第5話 少女と博士とロボットと
何やら騒がしい声で意識が戻る。
気付いてみればソファに寝かされていたらしい。ぼうっとする頭でまわりの状況を把握する。
この部屋の中は薄暗く狭い。目の前にはまた別の椅子があり、頭上にはすぐ壁がある。見れば窓があり、そのすぐ下には取手…………。
いやこれ部屋じゃなくて車だ。
どうやらワンボックスくらいの車の中にいるらしい。
どうしてこうなったか思い返す。
塾帰り。昨日の現場付近。桜並木の川沿い。そこに現れた少女。衝撃的な出会い。というか、実際に衝撃に襲われ…………。
「そうだ、あの女の子!」
意識を失う前のことを思い出し、咄嗟に起き上がろうとした。が、その時に始めて自分が後ろでに縛られていることに気付いた。
反射的に手をついて起き上がろうとしたが、縛られた反対の手もついてきて、結果身を捩っただけとなった。
勢いと姿勢に腹筋が負け、バランスを崩して倒れ込み、勢い余ってそのまま後部座席から転がり落ちた。
「ん? 何だ何だ? えらい寝相のいいお客人だな。さては心底愉快な夢でも見てるんだな。あれだ。エルム街でジェイソンに追い回されるような。いや、これ実際やってたな」
不意に聞こえた素っ頓狂な声にドキッとする。どうやら中に人が乗っていたらい。それはすなわち僕を連れ去った犯人に違いない。
その件の人物はどうやら運転席に乗っていたらしく、ニット帽とパーカー姿の推定男が振り返って………。
「Hey! boyお目覚めかい? ご機嫌かい? 最高にcoolなお目覚めだろ? ただ、お姫様のキスを待たずに起きちまうなんてせっかちな奴だな。ただ、うちのお嬢様はお転婆なんでそういうのはとんと無縁だけどな!」
そんな繰り広げられるご機嫌なトークに思考が完全に停止した。
「あん? どうしたboy? 鳩が豆喰らったような面して。さてはうちのお嬢さんの熱烈な挨拶がアンタの脳を焼いちまったか? …………や、本当に外傷ないよな?」
そういって運転席に鎮座したものは、座席の間に転がっている僕の胸倉を掴んで拾い上げると、反対の冷たい手で僕の方を往復で叩いた。
無機質な金属の感触に僕は我に返った。
「ちょっとなんでロボットが服着てニット帽かぶっるの!?」
「何だテメェ差別主義者か!? 昨今犬猫様が服着てその辺歩いてんのに、ロボットは許さねぇってか、このサディストが!」
そう言って目の前で怒っているのはまごう事なきロボットであった。それもなんだコレ、随分と古いというかレトロというか、楕円に近い頭部にコレまたオレンジ色の細長い楕円の表示灯がついているだけの簡素なデザインにニット帽をかぶせて、ついでに耳らしき箇所にヘッドホンをあてていた。
体に至ってはかなり小柄に見え、130センチあるかないかぐらいの全長だ。なんとなく、身体は寸胴ボディに思われ、その上にダボダボのパーカーとズボンを履いていた。
胸倉を掴んでいる手は昭和のロボットアニメのロボットのような円形の金属を中心に5本の指のようなものが生えているそれと同様のデザインで、裾から覗く腕はあのワイヤーみたいなあれだった。極めつけは足だけれども、ここから見える車のペダルに伸びている足は、見間違いでなければどっからどう見ても金属のインゴットにしか見えなかった。
博物館に保管されていたか、はたまた過去に戻って持ってきたか。そんな郷愁さえ覚えそうなロボットに何故か怒られているのだった。
「あ、えと、すいません」
反射的に謝る。
「オッケーboy、分かればいい。互いに大事なのはリスペクトだ。人間話せば分かる。言葉を交わせば人類皆兄弟だ」
そういって謎のロボットは僕の肩を叩いた。
「ところで兄弟。これから面白い見世物が始まるんだが、一緒にどうだい?」
「見世物?」
そう疑問を口にした瞬間、謎のロボットの両腕が伸び、僕を掴んで問答無用で助手席に座らされた。
「ほら見てみろ。いい感じにヒートアップしている」
そう言ってフロントガラスの先を指差す謎のロボット。言われてみればどうやら目覚ましの騒音の原因らしきものが見えた。
「はぁ!? 何それ私に喧嘩売ってる訳!? いい度胸じゃない。ちょっと表出ろ!」
鈴の音のような響きの声で随分とガラの悪い言動を見せる人物がいた。案の定、件の少女だった。
「いいでしょう、いいでしょう。新型だか何だか知りませんが、こちとら伊達にプロトタイプしてない所をお見せしましょう。ていうか、今日こそ引導を渡してやる!」
そういって対峙しているのは、全長2メートルは超えてそうな、細長いロボットの姿だった。こちらはうってかわって人型に近い、しかしどこか古めかしいデザインの簡素なロボットであった。どうやら顔は液晶のようで、怒っている絵文字が表示されていた。
2人? は互いに向かい合い構えた。
「…………なにこれ?」
「兄妹喧嘩。因みにどっちに賭ける? オッズは10:1で妹優勢」
どうだい? と謎ロボット。どうもこうもないのである。
眼前は一触即発。まさに戦いが始まろうとしているその最中。しかし、ロボと人では力の差は歴然だと思うが…………。
ん? そういえばこの謎ロボット。いま"兄妹喧嘩"って。
「またやってるのかい、君達。まぁ、よくも飽きもせずに」
不意に二人の間に現れた、手に鍋と箸を持つ白衣を着た初老の男性が呆れたようにいった。
「まぁ、君達の自由意識に任せるけどね。誰だろうね、こんな風に設計した人」
「あんたが言うな!」
「貴方が言います?」
興味なそうに鍋から麺を啜る謎の男性に2人は怒り、また呆れて言い返していた?
「…………なにこれ?」
「我が家のいつもの光景さ」
そういって謎ロボットが笑ったようにみえた。
「続ける? やめる? あ、続ける。それじゃあお好きにどうぞ。彼、目覚めたみたいだから挨拶に行かなきゃ」
あらやだ、と長躯のロボット。マジか、と少女。
白衣の男性はさっさと振り返りこちらに近づいてくる。
なんだか特徴的な人物だった。
高い鼻、彫りの深い顔立ち。灰色の目にフレームのないメガネをかけ、口や顎には髭をたくわえている。ウェーブがかった灰色の長い髪を束ね、180センチはありそうな高身長に白衣の下はシャツとズボンとラフな格好。
明らかに日本人ではない容姿に、そのへんの近所にいそうな佇まいのその人は、ワンボックスの天井に腕を乗せて、開いている窓越しに話かけてきた。
「やぁ少年、元気かい?」
思ったよりも気さくにきた。
「はぁ、お陰様で」
それは良かった、と男性。
「それじゃつもる話もあるけど、お別れだ」
男は急にそんなことを言うとポケットから手のひら大の金属製の筒を取り出した。それはボールペンか万年筆のように見えた。
「…………それは頭を吹き飛ばすとかそういう類いの道具で?」
その物体を僕の顔の前に突き出す男に向けて言った。彼はそれを聞いて、心外だなぁ、といった。
「そんな物騒な物じゃない、私は平和主義者だからね。何、そうだな。少年はウィル・スミスとトミー・リー・ジョーンズが出てる映画見たことない?」
そんな事を男は言う。丁度、思い当たる映画があった。言われてみれば確かにそっくりな形をしていて、突き出されている箇所には小さいプラスチックかガラスの板が嵌め込まれていた。
「知ってるようだ。なら、話が早い。これ、説明するの面倒だからね。それじゃあさようなら。いま会ったばかりの少年」
僕の表情を読み取ってか、男はメガネを外し白衣のポケットに入っていたサングラスをかけていった。まって、という言葉を聞き切る前に彼はそのスイッチを押した。瞬間、金属製の筒から強烈な光が放たれた。
目を焼くような光に思わず目を伏せた。次の瞬間にはおそらく都合のいい記憶が刷り込まれているんだろうか、なんて思っていた。が、何も変化は起きない。
「…………何でも、ない?」
恐る恐る目を開けると、目の前の老齢の男が我慢の限界といわんばかりに大いに吹き出した。次いで隣の謎ロボットも大爆笑。
「本ッ当に性格悪い」
「よくあれで今まで殴られませんでしたね、あの人」
呆れたように言う外の2人。
大爆笑の彼と一体に呆気に取られていた。
「…………あの〜、これはいったい?」
「ああ、いや失敬。ちょっとね、いつかやってみたいとは思っていたんだ。でも、今まで機会がなくて。何せまわりにいたのは冗談の通じなさそうな硬い頭の連中ばっかりだったから」
かけていたサングラスを外しながら男はいった。
「つまり?」
「そんな都合よく人の記憶が消えるような便利道具があるわけ無いじゃない? まぁ、四次元ポケットの中には入っていそうだけど」
ただの光の強いライト、とカチカチ光らせた。その言葉に呆然とした。えーと、つまり、遊ばれている?
白衣の男は随分と人を食ったような性格らしい。眼鏡をかけ直した彼は、いるかい、と先程していたサングラスをくれた。…………サングラスじゃなくて昔懐かし3Dメガネだ、これ。
そんな状況についていけずに置いてかれる僕。彼らの弁を聞く限りにここにいる理由がまったく想像できない。
「えーと、それで僕は一体どういう状況に陥っているんでしょうか?」
当然の疑問をぶつけてみる。
「さぁ?」
即答だった。信じられない事に白衣の男はそういって首を傾げて見せたのだ。
「…………さぁ??」
意味がわからない。そんな僕の様子を読み取ってか、白衣の男は後ろの2人に振り返った。
「さて、どうしようね?」
すごい。今あの人今晩どうしようか、みたいなノリで本気で言ってる。
「知らない。つか、私に聞くな」
推定誘拐犯の少女がぶっきらぼうにいった。
「私に振られましても。というか、この馬鹿に責任を取らせればいいんじゃないでしょうか?」
そういって長躯のロボットは親指で少女を指した。
隣の謎ロボットにいたっては、我関せずといった態度だった。
つまり、だ。このやり取りから察するに。
「もしかして、僕はなんとなくで攫われたの?」
という結論に至った。
「人聞きの悪い。とりあえずで攫ったの!」
自信に満ちたようすで少女は言い放った。
「それ、ほぼ同意義だよね!?」
どうやら正解らしく、しかし、少女は答えに不服そうにしていた。
「まぁ、一応理屈をつけるなら保護という名目だけどおそらく私も凶悪犯だからねぇ」
一応で理屈をつけられても困る。それと、なんだが聞き捨てならない言葉を発しなかったか、今!
「博士、博士。語弊がある言い方やめましょう。彼、警戒している」
そう言いながら先程の細長いのロボットが近づいてきた。何分高さがあるためにだんだん見切られていった。
「ワタクシここで常識人枠でして。“プロト”と呼ばれています。あ、プロトとは"プロト・タイプ"の"プロト"から来てます故。どうぞ、お見知り置きを。ま、ちょっと便利な家政婦ロボットと思っていただければ」
腰を折ってぬっと顔を近づける長身ロボットと"プロト"は畏まったように振る舞った。
「で、先ほどの話を補足するとですね、我々ある人達に追われてまして。大体、あの博士の所為なんですけど、そのお陰で只今犯罪者と同じ扱いにされているんですよ」
そうざっくばらんに説明をしたプロト。細かく言えないのは何か理由があるのか。それと。
「何をしたんですか?」
追われていると言うなら何かしでかしたに違いない。いや、まぁ、あの男の人ならこの短時間の間の様子でも何か碌でもないことしでかしたんだな、という確信が持てた。
すると、思った反応とは異なりプロトは少し考え込み。
「何もしていないですよ。しいて言うなら逃げ出した?」
なんて言った。
「逃げ出した?」
「ま、監禁紛いではあったんですけどね。致し方ない処置かと。で、いい加減飽きたのか、あの人。あの人って博士のことなんですけど、そうだ旅に出ようって急にいいだして。阿呆ですよね、なんのために監禁されているのかと。そこからなんやかんやあって現在に至っています。ところで、この国の人って気楽に京都に行くんですよね?」
何やら間違った知識が入ってる気がする。しかし、さっきから博士、博士といっているが。
「博士って、あの人なんの博士なの?」
白衣を着てるから理系の人なんだろうが、正直今の言動から文系という選択肢が排除できない。ただ、なんとなくは医者てない気はしている。というかこの人が医者だったら嫌すぎる。
もっともここまでロボットに囲まれているのだから自ずと答えは見えてくる。
「ああ、我々を作った博士ですよ。ハーヴェイ・ロウ。あそこの少し頭のおかしなご老体で、ちょっと有名なロボット開発の権威なんですけど、ご存じで?」
案の定、プロトの回答はこちらの想定したものだった。しかし、権威という点についてはよくわからない。そもそも、僕の情報はテレビとスマホのニュースに出てくる以上のソースは持ち得ていない。
僕は彼の質問に対して首を横に振った。でしょうね、とプロトは短くいった。
おや、私の話しかい? と謎の外人ことハーヴェイ・ロウ博士が食いついた。
「それでは改まして、ご紹介に預かりました私、ハーヴェイ・ロウと申します。ちょっと機械いじりが得意な変わったロマンスグレーだよ? よろしく。あ、何か食べ物持ってると嬉しいね。いい加減ヌードルの生活は飽きたしね」
慇懃に礼をしてみせるハーヴェイ博士。
変わったって、それ自分で言うんだ。そして間違いなく自他ともに認める部類だ、と直感した。
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