第18話 幕切れはあっさりと

「しかし、酷いもんだね」


 土まみれの身体を叩きながら辺りの惨状を見渡した。


 散らばる金属の破片。何本も折れ横倒しになった林の木々。というか、あんまりにへし折られすぎて林の定義すら維持できていなそうなこの場。よくよく見ればここ高速から見える砂利採取場の近くだったんだと気づき、思いの外市街から離れていないことに気づいた。


「ワタシをやりたきゃ太平洋艦隊でも連れて来いってんのよ」


 暴れられて満足なのか、ご機嫌そうなヒカリがそんな物騒なことをいった。


「ところで、この後はどうするの?」


 いい加減方向性を決めたい。こっちは無秩序でいられる程自由人を標榜していない。


「もうすぐ夜明けで、こんだけドタバタ騒ぎゃ流石にCIAもすぐには手を出さないでしょ。おそらく、ハーヴェイも状況は確認しているだろうし」


 とりあえず待ち、とやっぱり行き当たりばったりな話だった。


「こっちから探すってことは?」


「それが出来たらやってる。あいつが本気で雲隠れしたらワタシだって探すの骨が折れるし、何よりもいろんな連中に見つかるリスクの方が高い」


 だから待ち、と念を押すように彼女は言った。


 しかし、だ。彼女の言葉の通り空は明るみ出している。冬は夜が長い。自然と日中の時間も短くなる。けれども、僕らの生活が変化する訳でなく、変わらず時間を過ごすわけだから、太陽が沈んでいたとしても、早めに起きる人は起きてるわけで。


「その前に警察が来そうだけど」


 あんだけ未明にドッタンバッタンやっていれば通報の1つや2つされている気もする。


 それに対するヒカリの対応は実に端的だった。


「その時はまた逃げるだけよ」


 それじゃあ困るんだけれども。パチンコ屋で話た通り、一応僕は日常生活復帰希望なのだ。


「と、いうかね。CIAじゃなくて日本の警察が来る分には僕は逃げなくていいのでは?」


 そもそも、僕自身は悪いことをしていないのである。あくまで保護対象であり警察から逃げる必要性はないのだ。


 だが、その言葉を聞いた途端、ヒカリは明らかに不機嫌な表情をした。


「…………助けたの失敗だった」


「それ、どういう心境の変化!?」


 腕を組み、不貞腐れたようにこちらを睨むヒカリに理由がわからなかった。


「アンタがそこまで薄情で恩を仇で返すような人間だったなんて思わなかったってこと」


「今のくだりの中にそういう風に心変わりするような内容あったかな?」


 別に、と拗ねたよう彼女が言った。


 と、そこで突然噛み合わない金属が無理やり動いているような軋んだ異音がした。その音に僕等は揃って振り返る。視線の先に電撃を食らったMarineが動く姿があった。


「冗談でしょ!?」


 僕は破損している箇所から火花を散らしながら動くロボットに驚愕した。


「…………っ!? だから無駄に硬く作り過ぎなのよ、あの馬鹿は!!」


 彼女は即時警戒態勢、僕は速やかにその後ろに逃げた。


 動き出したスクラップ寸前のMarineは、一歩踏み出した。しかし、火花を噴いてすぐに倒れた。


 倒れた状態から片腕と片膝をつき体を起こす。空回りするモーター音をさせて、全身を軋ませてなお、それ以上その場から立つことさえできなかった。


「…………何よ、ただの木偶じゃない」


 彼女はそういうと警戒を解いた。


「…………大丈夫?」


 聞いた。


「ご覧の通り。何びっくりしてるの?」


「いま、ヒカリもびっくりしてたよね」


 一瞬押し黙る彼女。


「煩い」


「してたよね? ねぇ、してたよね?」


「煩い男ね! しました、してました。はい、コレで満足!? 大体、ぶっ壊れてたと思った機体が動き出しゃびっくりもするでしょいよ」


 そう言って彼女は僕の両頬を抓ってきた。


「痛い痛い痛い! すいませんすいません、もういいません!」


 片腕を掴み、片腕をタップしながらヒカリに言った僕。よろしい、と彼女は手を離した。


「しかし、なんで動き出したんだが」


 頬を擦りながらMarineを見て僕は言った。


「バッテリーだからね。接触悪くなってたのが偶々付いたんでしょ? まぁ、動けるような代物じゃなくなってる訳で…………、」


 そういってMarineを見ていたヒカリが息を呑んだことに気づいた。


「…………あの馬鹿、本当に余計な機能を!」


 そういって彼女は振り返り、体当たり気味に僕に抱きついた。瞬間。


 Marineが大爆発した。



 Marineの爆発に巻き込まれどうやら僕は意識を失ったようで、次に気が付いた時には病院のベットの上だった。


 目を覚ましたら見知らぬ天井で、ベットの横には不安げな父と母、それに不機嫌そうな妹がいた。そして、パチンコ屋の前にいた横水刑事と、もう一人隣にいた若い刑事がいた。彼は田嶋と名乗った。


 経緯は発見というか保護というか、話によると被害少年が砂利採取場近くの林で倒れている、という通報があったらしい。既に騒音騒ぎの件で別の通報があり、現場に警官隊が急行していた。到着後惨状が広がる林の中で倒れている僕を見つけたのだという。


 なんとなく、通報したのは博士達ではないだろうかと思った。


 結果として少年保護にFBIが尽力してくれた、と横水刑事は心底不快そうな様子を隠すこと無く教えてくれた。


 次いで彼は僕の意識が戻ったという事で何があったか尋ねてきた。おそらく、あの場のことについて何かしらCIAから報告を受けているのだろう。まるで信じていない彼は当事者である僕から話を聞き出す気らしい。


 さて、事実をそのまま伝えるかどうか迷った僕は咄嗟に、覚えていないと答えた。そんな理由ないだろう、と彼は一瞬声を荒らげたが田嶋刑事がなだめ僕の家族の前、失礼した、と必死に落ち着き払おうとしていた。


 気持ちは分からなくもないが、馬鹿正直に全ての事を話すのは憚られた。しかし、落ち着いて見せている横水刑事はしつこく様子を聞いてきた。


 そこに意識が回復したという事で医者が病室に入ってきた。何やら尋問まがいのやりとりが繰り広げられているので、事の経緯を看護師に聞き、横水巡査長を叱責した。当然と言えば当然の反応だった。一応、こちらは絶賛傷病人である。


 医師と話をし、不承不承といった様子で横水巡査長は納得はしないまでも了解はしてくれた。体調が戻った後、あらためて再び聴取をするそうだ。


 父母は県警に抗議をすると憤っていたが、彼らも仕事だからと窘めた。なんというか、状況を考えると彼には同情を禁じ得ない。


 あらためて、医師から自分の状態について説明があった。もっとも重い話ではなく、目立った外傷もなく命に別状はないとのことだった。先生は現場の様子を警察から聞いていたらしく、それだけで済んだのは奇跡だと驚かれた。僕もそう思う。


 現時点で目立った外傷はないものの、何かしらの異常があるかもしれないと大事をとって二、三日入院することとなった。


 最後に誘拐犯の事を家族に聞いたが、依然として逃走中であるらしいとの事だった。

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