人生のための大切な決意
翌日も城に行った。けれど今日は呼ばれたからではない。なんとなく、僕の方から行きたくなった。
「イヅル。来てくれたの。すっごく嬉しいわ」
艶やかなその表情を認めて、僕は全身この上品な香りに包まれる。
「会いたくなったので」
そういうとお人形みたいに白い顔がほんのり紅くなる。ヒメリのこの瞬間が僕は好きだ。
「あなたの方から会いに来てくれるなんて、最高の気分。それなのに、今日はやるべき仕事がたくさんあって……」
「そうだったんですか。それは大変失礼しました」
「いいのよ。イヅルだから気にしない。顔見られるだけで、あたし、とっても幸せだもの」
ヒメリと目を合わせて、お互いに笑った。
ヒメリは教会にいって聖歌隊の歌を見届け、民に信仰の重要性を説かねばならないという。月に一度、神に救いを求める人々と王女の重要な機会だという。
「この仕事は、本当にあたしがする必要があるのかしらね」
「というのは?」
「神と人間を結びつけるのは、我が王家ではなくて
不満げなのか、ヒメリは少し頬を膨らませる。そのギャップで僕は昇天しそうだった。
ヒメリは、僕と一緒に居たいと言っている。
僕も全く同じ気持ちだった。
なのに。
「信仰を軸に生きている人々に触れ合うのも、国を治めるために必要なことだと思いますよ。この世界の神は、祈れば絶対に恩恵を与えてくださるはずですから、国の平和のため、興味がなくても月に1度くらいはお祈りしても良いんじゃないでしょうか」
なんて真面目なことをまた言ってしまった。そもそも僕は特定の宗教などを信じていない。この世界の宗教は何もしらないし、元いた世界の住んでいた国は無宗教だったから、都合の良いだけは神に祈り、イベントの名の下にあらゆる文化のいいとこ取りをしていた。だから信仰なんてものに価値なんて感じていなかったのに。
「そう……か」
「ごめんなさい。また偉そうなことを。僕、どこかおかしくなってしまったのかも」
おかしくさせた犯人は誰だ。分からないけど、たぶん今脳裏に浮かんだブランドとお酒が好きでみゃーみゃー言っている彼女がその正体だと思う。
「ううん。イヅルは真面目ね。この前と同じで、私がイヅルといることを優先しようとしても、イヅルはそれを
また彼女の肯定に救われた。僕は彼女と一緒にいることを否定して、生真面目なことしか言っていないのに。情けない気持ちになる。
僕も教会についていくことにした。ヒメリと一緒に聖歌を聞いて、ヒメリの言い慣れたお言葉とやらに耳を傾けた。数十分しか経っていないと思ったのに、どうやら2時間も話していたらしい。彼女を見ているとあっという間だった。
◆
「イヅルも……この国の、国教を?」
ヒメリは信仰者との交流会があるというので僕は一度教会を出る。するといきなり声をかけられたのでとても驚いた。ララだ。
「ララ……か、ビックリした」
「ん、私、朝からずっとイヅル、追っかけてた」
「えっ」
「お城に入ってから、追えなくなった。……すっごく不安になってたら、王女と一緒に出てきたから」
彼女の体が、僕の体に絡まってくる。教会の外で抱きしめた。
「王女と、どういう関係なの」
ララの瞳には、光がない。
「いや、えっと」
「……決まった?」
「なにが?」
「私と、街を出ていく気になった?」
「ごめん、まだ話しあってなくて」
「嫌なの……?」
「違う。時間が」
「嘘ッ! もう一日も経った。イヅル、私のこと嫌いなんだ。私なんて、どうせ誰にも好かれない。……イヅルだけは、違うと思ってたのに。せっかく私、勇気振り絞ったのに……。ううっ……」
「泣かないでララ」
「じゃあ……」
「?」
「頭、撫でて」
「……うん」
ララがここまで僕のことを想ってくれているなんて思わなかった。触れてみると、その小顔を五感で感じることができて––––それはすなわち髪を撫でるたび甘い香りがして––––ララとずっと一緒にいられたらな、なんて考えさせられた。
「イヅル……やっぱり、優しい」
「よかった。落ち着いた?」
「うん……」
ララは僕の体から顔を話して、昨日みたいに今度は腕に抱きつく。
「今日の夜、パーティをやめる、って約束して」
「えっ」
「お願い」
「急すぎるよそんな」
「私のこと、好きじゃない?」
「それとこれとは」
「……明日の夜、私の家、両親が出かけてるの。2人でさ、楽しいこと、いっぱい、しよ? イヅルとなら、私、何でもできるから」
「……」
「ダメ?」
「わかった」
僕は即座に3人に連絡した。
◆
「魔王討伐をやめようと思う」
3人のうち誰も驚くパーティメンバーはいなかった。ソフィーは一切表情を動かさなかったし、クロアは訝しげな顔をするだけだった。ロムスだけ唯一困ったような顔をしてくれた。
「ごめん。マジで意味不明」
はじめに口を開いたのはクロアである。
「イヅル。これ吸ってみるか? ソフィーが要らないっていうから貰ったんだけどよ、電子タバコ」
「いい。真面目な話だから」
「そうか……」
ソフィーは、新しいのに火をつけてから言った。
「イヅルはリーダーだ。リーダーの言ったことには従おうと思う。特に異論もない。ただ、討伐を諦めた理由だけ聞きたい。キミはチートもあって、数少ない魔王に対抗できず人材のはずだ。そんなキミが何故やめようと思ったのか。教えてくれないか。好奇心に
「わかった」
僕は机に置いた両手に力を込めながらいう。
「僕たちは、そろそろ身を固める必要があると思うんだ」
「「はあ!?」」
ここでようやくメンバー2人の驚く顔が見える。ロムスとクロアが声をあげて同じことを言った。
「あんたどういうことよそれ?」
「そんなことを魔王討伐より優先するのかよ!」
「そんなことじゃない! とても大事なことだ。……ロムス、君はもう、25だよね?」
「そうだけど。……なんで俺の年齢を」
「ミスティの年齢から逆算した!」
「きも」
「クロアは今年で何歳?」
「女の子に年齢をきくのかみゃ!?」
「いいから!」
「……ぅ。24、24だけど。何か?」
「ほらな、みんなそろそろ将来の安定を考える年齢なんだよ。ソフィーは?」
「私は21だ」
くっ、こいつだけ若い……!
「ま、まあいい。ソフィーは別として、残りの3人はそろそろ将来のことを真剣に考えたほうがいい。今新しいパートナーができたとして、5年付き合って別れたらもう30だよ? チャンスがいよいよ無くなる。だから、冒険なんかしている訳じゃないって、そう気づいたんだ」
「そんなこと自分で考えさせてくれよ……」
「イヅル、あんたまさかとは思うけど女に
「うっ」
図星すぎて返事できなかった。
「え、今のハッタリだったけどマジなの?」
「そんなわけないだろ! ふと、人生について考えて、この結論に至っただけだ」
「魔王を倒してからでは幸せになってはダメなのか? 私たちはもうすぐ魔障洞に着く。神器も持っている。魔王に立ち向かうチートもある。かなり長く見積もっても、あと1週間で世界に平和が来るはずだ。それではダメか?」
それではダメなのだ。だって僕は、極力早いうちにララと駆け落ちするのだから。
「とにかく、僕は魔王討伐を諦める」
「私の提案に答えろ」
「イヅル、本当にどうしちまったんだ? ……! そうか。––––分かった。分かったぜ。これは洗脳だな。この街の王女は魔物に取り憑かれてるんだ。そしてイヅルは呼ばれた拍子に洗脳されちまった。イヅルをここで脱落させて、チート持ちを魔王城までたどり着かせないっていう戦法だ。まいったな。俺らが目覚めさせてやらねえと」
「なるほど……! それは
「残念だけど、それはない」
「洗脳された人間が何言っても説得力ねえぜ」
「僕はチートのついでに、全ての状態異常に対する耐性も付与されている。だから魔物由来の洗脳は絶対に効かない」
「……」
「じゃあ〜、そこまで言うならやめる?」
クロアが、グラス内の氷を必要以上に揺らす。
「正直、クロア、冗談でもありえないと思ってる。クロアたちは旅の過程で、祠の人だとか、伝説を話してくれた王子だとか、色んな人の期待を背負ってここまでやってきたのに。そうやって信じてくれた人を裏切るって行為が、クロアには考えられない。だから、そんな考えをする人はもう一緒に旅したくない」
「おいおい言い方ってもんがあるだろクロア……」
「ま、ここで旅を終わるのは大方決定したようなものか。……だとしたら私はまたスターレリアの酒場にでも老特しておこうかな」
「2人とも寂しいこと言うなよ!? 俺はまだ諦めてねえぞイヅル!」
「ごめん……ロムス……」
「おおおおおい嘘だろ。なにこれドッキリ?」
「みんなと旅できて楽しかった。ありがとう」
「私も楽しかったぞ。大体誰と組んでも楽しめる自信はあるが、このパーティは最高だった。イヅルのおかげで色んな人に会えたしな」
「……クロアも、ドロータやアドタイズの祠で色々見守ってくれたことは感謝している。……あんがと」
「じゃあ、またどこかでね」
僕は食事と飲み物が残されたままのテーブルに、お金だけおいて席を立った。
「おい、イヅル! 行くなよ!」
去り際にレジにいたララと目を合わせる。その瞳に映る自分の顔は、この距離だと見えない。
彼女の笑顔のためなら、僕はなんだってできる。
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