第13話 茶番劇

「本部、本部。こちら、捜査第一係巡査長横水誠一。現在、凶悪な火器で武装した犯人と交戦中。直ちに国道51号線の封鎖と至急県警本部に応援を求む。繰り返す、こちら捜査第一係巡査長横水誠一。現在、凶悪な火器で武装した犯人と交戦中。直ちに国道51号線の封鎖と至急県警本部に応援を求む。大至急だ、大至急!!」


 無線に向かって怒鳴り声を上げる。東関東の片田舎が今まさに戦場と化していた。


 アメリカからやってきたイカれた凶悪犯。話をしていたと思ったらそいつがいきなりロボットを展開、ガトリング砲を問答無用でぶっ放しやがった。理性的だと考えていたらこの始末だ。頭のおかしい奴の考えなんててんでわからん。


『こちら本部。横水誠一巡査長、何が起きてますか?』


 無線から聞こえてくる冷静な声に叫び返した。


「何が起きてるかだって!? この片田舎でイカれた外人がハリウッドをおっ始めてんだ、早く応援を寄越せ!!」


『こちら本部。横水巡査長、抽象的な表現でなく詳細をお願いします』


「…………っ!! 戦闘機や戦闘ヘリについてるようなガトリング砲を持った人型ロボット4体が現在、当管轄の警官隊に攻撃を仕掛けている。現場は戦場そのもの。現武装、また所轄の備品では犯人制圧が不可能であると判断。大至急県警本部、場合によっては近隣警察、もしくは自衛隊に支援要請を求む。以上!!」


『こちら本部。横水巡査長了か…………っ!!』


 その時、弾丸の雨がこちらにも到達し車内の無線機を破壊した。咄嗟に車体の陰に隠れた。フロントエンジン部分に銃弾が集中し、みるみるうちに車体が穴だらけになっていく。


 フロント、運転席、助手席の窓が破砕していく。降りかかるガラスを身を丸めてやり過ごす。少しだけ顔を上げるとボンネットから火が上がっていた。


「おいおいおいおい!! 冗談だろう!?」


 身を低くしたまま反射的に走り出す。間もなく背後で爆発がおきた。


 爆風に煽られよろめく。そのまま態勢を崩し倒れ込む。咄嗟に踏み込み、勢いのまま前転。肩からアスファルトに突っ込み、一回転をして立膝のような姿勢で止まった。


 振り返ると、燃え上がったパトカーが宙を浮いていた。そのあまりにも非現実な光景に言葉が出なかった。


「せ、先輩!? 生きてます!?」


 同じく身を低くして近づく田嶋の声で我に返った。


「不思議とな。他の連中は?」


「こんなんじゃ確認しようがないっすよ! というか何なんすか、アレ!? 奴さん、頭のねじ外れてますぜ!!」


 すっ飛んだパトカーの残骸を盾にして田嶋はパチンコ店の方を指差す。燃え盛る炎の向こう、火炎に赤く照らされて動く4体のロボットの姿と、コミカルなロボット達と佇む凶悪犯ハーヴェイ・ロウ。


 奴らは変わらずこちらに向かってガトリング砲を発砲し続けていた。


「見りゃわかる! クソ、FBIの連中とんでもない奴を連れてきやがった!」


 けたたましい程の火薬の炸裂音に鼓膜を叩かれながら、それに負けないくらいに大声で言った。


「どうするんです!?」


 同様に田嶋も叫ぶ。


「どうもこうもない! 応戦するんだよ!」


 嘘でしょ、と田嶋は言った。


 腰に下げた拳銃を引き抜く。とは言ったものの、こんなものが役に立つかどうか。ないよりはマシ、というが焼けてる家相手にオモチャの水鉄砲で火を消そうとしているのと変わらない。あろうがなかろうが差違はないのだ。


 もう一度真正面を見据える。


 炎に囲まれた中で蠢く4体のロボット。手当たり次第にガトリング砲をぶっ放してありとあらゆる物を破砕していく。


 その光景を見てとある映画を思い出した。見た目は人間と瓜二つだが、連中同様ロボットで未来から反乱軍のリーダーを抹消しに来た奴だ。


 となると件の篠塚少年は未来の人類の希望になる訳だが…………。


 そんなくだらない妄想が頭をよぎって自然と短い笑い声が漏れた。そんな俺の様子を田嶋が見て引きつりやがった。生きてたら後でしばいてやる。


 それでも、もしあのロボット達に名前がついていたなら一つだ。あいつら絶対"ターミネーター"って呼ばれてる。



「いやぁ、酷い。あんまりだよね、これ」


 眼下で繰り広げる光景に博士は呆れたように言った。


「そんな冷静でいいんですか!?」


 ノイジーに降ろされ、タオルを外され、今、無駄に縛られた荒縄を解かれながら、他人事のような博士に僕は言った。


 何せ目の前は戦場。自立するロボットがガトリング砲を絶え間なく放ち、一帯を破壊しまくりながら警官隊に攻撃を仕掛けている。明らかに一方的な蹂躙だった。


 現場は大混乱。右往左往する警察官達の怒声が炸裂音に混じって響いている。絶叫が聞こえてないあたり、奇跡的に死傷者は発生してないのだろう。


 時折、拳銃で応戦している警官もいるがてんで話にならない。そりゃそうだ。あんな鉄の塊相手に38口径で歯が立つとは到底思えない。と、いうかM500でもどうにか出来るか分からない。後、人質がいることを忘れないでほしい。


「うーん、まぁ、一旦様子見かなぁ」


 顎をさする博士はやはり至って冷静にそんな事を言った。


「いや、そんな悠長なこと言ってる場合でない状況じゃ!?」


「私達が介入したところで事態は悪化するし、現時点で器物損壊以上の被害はでないだろうからね」


 だから大丈夫、と博士は言う。しかし、目の前で繰り広げられている惨状を見てとてもそうは思えなかった。


 そんな僕の様子を汲み取ってか、博士が続けた。


「いったでしょ、あくまで茶番だって。多分CIAは自分達が都合良く介入出来る口実を作る気なんだ。"T"シリーズが世に出てないことを良いことに私の作ったロボットだと見せかけた。や、遠因は大いにあるけど、偶々一応米軍経由で捜査用のロボット持ってきました、とか言って"Marine"辺りを使ってくるよ」


 嫌だよね、と博士は肩を竦めた。


「いや、だったら尚のこと止めないと。このままだなとさらに余計な戦力が投入されるってことでしょ?」


 僕の話を聞くと、少し難しいんだよねぇ、と博士は言った。


「壊すこと事態は造作もないんだけど」


 しれっと怖いこと言うな、この人。しかし、先程のヒカリとドーベルマンのやりとりを見るに言葉通りなんだろう。


「今連中とやり合うのが都合が悪い。ほら、茶番って言ったじゃない。今、ARMYっておそらく非殺傷の訓練モードで一切人を狙わない設定になっている。大体、制圧モードなんだったら初手で警官隊全員をひき肉に変えてる。その証拠に」


 そう言った矢先に制服の警官が障害物の影から出てきた。腰に差していた拳銃を引き抜き、こちらに狙いを定めた。


 ARMYの一体がそれに気づく。発射され続ける鉛の弾を地面に這わせ、警官に銃口を向ける。


 迫る鉛の雨に怯んだ警官が横に飛び退いた。その瞬間、銃弾の軌跡が反対側に流れた。


「ほらね」


 そう言って博士は振り返った。


 確かに。よく見ると退避する警官や応戦する警官の至近距離めがけ発砲はするものの、当てるには到っていない。


「連中は正確に外している。だから我々が余計なことをしない限り警官隊に人的な被害が起こることはない。たぶん。

 だから、お嬢さんも、くれぐれも、余計なこと、しないでくれよ」


「なんで、私だけ、名指し、なのよ」


 強調して注意する博士に、同じように強調して切り返したヒカリ。


「たぶんということはもしかしたら、もあり得るんですか?」


 んふー、と博士は意味深に笑って。


「何事も完璧はあり得んのだよ、少年」 


 なんて当たり前の事を言った。


「さて、いい感じに場も燃え上がっている。物理的にも。これ以上続けていると少年の危惧通り、たぶんが起きるかもしれない。だから連中そろそろ連中もアレを投入してくるぞ」


 そう博士が言った瞬間、左右から物凄い勢いで大きなパッカー車がドリフト気味にやってきた。


 よく見れば全体を装甲で覆ったような外観をしており、等間隔に突出している箇所があった。その部位が開いた。


「そら、きたぞ」


 博士が皮肉っぽく笑う。


 開閉部から現れたのは、ゴリラを2足直立させたような外見のロボットだった。


「外部強化装甲まで取り付けたのかい? 口実つけたとはいえいよいよ戦争でもする気か、連中は」


 心底呆れたように博士が言った。


「…………アレが」


「日本じゃもう10式ぐらいでも持ち出さないと止めることが出来ない、米海兵隊秘匿無人機甲部隊"T-Marine"のご登場さ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る