第14話 制圧

 火炎と硝煙の中、祈るように銃を握る。炎の中にはガトリング砲をぶっ放しながら歩き回るロボット。奥には人質をとった凶悪犯。


 まさしく最悪の一日だった。一体全体俺が何をしたってんだ。


 自分の不幸を呪っていると不意に聞こえてきた唸るようなエンジン音と甲高いブレーキ音。顔を上げるとこの期に及んでさらに見たことのないパッカー車がこの場に2台乱入してきた。


「今度はなんなの!?」


「うるさい、俺が知るか!」


 喚く隣の田嶋を一喝する。


 だが、このタイミングで現れたあれが無関係とは思えない。明らかに改造されたパッカー車、その後部の荷箱の側面片側2カ所、合計4カ所が2台分開き、さらに新しいロボットが降りてきた。


「嘘でしょ!? どんだけ湧いて出てくるんすか!!」


 信じられないといった様子の田嶋が叫ぶ。俺が聞きたいくらいだ。


 まるで直立したゴリラのような見た目をした、計8体のロボット。あの野郎、援軍を用意しているとか洒落になっていない。パフォーマンス重視なのか偏執的なのか分からんが、いくらなんでも過剰が過ぎる。


 降り立ったロボットは一斉にコチラを一瞥する。いよいよ駄目かと思った瞬間、連中は急に180度ターンした。そして、すぐさま4体のロボットへと向かっていった。4体のロボットも接近するゴリラ共にガトリング砲を発砲し始めたが、微動だにしない8体のロボットは近づくやいなや攻撃し始めた。


「…………あいつら、仲間割れし始めましたけど」


 混乱した様子で田嶋がいった。


「俺に聞くな」


 俺だってわけがわからない。いきなり現れたロボット共が急にイカれた野郎のオモチャを襲い始めた。仲間じゃなかったのか


 そうなると一体誰の所有物なのか。日本にこんなロボットがあるとは聞いたこともないが…………。


 そこで連中の存在を思い出す。辺りを見回すと、いつの間にかFBIの連中は集まっていた。そして、どうやらミスター、ジョン・スミスはイヤホンで誰かと会話しているようだった。


 ーーーーふざけやがって、あいつら。


「あ、ちょっと先輩、何処行くんすか!?」


 呼び止める田嶋の声を無視してFBIの連中に近づく。


『一体全体どういう事だ。アンタ達は戦争でもしにあんな物を持ち込んだのか?』


 声を掛けられて気付いたジョン・スミスが鬱陶しそうな表情でこちらに切り返してきた。


『勘違いしないでほしい。これは捜査のために持ち出した。ハーヴェイ・ロウがロボットを悪用した犯罪を繰り返している事は知られている。現状日本の警察にはそれに対処する術がない。その為、我々が独自の経路でこの国に搬入していた。使用許可なら君達の上層部から得ている。疑問視するのであれば確認をされるがいい』


『俺達の間じゃそんな話は常識じゃないんだけどな』


 そう返して支給されているスマホを取り出した。


「本部、本部。こちら捜査第一係横水誠一巡査長。至急確認したいことがある。県警本部よりFBIの持ち込んだオモチャの使用許可が降りているか」


『横水巡査長、その件に関しましては警察庁より認可が降りています』


 今度は警察庁か! 次から次へとお偉いさんはみんな気でも狂っているのか?


「警察庁は正気か!? ありゃどう見たって兵器だぞ!?」


『FBIからの説明によりますと、対テロを想定とした最新鋭のロボットであるとのことです』


「そしたらアメリカじゃテロリストはクローン兵かターミネーターでも使ってんのか!?」


『確認は取れたようですね』


 俺の様子を見て、どこか皮肉っぽい笑みを浮かべてジョン・スミスは言った。


『ハーヴェイ・ロウ、人質を解放し直ちに投降せよ。繰り返す、ハーヴェイ・ロウ、人質を解放し直ちに投降せよ』


 野郎のロボット達を制圧し終えたFBIのロボット達は、凶悪犯に向けて告げていた。


『随分と用意周到じゃないか、えぇ? 野郎の襲撃といい、オタクらのオモチャの投入といい、まるであらかじめ話をあわせているようじゃないか?』


 しかしながら、例え連中の話が真実だとしても都合がよすぎる。狂った男のロボットが暴れだしてからまるで図っていたかのように連中のロボットが到着しやがった。そもそも、情報自体も不確定であったにも関わらず、だ。


 それに連中全員の落ち着き払った様子。いくら銃社会だからと言ってあんなガトリング砲をぶっ放す犯罪者がいるのだろうか。まるで、弾が当たらない事が分かっているかのように。


『何事にでも対応出来るよう、我々は事前の準備を怠らなかったまでです』


 とって付けたようにジョン・スミスは言った。


『だといいがな』


 吐き捨てるように言った瞬間。


「…………っ!? 爆っ!!」


 そう誰かが叫ぶ声と同時に辺り一帯が目がくらむ程のまばゆい閃光に包まれた。



 それはあまりにも一方的だった。


 現れたMarineはガトリング砲の弾を微動だにせずarmyに迫った。回転する砲身を掴み、強引に引き下げる。空回りするモーターとギアが悲鳴を上げる。armyはそれでも手に持つミニガンを挙げようとするが、片腕のMarineに力負けしていた。

 Marineは空いている反対の手でarmyの腕を掴み握り込んだ。装甲や金属フレームが軋みをあげ、砕けた。潰された箇所から火花と油が上がった。Marineは握ったarmyの腕をそのまま引き抜いた。力任せに腕を引き抜かれ、その勢いで後退するarmy。すかさずMarineは体当たりをかました。まるで自動車同士が事故を起こしたような衝撃音。倒れ込んだarmyはすぐさま起き上がろうとしたが、それより早くMarineが頭を潰した。


「あーあーあーあー、勿体ない」


 その光景を見て博士がこぼす。現れてわずかな時間でarmyを殲滅したMarine。炎の中に佇むその姿はさながら怪物のようだった。


『ハーヴェイ・ロウ、人質を解放し直ちに投降せよ。繰り返す、ハーヴェイ・ロウ、人質を解放し直ちに投降せよ』


 無機質な音声でMarineが言う。現れた8体のMarineは臨戦態勢。いつでも飛び込んで来る態勢が整っていた。


「どうするの? やる?」


 その様子をみてヒカリが言った。


「まさか。これで連中全部潰したらそれこそ10式の砲身がこちらに向きかねない。やだよ、日米合同軍の相手とか。流石に面倒が過ぎる」


 それでも尚、博士達は一方的に制圧出来ると言っている。おそらく、事実であるのだろう。そりゃ確保にアメリカも躍起になる。この人一人で世界の軍事バランスを変えかねない。


「じゃあ、どうするんですか?」


 しかしながら戦わないのであればどうするのか。まさか、投降するとも言うまい。


「三十六計だよ、少年」


 そう博士が言った瞬間、ノイジーの胴体がグルンと回る。それと同時に開閉音が聞こえた。


 見るとノイジーの前方に大量の金属製の球体が転がった。


「…………っ!? 爆っ!!」


 誰かが叫ぶと同時に広がる強烈な閃光。辺り一帯を凄まじい光が覆い尽くす。というか、僕の目もやかれてるんですけど!


「この光はロボットのセンサー系にも影響を及ぼす。もっとも、30秒位で収まってしまうけれどもって少年、大丈夫?」


「何するか先に言ってくれませんか!?」


 博士の問に光に焼かれた目を押さえながら抗議で返した僕。


「三十六計って言ったろ、少年。逃げの一択さ。まさか、フガクだと思ったかい?」


 いや、それはわかるが逃げるのにどうする、と言ってほしいのだ。


「裕志君、その人に何言っても無駄です」


 何処か諦めたようなニュアンスのプロトの声。


「おまけの"魔法使い殺し"さ」


 目が見えないので聞こえてくる情報が頼りの今、どうやら博士がまた何かをしたらしい。魔術師といえばCIAの量子コンピューターか。何か量子コンピューターが使えなくなるウイルスでも使ったのだろうか?


「今度は何分!」


 相変わらず置いてけぼりの僕を無視して、彼らは会話している。


「多分、3分前後! 学習してるからね! 後一回ぐらいいけるだろうが、それも1分くらいだろうさ」


 魔法使い殺しのことだろう。全く機能させなくするのでなく、一時的に使用不能にさせる代物らしい。


「それじゃあ撤収! プロト、頼んだ!」


「分かりました博士」


 隣でガシャガシャと動く気配。


「ノイジーは適当に!」


「いっつも思うんだけど俺への指示ふわっとしすぎじゃねぇ!?」


 そう叫びつつ彼が僕の背中のあたりから消えた。


「ヒカリ、そっちは任せた!」


「しょうがない!」


 えっ、と僕が言った瞬間、いきなり脇腹に衝撃が走った。


「…………ぐぇっ!?」


「男なんだから我慢しなさいよ」


 そう言って目を押さえたままの僕を彼女は肩に担いだ、らしい。瞬間、押さえつけられるようなGがかかる急加速をした。


「集合はB地点でよろしく!」


 博士の声が遠くなりつつ、そんな指示が聞こえた。何かあった時ように事前に取り決めをしておいたのだろう。なんだかんだで用意周到だ。


「ていうか、B地点って何処!!」


 彼女の叫び。…………本当に大丈夫なのだろうか。

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