第17話 雷鳴轟く

 バージニア州ラングレー、CIA本部。


「気付かれたか」


 巨大なモニターを見上げていたウォーデル長官は、上空から映し出された少女の様子を見て言った。


「おそらくは」


 デスクにつきPCを操作していた職員が彼に返した。


 遊技場の前での茶番劇の後、あっさりと逃げ出したハーヴェイは行方をくらました。逃走の際に“マジシャン”に対するクラッキングをしてこちらの追跡を巻いてまでだ。一時は再捜索は絶望的かと思われたが、あの少年のスマホの電源が生きてた。


 すぐさま“マジシャン”で彼のスマホの補助AIの機能を停止。こちらがハッキングしていることを悟られないようにした。電源が生きている限りGPSで居場所を捉えることができる。遊技場から逃走する際二手に分かれたようで、ハーヴェイはいなかったが彼の近くにはあの“お嬢様”が同行していた。


 最終的に彼らは市内にある砂利採取場の近くの林の中に隠れていた。


 遊技場で展開していたMarineを半分現場近辺に送った。道に沿って一体ずつ展開。彼らの隠れている場所を取り囲むようにその包囲網を狭めていった。


「どの程度近づけた?」


 ウォーデル長官が部下に対して聞いた。


「およそ半径50メートル圏内です」


 上出来だ、と答える。


 ハーヴェイが作ったことを考慮し、本来の彼女のスペックを考えるなら我々は近づくことさえ許してもらえないだろう。それがこうも簡単に接近を許されるのは、ひとえに彼女自身に問題がある。


「単純に思考するマシンじゃなくて助かるよ。優秀だが、隙も多い」


 奴はどう思って“お嬢様”を作ったのか。アレは人間に似すぎている。人と同じように思考し、考えるロボット。アレは人間と同様に気が反れるのだ。


「どうされます?」


 職員が尋ねる。


「今更偽装も何もあるまい。Marineにかかった制限を一切解除する。火器使用厳禁だが、手段を問わん。標的を破壊しろ」


 承知しました、職員はいいモニターへと振り返った。


 ウォーデル長官は再びモニターを見上げた。画面に映し出される日本の地図と、赤く表示された6個のマーカー。


 ふと、写真の少年の顔を思い出す。なんの因果か、こんなことに巻き込まれた哀れな少年。罪のない一般人を巻き込むのは多少気が引けたが、国益を考えれば尊い犠牲に他ならない。結局、我々がすることは一つだった。



 ここは何処かの林の中。僕らはCIAに追われていて、今もって囲まれているらしい。だが、辺りには人の気配はまったくなく、いまだ薄暗い闇夜の中ではこの場にいるのは僕と彼女ぐらいだった。


「で、何処にいるの?」


 見渡す限りの木々。とてもじゃないけどロボットはおろか、人がいそうな気配はない。


 その言葉を無視して彼女は林の先を凝視していた。


「…………あの馬鹿、光学迷彩まで取り付けてたの!?」


 目を細めて1点を見つめていた彼女が呆れたように言った。そして、身構えた。


「…………来る!」


 短く言ったと同時に四方から猛烈なエンジン音が鳴り響く。それはまるでジェット機だ。


 鳥たちが一斉に羽ばたく。ついで、樹木が破砕されるような乾いた音がなる。葉が擦れ、大木が倒れた時の音。何より限りなく近く、そして間隔が短い。


 いきなり真横から腹部を思いきり腕で殴りつけられた。


「…………グェッ!?」


 訂正、強引に担がれた。次の瞬間には、彼女は跳び上がった。直後、僕のいた場所が爆発したかのように土塊が上がった。


「なになになになに!?」


 何が起こっているのかまるで分らない。そんな僕を気にせず彼女はその辺の木の枝に跳び乗った。


「今、アンタが狙われたのよ!」


「はぁ!? なんで!?」


 意味が分からなかった。


「なんで僕が狙われ…………、もしかして、目撃者だから!?」


 かも、と彼女は爆心地を見据えて言った。僕も同じ方向を見た。


 舞い上がった土の中、うっすら光る透明な人型の何かが見えた。その頭と表現していい部位だろうか、それは明らかにコチラを見ていた。


「アレは?」


「当然、Marineよ。さっきの半分、4体に囲まれてんの!」


 彼女の言葉と同時に、透明の何か、推定Marineは飛び散る土を押しのけ、砲弾のような速度で跳んだ。


 あわせて後方に飛びのいたヒカリ。直後、彼女の立っていた枝が、樹木の幹ごと砕かれていた。


「それか、私に対する足枷かも!」


 そういって彼女は真横を見た。視線を向けると、何かが木々を薙ぎ払いながら突撃してきた。その何かは木々にぶつかる度にその姿を現した。衝突と同時に一瞬姿を見せたその姿は、彼女の言葉通り先のパチンコ店で見たMarineそのものだった。


「どっちでも洒落になってないんだけど!」


 そうね、と彼女は言って空中で身体を捻る。


 迫るMarineは一直線にこちらに突撃してくる。


 狙って彼女は突撃してくるMarineの肩を蹴とばした。


 軌道が反れて林の中へ消えていく。


 そのまま地面へと着地、すぐさま後方に飛びのく。次いで、着地した位置にマリーンがストンプした。


「たく、しつこい!」


 苦虫を噛み潰したような表情で彼女は言った。


 Marineが着地した衝撃で土塊が空を舞う。


「ていうかアレ、動き全然違くない!?」


 担がれたままの僕は言う。パチンコ屋の前で見たMarineはいいとこターミネーター。今の連中は機動兵器か何かだった。


 降り注ぐ土塊の中、Marineがさらにこちら目掛けて飛んできた。


「アレが連中の本来スペックよ。まったく、人目がないからって本気で狩りに来やがった!」


 さらに後方に飛びのいて彼女が言った。


 冗談じゃない。人対人で使うにしたって過剰戦力だ。ミュータントとでも戦うつもりなのか?


「勝てるの?」


 肩に乗った僕は言った。迫るMarineは加速しこちらとの距離をつめる。


「当然! 誰に物言ってんの!」


 ただし、と続ける。


「アンタがいなきゃね!」


 Marineを見据えながら彼女は言った。


 あっという間に近づいてきたMarineは僕らに拳を振るった。それをヒカリは片手で流し、掴んでMarineの進行方向に回転して放り投げなげた。


 勢いよく投げられたMarineは僕らよりもはるか前にすっ飛んでいったが、ジェットで姿勢を無理くり制御し、今度は真後ろから接近してきた。


 舌打ちする彼女はそれを横目に地面に着地する。土塊を跳ね上げがながらブレーキにした軸足で半回転し強引に飛び上がった。


 迫るMarineは今度は肩から突撃してくる。ヒカリはそれを飛び越えマシンの頭に手を置いた。すれ違いざまに半月状に身体を回し、その勢いでMarineの背中を蹴飛ばした。


「この、鬱陶しい!」


 地面に叩きつけられたMarineは勢い余ってバウンドし林の中に消えていく。

 

「ああ、もう! ハーヴェイの奴、無駄に硬く作って!」


Marineを蹴とばした反動で宙に浮く彼女は苛立ったように言った。


「って、後ろ!」

 

 あ゛っ!? と彼女が振り返りギョッとする。丁度僕の視界の先、木々を抜けて一体のMarineが迫っていた。手には折れた樹木。それをすでに振り回していた。


 彼女は僕をかばい、逆足でその大木を踵で蹴とばした。


 破砕する樹木。木片が散る中、彼女より早くMarineが廻し蹴りをかました。


「…………ぐっ!」


 咄嗟に腕と足で防いだ彼女だったまともに喰らった一撃は凄まじい衝撃にだった。思い切り蹴とばされて僕らは一直線にすっ飛んでいく。その最中、ヒカリは僕をかばうよう姿勢を変え地面に激突した。その衝撃で僕は彼女の手から離れ、林を転がっていく。


 弧を描いて地面に叩き付けられる。しかし、勢いは止まらずにボールのように再び宙を舞った。木立にぶつからなかったのは奇跡というほかない。10メートルぐらい転がってようやく止まった。


 派手に転がったが林の中という環境が幸いした。腐葉土がクッションとなり、目立った外傷はほとんどなかったが、いたる所に擦過傷が出来た。


 腕を地面に付き身体を起こす。顔を上げると目の前がうっすらと光っていた。


 間違いなくMarineが目の前にいる。そして、そいつは僕のことを潰そうと拳を振り上げていた。


 咄嗟に転がった。瞬間、僕の寝ていた位置に拳が振り下ろされた。


 吹きあがる土の壁と衝撃波。再び5メートルほど吹き飛ばされた僕は、今度は佇む樹木に背中からぶつかった。


 衝撃が脊髄に奔る。動けなくなるほどの痛みではない。しかし、うまく呼吸をすることができなかった。丘に打ち上げられた魚のよう、腕を地面に付けて身体を起こしたまま口をパクパクとさせ酸素を求めた。


 こんなことをしている場合じゃない。今すぐ動かないと。ジェットエンジン音は目前まで迫っている。が、動けない。


 彼我の差はないに等しい。うっすら横目に見える光の塊は明らかに足を振り上げていて。


 その間にヒカリが割って入った。 


「ったく、世話の焼ける!」


 言って彼女は地面に片膝を付き、僕をかばうように腕をクロスさせてガードをした。そこに容赦なくMarineは蹴りを叩きこんだ。


「…………がっ!?」


 直撃を受けた彼女の華奢な身体が蹴り上げられた。佇む樹木を砕き、空へとすっ飛んだ。


「ヒカリッ!」


 ようやく吸えた息で叫んだ。


 一直線に空へと飛んでいく彼女はピクリとも動かず、そして、その軌道を先回りするようにMarineが一体空にいた。祈るように両手を握り、それを振り上げて。


「逃げて!」


 叫ぶがどこに? 慣性がかかるまま一直線に空のMarineへと吸い込まれている彼女。その一撃を躱すことかなわず、ロボットは彼女へスレッジハンマーを叩きこんだ。


 直撃したヒカリは地面へと叩き落とされる。大地にぶつかった衝撃で土塊と一緒に細い身体が宙を舞う。手足が脱力しきった彼女は動かない。あれではどう考えても生きてはいない。そう思った矢先、彼女は空中で身を翻した。翻してこちらを見ていた。その目には明らかに怒気がこもっていた。


 彼女への先ほどのダメージを気にするより、なにか猛烈に嫌な予感がした。


 それを証明するように彼女は、走れ、と怒鳴った。言葉に従い急いで駆け出す。直後、バチバチと空気が鳴った。彼女の片腕が放電しているのだ。


 初めて彼女を見た日の夜を思い出す。空に轟く雷鳴と光。


 背後の動き出したMarineより、眼前の少女に危機感を覚え、咄嗟に真正面に飛び込んだ。いい判断! と凶悪な笑みを浮かべてご機嫌なヒカリの声。直後、稲妻が落ちた。


 強烈な光と雷鳴。彼女から放たれた雷は僕の背後のMarineを捉えた。瞬間、全身から噴き上がる火花と炎。電撃の接触部は赤白く発光し、その表面を溶解させた。


 電撃がやみ、Marineは黒い煙を上げ間もなく倒れた。


「…………、」


 言葉にならなかった。


 次いで彼女は空を見上げる。僕も空を見た。


 先ほど空中で彼女のことを叩き落としたMarineが一直線にこちらに向かってきていた。止まる気配はない。全速力で一直線に突っ込んできた。


 地面に付いた彼女は足元の土を蹴り上げた。目の前を覆う程の土の壁。ヒカリはそこに向かって電撃を放つ。飛び散る土塊は電気を帯びた。彼女は放電する腕をそのまま落下するMarineに向けて振るった。彼女の指揮に従うように土塊も遅れて宙を舞う。


 迫るMarineが土塊に接触した。直後、機体が粉砕した。


「…………は?」


 何が起きた? 叩き壊された、というよりもショットガンに撃ち抜かれたように機体のいたる所に穴が穿たれ、叩き付けられた衝撃で破片が明後日の方向へと飛散した。

 

「残り二体!」


 彼女の言葉に呼応するように別方向からジェットエンジン音が響く。林の木々をなぎ倒して2体のMarineが迫っていた。機体は僕らを挟んでそれぞれに狙いを定めて一直線に迫る。


 ヒカリは迫る二体を確認するとその姿を消した。直後、金属を打つ音。振り返ると僕を狙ったMarineの顔面に彼女は膝打ちをし、その頭部を砕いた。


 Marineの身体が仰け反る。が、頭部を失った機体は動作する。しかし彼女が通り過ぎざま、機体の胸ぐらあたりを掴んだ。そのまま勢いに任せて引き倒す。Marineは態勢を崩し仰向けに倒れ込んだが、その最中でも腕を稼働させ彼女を掴もうとした。が、それより早く機体に電撃が流れた。


 破損した頭部、ボディの各所から火花が散る。地団駄を踏むように手足が暴れ、四肢が吹き飛んだ。


 首から飛び出た配線を掴んでいる。彼女を狙ったMarineは僕に狙いを定めていた。


「そのまま!」


 叫ぶ彼女。なんとなく、何が起きるか察した僕は言われた通りにした。直後、ボロボロのMarineのボディが僕の真上を飛んでいった。


 迫るもう一体に直撃する。ぶつかった瞬間、投げられた機体のボディが砕け散る。質量に負けてのけぞるMarine。そこに容赦なくヒカリが後ろ飛び蹴りをかました。


 砕ける胴体。彼女はさらに半回転。今度は逆足で頭部を蹴り飛ばした。そしてダメ押しの後ろ回し蹴り。残った胸部を穿つような一撃は、もはや残骸と成り果てた機体を大きく凹ませ、林の中へとすっ飛ばした。


 惚れ惚れするような空中三段蹴りをかました彼女は地面に降り立つと、腕を組んで得意気な表情てこちらを見た。


「ね、楽勝って言ったでしょ?」


 なんて言った。僕はゆっくりと立ち上がり彼女に向けて言った。


「君は宇宙怪獣とでも戦うのかい?」


 や、どう考えても地球上に存在する生物を対象としてないよね、そのスペック。


「失礼ね。それが助けてもらった者へのお礼の言葉か?」


 聞いた彼女は釈然としない様子で言って、僕の頬を抓った。

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