいたいね」


『それは…………、』


 聞かれたティモシーは言葉に詰まった。当然だろう、それが分かれば誰も初めから苦労なんてしていない。


「今は情報操作もかろうじて機能しているが時間の問題だ。現地の警察は我々に不信感を抱いている。ま、当然の反応だ。アレだけ訳知り顔で現場を荒らされたら反感も起きよう」


 作戦の為とはいえいささか芝居が過ぎた。アレでは疑ってくれと言っているようなものだった。


「肝心のハーヴェイも雲隠れしてしまった。我々の情報部員と"マジシャン"が総力を挙げているが、それらしき痕跡は一切見当たらない。時間が長引けば長引く程、日本国外に逃亡する可能性が高まる」


 状況は悪化の一途をたどっていた。


『目算は?』


「ある訳ないだろう。未だかつて奴を理解する人物に巡り会えた事があったか?」


 聞いたティモシーが唸った。


「君はまだいい。軍の備品を失っただけだからな。私はそれに自分の首がかかっている。まったく、貧乏くじを引かされたよ」


 いよいよ責任という言葉が私の首にまとわりついてくる感覚だ。


『貴様のところには“マジシャン”がいるだろう。どうなんだ?』


「さぁてね。運とも寸とも魔法使いが駄目なら占い師にでも助けて貰うか…………、」


 そこで視線を落とした時、タブレットに映し出された画像を見てある考えが浮かんだ。


「ティモシー、キャンプフジは使えるか?」


 日本国内にある米軍基地で、富士山近郊にある基地だ。


『ヴォーデン、何を考えている?』


「あそこなら多少派手な動きをしても文句をつけられまい」


『待て待て、私はそれ以上聞きたくはない』


「それと、日本国内に"T-proto"はあったか?」


『…………ッ!? 正気か貴様!』


 反応からしてどうやらあるらしい。とすると、最低限の条件は揃っているわけだ。


「既存の戦力ではどうにもならんだろう。毒を持って毒を制す。結局のところ奴に対応できるのは奴のオモチャだけさ」


 そう。"T-proto"とは"T"シリーズの原型となる奴の正式なナンバリングだ。兵器としてはあまりにも過剰な戦力であった為に、そのスペックを意図的に下げざるおえなかったものだ。


『しかし、ハーヴェイは行方不明なんだろう? どうやって誘き出す?』


「1つだけ当てがある。もっとも、それも限りなく薄い可能性だがな」


『というと?』


「奴の人間性にかけるのさ」


 はっ、と奴が鼻で笑った。


『それはパワーボールに当たるほうが早そうだな』


「が、現状それしかない。他に今とびっきりのいい案があるか?」


 沈黙。それは肯定を意味した。


「決まりだな。詳しい作戦内容は後ほど伝える。お前はそれに従えばいい。どうせ、責任を負うのは私一人だけだ」


『内容によりけりだが、作戦を承認した私にも責任が発生する』


 以外な言葉が出て少し驚いた。


「お優しい言葉だ。陸軍学校時代に行って欲しかったがね」


『冗談を言ってる場合でないだろ。なるべく早く詳細を送れ』


 そう言ってティモシーは電話を切った。自分も受話器を置いた。


「さて、どうなることやら」


 革張りの椅子に背を預け天井を仰ぐ。思い付きとはいえこの状況下でできる唯一の手立てである。コレで奴の確保ができないなら作戦自体が遂行不可能となる。その時は私の進退についても決まるだろう。


 分の悪いギャンブルのようなものだが、大統領から指示を受けた時点でそれはわかりきっていた事だ。今更の話である。


 今更、悩んでいても仕方ない。やるべきことは決まっている。そうして私は長官室を出た。

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エンカウント 日陰四隅 @hikage4sumi

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