第11話 横水誠一の長い夜
俺は横水誠一(よこみずせいいち)。県警加鳥警察署捜査第一係の巡査長をしている。現在、市内で発生した、とある誘拐事件を追っている。
この片田舎で事件というのは珍しい。基本的には徘徊する高齢者の捜索か、時たま現れる不審者の捜査ぐらいだ。それでも、事件らしい事件がない訳ではないが連れ去りが起きるのは稀であった。
なんでも塾の帰りに行方知れずとなったらしい。ただの家出とも考えられるが、少年自体はそのような性格の持ち主ではないという。
捜索が始まってすぐ、揚水機場へと市内をはしる川沿いに彼の自転車が乗り捨てられているのが発見された。自転車の盗難の可能性もあるが、午後10時、通っている私塾から自転車で帰るところを職員、生徒に目撃されていることからその線も薄かった。
状況からして何らかの事件に巻き込まれた可能性が高かった。しかし、それ以上の情報はその時点ではわかりようがなかった。
その少し前、とある不審者の情報がもたらされた。名前をハーヴェイ・ロウといい、国際指名手配されている男だった。
罪歴は殺人、強盗、誘拐、etc。一人で犯罪の博覧会を開けそうな程のイカれた凶悪犯。ソイツが今日本に潜伏し、ましてやこの町にいるのだという。
何故、そんなことが分かったのか。それはこの推定誘拐騒ぎが起きる前、捜査協力という名の下、この片田舎にアメリカ合衆国のFBIの捜査官が訪れていたからだ。
発端は誘拐事件が起きる前日、市内にある高校のグラウンドで爆発騒ぎがあったことに起因する。原因は不明。現場の焼け跡や周辺には複数の金属片とパーツが散らばっていた。詳しい鑑定の結果はまだ出ていなかったが、現場の鑑識によればロボットのパーツではないかということだ。
台数にして2桁に達する残骸の数。よくもまぁそれだけ用意していたものだ、とも思うが一体全体どうしてそんな場所で全損するような羽目になったのか。それともあえて破壊したのか。
その時点ではどっかの馬鹿が高校のグラウンドに侵入して、誤ってか故意にかそれらを破壊、爆発させた以上の情報は分からなかった。
しかし、事件は急展開を見せた。その事件の犯人は外人で、目下FBIが追っている凶悪犯なのだという報告が大真面目に上がってきた。
いくら何でも都合が良すぎる。昨日の事件の犯人が即日発覚。で、ソイツが国外から来ていてこの町にいます、なんて最初からここで事件を起こそうとしていた以外考えられない。
何より頭が痛いのはその報告をしてきたのが県警本部である事だ。冗談の類にしても笑えない。与太話以外何物でもないのだが、本部は真剣そのもの。しかも、捜査協力で既にこの町にFBIの捜査官が向かっているのだという。
正気を疑った。何ら通達も無くいきなりFBIの捜査官が来るだと? 受け入れ体制なんぞ整ってない状態で他所、しかも海外の人間を受け入れろ、と。
普段は重い腰が上がらない上が、今回は手の代わりに羽が生えているような軽やかさで決裁を通しているのが正気に思えなかった。誰がみたって何かしらの密約があったことは想像に難くない。何せ昨日の事件からまだ24 時間もたってないのだ。
連中も連中だ。FBI捜査能力は感嘆に値するが、些か目端が効きすぎている。連邦捜査局という名の通りアメリカ国内専門の捜査官のはずだが、やけにうちの国内に詳しい。端から目星をつけていたとしか思えない。また、今回の捜査協力にしても、強引が過ぎる。
速攻で抗議をしたが、不愉快そうな表情を浮かべ、同じく納得をしていない様子の課長は首を横に振っていた。
間もなく捜査官がやってきた。連中みなハリウッドの映画俳優のようなガタイのいいアメリカ人だった。どう見ても警官というより軍人だった。横須賀か横田から来たと言われても何ら不思議では無かった。こうして不本意ながらFBIとの合同調査が始まった。そうは言ってもやる事はあまり変わらない。現場を見て、話を聞く、だ。
その最中だ。件の推定誘拐事件があったのは。
初めは親御さんからの通報で、塾から息子が帰らないので探してほしい、との事だった。電話は深夜11時をまわっていた。電話を受けた者は今は対応出来ないからまた翌朝連絡が欲しい、と伝えたという。
今すぐにでも探してほしい、という気持ちはわからないでもない。が、現時点で明確に事件性があると判断できない場合はこちらも動きようがない。そう考えていたのだが、なんとFBIの連中が首を突っ込んできたのだ。
これは明らかな越権行為だった。なんの権限があって国外の捜査組織が日本の警察に捜索依頼があった案件に対して手を出そうというのか。
あくまでこちらはFBIが調査しているアメリカ人の凶悪犯の合同捜査という名目で協力をしている。だというのに、うちの国内事情に関して勝手に首を突っ込まれてははっきり言って迷惑だ、と伝えた。すると向こうは、この国の警察は冷たい。自身の子どもが行方不明になっている親がいるというのに何の手だてもしないのか、お互い様というのはこの国の言葉ではないのか、とさも聞こえのいい話を始めやがった。よくもまぁ都合のいい言葉を知っている。
”兎に角、迷惑だから動くな”、”ならば、我々は勝手にさせてもらう。深夜、この町を観光する権利があるはずだ”、”であるならば、こちらは不審人物として拘束させてもらう”、”なんの権限で?”
そうして、FBIとやり合っていると県警本部より通達が下った。なんと、この誘拐事件に関してFBIと共同で捜査にあたれというのだ。しかも、同時刻からだという。
連中、県警本部で酒でも煽ってんのか、それとも居酒屋で仕事してんのか、正気の沙汰では無かった。
速攻の抗議はスルー。誘拐された親御さんの気持ちを考えれば云々と県警本部も攫われた前提で、お優しい話を進めやがった。
こうして誰一人納得していない深夜の合同捜査が始まった。始まって間もなく、揚水機場に続く市内を走る川沿いで少年の自転車が発見された。
周辺の目撃情報なんぞとれもなく、仕方なしに何班かに分かれて親、知人の調書を取りに言った。非常識極まりない捜査ではあったが、この際すべての責任は県警本部に擦り付けてやろうと考えていた。
結果としては特に目新しい情報はなかった。ただ、少し気になる話はあった。俺も同行した推定被害者である篠塚裕志の友人、高橋瑞稀に話を聞いた時だ。
行方不明になった当日の昼、裕志は瑞稀に爆発事件の現場で“空飛ぶ女の子”を見たと話したという。何やら荒唐無稽な話であった。子どもの空想、というには歳は行き過ぎていたし、妄想、妄言、虚言癖があるような調書はどこにも見当たらなかった。
しかし、爆発事件が起き、FBIがやってきて、子どもが行方不明になり、その子どもが爆発現場で“空飛ぶ女の子”を見た、と言っていたという事実を偶然や妄想で処理するにはいささか繋がりがあり過ぎていた。ここまでお膳立てられるとどうにも関係性を勘ぐらざるおえない。
おそらく、一番情報に精通しているであろうFBIに関してはその話を聞いてて、“really?”なんて笑っていたが、どこまで本心か。
少年が行方不明になってから推定で3時間、夜も深くなった時刻。こんな短時間に決定的な証拠や証言が出てくるわけもなく、相変わらず現場付近の捜索を行っていたその最中、なんと匿名で例の凶悪犯に関する情報が同市警察所に持ち込まれたのだ。しかも、ご丁寧に写真付きで。
写真には町外れの潰れたパチンコ屋が写っていた。その敷地内に一台のワゴンタイプの車が止まっており、中から丁度一人の男が降りているところだった。
その男こそ例の凶悪犯だった。さらに、続いて取られた写真には、行方不明になった裕志君と特徴の一致する少年が写っているのだ。
なんと都合よく決定的な瞬間が写し出された写真が出てくるものだ。こんなに簡単に証拠や証言のようなものが手に入るなら日常的に飛び込んでくれれば大変助かる話だ。
蓋を閉じて重しを乗せて、それでガムテープでぐるぐる巻きにして、さらにビニールで何重にも封をしたとしても隠しきれないほどのきな臭さが漂った写真だった。
十中八九情報元はFBIの連中に違いなかった。要は連中はあの凶悪犯が行方不明になっている篠塚裕志君を拉致していることを初めから把握していたのだった。
では、何のためにこんな周りくどいことをしているのか? 推測ではあったが、本来彼らが捕まえたかったのは例の凶悪犯のみだったのだろう。それが何の手違いか彼が誘拐されてしまった。
何が原因で? 例の"空飛ぶ少女"か。しかし、誘拐と少女が何の関係が? それより、あの爆発の原因にFBIが絡んでいるのか?
とりとめなく考えは湧いてくる。整理するにしても情報が足りない。考えるべきは多いがそれらを一端棚に上げ、とりあえず、例の現場へと向かった。
◇
複数台のパトカーとその倍の人員で現場を包囲、拡声器を使って呼び掛けるも、反応は無かった。
「連中、反応ありませんね」
隣の田嶋が言った。
「実際いるかもわからん。が、連中もついてきているってことは確かなんだろう?」
そういって配置されたパトカーを見渡す。
現場にいる警官隊に混じりガタイのいい外人共が混じっていた。
「しっかし、連中の追っかけてる凶悪犯、ハーヴェイ・ロウ? ってなんなんスカね。記録だけ見りゃありゃ映画の中の人物ですよ? 殺人42件、強盗121件、誘拐が57件。しかも、児童を中心に誘拐してるっていう。で、そんな香ばしい人物なのにネットの掲示板にすら名前が上がってないとかあり得るんですか?」
「知るか。連中がどこのイカれ野郎を捕まえようが知ったことじゃない。それよりも、その頭のおかしな奴を連れてさっさと国外に出てくれりゃ、それで万々歳だよ」
とにかく、あの80年代アメリカンスタイルが見れなくなりゃそれで満足だ。
「記録通りなら人質の子生きてますかね」
「それを親御さんに言えるか?」
聞いた田嶋がバツが悪そうな表情をした。その時、現場がざわめく。咄嗟にパトカーの陰に隠れ、頭を少し覗かせた。
視線の先、潰れたパチンコ屋の降りたシャッターの隙間から明らかに人でない、金属質の手が覗いていた。ソイツが力任せにシャッターを引き上げた。
開く、というより破壊すると言った表現が正しい。シャッターが嫌な金属音を上げ、鍵が砕けるような音がした。収納されていく、というよりシャッターが折りたたまれていき、中から2メートルはありそうな、オモチャのような外観のロボットが現れた。
「ちょちょちょ、なんですかアレ!? あんなロボット見たことないですよ!?」
「うるさい。見ればわかる」
慌てる田嶋を一喝する。
シャッターをこじ開けたふざけたロボットは、一見おもちゃ屋にでもありそうな見た目のロボットではあったが、その動きは今まで見たどのロボットよりも滑らかに稼働していた。それこそ、あの外見でなければ人間と見紛うほどに。
その時点で現存の地方警察の装備、人為では明らか手に余る代物だということが一目瞭然だった。
可及的速やかに県警本部へ連絡し、応援を要請する必要があった。
しかし、そうする間もなくロボットの陰から一人の男が現れた。薄ら笑みを浮かべるそいつは例の指名手配犯だった。
「警察諸兄お仕事ご苦労。件のハーヴェイ・ロウだよ」
実に流暢な日本語だった。誘拐犯兼凶悪犯、国際指名手配されているハーヴェイ・ロウはまるで医者か学者のように白衣の姿で我々の目の前に現れた。
「こちらは県警加鳥警察署捜査第一係横水誠一(よこみずせいいち)巡査長だ。お前が篠塚裕志君誘拐犯で間違いはないか?」
「間違っちゃないが、いきなり人のことを誘拐犯なんて不躾じゃない? 彼には実に協力的にしてもらっている。彼は紳士的だからね。私も紳士的な対応をとる相手には紳士的に対応するよ。そこのところ、横水誠一巡査長はどうだい?」
事実を述べたのに失礼とは。しかし、迂闊に奴を刺激するわけにもいかなかった。
「それは失礼した。しかし、日本の常識では未成年を親の承諾無しに未成年を連れ廻したらそれは誘拐と同意義になる」
「本人の同意ありでも?」
想定外の発言だった。
「ありなのか!?」
思わず聞き返した。
「や、まぁ嘘ですけど」
この野郎。どうやらあの凶悪犯は大分ふざけた野郎の様だった。
「そして横水誠一巡査長、正論で殴りつけるのはやめてくれない? 何も反論ができない」
記録よりもあの凶悪犯は理性的なのようだが、全般的にふざけていた。
「ハーヴェイ、ロウ?」
「合ってるよ、横水誠一巡査長」
「見ての通りあなたは包囲されている。今すぐ人質を解放し、速やかに投降しなさい」
聞いたハーヴェイが肩を竦めた。
「うーん。さっき私言ったこと覚えているかい、横水誠一巡査長。私は紳士的に対応してくれる人には紳士的に対応をする、と言ったんだ。今の君は紳士的かい?」
そういって奴は両手を上げ、開いた指をうねらせた。
「気を付けたまえ、横水誠一巡査長。私は彼の生殺与奪の権利を持っている。あんまり失礼な態度を彼がどうなっても知らないよ?」
そういって口元を吊り上げ、まるで漫画の悪役のように言った。
瞬間、現場に緊張が走った。
「重ね重ね失礼した。しかし、家に帰ってこない息子を思う親御さんの気持ちを考えたことが」
「だからそういうのやめてほしいんだよね。その良心に訴えかけようとするの? 卑怯だと思わない?」
「その気持ちがあるなら自分の良心に問いかけてみて欲しい」
「それは出来ない。何せ母親の腹の中にその良心てやつ、忘れてきちゃったから」
ごめんね、と奴はウィンクしてみせた。クソ野郎が!
この短時間で少なからずあの阿呆が殺人やら誘拐やらを繰り返す凶悪犯出ないことが何となく察せられた。頭がおかしいことには変わりないが、理性的であった。頭はおかしいが!
その証拠に2メートルのロボットの顔? の絵文字が何やら呆れた様子になって、FBIは実に味わい深い表情をしている。
少なからず趣味やトラウマで殺人やら誘拐をする類ではないと思われる。や、趣味の延長で人が死にそうな気配はあるが。意図して殺しやらをするような人物出ないだろう。ということは奴にとってもこの誘拐は想定外なのでは?
ますます理由が分からない。なんだって裕志君の誘拐に到ったのか。偶然なのか? いや、FBIにも追われるような人間がそんな軽率な行動をとるのか……………。
「ーーーー、と。 おーい、横水巡査長、横水君? 話聞いてる?」
何やら膝を曲げて左右に動いている、いちいちコミカルなハーヴェイの姿があった。
「すまない。少し考え事をしていた」
「ああ、あるある。よくあるよ。つまらないお偉いさんの話聞いてると余計なこと考えるよね」
よく分かるよ、とハーヴェイ。お前はそれで良いのか?
「それで、コチラの要求を答えてもいいかい?」
「その前に裕志君の安否を確認したい」
ともあれ、目の前の推定凶悪犯が裕志君を害するようなことはなさそうであった。人命第一を考えればその身柄の確認をしておきたい。
いいでしょう、と二つ返事で白衣の男は手を上げた。すると奥からもう一体ロボットが現れた。寸胴みたいな体をしたコミカルな奴だ。
同時にとびっきりのが出てきた。それはそのコミカルなロボットの手の上に乗っていた。
「…………なんで?」
予想外の代物が現れて思わず思考が停止する。
それは荒縄でぐるぐる巻きにされた被害者の裕志少年の姿だった。
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