第6話 ハーヴェイ・ロウ

 ハーヴェイ・ロウ博士と話した感想は気さくな人だった。良く言えば"愉快な御仁"であり、後ろ手に縛られたまま聞いてもいないのに身のうち話の始めた。


「もの好きでロボットを作っていたんだけど、それがアメリカ政府の目について正式に雇われて、そのまま何十年かずっとペンタゴンで来る日も来る日もロボット開発ばっかりしててさ。いい加減飽きたから辞表出したんだけどこれが即却下。その後、なんだか知らないけど屈強な強面の人たちがどこへ行くにもエスコートするようになっちゃって。ほら、するにしてもされるにしても美女に限るでしょ。むさっ苦しい男ばっかりにも辟易して、しょうがないからちょっとした騒ぎを起こしてそのまま出てきちゃったの。それがお気に召さないのかすっごいストーカーされてて、現在に至ってる感じかな」


 つまるところ、この人は政府の関係者か要人にあたる人物らしかった。


「ちなみに、そのちょっとの騒ぎってなんです?」


「CIA全職員の個人情報を世界中にバラ撒いちゃった」


 りっぱなテロリストだった。


「ああ、冗談だよ。流石に私だってそこまではしない。ただ、時限で個人情報をアップロードしているように見えるファイルを作って、それが開いているうちにトンズラぶっこいた訳。その間、政府機関のファイルには一切アクセスできないようにしてさ」


 あっけらかんと言うが最低だった。CIA長官は生きた心地がしなかっただろう。 


「最高にCOOLだろ? "おめでとう! CIAは世界一クリアな組織に生まれ変わりました!" ってさ!」


「いまだに国家反逆罪が適応されてないのが本当に不思議なんですよね、この人」


「その知能が行いに対してギリギリ有益を保っていたからじゃない?」


 他の3人? はいいたい放題だが概ね同意見である。ただ、最高にCOOLな文言に関しては許されるラインを超えている。


「何やら酷い評価を受けている気がするが、ま、気にしないでおこう。

 私としては軽いジョークのつもりだったんだけどね。ラングレーの頭のお固い人達にはまったく通じなかったよ」


 それはそうだ。控えめに言ってテロか国家反逆である。


「という訳でこうして今は追われる身となった訳さ。ところで少年、なんだいその訴えかけるその目は?」


 いえ別に、と僕。現時点で概ねアメリカ政府の反応は至極真っ当であった。


「それで、昨日の件は?」


 そもそもの僕が誘拐されるきっかけとなった話。公式には不審者の侵入によるロボット実験の結果という話だったが、どうやら様相は違うようだ。や、不審者の侵入、っていう点については何ら間違いはない気がするけれども。


「ああ、あれ。結構注意して行動してたんだけどね。どうやらなんでか日本にいることがばれちゃったぽいの。そこからは向こうも持てるすべての手段を講じて虱潰しに捜索を掛けてきたんだ。流石に総力を挙げられるとこっちもお手上げで、見つかる前に逃げようと鳴多を目指したんだけどしっかり押さえられていて。そうだよね、国際空港だものね」


「だからやめましょうって言ったんですよね、私」


「ほとぼり冷めるまでどこかに隠れて情報の撹乱でもしときゃ良かったのよ。どうせそういうのも得意でしょ?」


 白い目でみる二人? 仕方ないじゃない、と反論する博士。


「行けると思ったんだよね、私。とりあえず鳴多からは離れようと思ったんだけど、警戒線が馬鹿みたいに広くて速攻補足された。瞬間的に首都への入り口をすべて封鎖され、仕方なく太平洋側へ逃走して、捕まったのがこの町だったってこと。ただ、幸いなことにこの軍事行動に関してはおそらく日本側と連携はとっていないようだったから向こうもあんまり大々的な行動に移れなかったのが幸いしたかな」


「何故?」


「そりゃお前、うちの大将はビッグな存在だからに決まっているからだろう?」


 説明になってるようでならない謎ロボット。


「まぁ、アメリカが血眼になるくらいですからね。きっとすごい博士なんでしょうけど、その、日本とアメリカが連帯していないっていうのはどういうことなんですか?」


 聞いててちょっとだけ気になった。そもそも同盟国なのだから何かしら通達をしてもいいのではないだろうか。


「文字通りだよ。そして、連帯もしていなければ協議もしてないんじゃないかな?」

 

 おや、雲行きが怪しくなってきた。つまり博士の弁を丸々信じると、日本政府の把握していないところでアメリカ政府は行動しているのではないだろうか。


「それ、協定違反とか国際法違反とかそういうのじゃ?」


「規則を守っていたら諜報機関なんて存在していないよ、少年」


 あ、これ一線超えてる。


「という訳で持てる戦力の最小単位の最大戦力を投入して追撃してきたの。"MD-11,ドーベルマン"。犬型のロボットで、隠密性と機動性に長けてる。それが十数体。普通だったらあっという間に制圧されちゃうけど、そこは私達。そりゃもうちぎっては投げちぎっては投げの大奮闘。本気で捕まえたきゃ海兵隊の"Tシリーズ"でも連れて来いって話さ!」


「博士、そういう発言やめてもらえます? 本気で導入してきたら洒落にならないので」


 博士とプロトはよくわからないやり取りをしているが、つまるところ、無通達無許可での友好国内での軍事行動だ。地位協定云々以前の問題である。


 そう考えるとハーヴェイ博士はアメリカが日本との友好関係云々を度外視にしてまで秘密裏に確保したいと思うほどの人物であると察せられる。一見ただの危険人物なのに。


 となると、僕がとった動画か消えた件も自然と氷解する気がする。というか、あんまりその想定はしたくないのだが。


「後、聞きたいんですけど博士」


「何かな、少年?」


「"ヘレナ"の情報が消えることがあるか?」


 聞いた博士が首を傾げた。


「"ヘレナ"って?」


「サポートAIですよ、知りません?」


「?」


 やはりなんだか疑問形の博士。なんとなくだが、洋画の原題と邦題の違いからくる齟齬と同じものを感じる。


「博士。おそらく"ADL"のことだと思いますよ」


 プロトがこちらの意図をくみ取って補足する。聞いて、納得したような博士が手を打った。


「ああ! 私が基礎設計したアレ! 日本だとそういう名前なの? ていうかなんか日本って独自の進化してたよね?」


 なんかしれっととんでもないこといってるぞ、この人。


「あるある。というか絶対やる。そりゃアメリカ政府にとってすこぶる都合が悪い動画だからねぇ。君がインフルエンサーとかネットにすぐ上げちゃうタイプじゃなくて良かったと思ってんじゃない?」


 やっぱり手段はあるのか。空飛ぶ女の子にアメリカ政府が関わっている、なんてわかれば無限に陰謀論が想定できる。


 けれども、だ。


「それにしたってアメリカ政府の対応早すぎないですか?」


 別にグーグルで検索かけた訳でもない。動画を撮って保存していただけだ。それがすぐに特定されるなんていささか都合がよすぎる。


「そりゃ上から見てるからねぇ」


 そういって天井を指す博士。つられて上を見る。なるほど、確かに空の上にはたくさんの目があった。


 で、あればだ。


「それじゃあさっさと僕を確保すりゃよかったんじゃないですか。そうすれば一々面倒くさい手間だって省けるでしょうに」


 端から僕の存在を認知していたのだら、早々に捕まえればいい。大体、日本政府に発見されずに軍事行動をとれるのだ。伊達にスパイ天国をやっていない。


「ところで、この話って誰かにした?」


「まぁ、学校で友達に言いましたけど」


「その時の反応は?」


「頭のおかしな人」


 でしょ、と博士。


「まさか女の子が空飛んでました、なんて証拠もなしに話をしたら頭がおかしくなったと思わざるえないでしょ。つまり、動画を消した時点でアメリカとしては君の正気を失わせたと言えるんだ。証明できなことは信じさせようもない。まぁ、同じ電波を受信できる人がいたらその限りでないかもね。しかも、動画を上げたとしても編集したとか作ったとか疑う人はとことん疑うよ。人は事実よりも信じたい虚像の方を信じるからね」


 最後の文言についてはよくわからないが、実際に体験した身としては確かに否定できない事実であった。


「そのためにCIAが何をしたかといえば"魔法使い"にお願いしたんだろうね」


「"魔法使い"?」


 この話の流れでまさかファンタジーな話が出るとは思っていなかった。まさか魔法で消しました、なんて言うまい。


「"HC-22・オズ"、通称"マジシャン"。ラングレー中央に鎮座する量子コンピューターさ」


 ファンタジーからSFよりに戻る。というかCIA、そんな物持っていたのか。


「インターネットに繋がっていればおおよその事は出来るよ。ハッキング、情報操作、記録の改竄。情報を守りたきゃネットに繋げなければいい」


 別の作品にもあったな。情報技術が発達しすぎて、最終的に伝令が一番機密性と確実性があるって。


「ただね。ネットの中では神様でも現実ではそうでもないからねぇ。どうあがいても物証の完全隠蔽は難しいし、何より人の頭はどうにもできない。

 だから今回の件に関して合衆国政府も頭を抱えているんじゃない? 秘密裏に運びたかったけど、民間人が巻き込まれたからどうあっても表に出ざるおえなくなった」


「ん? でも博士。さっきの説明だと僕は………、」


 そこで始めて"さぁ?"って言われた理由に気が付き、反射的に少女を見た。目が合った彼女は速攻でそっぽを向いた。隣のプロトが肩をすくめて、謎ロボットはまた笑った。


 そこで博士に肩を叩かれた。


「はい。ということで結論を言えば、君はアメリカ合衆国の内輪揉めに追突事故にあったような形で巻き込まれた可哀想な一般人枠ってことです」


 おめでとう、と博士。全然目出度くねぇのである。そんな話を聞いて頭が真っ白になって、気絶しそうになった。


「言っとくけど、私の所為じゃないから」


 腕を組んでこちらにむかって言い放つ。いっそもう一度気絶させて欲しかった。

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