第7話 ヒカリ
「そう落ち込むものでもないって、少年。元気出して」
状況を把握し部屋の隅にうずくまっていた僕の肩を叩き、ハーヴェイ博士は言った。
「消化できないですよ、こんなこと」
無計画に連れてこられた結果、逃げ場を失ったなんて洒落にすらならない。そのお陰でアメリカ政府に追われる羽目になるなんて、誰が納得できるか。
「いやでもこの出会いは奇跡だよ。何せ、片や日本、片やアメリカ。海を隔てておよそ1万キロ。本来ならば出会う可能性が皆無な我々がこうして今ともにいるのだから、まさしく奇跡。そう、奇跡。運命だ。そういう単語、本来私嫌いなんだけど、これは奇跡の運命を感じざる負えない。ほら、ボーイミーツガールってそういうものじゃない?」
などとのたまう博士。このおっさん頭沸いてるんじゃないだろうか?
「ともかくだ。幸いなことに我々も無事、君も無事。これは実に喜ばしいこと。命あれば次を考えられる。ぐじぐじと過去のことを悩んでないで、未来へと目を向けるべき。そうは思わないかい?」
言ってることは間違っちゃないが、いまいち納得しかねる理論を展開するハーヴェイ博士。そもそもの原因はそちらにあるのだが…………。と、そういえば。
「今更なんですけど、そういえばみんなの名前って何ですか?」
前向きに検討しようとした結果、それぞれの名前くらいは確認しておこうと思った。もっとも、半分の名前は既に知っているが。
「そういえば名乗ってなかったね。ま、私はすでに自己紹介をしているから、他の三体についてだ。うち一人は自己紹介していたが改めて紹介しよう。彼は“HC-01、prototype”通称“プロト”。私がMIT時代に初めて開発したロボットで現在まで改良を重ねに重ねた文字通り、プロトタイプのロボットさ」
「改めてお見知りおきを」
長躯のロボットは相変わらず慇懃に頭を下げた。
「で、こっちのロボットが"HC-24、SOUND"通称は"ノイジー"。騒がしいでしょ? 作った経緯は、その、確か、えーと、なんだっけ?」
酔っぱらってんのか、この人?
「ほら! これだから大将は! いったいいつになったら俺を作った経緯を思い出してくれるんだ!?」
ワンボックスから降りていたノイジーは手近な箱をバンバン叩いた。いったいいつになったら、という辺り完成してから何故作ったのか作成者自身が理解してないらしい。とても正気じゃなかった。
「で、最後になるんだけど。彼女。彼女は現在一番最新型に当たるんだけど、“HC-48”名前は…………、そうだね”ヒカリ”にしておこう」
どうだろうか? と博士は彼女、もとい“ヒカリ”に対して言った。
「どうって、なんで私だけ名前が変わるの?」
意味が分からない、と眉間に皺を寄せてヒカリは言った。僕も意味がわからない。
「いいじゃない。素敵でしょ、国々に合わせて名前を変えれるの。“グアン”、“リヒト”、“レジェーロ”、“レイ”、“スヴェート”って。結局全部同じ意味なんだから」
「よくないんですけど」
不快そうに言うヒカリ。ということは、すべて“光”の意味らしい。
「という訳で天才博士とその愉快な仲間たちでした。改めてよろしく、少年。ところで、君の名は?」
ものすごいついで感で僕の名前を尋ねる博士。自分から名前は何ですか、と聞いているのだから答えないという訳にはいくまい。
「改めて。篠塚 裕志といいます」
「シノヅカ ユージ? なんだかFriendっぽい名前だね。友達。日本語読みでしょ? “ゆうじん”って」
んなこと言われたの初めてだよ。
「漢字全然違うんですけど、まぁ、そんな感じです」
この人をまともに取り合っても意味はないだろう。
「ところで博士」
「何かな、ユウジ少年?」
「プロトとノイジー関してはロボットだとわかるんです。彼女は本当にロボットなの?」
細長い、どちらかといえばプラスチックの質感とズングリした重厚感ある金属の塊は控えめにみても生物には見えない。
一方で彼女に関しては、どこをどう見ても人間だった。
「君は縦に推進力と補助なしに人を抱えて10メートル以上跳ぶ人類を知っているのかい?」
どこかで聞いた話を博士はする。
「いや、まぁ、そりゃ知らないですけど」
だろう、と博士。
「彼女もれっきとしたロボットさ。アーノルド・シュワルツェネッガーだって人間そっくりだったろ」
そりゃ映画の話ですからね。
「なんで人間そっくりなんですか?」
「そう設計したから」
実に明快な答えが返ってきた。
「なんでそう設計したんですか?」
「そういう風に設計したかったから」
実に明瞭な答えが返ってきた。発言から察するにこの人、道楽でロボット作っている。
「君は難しい話をする。私がロボットを作りたい意味? 私が作りたいからだ。特に意味はないんだ。そうしたいからそうするのであって、仮にそれが兵器ならそうしてただろうね」
そうして思い通りのロボットが生まれるという。聞いた人によっては憤慨しそうな発言だ。後、最後に関しては聞かなかった事にする。
「何? アンタ、私をロボットって信じられないの?」
傍で聞いていた彼女が眉をひそめて言った。
「そりゃあ、ねぇ」
目の前で会話している彼女は女の子以外何物でもない。
「だったら証拠見せたげる」
そういっておもむろに地面に落ちてた金属片を拾い上げた。
「私ね、毎回それやめろって言ってない?」
この能天気博士が珍しく怪訝な表情でいった。
「いいじゃない。これが一番説明早いんだから」
そういって彼女は躊躇なく自分の腕に突き刺した。
「ちょちょちょっ!?」
血迷ったか、金属片を突き立てた箇所からは赤い液体が滲んでいる。彼女は顔色一つ変えずにさらに下にいた。
他の三人は止める様子もない。自分の腕を引き裂いて行く彼女に見兼ねて、気付けば僕は走り出していた。
「…………ん? って、はぁっ!?」
走って近づく僕に驚く彼女。手を伸ばそうとしたが、後ろ手に縛られてる事に思い出しそのまま突っ込んだ。
「あらやだ大胆」
「ヒュー。boy、やるねぇ」
「うーん。なんだか新鮮な反応」
のんきな外野の野次が聞こえた。その反応から察するに本当に大丈夫なのだろうが、後先考えずに突っ込んだ僕は彼女を巻き込んで転げた。
「…………痛っ」
転んだ拍子に頭を打ったのか、鈍痛に思わず言葉が漏れた。
「そりゃそうでしょうね。アンタ生身の人間なんですもの。幸いに外傷はないけれどアンタ親に刃物を持った人間に近づくなって教わらなかった? うっかり刺さりでもしたら…………」
一方でまったく動じてないヒカリは抑揚のない声で言った。その落ち着き払った様子が自分にもまったく無関心に見えて余計に腹がたった。
「何やってんだ! 自分で刃物を自分に刺す奴があるか!」
気付けば叫んでいた。彼女はそれを聞いて呆れたような表情を見せた。
「何怒ってんのよ。アンタが私をロボットだと疑っているからその証拠を見せてやろうとしたのよ。そこの頭のおかしな学者が言ってたでしょ。元ボディビルダー、元州知事の映画俳優がやってた…………、」
「自分で自分を傷つけるなっていってるんだ! 当たり前のことだろ?」
言われた彼女が目を白黒させている。今僕はどんな顔をしているのだろうか。表情筋は強張り、顔全体が熱い。
「あーもう。はいはい。分かった。分かりました。これ以上やりませんって」
降参降参、と両手を上げて彼女は持っていた金属片を離した。
その様子に一息ついた僕だったが、直後に彼女に突き飛ばされて背中から転げた。
調子の狂う、という彼女の小声を聞いて身を起こす。先に立ち上がった彼女は自分の腕に目もくれずにいた。
「…………その腕どうするの?」
膝を付いて立ち上がりながら僕は言った。彼女は改めて自分の腕を見た。
「どうもこうもほっとくし、そのうち止まるから」
「いや、ほっとかれても困るのだけれども」
言葉通り彼女は自分の腕の症状について一切興味がなく、本当にほっとくつもりだろう。
普通怪我したら治療するのが当たり前だ。でなければ傷は治らないし、見てるこっちも痛々しい。本当にヒカリの言った通り傷は消えるのだろうが、こちらの精神衛生に悪い。
溜息を吐いて彼女に近づこうとする。そこで後ろ手に拘束されたままということと思い出した。
「あ、ちょっと外してもらえます?」
「あ、はいはい」
そうプロトに言うと彼は返事をして結束バンドをちぎってくれた。
自分の手首をさすりながら彼女に近づく。
「ちょっと腕貸して」
ポケットからハンカチを取り出し傷に合わせて縛った。
「これで、よし」
治療といいつつ、名ばかりの応急処置を施した僕。
彼女は僕の巻いたハンカチをまじまじと腕のハンカチを見ている。
「意味のない事を。別にお礼なんて言わないけど」
「別に求めてないよ。僕が勝手にしたから」
そう、と彼女はぶっきらぼうに言った。
顔を上げたヒカリが心底嫌そうな表情を浮かべた。同じ方向を見るといつのまにか三人? が箱に座って机代わりの箱に肘をのせ、ついでに組んでいる手の上に顎をのせ、意味ありげな笑みを浮かべていた。
「何、その揃いも揃ってムカつく反応は?」
「「「いや、別に」」」
ねぇ、とガールズトークでもしだしそうな雰囲気な3人。瞬間、足元に転がっていた金属片を拾い上げたヒカリは三人? の真ん中に鎮座している箱へとそれをおもいっきり投げつけた。
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