第8話 幕間

 バージニア州ラングレー。ジョージ・ブッシュ情報センター。


 ワシントンD.C.から北西部に位置するその巨大なオフィスの一角。室内に備え付けられた巨大なモニターには日本のカトリという地方の町が映し出されていた。


 その地図を見上げ万年筆の蓋をいじる一人の男がいた。


「ウォーデル長官。作戦部隊より連絡。依然としてハーヴェイ博士の消息は不明、同様にパッケージの行方についても同様に不明とのことです」


「現状の報告は聞きたくない。私は彼らが今どこにいるのかを知りたい。索敵班は?」


「同様に」


「なら捜索範囲を隣接する町にも広げろ。少なからずその郡内にいるはずだ。幽霊ではないのだ、動きがあれば必ず見つかる」


 ウォーデル長官と呼ばれた男は苛立った様子で答えた。アメリカ大統領より彼に与えられた指令はとある人物の捜索だった。


 ハーヴェイ・ロウ。


 ペンタゴンで技術開発部門に所属し、時折CIAにも出向し開発、解析を行っていた男。


 稀代の天才。人智ならざる奇人。


 その実績は数多の勲章に匹敵するものであったが、決して表沙汰にされることはなかった。そして、当の本人もそんなものを望んでいなかった。


 奴はただ自身の知的欲求を満たせれば良かった。あの男に善悪の価値観など存在しない。ただ、好きなように開発さえできればいいのだ。


 そうして何年もの間、奴はアメリカにとっての有益なものを生み出し続けていた。


 国は奴を手懐けていたと思い込んでいた。とんでもない。あの男に愛国心なぞ欠片も存在していない。現在まで組織に縛られていたのはその無尽蔵に出てくる予算と、なんの拘束のない開発環境にのみ関心があったから他ならない。気分が変わればそれこそ明日にでも共産主義に鞍替えしかねない。


 奴は今や国家存亡の一端を担った存在と化していた。故に以前より危惧をしていた。一人の男が国家の命運を左右するなど正気の沙汰ではない、と。


 結果、その懸念が現実の物となった。奴はCIA職員の全個人情報を世界中にばら撒いて姿を消した。


 正確にはそれを装っただけだが、おそらく私に対してのあてつけだ。奴が辞表を出すと言った瞬間、それ見たことかと軍部に奴を監視するよう連絡をした、そのことに対する。


 ハーヴェイがアメリカを出奔し、その行方の捜索も絶望的と思われていたが、幸運にも奴が日本に潜伏していることが発覚した。我々は速やかに持てる人員、手段を総動員して捜索に当たった。そして、奴を鳴多で補足した。


 あの野郎堂々と旅券を買って国外へ出ようとしていやがった。

 

 鳴多で発見し次第東京、その他地域へのルートを即時封鎖した。太平洋に突き出たあの地域は河川に囲まれており、他のエリアに行くためには橋を渡るか、川をこえるしか無かった。


 幸運は続いた。奴が思いの外常識的であったことだった。奴は我々に発見され次第戦闘行為を行うと思われていた。しかし、実際には奴は逃走した。それは目立つのを嫌ってか、混乱を嫌ってか、それとも気の迷いか。


 西に行く道は我々が封鎖していたため、奴は北西部へと逃走を図った。直ぐさま利根川沿いに人員を配備した。奴の頭を抑え、T県から出るのを制止した。そのまま行き着く先は太平洋、完全な袋小路だった。


 すぐさまSOGの派遣を指示した。同盟国といえど、奴の存在が明るみになることが懸念されたからだ。


 また、横須賀に連絡とり"T-Marine"を房総半島太平洋側へと配備した。あのハーヴェイだ。何をしでかすかわかったものでない。用心をしておくに越したことはない。


 陸路からはさらに横田にも応援を要請、二基地に配備されていた"ドーベルマン"を物資運送に偽装し、現地へと運んだ。


 出来ることならアメリカ太平洋艦隊を動員して奴の対策にあたりたかったが、日本対アメリカで第三次世界大戦のきっかけを作りかねない。おきる分には仕方ないがその原因まで作る愚はおかしたくない。


 現時点でとれる最大限の戦力だった。結果はあのザマだ。


 アメリカを出る時、奴が連れ出したロボットは3体だった。大昔に作ったオモチャのロボット、パーティー用にしか見えないブリキのロボット、そして、良く出来た"お姫様"、のはずだった。


 昔から奴は開発の片手間に趣味に走ったオモチャを作る癖があった。いや、実際は趣味の片手間に開発をしていたのだろう。決まってこちらのオーダーする物よりも私用で作成した物が出来が良かった。事実、今アメリカの国防の要の兵力の半分は奴の趣味から転用したものだ。


 故にあのオモチャの性能は知っている。"T"シリーズを導入したところでこちらも苦戦は必至。容易に破壊出来るものでない。だが、それはアレが単体である事が条件だ。今、ハーヴェイ自身が足枷となる。


 ブリキに関しては…………。昔から思うがあれはなんなんだ? 職員からは妙に人気があったが、戦闘力に関しては皆無だ。見間違いでなければ猫にも負けていた気がする。


 お姫様に関してはその脅威値は未知数だった。気づけばいた、としか表現しようがない。始めはハーヴェイ・ロウも人間だった、という噂が広まっただけだった。しかし、女性職員がその人形と話をしていた時に、急に映画のターミネーターの真似をしだして職員が救護室に運ばれたことからロボットだということが発覚した。その後に、“お姫様”、“お嬢様”なんてもてはやされていたが…………。


 想定外にも程がある。“アレ”はいったい何なんだ。あんなものを見せつけられては一個連隊を用意したとしても手に余る。およそ撃退という言葉が馬鹿らしくなった。


 結果として作戦を変更せざるおえなかった。アレだけ派手に暴れたこともあり、秘密裏に拘束することは念頭から消し飛んだ。FBIと協力し犯罪をでっち上げ、国外へ逃亡した重犯罪人に仕立て上げた。そして、現地警察機関との協力体制を得た。


 もちろん日本の警察関係者から大いに疑いの目を向けられていた。何せこの短時間での協力関係構築だ。宅配のピザでもあるまいに、どのような密談がなされたか、と。


 もっとも、密談という程の話はない。人間、生きていれば後ろめたい事の一つや二つはある。“誠心誠意お願い”をすれば、言語の壁があろうと通じるものだ。


 結果として日本国内での捜索態勢についてはやや改善がなされた。が、依然として可及的速やかに対応せざる状況は変わらない。加えて新たな問題も発生した。現場付近にいた少年が連中を目撃してしまったのだ。しかも、映像記録を残して。


 このような事態を回避するための極秘活動だというのに酷い失態だった。だが、幸いに彼は自己顕示欲はそこまで高くなかったらしく、動画に関してはとった矢先にインターネットにアップする事や、誰かと共有するようなことはなかった。


 証拠は他の誰の目につく前に“マジシャン”の魔法で消した。後は少年の言動を真に受けるような知己の人物がいないと信じるしかなった。その点において、少年はまっとうな友達作りをしていたようだった。


 少年の監視とハーヴェイの捜索は同時に進行された。奴が日本国内から出国した証拠が確認取れない限り、彼の言動、行動には注意せざるおえなかった。万が一の場合には、最悪の選択肢も考慮にいれつつだ。


 そんな万が一があっさり訪れた。なんと、あの“お嬢様”が少年に接触し、挙げ句に誘拐だ。これは完全に想定外だった。ハーヴェイもイカれてはいるが馬鹿ではない。仮に目撃者がいたとして、おそらく“マジシャン”が証拠を消したことは十分に承知しているはずだ。少年にしても、彼の言葉をまともに信じる人間はいないと踏んでいるだろう。出なければ接触前の時点で彼は馬鹿を引き連れて山の上の学校のグラウンドに侵入している。


 意図が分からなかった。ほっとけば自分たちの存在は知れぬというのに、今更そんなリスクを冒すのか。始めから自分の正体を明かすつもりなら奴は脱走時点でブロードウェイで大々的に自分で作ったロボットで『われはロボット』を演じさせているに違いない。


 気が変わったのだろうか? ありえない話でもないが、私が考える奴のポリシーや心情的な物からは外れている。どうにも奴の思想からは外れている気がしてならない。


「索敵班から入電。市内において不自然な建造物を発見したそうです」


 地図にその箇所が写し出される。その場所は隣接する郡と市内を結ぶ国道沿いにあった。


「それはどのような建造物だ? 具体的に説明しろ」


 コンクリート製の建物だった。シャッターが閉まっており、外観からは中の様子は伺えなかった。


「元遊技場の様です。今は閉鎖されいるようで、電波を吸収、赤外線で可視化できない素材が使用されているようです」


 あたりだった。


「間違いなくそこに奴がいる。スパイ映画の秘密基地でもあるまいし、田舎にそんな建物があってたまるか」


 仮にそんな建造物を作った輩がいるとしたら、そいつはおそらく頭にアルミホイルを巻いてるに違いない。


「大至急現場に“ドーベルマン”を送れ。ありったけの電磁妨害装置を搭載し可能な限り標的から一定の距離を置いて近づくな。連中を釘付けにする。作戦部隊に通達。“T”シリーズの稼働を準備させろ」


「しかし長官。同盟国内に置いて作戦可能な状態の"T"シリーズを配備するのはリスクが高いかと」


「今さらだ。"ファイター"だと軍の物だと即看破される。あくまで知られてない"T"に意味がある。茶番を演じためだ。訓練モードに調整した“T-ARMY”に武装させ標的の潜伏する建造物周辺に配備、同時に暴徒鎮圧モードに調整した“T-Marine”を出撃準備状態で車両に乗せ待機させておけ。何、罪は全部奴に被せればいい」


 そう。今の奴は重犯罪者なのだから。


「民間人の安全は?」


 奴らが連れ去った少年の話だろう。


「何にしても不慮の事故というものはある」


 承知いたしました、と職員は答えた。


 出来る事ならこちらも不要な犠牲は払いたくない。ただ、時としてそれが許容されざるを得ない場合も起こり得る可能性は存在する。


 もう一度、画面に映し出された少年の画像をみた。どこにでもいそうな、普通の学生だった。


 まったく、今の私と同じくらい不運だ。連中に会わなければこんな事にならずに済んだろうに。今は事態に巻き込ま少年の冥福をただ祈るばかりであった。

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