第16話 僕と彼女
僕等は対面するように座り込んだまま今後について話をしていた。
「で、これからなんだけど」
彼女は眉間にしわを寄せていつになく真剣だ。
「どうしましょうね」
さっき聞いたな、この言葉。
「どうしましょうねって、何か考えるがあるんじゃ?」
今まで何を見てきたの? とヒカリは胸を張る。
「考えがあるんだったら端からこんな事になってないし。大体、私達の誰が物考えているように見えて?」
「そういう後ろ向きな信頼は今はいらないかな!」
今、自信満々でしょうもないこというの本当にやめて欲しい。
「さっきのB地点は?」
何かしらあるはずだ。まさかCIAから逃げ回るのに本気で行き当たりばったりな理由はないはずだ。そう思ったのだけども。
「わかるわけないじゃない。あんなん口から出たテキトーよ。あの男の言葉を真に受けてたらこの先身が持たないし」
無慈悲な一言。信じられないけど本当にこの人達ノリと勢いで生きている。
「…………最悪だ」
「最悪、なんて言葉が出ているならまだ余裕よ。本当にどうにもならない時は言葉なんて吐いてる余裕はないもの」
なんとも後ろ向きに前向きな言葉だった。
「いっつもこんな綱渡りみたいな生活してるの?」
呆れて聞いた。どう考えたって正気じゃない。いや、あって1日もたってないけど正気であった試しがない。
「いつもな訳ないじゃない。ハーヴェイが研究所からトンズラぶっこいた時からよ。それまでは普通に研究所で生活していました」
当たり前でしょ、とヒカリ。その当たり前が一切なかったから言ったのだけれども、思いの他まともな答えが返ってきた。
「研究所の生活って?」
「そりゃ来る日も来る日も同じような生活を繰り返す事よ」
これまたごく普通の答えが返ってきた。
「毎日決まった時間に毎日決まった連中がやって来て、決まったように研究を繰り返して、偶に人の事を着せ替え人形にしようとして、で帰って、イカれた博士とふざけた連中と取り残されて、誰もいなくなった研究室で夜を過ごす、その繰り返し」
「…………それは」
「なに? 同情しているの? だったらお門違い。そもそも私にとってそれが普通だった。それ以外に知らないなら羨むやら悲しいやらなんて出てこないでしょ?」
酷く不快そうな表情を浮かべて彼女は言った。けれども、僕の考えていたことはそういう話でなく。
「死ぬほど暇じゃない?」
少しだけ垣間見た彼女の性格からしてとてもじゃないけど耐えられるような生活様式ではないと感じた。
「本当、死ぬほど暇だった」
案の定、真剣な表情になってヒカリが言った。
「まず知った顔しかいないし、そもそもあいつら人の事を半分研究対象としてみてる節があるし、映画だ本だ小説だなんて言われるけど、こちとら一回見りゃ覚えるし、究極言えばネットに繋がってりゃ情報として吸収できんのよ。それにゲームとか言われても伊達にマシンしてない訳で、あんなんやっても即完クリよ」
クソが、と手足をばたつかせ吐き捨てる彼女。不満たらったらである。
「だから今のところこの逃亡生活は嫌いじゃない。今までにない経験だらか」
一か所に籠っているよりもこうして外に出ている方が彼女にとっては健全なのだろう。しかしだ。
「ずっと続ける気?」
「んな訳ないでしょ。落ち着く時は落ち着くわ。それが、連中に連れ戻されるか、ハーヴェイが飽きるかしたらね」
「刹那的だなぁ」
本当に何も考えてないんだなぁ。そりゃそうよ、と彼女は続ける。
「そもそも目的なんてないのよ、私に。作られてこの世に生まれたからとりあえず生きている。私の場合生きている、が正しいかどうかは考慮の余地はあるけれど、一旦棚上げ。生物としてなら種の存続、なんてでてくるだろうけどアタシは機械なので究極コピペすりゃいいし」
そんな、身も蓋もない。
「博士も何か目的があって君を作ったのでは?」
「アイツがそんな余計な事すると思う?」
基本的なことだと思う。ただ、あの人に限ってはそれが思いつかなかった。
「当の創造主様に一度だけ聞いたの。"なんで私を作ったのか?"てね。するとあの男なんて答えたと思う?」
尋ねる彼女に僕は真面目に考える。突如として現れた、というより出現したというか、とにかく関係性ができたハーヴェイ・ロウという男の人間性を鑑みるに。
「作りたかったから?」
大正解、とヒカリが言った。
「"何故って? そりゃ作りたかったからだよ。意味? 君は好きな事をするのに理由がいるかい? 目的? むつかしい話をする。大体、そんなもの必要かい? 私はどうすればいい? 知らないよ。そんな事。自分で考えれるんだから自分で考えたらどうだい?"だとさ」
「それは酷い」
本当に酷い。でしょ、と彼女もいう。
「創造主ということで人間としても機械としてもアイツのやってる事ネグレクトよ。根本的にあの男は社会性が破綻してるの。本当に自分が興味ある事にしか眼中になく、それ以外はどうでもいい。かろうじてあの頭脳から社会に有益な物が生み出せるから存在価値を見出されているけれども、本質的にはよく言って見たまんまの社会不適合者、基本的にはトラブルをばら撒く人の形をした歩く災害ってところね」
散々な言い様だった。しかし、自分の欲望に忠実で、実際に能力がある存在である事は実に厄介だ。自身が好きに振る舞う事に関して躊躇なく、その結果までは関心がない。後始末は別の者がやる羽目になり、そりゃアメリカだって首に縄をつけて繋いでおきたいだろう。
「そういう訳で私には生きる意味も目的もない。ついでに言えばこんな体と身なので死の恐怖とか焦燥感とか嫉妬心とかもない。ああ、そういう点ではあの男と同じね。ワタシもワタシ以外全てがどうでもいいのよ」
だってワタシに意味なんてないもの、なんて彼女は言った。
「ただ、退屈だけは無理ね。そもそもなんでこんな余分な機能をつけたんだか。どっかの哲学者が言っていたっていわれてるでしょ? "人生は暇つぶし"だって。私にとっての人生の命題ってそこにあるのかもね」
それこそまるで人間の様だった。
「と、いうか人の話ばっか聞いてないでアンタはどうなのよ」
思いがけない言葉が出た。つい今し方の会話があってそれを聞いてくるか。
「どうって?」
「したい事あるんでしょ? むこう100年、人生をかけてしたい事」
なんていうか、基準が高いなぁ。
「人間そんな立派でもないよ。というか、大半の人がそんな事を考えてない。大体が生きることで精一杯だ」
「そうなの? 大体、アタシの周りにいた連中っていうのは生き生きしてた連中ばっかりだったし」
「みんながみんな頑張れる訳じゃないし」
「だから、アナタはどうなのよ?」
「どうだろうね」
短いながらも自分の人生を思い返したところで何か特別なことはない。
「今までにいい大学に入っていい会社に入ってみたいな事を聞いて育ってきたけど、具体的に自分がどうしたいか、なんて考えたこともないし」
おそらく、ああなろう、こうなろうというビジョンが僕にはないのだ。
「したい事と言われても漠然としているし、どうしたいかと言われても考えてみたことがない。なんとなく今まで生きてきたようなものだから」
「つまんない生き方ね。ま、人の事を言えた義理ではないけど」
そういって自重するように肩を竦めた。直後。
「というか、だったらそれこそワタシ達に付いてきてみない? ほら、少し前に流行ってなかった? 自分探しとか、そういう?」
何をトチ狂ったのか、身を乗り出して急にそんな事を言い出す。
「探して見つかった話聞いたことないけど。それに、さっきも言った通り逃亡者とかはごめん被るよ。僕はなんだかんだその漠然とした生活に愛着を持っているから」
結局、人間手の届く範囲の生活が幸福だ。
「良くわかんない。大体、漠然とした生活ってなによ」
確かに答え自体があやふやだ。言われて少し考える。
「そうだね。家族と話したり友達と遊んだり。乗り気じゃないけど学校に行ったり、テストの結果で一喜一憂したりとか、そんな感じ?」
ヒカリに、はっ、と鼻で笑われた。
「家族と言えばアレとコレで、友達なんぞおらず、回りにいるのは観察者だし、学校はないしテストというより実験。そんなのが普通のワタシにはわかりゃしない感覚ね」
何やら皮肉っぽく口元を吊り上げ両手を上げた。
そりゃ生きる世界も常識も違って入れば理解なんて出来ようもない。共通の認識なんて所詮同じ共同体の中にあるものでしかない。
そのうえで彼女は、ただ、と続けた。
「アンタのいうその素晴らしい漠然とした生活」
「そこまでは言ってない」
愛着があると言っただけで賛美はしていない。聞いたヒカリが渋い顔をした。
「アンタ、時々面倒臭いって言われない?」
コチラを指差し言った。
「失礼な」
困った。反論できない。
まぁいいや、と彼女。
「とにかく、その漠然とした生活にワタシが行くのはありじゃない?」
「え゛!?」
想定外の一言。さっきまで縛られたくないような発言をしていた矢先にである。
ただ、僕の反応に彼女は不服そうだ。
「ちょっとなにその反応。普通そういうのって大歓迎さ、みたいになるものじゃない?」
「いや、絶対に大変な目にあうよね、まず間違いなく」
現時点で散々な目に遭っているし。
「スリリングな生活を送れるのは保証付きよ」
「それ、返却できないかな?」
聞いた彼女が眉をひそめた。
「重ね重ね失礼な男ね。こんな美少女にお誘い受けてるのよ? 二つ返事で受けるものでなくて?」
自分の胸に手を当て何やらすごい自信満々に言った。
「そこ自称するの? というか、今の今まで自分の容姿なんて歯牙にもかけなかったのに今いうの?」
あの2体と一緒、なんて言っていたのはどこのどなたか?
「使えるものは使うがワタシの信条でして」
ご立派な信条である。
「現金だなぁ」
呆れる僕の様子をみてやっぱり不服そうな彼女。
しかし、何か思いついたようで含みのある笑みを浮かべた。
「というか、そっちの意見は聞いていないし。そうね、同意を得ようとするのがそもそも間違いだった」
その言葉に胡散臭い白衣の外人が脳裏をよぎった。
「それじゃあ、まるで博士だ」
「誰が作ったと思ってんの?」
それを言われるとなにも言えない。
「何事も体験してみるっていうでしょ? だから、この際トコトン付き合ってもらうわ」
「いや、他にいるでしょ、適任。なんだったら紹介するよ?」
「馬鹿ね。見知らぬ他人より知己の者を頼ったほうがいいに決まってる」
至極真っ当な事を言ってくれる。
「昨日会ったばっかだよ?」
「少なからず、オリエンテーションのキャンプに参加するよりかは濃密だったと思うけれども?」
それはそうだけれども、ついでのトラブルを考えると気が引ける。
「それでも拒否したら」
しつこいな、と呆れたように彼女は言った。
「あんまりやりたくはないけれど、こちらも最終手段しかない」
最終手段? この期に及んで何をしでかすのか。現状、彼女に力技以外で何かできると思わないが…………。
「さっきの写真撮っといたから盛大にばら撒く」
ふいた。
「謹んでお受けさせていただきます」
よろしい、と彼女は花が咲いたような笑顔を見せた。
「期待してるわ、篠塚裕志」
◇
「まあ、でも出来る範囲だけどね」
僕は補足として伝えた。彼女は半目でコチラを見た。
「いちいちしまらないわねぇ。言い切りなさいよ」
不服そうに訴える彼女。
「誠意ある対応ってそういう事だと思うの」
人間できる限界はある。それをちゃんと伝えないと。聞いて納得していない様子のヒカリ。
「まぁいいや、言質はとったし」
とりあえずは、と言って彼女は立ち上がった。
「それで、この後どうするの、本当に」
膝に手を当て僕も立ち上がる。
話はそれたが本題はそっちだ。今現在だってCIAには追われているし、博士達とも合流しなければならない。
「ハーヴェイが何か思い付くでしょ? アイツ何も考えてないけど、何かは思い付くから。適当に仕込んであるものから…………」
何やら人任せの発言をしていた彼女だったが、ふと無言で止まってしまった。
「どうしたの?」
聞いた瞬間、こちらに突っ込んできた。そして、そのまま木に押し付けられた。
理由もわからずいると、いきなり腰辺りを弄り始めた!
「ちょちょちょ、いきなり何!?」
いやいやいやいや、何するの、この娘!
突然の事に動揺しているといきなりポケットに手を突っ込んで、中に入っていた物を引き出した。
「あれ、僕のスマホ」
開いたスマホを勝手に捜索している。あの、プライバシー…………。
数秒ヒカリは人のスマホをいじって、しまった、という顔をしていた。
「ああ、クッソ。いつもアイツらと一緒にいたからこんな初歩的な事忘れてた」
そう言って僕のスマホを放った。
「…………ちょっ!?」
咄嗟に受け取る。手元で少し踊ったがなんとか落とさずにすんだ。
「さっきからいきなり何? 急に押さえつけてきたと思ったら、スマホをって、フリーズしてる」
受け取ったスマホはアプリが表示されたトップ画面からうんともすんともいわず、さらにヘレナすら 起動していなかった。
「ねぇ、ちょっと。一体全体何した…………、」
「囲まれてる」
「は?」
言っている意味がわからなかった。しかし、言葉の真意を証明するように彼女は明らかに臨戦態勢に突入していた。つまり。
「CIAよ。連中、Marineを展開している」
どうやら僕等は既に補足されていたらしい。
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