第4話 帰らぬ人

「瑞稀君。それでもう一度聞くけど今日、正確には昨日なんだけど裕志君と最後にあったのはいつだい?」


 人のよさそうな刑事、田嶋の何度目かの質問にイライラしつつ俺は同じ回答をした。


「さっきも言った通り放課後に裕志が塾に行く前までだよ」


 日が傾いた校舎。ホームルームが終わり、どうでもいい話をしながら学校の敷地を出て市役所の前で別れる。部活を引退してからのいつものやり取りだ。


「時間は?」


「大体午後の4時45分くらい、だったと思う」


「その時変わったことは?」


「いたっていつも通り。変わらず抜けたような感じだったよ」


 それは変わりようがない日常だから。


 それがなんだって真夜中に警察にこんな話を聞かれなきゃいけないかというと。


「で、結局裕志は何処にいるんだよ」


 そういって平手で机を叩いた。そう、裕志が行方不明なのだ。


 事の起こりは少し前。裕志の母親からの連絡に始まる。


 奴は何かあれば家族に連絡する。というか、大体の人間がそうだ。それが、11時を過ぎても連絡もなく、家に帰っていないという。塾に連絡すれど10時前には出たという。その後、俺にも連絡があった。


 いつも通り塾に行ったと思っているから下校後の足取りなんぞわからない。頼りにならないことを申し訳ない、と伝えると俺が悪い訳じゃないと謝られた。


 連絡があった後、ラインを送ったが既読にならない。電話をかけてみるも電源は切られたままだ。


 奴は何も連絡をよこさずいなくなったりはしない。いよいよこちらも怪しんでいると、母親におばさんから連絡が入った。帰宅経路の途中の川沿いに奴の自転車が乗り捨ててあったのだ。


 母親との電話の様子からもおばさんが冷静さを欠いている様子が伺えた。


 部屋に戻り着替え外に出ようしたとき親父に止められた。お前が出て言ったところでどうにかなる訳じゃない、知ってるよ、そんな押し問答を繰り返して渋々部屋に戻った。


 机に座り、画面が黒くなったスマホを眺めていてしばらくした後、不意にチャイムが鳴った。こんな真夜中に誰だ、と思うが見に行く気にはなれなかった。


 常識知らずの客と親達が5分ほど問答を繰り返した後、部屋に近づく足音があった。


 親父だった。親父は下に来るようにといい始めは拒否をしたが、首根っこ掴んで引きずられそうになったのでしょうがなく降りて行った。


 一体真夜中に傍迷惑な客は何の用だ、とリビングにたどり着いて納得する。そこにいたのは桜の代紋の付いた手帳を持った男達だったのだ。


 そして、現在に至る。


「それを調べるために今君に話を聞いているんだ。君だけじゃない、この一日彼とかかわった人に話を聞いているさ」


 田嶋刑事は俺を落ち着かせるように言った。


「そりゃわかるが、行方不明の捜索にしたってなんだってこんな真夜中、それも家出かどうかの可能性もある中でするんだよ」


 奴が家出をするようなガラじゃないなんてこっちがよく知っている。けど、そんな言葉が出るのは俺がイラついているからだろう。


「それもそうかもしれない。君の指摘は正しい。しかし、もしかしたら急を要する事態かもしれないから」


「ちょっと待った。なんだよ急を要する事態って。アンタ、一体何を知ってるんだ?」


 刑事の言葉に身を乗り出す。田嶋刑事は明らかにばつの悪そうな表情を浮かべた。


「いや。すまない。言い方が悪かったね。何せ見つかったのは川沿いだからね。今、冬でしょ。川に落ちてたら大変だって、そういう意味で言ったんだよ」


 子供だましだ。田嶋刑事は取り繕ったようにそんなことを言った。警察は何か知っているに違いない。


「それは、昨日の爆発事件と関係があるのか?」


 件の事件である。高校のグラウンドに侵入し、ドローンの実験をしていたという。犯人はまだ逃走中だし、関連の事件に巻き込まれたという可能性が考えるなら警察の初動が早いのも頷ける。


 俺の言葉につまる田嶋刑事。明らかに話す内容を選んでいる用意見えた。その時、もう一人の刑事が咳ばらいをした。


 座る田嶋刑事の背後。事情を伺いたい、と訪れていた三人の警察関係者の内、不愛想な仏頂面の横水刑事が口を開いた。


「裕志君の消息不明になっていること以外の事件関係の情報については守秘義務がある為話すことは出来ない。我々はいかなる捜査情報も秘匿する義務がある。ただ、私の立場から言わせてもらえれば、今回の件に昨晩の事件については関連性はないと断言してもいい」


 横水刑事はそういい、再び口を閉じた。


 嘘はついていないように思うがどうだか。腹でどう思っているかはわからない。それに、その事件に関連がなくとも何かしら別の事件との関連はあるのだろう。


 腕を組んで再び椅子に座り直す。背もたれに寄りかかり後ろの二人を見た。正確には横水刑事の隣にいる奴だ。


 身長は190センチはありそうか。体格は筋肉質でかなりしっかりしている。まるでラガーマンのような男で、他の刑事たちと同じスーツを着ているのに物凄く息苦しそうに見えた。


 明らかに日本人離れした体躯。それもそうだ。彫の深い顔立ちの金髪碧眼の持ち主。明らかに外国人の見た目の、実際その通りの人物だ。


 日本人の考えるステレオタイプな外人みたいな笑みを浮かべたそいつは片言の日本語でジョン・スミスと名乗った。ジョン・スミスはアメリカの警察官だそうで捜査協力のためこの国に訪れているという。


 何だって海外で事件を追ってる警官が日本くんだりまでやってきて地方都市の消息不明の少年の事件についてきてるのか、それだけで答えを言っているようなものだ。

 

 そんな人の気持ちを知ってか知らずか、相変わらずテレビに出てきそうな笑みを浮かべているジョン・スミス。時折横水刑事が耳打ちしているのは奴が日本語を喋れないからだろうか。時折向こうから聞こえ漏れてくる会話に馴染みはあるけど意味が分からない言語が使われている。


「そういうことで申し訳ない。それで、なんでもいいんだけど何か裕志君に変わったことはなかったかい?」


 気を取り直したように笑みを浮かべて田嶋刑事が聞いた。何がそういうことか。


 しかし、もはや話したこと以上の情報は俺だって持っちゃいない。大体、一緒に帰ってるんだったらいざ知らず、学校で別れているんだ。今日だっていつも通りだったわけで…………。


「…………そういえば、女を見たって言ってたっけ」

 

 そこで昼休みの出来事を思い出した。あの空を飛ぶ女の話。変わったといえばこれくらいだが、与太話だったために忘れていたっけ。

 

 けどこんな話、そう思っていると不意に出た言葉に刑事たち三人が喰い付いた。


「女を見た、というのはどういうことだい?」


 田嶋刑事が聞く。思い出したとは言えこんな話をするものか。少し考えて大した話ではないので事のあらましを伝えた。


「彼あの現場近くにいたのかい!?」


 聞いて驚いた田嶋刑事。後ろの二人組もこそこそと情報を共有している。


「むしろそっちの件で詳しく話を聞きたいけど、で、彼はその時に空を飛ぶ少女を見たと言っていたのかい?」


「だってさ。雷は人為的で、山の上から起きていて、その後爆発が起きて、その瞬間に空に女の子が飛んでいたのだと」


「それはロボットとかじゃなくて?」


「違うって。まったく人間に瓜二つのそっくりさんの人間が空飛んで人を抱えていたのだと」


 聞いた田嶋刑事が目を丸くしている。後ろの二人も話を共有している。つか、Really? なんていって笑ってんぞあの外人!


「うーん。まぁ、確かに様子はおかしかっただろうけどねぇ。何かの見間違いじゃないかな?」


「俺もそう思うよ」


 そういって会話が途切れる。次にどう言葉切り出していいか困って振り返る田嶋刑事。後ろで腕を組んでいた彼は視線に対して首を横に振る。おそらく、これ以上の情報はないだろう、という意味合いだ。

 

「うん。それじゃあ夜分に申し訳なかったね。ご協力感謝します」


 そういうと、田嶋刑事は椅子から立ち上がった。


「それで、裕志はどうなるんだ?」


「それについては心配しないで。僕たちが責任を持って捜索を続けるから。後、何かあったら連絡が欲しいからこれを渡しておくよ」


 そういって田嶋刑事は横水刑事の分それぞれ捜査第一課と書かれた名刺をくれた。


「それじゃあ君もくれぐれも気を付けて。変な気を起こさないようにね」


 そんな忠告を残し、刑事たちは帰っていった。





 彼らが返った後母親は心配ねぇとこぼしていた。


 俺はその場に座り込んでいたが、しばらくして立ち上がり自分の部屋へと上がっていった。


 部屋につくなり俺はベットの上へと倒れ込んだ。枕元に置いてあるスマホに手を伸ばす。


『大変なことになりましたね、瑞稀』


 スリープが解除され次第、“ハル”が声を掛けた。


「ああ、そうだな」


『不安ですか?』


「そりゃあ、なぁ」


 寝転がり天井を仰ぐ。


「大事な友達がいなくなったんだ。不安にもなる」


『心中お察しします』


 意外な言葉が飛んできて面食らった。


「お前、そういうのわかるのかよ?」


『記録を照合するに普段の瑞稀と一致しませんので。そして、その場合にもっとも適当な言葉だと判断した次第です』


「…………」


 呆れた。


「そいつを言わなきゃ満点だったのにな」


『質問されたので回答するのが適当かと』


 そうかい、と切り返す。こういう時AIは頭がお固い。


 仰向けのまま薄暗い天井を見上げる。再び昼間の会話を思い返して“ハル”に尋ねた。


「ところでさ。記録したデータが跡形もなく、で、お前たちが覚えてないってことは

あり得るの?」


『可能性としてはデータの破損、記録媒体の劣化があります。また、外部からの悪意のあるハッキングを受けた場合、それもあり得ることかと。ただ、先もお話させていただたいた通り限りなく可能性は低いです』


「…………そうか」


 やはり限りなく可能性は引くけれどもないとは言い切れないらしい。それに、当然といえば当然で、外部から悪意があるハッキングを受ける可能性を考慮に入るという。


『なにか気になることでも?』


「いや、どうせ気の迷いだ」


 そういってスマホの電源を切ってベッドの中に潜り込む。身体を横向きに丸まり、頭から布団をかぶった。


 暗闇の中、少し前の出来事を思い出す。

 

 あれは刑事たちが帰る時、ジョン・スミスが家の外に出ようとした瞬間だった。我が家の勝手口を窮屈そうに身を屈めた際、奴の顔が偶々見えた。その時の表情。アイツの顔は一切笑っていなかった。


 奴の素の表情といわれればそうなのかもしれな。しかし、その後すぐに片言の日本語で、マッテクダサイ、タジィマ、ヨォコミズゥ、と明るく話かけていたのだ。


 ————空を飛んでいる女。


 どうやら信じているのは裕志一人だけではないらしい。


「裕志よ。お前はいったい何に巻き込まれたんだ?」


 誰に言うでもなく俺は一人暗闇の中でつぶやいた。

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