第9話 さて、どうしようか?
「さ、改めてこれからの方針なんだけど」
ハーヴェイ博士は言った。
破砕された箱を片付け、今や5人? 顔を合わせて僕たちは座り込んで今後の方針について話し合っていた。
「現状我々が望むことは、1つ、鬱陶しいストーカーから逃れたい。2つ、君は元の日常に戻りたい」
博士は自分を指差した後、僕を指差した。
「いっそ包み隠さず日本政府に言っちゃうとか?」
隠しているのが不味いのならすべてさらけ出してしまえばいい。安直だがそこそこ効果があると思ったが、どうやら博士の同意は得られないらしい。
「君は日本を火薬庫にしたいのかい?」
眉をひそめて彼はそんな物騒なことを言った。
「なんのためにアメリカがこそこそと動いているのか理解している? 日本はまぁ、なんかなぁなぁにしそうな気がするけど。けど、現場は納得しないんじゃない? いくらお上の鶴の一声だってあの爆発騒ぎだ。わだかまりは生じる。あんまりに圧力をかけすぎると変なところから突っつかれる。それで事の次第が漏れようものなら世論が燃え上がるんじゃないかな?」
確かに。博士の言わんとしていることは理解できる。
「それに日本が血迷って私を保護するなんて言い出した日にはそれこそアメリカ政府が黙ってない。太平洋艦隊が横須賀から日本の東側海岸線に並ぶような事態がおきたら日本は第二次大戦の再演をしないといけなくなる。そうなると大手を振って喜ぶのは大陸さ。ま、面倒くさい政治の話は置いておいて、現実的な話ではないと私は思うよ」
つまりは得策じゃないという事だ。
「連れて逃げるとか?」
ヒカリが言った。なんとなくわかってきたが、彼女、かなり猪突的な性格の持ち主だ。ただ、僕としては。
「逃亡生活は御免被るよ」
博士の言った通り僕は日常に戻りたいからそればっかりは選択肢にない。
「アメリカ政府の希望は1つに私を合衆国に連れ帰ること。もう1つは君の口から余計な話が上がらないこと」
「素直に帰ってもらえれば僕としては万々歳なんですけど」
実際それが一番丸く収まるのだから僕個人としてはそうしてほしい。
「それが嫌だから今君の目の前にいるんだけどね」
これは博士の選択肢に存在していない。
「死亡を偽造する」
再び彼女。どうしてそう極端な選択ばかりしかないのだろう。頭イノシシだ。
「生きてたいんですが」
面倒くさい、と不服そうに彼女は言った。
「アナタ、本当に優秀なんです?」
プロトが言った。
「何? 喧嘩売ってんの?」
ヒカリが言った。
「プロト。知能的優秀さと性格的優秀さは必ずしも一致しないのだよ」
博士が、そんな事を言った。それを半眼でみるプロトと、筆舌しがたい表情でヒカリは博士を睨んだ。
「んー、それじゃあアレだ。アメリカ政府に乗っかろう」
やっぱりそれしかないよねぇ、と博士は言った。どうやら、はじめから結論は出ていたらしい。
「と、言うと」
「文字通り。我々が誘拐犯になって君を拉致した事にする。国外脱出の手段を用意させてそれを使って逃走する。脱出の際、君を解放する。ちなみに少年、パラシュート降下経験は?」
「ある訳ないじゃないですか。何させようとする気ですか?」
「我々も離陸と同時に撃墜なんて勘弁願いたいからね。や、日本ではありえないだろうけど、上空で自衛隊機にスクランブルかけられるならまだしも、米軍基地から出てきたものにエスコートされるのは遠慮願いたいからね。最大限フォローはするよ、安心してね」
まったく出来ないのだが。博士が言わんところは途中で降ろすってことだろう。何やら途中下車みたいなノリで言ってるが、つまり上空から地上に解放するという事。正気じゃない。
「で、空から叩き落された君は」
今、はっきり叩き落されたっていったこの人!
「全力で我々を擁護する発言をしてほしい」
ここで意外な発言をする博士。
「なんでまた?」
そんな事したら僕等の関係性を疑われるだけだろうに。
「ストックホルム症候群ってご存知?」
いや全然、と僕。だよね、と博士。
「ま、端的に言えば拉致とか監禁とか被害者が人質にされた時に犯人側に同情してしまう事。細かく言うともうちょい専門的な話が入るんだけど今は割愛。詳しく知りたかったら帰ったら調べてみてね」
つまり、その症状を装え、といっている。
「君を上手いことどこかの自衛隊基地の真上から落とす。地上1メートルの範囲に狙って上空から落とすって訳でないからピンポイントで行ける。そこらへん私得意よ」
「なんでまた自衛隊なんか?」
「アメリカから変な横槍が入らず確実に日本に保護される、と考えたらそのへんかなぁ、と。学校とかもあるけど、敷地が塀に囲まれていて、外国人が入れなく、日本人しかいないとなると一番じゃない? 無事日本に保護されればとりあえずは安心。何せ君は日本では凶悪犯に誘拐されていた可哀想な被害者な訳であって、どっかの頭のおかしい博士と行動を共にしていた要注意人物でないからね。自分達の筋書きのお陰で軍もCIAも君を引っ張る理由がない」
でしょ? と博士。確かに。ただ、被害者という一点については何一つ間違っていない。
「そしたら例の話よ。話を聞きに来た人に全力で私達を擁護する。監禁のストレスでPTSDになっているんだな、ってなるしみんなが同情的になる。そして君は最後に連中と話し合う。おそらく、捜査協力って形でね」
そこが一番の山場だと思われる。
「CIAは一発で茶番だって気づくだろうさ。後は君次第。その会話の中で、彼との関係は秘密ですよ、と証明できればしばらくは監視って事で許してもらえる、かもしれない」
簡単に言ってくれるな。
「うっかり口外したら?」
「うっかりで許してくれる人達だと思う?」
それ以上は深く聞かない事にした。
「あらすじはこっちで考えるから上手いことアドリブを効かせてくれよ少年。その後それを空で復唱できるくらい暗記すること」
「何故?」
「君はCIAと話す前に話を聞くプロと2回やり合わなければならない。警察と心理士。彼らを騙せるくらいにならないと。ま、正気を失っていると判断されるかもだがそうした場合にはカウンセラーとのお話し合いと飲む薬の量が増えるかもしれない」
やっぱり簡単に言ってくれる。つまるところ、この短時間で息を吐くように嘘をつくか、俳優みたく演技をしろと言っている。僕だって不用意にカウンセリングを長く受ける気はサラサラない。
「へい、大将」
不意にノイジーが言った。
「なんだい?」
「そう悠長にしてもいられねぇみたいだぜ?」
彼がそう言った途端ヒカリもあたりを見渡した。
「また、懲りもなく。よくも、まぁ」
両者とも一斉に立ち上がり、部屋の中の行き来を始めた。
「ありゃ、やっぱりバレたか」
「やっぱりまずかったですねぇ」
そう言って立ち上がる博士とプロトの2人。残された僕は理由の分からないまま座っていた。
「え? 何々? なんなの?」
「予定変更。お客さんを出迎えないといけなくなっちゃった。まったく、こんな時は優秀な人って嫌い。仕事早いんだもの。それで、一番被害が少なそうな箇所は?」
「「おそらく、シャッター前」」
ノイジーとヒカリが同時に言った。博士は僕を手招きすると、シャッターの前に陣取った。
「火器使用の可能性は?」
「自分でも言ってたでしょ、同盟国内じゃ発砲しないって。限りなく薄い、と思われる」
なんとも頼りない返事だ。
「相変わらず嫌な駆動音が耳にビンビンだぜ。それより、半分は前のと音違うしこの音は聞き覚えがある。アレだ、陸とか海とか海兵とか、いるのにいねぇ扱いされてる連中のとそっくりだぜ」
「…………まさか"T"シリーズ? 本当に配備してきたの?」
ほら、いわんこっちゃない、とプロト。
「正気? 正気じゃないね」
「正気じゃない相手の相手をするなら丁度いいんじゃない」
酷い話だ、と博士はヒカリに向けて言った。
「ええと、ちょっと待ってください。会話の内容からは察するに、もしかして今ここ囲まれていて、その囲っている人達? って」
「御名答。再びのCIA直々のご登場さ」
おめでとう、と博士。だから目出度くないのである。
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